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マッサージ屋

作者: 玉沢知也




『なんでもマッサージ屋』


入口の辺りを見回しても、コースの説明などの看板は出ていなかった。

『営業中』の札は、ドアの真ん中でしっかり主張している。営業している事は確かなようだが、他に情報は一切無い。客としては、本来不安になるであろう情報不足だが、しかし俺には、「どんな客でも満足させてあげます」という無言のプライドを、店の佇まいから感じた。

 ……余程、腕に自信があると見た。


「おもしろい……」


マッサージマニアの俺に、入らないという選択肢はなかった。戦いにおもむく気持ちで、一歩を踏み出す。

ウィーンという音を響かせながら、自動ドアは開いた。白を基調としたシンプルな受付は、歯医者の受付を彷彿とさせる。

 カウンターの向こうには、四十代後半くらいの白シャツの男性がいた。


「いらっしゃっいませ。何名様ですか?」

「ひとりです」


 と殊勝に答えたが、マッサージなんて大抵が一名客だろう……。つい、ファミレス感覚で反射的に答えてしまったが、仮に複数人だった場合、マッサージ屋としてどのような対応をとるのだろう。

 気になった俺は試しに、ノリで言ってみた。


「後から二人来ます」

「都合三名様ですね。かしこまりました。」


 ……自然にかしこまられてしまった。こうなると、本当に三名だった場合どうなるのか気になる。今から知り合いを呼ぶか?いや……この時間、急に来られるような知り合いはいない。しかし、三名だった場合の対応も見てみたい。


「あ、でも来られるかわからないんですよね……」

「さようでございますか。でしたら念のため、三名用のベッドにご案内させていただきます」


 三名用のベッド?なんだそれは!


「あの、三名用のベッドってどんなのですか?」

「はい。大きく作らせていただきました」

「……」

「……」

「え。説明それだけ?」

「失礼いたしました……。顔を入れる穴は、しっかり三つあります。ご安心くださいませ」

「そう、ですか……。キングサイズのベッドに穴が三つ並んでる感じなんですね……」

「いえ。エンペラーサイズで作らせていただきました」

「エンペラーサイズ……?初耳ですが、キングサイズの上ってことですね」

「はい。四名様の場合は、ラストエンペラーサイズをご用意させていただいております」

「……五名は?」

「四名様で、「ラスト」エンペラーサイズと表現させていただいている訳ですから、おのずと答えはでるかと思います」

「四名が最大なんですね……失礼しました」


 考えればわかるだろ……と、暗に言われてしまった。

 受付の男性は、失礼ですが……と前置きをする。


「当店は初めてでいらっしゃいますね?」

「はい。初めてです」

「では、初回サービスがございます。コースの説明に移らせていただきます」

「お願いします」


 男性は、コースの一覧表を俺の前に差し出した。


「まず、時間を選んでいただきます。20分2980円、30分3980円、1時間2万円……となっております」

「1時間だと、値段が跳ね上がりますね」

「本気度で、値段設定させていただいております」

「本気度?」

「はい。どのコースも本気を出しはしますが、どうしても貰える金額によって、こちらも気分が変わります。1時間コースはおのずと値段があがり、自然とやる気がでます。そのやる気からくる集中力のアップを更に値段に加味させていただき、二万円となりました。」

