第十話 世界を遊び場に
とにもかくにもチューニもレベルの基準をクリアしてしまったため、結果的にパーティー入りを免れることはできなかったのだった。
「あ、あの、だ、旦那たち、これは俺からのおごりです。いや~、好きにやっちゃってください」
先ほどまでデカイ態度だったギルド責任者も急に揉み手をしながら態度をコロッと変えて来た。
「ねぇ、おにーさんたち、私たちと一緒に飲まない?」
「うわ~、おじいさんも素敵だし、そっちのお兄さんも目が鋭くて濡れちゃう~♡」
「おにーさんクール~♡ それに、いや~ん、この魔法使いのボクかわいい~♡」
ジオ達があまりにも規格外の数値を叩きだしたことに、ギルド内に居た冒険者たちも驚き、そして同時にジオたちと「関わり」を持っておくことは重要だと感じたのか、まずは若い女たちだけで構成された冒険者チームがすり寄ってきた。
「おいおいそこのアバズレどもより、オイラたちと飲みましょうぜ! 奢りやす!」
「そうだ、俺の妹は村一番の美人って評判で、どうです? へへへへ、紹介しましょうかい?」
続くように他の冒険者たちもご機嫌を取るような態度で話しかけてくる。
「しょぼ~ん……」
「ん? おいこら、シルバーシルバー、そんなとこで座ってると邪魔だから、どっか行ってろ!」
唯一、部屋の隅でへこんでいたのは、格の違う怪物たちの数値に叩きのめされた、シルバーシルバーぐらいであった。
「けっ……馴れ馴れしいもんだぜ……ウザってえ」
一方で、持て成されているジオは、段々イライラしてきたのか不愉快そうな顔を浮かべていく。
「急に手の平を返しやがって……こういうのが一番ムカつくぜ」
数字でコロッと態度を変える冒険者たちの変わり身の早さは、ジオにとっては不愉快の対象でしかなかった。
それは、大魔王の手によって、これまで紡いできた絆などアッサリ消され、自分に対して地獄のような苦しみを味あわせた帝国の連中を思い出させるからだ。
「まっ、タダ飯食えると思えばよいじゃろ? そんなことよりも、まずワシらにはやらねばならぬことがある」
ジオの気持ちを察したガイゼンが「テキトーに流せ」と言いながら、その前にまず自分たちの抱えている問題について口にする。
「いかにもだ。今日より自分たちは四人のチーム。そして、チームを組んだ以上は果たさねばならぬ最初の課題がある」
ガイゼンの意見にマシンも同意して頷く。
そう、ジオ達四人のチームが結成されるにあたり、最初の問題。
それは……
「「「「で、登録するチーム名はどうする??」」」」
そう、自分たちの結成したチームの名称であった。
今後はその名前で協会にも登録されて、自分たちはそのチーム名で呼ばれることになる。
そのためにも、あまりテキトーで済ませられない問題でもあった。
「俺がリーダーなんだろ? だったら……『ジオ冒険団』でいい……だろ?」
「「「ダサい。却下」」」
ジオが何気なく提案したチーム名は一瞬で却下された。
しかし……
「ぐふふふふ、まったくガキはこれだから発想が乏しい! わしには色々案がある!」
「ふむ、チーム名か……なら……」
「あ~、くそ! いいすか? どうせもう僕もそのチーム入るなら、僕にも権利あるんでしょうね?」
一つのアイディアが出た瞬間、次から次へと湯水のようにチーム名に関する候補が各々から上げられる。
・ジオ冒険団(ジオ案)
・天下無双団(ガイゼン案)
・鋼と愉快な仲間達(マシン案)
・エターナルダークフレイムファンタジーオブレジェンド(チューニ案)
「俺の名前を入れて何が悪い! 普通、こういうのはリーダーの名前が入るもんだろうが!」
