砂のなかの楽園(三十と一夜の短篇第24回)
1.はじめましてレディ
風が吹く。
かわいた大地をまきあげて、砂まじりの風が吹く。
ピピピッ。
ざらつく風のざわめきのあいまに、頭部に内蔵された受信機からたかい音がひびく。
その音でユクヒトは砂に足あとを増やす作業をとめて、風がやむのを待ってからゴーグルをひたいに押しあげた。ほんとうはそんなことをする必要はないし、足をとめる必要だってないのだけれど。
そもそも彼にとってはゴーグルなんてかざりでしかなくて、砂が舞うここではゴーグルをしてフードを目深にかぶったほうか人間らしいから、そうしているだけのこと。
実際は砂つぶにうたれても平気な顔をして立っていられるし、歩きながら受信内容を確認することだってできる。
けれども、あえて風のあいまに素顔をさらして立ちどまり届いたメールを開封すると、臨時任務の文字がある。ときおり入るチェック箇所追加の連絡かと読みすすめて、ユクヒトは首をかしげた。
「……人間の子どもを送る、世話をするように……?」
解読はできるのに理解できないメールの内容は、音声にしてみたところでやはり理解不能だった。
これまでにない任務内容。それも、ユクヒトの能力に適しているとは思えないもの。
頻発する砂嵐によって文面にエラーが生じたのだろうかとあらためてデータを確認するけれど、異常は見つけられない。そもそも砂嵐程度でエラーが発生するならば、いまごろユクヒトは動いていないだろう。
「人間の子どもを送る、世話をするように。詳細は追って連絡する」
もういちど読みあげた任務内容はこれだけだ。ほかに情報はないかと見れば、送信元が聖域とある。
聖域。住みにくくなった地上をはなれた人間たちが、あらゆる生命を連れて移り住んだ地下の楽園。そこが送信元であることといい、内容のあいまいさといい、おそらく送り主は人間だと思われた。
「子どもを世話する。子ども、十八歳未満の者……保育に関する情報をダウンロードすべきでしょうか?」
与えられた仕事の不明確さにひとり首をかしげる、地上巡行用ヒト型ロボット、男性タイプ。識別名、ユクヒト。
応える者のない、それどころか呼吸をする者も存在しない地上において、彼の再生した音声は乾いた風の音にかき消されるだけであった。
数日後、彼が拠点とする基地に物資移送用のロボットがやってきた。定期的に各拠点を巡回するそのロボットは通常であれば事前の指定どおりに物資を置き、また依頼したとおりに物資を回収して拠点をあとにする。
いずれの作業も全自動でおこなわれるため、拠点のロボットが手伝うことはない。けれども、きょうだけはその物資移送用ロボットの到着をユクヒトは待っていた。
事前に連絡を受けていたとおりの時間に、指定されていた拠点の入り口にとまる移送用ロボット。ユクヒトの目のまえでかすかな音をたてて、ロボットの開口部がひらきはじめる。
すると自動でひらく開口部がひらききるのを待たず、わずかにできたすきまからちいさな影がすべるように出てきた。
砂に足をつけたそのひとは、ユクヒトにぶつかる寸前のところに立つ。
頭から足の先まで大きな布にすっかりおおわれて、顔の見えない人間の子ども。
目のまえに着地したその子どもをユクヒトはじっと見つめた。
地上部から頭頂部までの長さ、布ごしに感知できる体温、推測される重量、いずれも事前情報として送られてきているデータに一致する。臨時任務の対象であると思われる。
それを確認したところで、ユクヒトは次の挙動を決めかねる。
なんと声をかけたものだろうか。
ロボット同士であれば識別名を告げて、必要であれば任務内容を確認しあう。けれどあいては人間だ。ならば、どのような対応が正解だろうか。