「その言い分は気に入りました。1時間コースでお願いします」

「かしこまりました。みるみるやる気が出てきました」


 次の説明に移らせていただきます……と、男性は一覧表を差す。


「マッサージの種類がございます」

「ええと……中国式に、台湾式。……韓国式もあるんですね?韓国はあまりマッサージのイメージが無いですね。どんな感じですか?」

「コリにキムチを塗らせていただきます」

「……はい?」

「キムチの刺激がコリをほぐす効果があるのです」

「……そうなんですか」

「他には、「トッポギ」を裏声で言わせていただいております」

「意味がわかりませんが」

「「トッポギ」を裏声で言いますと、面白いという効果がありますので、心のコリもほぐれる……と、なっております」

「心のコリ……ですか」

「いやお客様!心残りみたいに言われても!」


 男性は噴飯し、急にテンションが上がっている。気持ち悪かった。


「韓国式コースでよろしいですか?」

「いえ、他のコースの説明も聴かせてください」

「かしこまりました。」

「この、ドイツ式っていうのは……?」

「はい。こちらのコースは、ウィンナーで指圧をさせていただきます」

「え?……ウィンナーぐちゃってなりません?」

「なります。肉汁には、コリをほぐす成分が含まれていますので、丁度いいかと存じます」

「そうなんですか?」

「食べればカリっ。指圧すればコリ。ウィンナーは、一石二腸でございます」

「……」

「ドイツ式でよろしいですか?」

「いや……。このロシア式っていうのは?」

「マトリョーシカマッサージでございます」

「どんなの?」

「マトリョーシカのように、外側を開けさせていただきます」

「……は?」

「お客様の外側を開けさせていただき、中のお客様をマッサージさせていただきます」

「中のお客様って……意味がわかりませんが」

「わたくしも、何度聴いてもわかりません」

「は……?」

「わたくしが施術するわけではないので……。言い訳させていただきますと、何回も先生の説明を聴いているのですが、理解出来ないのです。いつからか先生はため息を吐き、あからさまに面倒臭そうに説明するようになりましたので、もう聴く気になりません。すみませんがマトリョーシカコースをご希望の場合は、説明無しのぶっつけ本番でお願いいたします」


 この男性の理解力が乏しいのか、先生の説明が稚拙なのかわからないが、訳のわからないコースにお金を払うつもりはない。興味はあるのだが、恐怖の方が勝つ。マトリョーシカよろしく外側のお客様を開ける……なんとも剣呑な響きではないか。イメージだと、腹を切られてしまいそうだ。もちろん例えなのだろうが、中のお客様をマッサージするとはどういうことだ。心理カウンセリングみたいなものかもしれない。

 いずれにしても、俺がほぐしたいのは身体のコリであって、心のコリではない。


「他にしますね。……この絶叫足裏コースというのは、足裏マッサージですよね?」

「はい。たくさんのお客様に絶叫していただいております」

「痛みで、ですよね?怖いなー」

「いえ。恐怖で、です」

「……恐怖?」

「ベッドが動いて、暗い廃病院を進みます。足裏マッサージしながら、お化け屋敷を楽しめる仕様となっております」

「……お化け屋敷は、足裏マッサージ限定なんですか?」

「はい。通常のマッサージは、うつぶせですので、お化け屋敷を楽しめないと、少し考えればわかります」

「すみませんでした」

「絶叫足裏マッサージコースにいたしますか?」

「いえ。他にもコースはあるんですか?」

「叫んでデトックスコースなどいかがでしょう」

「……どんなコースですか?」

「お客様が叫びやすい状況をこちらで用意させていただき、叫んでスッキリしていただきます」

「……例えば」

「年齢を尋ねられたら、「いくつに見える?」と聞き返しますので、「どーでもいいわ!」と叫んでいただきます」

「それはいい!」

「後は……トークのオチの前で「なんて言ったと思う?」と言いますので、「知るか!」と叫んでいただきます」

「気持ち良さそうですね!」

「他には、お客様がヒジでグラスを倒してしまった際、「あーあ。やると思った」と言わせていただきますので、「なら先に言えや!」と叫んでいただきます」

「そのコースにします」

「かしこまりました。オプションはお付けいたしますか?」

「んー……この、カーディガンの優しさ、ってなんですか?」

「このオプションは、マッサージ中にお客様が眠ってしまった場合、そっとカーディガンを背中に掛けさせていただきます」

「優しいですねー」

「いかがいたしますか?」 「お願いします」

「かしこまりました。どうぞこちらへ」


 奥へ案内しようとする男性。俺は思わず声を掛けた。


「あの、初回サービスは……?」


 ニコリと男性は優しく微笑んだ。


「すでにサービスさせていただきました」

「え?」

「こんなマッサージ屋は二度と来たくない。どんなの?……という大喜利をするのが、初回サービスとなっております。いかがでしたか?」


 なるほど。ずっと妙な事を言っていたのは、楽しませようとするサービスだったのか……。

 俺は、言った。


「ポイントカード作ります」


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