「かーっ、どいつもこいつもなんじゃい! 男たるもの、いかなる名においても最強を語るものでなくてどうする!」
「自分にボキャブラリーのセンスは登録されていない。皆の案を尊重する」
「あの~、どうせならもっとかっこいいのに……」
各々案を出すもののあまりピンと来ず、次から次へと思いついたものを片っ端から四人は紙に書き記して発表していく。
「そうだな……やはりここは、冒険団がダメなら、ジオ軍団でどうだ!?」
「やはりここは大きく! 超銀河無敗軍団でどうじゃ?!」
「……無敵戦艦……」
「じゃあ……そうだな……僕たち嫌われ者たちなんで……これから自由に生きる……フリーダムファンタジー」
「ぬぬぬ、ならば……ギャラクティカトルネードビクトリー!」
「最終兵器軍団」
しかし、数時間たっても一向に案がまとまらず、それどころか混迷するだけ。
気づけば、ジオ達とお近づきになりたい冒険者たちもどんどん待ち疲れて寝始めている。
しかし、何時間も四人で意見を交わしても「これは」というものが上がらず、検討は終わりが見えず、結局徹夜で朝日が昇ろうとする時間まで、紛糾した。
ギルド責任者もジオたちに逆らう気はなかったのだが、とても言いにくそうにしながら……
「あの~、すんませんが……ちょっと今日はもう……実は今日の朝から、『ギルド見学』の予定が入ってまして……」
「はぁ? ギルド見学ぅ?」
「す、すんません! 反対側の大陸から、若い学生たちが『臨海学校』とかいう制度で、この港町に集団で泊まりに来て、勉強したりするんす」
「へ~……平和だと、そーいうこともすんのか……今の世は」
ギルド責任者の口から説明された、予想外で、しかしジオたちにはどうでもいい予定が告げられた。
「ええ、国からの依頼でもありまして……田舎街のギルドを見学……みたいなプログラムもありまして、申し訳ないんですが……続きは、公園なんかでしていただけたら……」
「あああん!? いい歳した男たち四人、公園で座って話てろって言いたいのか!?」
「ひいいいっ、で、ですが、この街の公園も海が一望できるような……国の文化遺産にも入れられているようなシーサイドパークでして……座談会したりするにはいい場所だと思いますよ!?」
「ふ~~~~~ん、公園ね~……」
公園。その単語に何か引っかかりを覚え、少し考えるジオ。
公園とは、遊んだり楽しんだりするような場所のことである。
「シーサイドパーク……海辺の公園か」
「公園の~、ワシ、公園なんぞ行ったことないぞい」
「けっ、ただのガキの遊び場さ。テメエには無縁さ」
「そうかのう? ワシらはこれからガキみたいに遊ぶのじゃから、何かヒントがあるかもしれぬぞ? まぁ、ワシらが遊ぶのは公園ではなく、世界じゃがな」
「世界……」
そのとき、ジオは急に頭の中にある言葉が思い浮かんで、気付けばそれを紙に記していた……
「……こういうのは?」
「ほう」
「……?」
「え……えええ? なんで?」
四人の反応はそれぞれ。
しかし、先ほどのような大きな反対意見や、自分のアイディアで被せる声はこのとき無かった。
「言葉の流れは悪くない……が、初めて聞く名だが……何の意味があるのだ?」
「あ~……僕はちょっと……いや、その名前は……まぁ、別にいいのか?」
ジオが何気なく書いた名前を神妙な顔で尋ねるマシンとチューニ。
すると、ガイゼンは意味が分かったのか、笑みを浮かべて頷いた。
「なるほどのう。これから……この広大な地上世界を公園のように丸ごと楽しむ遊び場にする冒険団という意味か?」
「ん……まぁ……何となくだけどな」
「本当は、無敵とか最強とか入れて欲しいところだが……まぁ、よいのではないか? 今までのより、どこかしっくりくるわい」