子どもと会うのがはじめて、どころか生身の人間と会うのがはじめてのユクヒトは、脳内にインプットされているマナーに現在の状況を照らしあわせて考えてみた。
マナーに関するデータにあるあいさつの項目に「あいての目を見ること」とある。
というか、あいての目を見て笑顔でおこなうこと。それ以上のあいさつに関するマナーはインプットされていない。なにせユクヒトは地上を歩きまわるためにつくられたロボットだ。人間に対するマナーなど、要求されたことがない。保育に関する情報といっしょにダウンロードしておけばよかったと思っても、いまはどうにもならない。
そんなわけで、ユクヒトはできる限りの行動をとることにした。
あいての目を見るべく、頭部をまえにさげた。
その結果、布にくるまれた頭頂部が見えた。目は見えない。
なぜか。考えるまでもない。
あいての身長は一一五センチ。生後七年が経過した日本人種の女児としては一般的な大きさだ。対するユクヒトは、一七五センチ。男性型ロボットとしてもっとも標準的な全長で作成されている。
そのため目の前の子どもとユクヒトが目線を合わせるにはユクヒトが下を見るだけでなく、あいてにも上を向いてもらう必要がある。
「……」
その体勢で見つめることしばし。
ふと、ユクヒトは片ひざを地につけてみた。そのまま前を向けば、子どもの視線とまっすぐに向き合うことができた。
布のすきまにきらめく子どもの目線と高さをあわせて、いざあいさつを。
「はじめまして。地上巡行用ヒト型ロボット、識別名ユクヒトと申します」
言いながら口角をあげ目をほそめれば、返ってきたのは頬を赤く染めて歯をむき出しにした笑顔。
「ユクヒト、よろしく!」
へへへ、と笑いながら飛びついてきた子どもごと転倒しないように、ユクヒトはあわててそのちいさな体を抱えたのだった。
2.やんちゃな七さいのレディ
岩場の砂だまりにしゃがみながらゴーグルをはずしたユクヒトは背嚢をおろす。背嚢の口紐をゆるめて金属製の器具を取り出していた彼の手元に、ふいに影がさした。
「それなあに」
声をかけてきたのはここ数日で見なれた子ども。
ちいさな体で岩のうえに立ち、くろい髪を風にあそばせている。濡れたようにひかる瞳は髪の毛と同じ色をしている。ふっくらとした真っ赤な頬とほそい首がアンバランスながらも両立していて、そでなしのワンピースドレスのすそから日に焼けていない白い足がのぞいている……。
そこまで観察したところで、ユクヒトはすぐさま立ちあがった。
「カイカ! そのような恰好で外に出て……!」
言い終わるまえに、ちいさな体が岩のうえから飛びおりてきた。まよいなく降ってきた子どもを両手で受け止めたユクヒトは片手で彼女を抱えたまま背嚢のなかみを出し、そのうえに彼女をおろした。
そして手早く自身が身に着けていた外套をカイカの肩にかけてフードもかぶせる。むき出しの足と自身の軍靴に目をやって、すこし考えてから白いシャツの釦をはずしにかかる。
「こんなカッコウ、だめ? いつも着てる服だよ」
ゆび先さえ見えないおおきな外套のそでをふりながらカイカが首をかしげるのにあわせて、おおきすぎるフードがかたむく。
それにうなずき返しながらひざまずいたユクヒトは、脱いだシャツをカイカの腰にまきはじめる。
「だめです。あなたの言ういつもとは、聖域でのことでしょう。あの場所とちがって地上には人間の体に有害な物質が多量にあるのです。いくらあなたが耐性を示す遺伝子構造をしていようとも、実際にどのていどまで耐えられるかは徐々に調べていかねば……」
だめだという理由を述べながら、ユクヒトは子どもの格好を確認する。たよりない手足もちいさな頭もすっかり布にくるまれて、太陽光にも砂風にもふれていないことを確かめてからそのちいさな体を抱きあげた。
