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第百話 俺の名は

 たとえ、相手が都市にて名を馳せ、都市の歴史に名を刻む人物であろうと、そんなものは関係ない。

 違う意見に対しては真っ向から自分の意見を告げる。

 その結果、武闘派気取りの相手を怒らせるようなことになってもだ。


「俺はこの女、悪くはねーと思ってる」


 そう笑みを浮かべて告げるジオ。

 すると、その言葉を受けた、アキレウスとギヤルは暫く目を大きく見開いて固まってしまった。

 それは、十賢者相手に意見をしたことを驚かれているのだろうと、ジオは思った。

 だが、二人の視線はジオというよりは、ジオの下腹部に集中し……


「その暴れん棒をどうにかせんかーっ!? き、貴様も黒姫派か!? 羞恥というものが無いのか?」

「こ、こ、このエロ大魔将軍! そ、そんな状態で、あたしを悪くねーとか、そ、そんなにヤリてーみたいなこと言うなし!」


 自分の述べた意見とは全く関係のない二人の反応。

 そして、ジオはようやくハッとした。


「……? ……ッ!? しっ、しまっ……」


 威風堂々と立ち、相手に向かって物申す自分。そんな自分のズボンのデッカイ膨らみに、ジオの頬はどんどん赤みが増していく。

 そして、事態は二人だけに留まらない。


「な、お、おい、なんだあの男は!?」

「うそっ!? えっ、ま、まさか、アレ、ほ、本物なの?」

「あ、あんな状態を堂々と……」

「ひっ!? まだ黒姫派にあんな変態が!?」

「てか、あいつ恥ずかしくないのか!?」


 公衆の面前で、都市においても表通りで人の集る広場。

 周囲に集り、通り過ぎようとしている者たちから漏れる「変態」の言葉にジオは居たたまれなくなっていた。


「っ、貴様~、淫蕩な想いを発散させたいのなら、さっさと黒姫と宿屋にでも行かぬか! 少なくとも、こんな公衆の面前で野外な行為をするな!」

「ちょっ!? あ、アキレウス!? なんで、あたしが宿屋……い、いや、ま~、あたしにはラクショーだし! そんぐらいの相手すんのとか、朝飯前……あっ、で、でも、どーしよ、……やっぱ、そーゆうのってお嫁さんになってからじゃねーと……」


 このままではまずい。そう思ったジオだったが、だからといって自分の状況を沈める方法が思いつかない。


「とにかく、これだから黒姫派は気に入らんのだ! 私は貴様らとは違う。貴様らが遊び、淫らな行為にうつつを抜かしている間も、高い目標を持ち、白姫を想い、ひたすら己の槍と魔法の腕を磨き続けてきた。同じ男として、貴様は恥を知れ!」


 心行くまで発散させる? それは無理だ。

 なら……


「っ!? いや……」


 しかし、ジオはそのときある手段を思いついた。


「ふっ……白姫を妄想して、ひたすら槍を磨いてきたか……」

「なに?」

「つまり、それって部屋でコソコソ自慰行為にふけってた自己満足ってことだろうが」

「っ!?」


 何かを思いついたジオは、意地の悪い笑みを浮かべて、アキレウスの発言を嘲笑った。


「槍の腕を上げてきた。称号を得ている以上はそれなりなんだろうが……でも、戦争はどうしたんだ? その腕前を存分に振るえる機会だったろ?」

「なにを……我らは戦争などというものに関わりはしない。この都市は、世界で唯一の―――」

「そう、戦ってねぇ……鍛えてはきたんだけど……お前は実戦を知らねえ。俺から言わせればお前なんざ、童貞が部屋の隅で好きな女を妄想して自分を慰めている……そういう風にしか聞こえねーよ」

「っ!!??」


 それは、アキレウスにとっては堪えきれない侮辱だっただろう。

 黒姫派のように不真面目に生きる者たちとは違い、その他の誘惑等を一切断ち、ひたすら自分の道を進み努力してきた男には、目の前のジオのような存在は許せるものではなかった。