多少の不満はあるものの、ガイゼンはこれまでの中では一番納得がいくと、素直に折れた。
「そうか。まぁ、自分も……もう異論はない」
「ええ? いや~、僕にはその単語は全然違う意味に感じちゃうけど……まっ、もういいや……。それじゃぁ、僕もそれで妥協するんで……」
もうこれ以上は案も無いだろうと、とうとうマシンもチューニも頷いた。
「おっしゃ、おい、おっさん!」
「ほへっ?」
「これで登録すっから、登録しといてくれ!」
眠そうに立っていたギルド責任者に、ジオは紙を手渡す。
「えっと? これでよろしいんでしょうか?」
「おお、やっておいてくれ。んで、もうちょい待て」
「はっ?」
「名前を決めるので時間かかっちまって、その他のことがまだ決まってねーんだ。だから、その間に登録しておいてくれ」
「い、いやいやいや、ちょっと! だ、だから、今日はもうこのギルドには予定が……って、あのぉッ!?」
チーム名は決まったけど、まだ忙しいと、ジオはギルド責任者に紙を渡してすぐに登録するように告げる。
そして、ジオたちは再びテーブルで向かい合い、次のお題に入る。
「で……俺ら……チームになって登録も済んで……具体的に何やる?」
次は、今後の行動目的であった。
「決まっておる。とりあえず、賞金の高い実力者たちを片っ端から消し去っていく!」
「……自分は……今まで与えられた任務以外してこなかった……だから……冒険がしたい」
「……田舎で野菜作ってスローライフ……」
そして、それもまたやりたいことが各々バラバラであった。
「強い奴を片っ端からって……ジジイ……」
「悪くはないじゃろ? これから二代目大魔王の座を狙っておる輩を片っ端から倒していくのも楽しそうじゃ」
「しかし、それだと我々が……いや、リーダーのジオが、最終的に大魔王になってしまうぞ?」
「ちょ、それじゃ、僕たちが魔王軍になっちゃいそうなんで!?」
まずはガイゼンの案。好戦的なガイゼンらしいが、冒険者の自分たちが新たなる魔王軍扱いされてしまうのはどうなのかと、誰もが顔を顰めた。
「なにい? よいじゃろう。なら、いっそのこと大魔王になってしまえ! それはそれで面白そうじゃ!」
「いや、面白そうって……俺、大魔王に恨みがかなりあったんだが……」
大魔王にいい思い出の無いジオは、ガイゼンの冗談交じりの提案に微妙な顔をした。
「やっぱ、却下だ。大魔王なんてアホらしい物目指すのは、俺も嫌だしな。で、次は、マシンの案だな。純粋な冒険か?」
「ああ。そして、願わくば……船などで、海を渡ってみたいな」
「海か……となると、船に乗ってぶらりと世界を回るか……面白そうだな。俺も嫌いじゃねえ」
マシンの案は意外にも面白そうだとジオも感心したように唸る。
そして、次はチューニの案だったが……
「で、チューニのすろーらいふ? なんだそりゃ?」
「ああ。むしろ、そんな暴れるとかやめて、田舎で悠々自適にのんびり―――」
「「「却下」」」
「ええええええっ!!!??」
考えるまでも無く却下されたのだった。
「俺は海で冒険ってのはいいと思うぜ? 俺も航海は戦争とか以外でやったことねーしな」
「まっ、今の時代なら腕の立つ海賊も多かろうし、それも面白いか……」
「そう言ってもらえると、自分も少し楽しみになってきた」
「僕の案は……」
そして、各々の意見をまとめると……
「じゃ、とりあえず最初は海に出て、宝探ししたり、邪魔な海賊ぶっ飛ばしたり、そして船の上で畑を作る。こんな感じか?」
「まっ、いいじゃろう」
「異論ない」
「いや、僕はのんびり暮らしたいだけで、そこまで畑づくりしたいわけじゃ……」
まずは海に出て世界を回りながら、やりたいことをしよう。