「ちょ、おま、言いすぎだし!? ぎゃああ、アキちゃんの顔がえらいことに!?」


 思わず両者の間に入って止めようとするギヤルだが、アキレウスは言われた言葉によって、顔面に血管が浮き上がって憤怒の表情。

 全身の筋肉が盛り上がり、三叉槍をジオに向けて構える。


「この私の槍が自己満足か……毛穴の奥まで思い知るか?」

「くはははは、やってみろ」


 男が挑発を受けては、受け流せない。

 ジオの思惑通り、アキレウスは腰を深くして槍を前に突き出すように構え、距離の離れたその場からジオに向かって槍を真っ直ぐ突き出す。

 両者の距離は離れている。普通なら、その位置からジオに槍が当ることはない。

 だが……


「おっ、伸びた……」


 アキレウスが槍を突き出すことによって発生した渦が、そのまま槍の形をして、距離の離れたジオに向かって鋭く伸びてきた。

 だがしかし、軌道が少し逸れている。このままでは、ジオの体を僅かに掠るだけで、直撃はしない。

 それは、怒り任せのつもりでも、アキレウスなりの配慮。

 直撃させるつもりは無く、掠らせて脅しになればいいと思ったのだろう。


「くはははは、優しいやつ……でも……」

「っ!? ば、う、動くなっ!?」


 そんなアキレウスの考えを理解したジオは、あえて体の位置をずらして、迫り来る槍の渦の真正面に立った。

 当然、アキレウスの放った真空の突きは直撃し、ジオの右腕を抉るように削り、血を噴出した。


「ちょっ、おまっ!?」

「き、貴様……い、今、私の槍の軌道を見て……あえて直撃を……どういうつもりだ!」


 肉体の防御力を下げて直撃させたことで、ジオの腕からは血がとめどなく噴出す。

 ギヤルや周りの者たちは突然の鮮血に顔を青ざめさせて悲鳴を上げる。

 だが、一方で、腕利きのアキレウスには、ジオが「見切っておきながら、あえて攻撃を受けた」ということを理解した。

 しかし、その理由が分からずに戸惑うと……


「分かったか? 血の一つでこうも動揺する。だから童貞だっつーんだよ」

「っ!?」

「仮に初めての女が相手で、血が出ても、お前はそうやってビビってるんだろうな」

「……なっ、っ……にっ?」

「男が血を見て慄くな。男なら、血肉を求めて暴れてみろ」


 アキレウスは所詮、実戦を経験したことがないと告げるため……ではなく、ジオの本心は……


(とにかく血をいっぱい出して、体を落ち着けねーと! そして、こうやって血を流すインパクトで、さっきの俺の恥を上書きする!)


 と、自分の下腹部に血が集中しすぎたことに対する対処と、これでさっきのことを忘れてもらえればという別の思惑があったのだった。

 そんなジオの思惑など知らず、アキレウスはジオの発言に慄き、思わず問う。


「貴様……ただの黒姫派でも、変態でもないな……何者だ?」


 只者ではないと感じ取り、先ほどまでの瞳から一変し、そう尋ねるアキレウス。

 するとジオはその問いに……



「そうだ。俺はどっちの派閥とか関係ねー。今日この街に現れた、この世を自由に遊ぶ男たちだ!」


「ッ!?」



 迷いなく、燃え上がるような生命力を滾らせて猛るジオ。

 その言葉にアキレウスは何かを感じ取ったかのように、大きく震えあがる。


「あっ……あいつ……」


 一方で、ギヤルは一瞬惚けるような顔をするも、すぐに目を細めて……


「って、血ィ流しながらカッコつけたって、その股間で台無しだし!?」

「ぬおおおお、ま、まだ俺はこんな状態にッ!? つか、あんの女、俺にどんだけ強力なもんを飲ませてやがるんだッ!?」


 ギヤルの指摘を受けて視線を下に向けると、ジオはこれだけ血を流しながらも、何事もないかのように元気いっぱいの自分の体に嘆いた。

 正に、ピンピンしていた。

 だが、そんなジオにとっては決めセリフを台無しにするような状況だったとしても、それでも想いは届いていた。


「……だが……それでも……やはり、ただの変態ではないな」


 思っていた人物とは違うと、アキレウスはジオの股間ではなく目を見てそう告げた。

 それは、アキレウスなりに、ジオという存在が「只者ではない」とようやく理解できたことを意味する。


「だが……私の槍がただの自己満足に磨いていたかどうかは……今一度味わってみるか? 貴様がこの私を馬鹿にするに値する……実戦というものを積み重ねてきた者というのなら!」


 今一度、腰を深く落として槍を真っすぐ構えるアキレウス。


「手合わせ……願おう」


 そして、今度は先程のような脅しとは違う。

 身に纏う雰囲気、そして周囲の弾ける空気、発せられる気迫が、正に真剣そのものの空間を作り出していた。


「へっ、自分にとっては未知の存在も、ビビらず体感して試して学んでみるってか? 流石は学術都市の称号持ち。ただの、がり勉ってわけじゃなさそうだな……いいぜ。かかって来いよ」


 真剣にジオとの手合わせを願うアキレウスの想いに、ジオも笑みを浮かべて応える。

 その場で立ちながら、血を流した右腕を前に突き出してアキレウスを迎え撃つ。

 そして……



「ぐふ……ぐふふふ腐腐腐腐腐……プ……ぷ……ぷぴゃらあああああああああああああああ! ドリーーーーム、ファンタジーーーーが、リアルニイイイイイイ! 興奮して勇ましく己の槍を勃たせた男が誘い、誘いを受けた男が磨き上げた己の槍で立ち向かうッ! 攻めと受けの大合戦ッ!? 正にお前を俺の槍でゲイホルグぷひゃああああああああああああっ!!??」


「ちょっ、おいっ!? なんか、十賢者序列8位のフジョウちゃんが喫茶店で鼻血噴き出して倒れてるぞーっ!? って、しかもなんかメチャクチャ幸せそうな恍惚な笑みなんだが!?」


 

 ……なんか、近くから妙な女の狂った叫びと、その騒ぎに気を取られる者たちの騒がしい声が響いたが、向かい合う二人の男には届かない。

 そして、真っすぐと射抜くようにジオを睨みつけるアキレウスは、一気に駆け抜ける。


「受けよ、我が合成魔法槍! フレイムサイクロ―――――」


 炎と竜巻を織り込んだ、螺旋を描く鋭い突き。

 一切の乱れなく、洗練され、研ぎ澄まされ、そして溜め込まれた力を一気に解放する。

 間近で見るアキレウスの繰り出す突きからは、長い月日の血の滲むような鍛錬を感じさせられた。

 その槍は、腕を伸ばすジオの間合いに一瞬で入り込み、そして……



「うるああああああああああああああああああッ!!」


「――――――――ッッ!!??」



 ジオに直撃する寸前、上半身を捻り、その反動を利用して繰り出したジオの右の裏拳が、アキレウスの顔面どころか全身を街の建物の壁を貫通させて吹き飛ばした。



「「「「「えっ……………?」」」」」



 建物の壁を突き抜けてそのまま出てこないアキレウス。

 広場に立つのは、拳を振り回した状態のまま笑みを浮かべるジオ一人。

 その光景に、これまでジオをただの変態だと思っていたギヤルも都市の者たちも、全員が口を開けて固まっていた。


「と、まあ……こんな感じだ」


 そんな静まり返る空気の中、ジオは……


「おい……痛い目を見ようとも、テメエはこうやって勉強しようっていう気概があるんだからよ……黒いエルフについても、もうちょい語り合って勉強してみたらどうだ? だいたい、大の男が、白だの黒だの言ってんじゃねーよ」


 こうして傷つくことを恐れずに自分に立ち向かって、自分の知らないことを体感しようとしたアキレウス。

 ならば、黒姫ギヤルについても勉強してみたらどうだ?

 そう告げるジオの言葉に、建物の壁を突き破って瓦礫に埋もれたアキレウスは何も答えず立ち上がらない。

 だが、何かは届いたはずだと、ジオは自分で満足したように笑みを浮かべた。

 そして……



「お、お……なんなん? こ、こいつ……このエロエロ大魔将軍……やべーじゃん……」


 

 震えながら驚愕を口にするギヤル。

 そんなギヤルに、ジオは苦笑した。



「こらこら、そのエロエロ大魔将軍はやめろ……俺にはジオって名前があるんだよ」


「ジオ……」



 血に塗れた拳を突き出して笑うジオに、ギヤルは惚けた表情をしながら……も……



「でも、まだ勃ってるし!?」


「ぬわああああああああああ、ちょ、俺、どうなっちまったんだ!?」


「いい加減にしろし! んも~、な~にが、『俺にはジオって名前が……』だっての! カッコつけんなし! あんたなんか、ジオで、オチン……チで……そ、その……」



 結局ジオの股間がまた台無しにした。

 しかしそれでも、十賢者序列4位がたったの一撃で敗れたという事実すべてを台無しにすることはなく……


「な、なんだあの男は!?」

「し、信じらんねぇ、う、うそだろ!? あの、アキレウスさんが!?」

「戦闘能力なら間違いなく十賢者トップクラスのアキレウスが!?」

「あ、あんな変態が……アソコがスゲー状態のまま勝ちやがった!?」

「とんでもねえパンチ……正に爆裂拳……そして奴の股間も正に山ッ!?」

「そう……爆裂山!」


 汚名も驚愕も全てを込めて……



「あんたなんか、『ジオチン』だし!」


「やめろおおおお、フェイリヤの呼び方よりも更にマヌケだ!?」



 妙な名で轟くことになるのだった。


ついに、祝・百話及び本日書籍発売! これまで本作を支えて共に盛り上げてくださった皆様、本当にありがとうございます。記念すべき百話更新と書籍発売を合わせられて良かったです。まぁ、記念すべき百話目が随分とアレな話になっちまいましたが・・・・。


何はともあれ、これからもよろしくお願いします!

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