それが、ジオ達のチームが掲げた最初の行動であった。
そして……
「おーい、旦那たち。協会に魔通信であんたたちの冒険者登録及びチーム名登録終わったぞ?」
「おお、終わったか」
「ああ。ってなわけで、これで今日からあんたたちは―――――」
同時に、ギルド責任者が登録を終えたと報告に来た。
丁度いいタイミングであり、さぁ、今こそ新たなる人生の幕開けだと四人で頷き合う。
「これで今日からあんたたちは……『ジオパーク冒険団』だ」
それは、ジオ(地上世界)を、パーク(遊び場)にして冒険をする者たちのチームであった。
「……やっぱ、口に出されると少しダセーな」
「少し弱そうじゃのう」
「確かに、他人がチーム名だけを聞けば、我々のような者たちを想像しにくい名前だな……」
「やっぱ、せっかくだからファンタジーとか入れた方が……いや……もう面倒だから僕ももういいけど……」
完全納得とはいかずに、ちょっと微妙な顔をするジオたち。
もう少し名前を弄ってみるか? そう思い始めた時……
「おーい! 船が着たぞ~! 『ミルフィッシュ王国魔法学校』の生徒たちだぞー!」
「おっ、異大陸から、若者たちのご到着だな!」
そのとき、急にギルドの外が騒がしくなり、街の者たちが慌てて港へ駆け出していく。
どうやら、予定していた学生たちが現れたようだ。
そしてそのとき……
「えっ? ミル……フィッシュ……」
「ん?」
「な……なん……で?」
何故か、チューニが顔を俯かせて青くなっていた。
何かあるのか? ジオがそう尋ねようとしたとき……
「しっかしまぁ、戦後まもなく治安も不安定と聞いておるが、そんな状況でよく若い学生たちに海を渡らせて違う大陸から来させるもんじゃわい」
何気なくガイゼンが呟いた言葉に……
「まあ、そうなんですけど、当然警備も厳重ですから」
「ほう」
「このあたりの海は辺境とはいえ、帝国領土。当然、『帝国海軍』の将校による、厳重な警護の下で招き入れているんですよ」
ギルド責任者が口にした発言に、ジオの体が大きく跳ね上がった。
「……帝国海軍の……将校の……警護だと?」
「ええ。そして今日来られるのが……」
思わず唇が少し震えてしまう中でジオが尋ねると、ギルド責任者は頷きながら答えようとしたとき、ギルドの扉が乱暴に開けられた。
「大変だ、マスターッ!!」
「っ、お、おい、朝っぱらからなんだよ!?」
扉を開けたのは、冒険者風の男。よほど慌てていたのか、激しく息を切らせていた。
何かあったのかと、ギルドで寝ていた他の冒険者たちも顔を上げると……
「きょ、今日、ここに来る……学生たちの警護の予定だった将校が……変更になっていた」
「はぁ?」
それは、元々この港町に来る予定だった警護担当の将校に変更があったということ。
しかし、それだけならば大きな問題ではない。
問題なのは……
「誰に変わったんだ? 町長はコナーイ将校に対する歓待の準備してたってのに……」
コナーイ将軍という名前をジオも聞いたことがあるし、顔も知っている。もっとも、その人物は急遽来なくなったという話。
ならば、誰が代わりに?
「そ、それが……」
すると、駆けつけた男は唇を震わせながら……
「な、なぜか……帝国海軍トップが……」
「……はっ?」
「帝国の第一王女でありながら……海軍提督……アルマ姫が直々に……」
その瞬間、ギルド内の時が止まったかのように沈黙した。
そして、ジオは……
「アルマ……ひめ……いや……ッ……あの女が!?」
その名を自身の口でも改めてジオが呟いた瞬間、ジオの意識からチューニのことが消え、ただ苦しそうな表情で自身の魔族の腕と化した右手の『指』を擦った。