そのまま歩きだすロボットの腕のなか、カイカが身じろぎしてユクヒトの肩ごしに岩場をふり返る。
「ねえ、おかたづけしなきゃ。ユクヒト、リュックのなかみだしっぱなしだよ」
リュックも持ってかえらなきゃ、と続けるけれどユクヒトの足は止まらない。
「あとで取りに行きます。それよりも、あなたを安全な場所に連れて行くことのほうが優先されます」
「ええー。もうかえるの? あたしもちょっとくらいおそとであそびたい」
「施設の中庭があるでしょう。カイカ専用です。上部に光の透過性がたかい防護シートを張っているので、カイカならば比較的安全に屋外にいる気分をあじわえると推測されています」
施設を案内する際に一度した説明をそのままくりかえすが、子どものほほはふくれたままだ。
「せっかく地上にきたんだから、ほんとのおそとがいい」
「すこしずつ、試していきましょう。まずは空気。それから光、土や水へのカイカの耐性をゆっくり確かめていきましょう」
そう告げてもふくらんでいる赤いほほにユクヒトはすこし考えて、わずかにのぞくちいさな指先をそでにしまいながらとおくに目を向けた。
「……あなたが地上の土に耐性があるとわかったときには、あの丘の向こうを見にいきましょう」
言われてカイカがユクヒトと同じ方向を見れば、とおい砂山に動く影があった。
四つ脚を器用にあやつり、斜面をのぼるのは運搬用ロボットだろう。一定の間隔をあけてすすむ行列のさきは、砂山の向こうにとぎれて見えない。
「あれ、なあに? なにかはこんでるの?」
「苗木です。苗木を運び、比較的汚染のすくない土壌に植えるのです。健全な大地の育成を目的とした作業です」
むくれたほほのことをわすれたカイカが首をかしげたので、ユクヒトは言葉をえらびなおした。
「カイカがいつものカッコウで遊べる場所にするために、木を植えているのです」
「ふうん」
とおくを見ている子どもは、納得したのかしないのかわからない返事をよこす。
「はやくいきたいなあ」
こぼれた言葉よりも、焦がれるような瞳が雄弁に語っていた。
3.十一さいのレディはまだまだ子ども
草もはえない砂のうえをはずんだ足どりがすすんでいく。飛び跳ねぎみなあしあとに続くのは、規則正しく一定の歩幅ですすむあしあとだ。
「カイカ、そのようにはねると転びますよ」
一列になった運搬用ロボットに近づきすぎないように気を配りながら、ユクヒトがカイカに声をかける。
「だいじょうぶ。もう子どもじゃないんだから転ばない、よっ!」
返事をするカイカの足はよりいっそう落ち着きをなくす。ときに走りときにはねるその足どりは、いつでも浮かれてつま先立ちだ。
「そのように急がなくても、予定時間内に目的地にたどり着きます」
聞き届けられないとわかっている注意をくり返すユクヒトは、少女との距離がはなれすぎないように歩行速度をあげた。
少女のうごきにあわせてひるがえるスカートが風にながされるときには風上に立って、吹きつける砂つぶからやわい肌を守る。やさしいそよ風が吹くときには半歩さがり、ひたいに浮いたあせがひくように努める。
そうして、苗木を載せた運搬用ロボットに遅れながら砂ばかりの地をゆくことしばらく。
丘の向こうを目にしたカイカは、おもわず声をもらした。
「うわああぁー……!!」
眼下にひろがる盆地一面を埋めつくすのはみどりの絨毯。あちらに濃いみどりがあると思えば、こちらには淡いみどりがひろがっている。やわらかそうな一帯もあれば、ごわついて見える箇所もある。
運搬用ロボットが連なって消えるさきには、地上に残されたあらゆる木々が植えられていた。
「すごい、すごい! こんなにたくさんの木がほんとうに生えてるなんて、はじめて見た!」
興奮したカイカは、ほほを染めひとみを輝かせたまま丘の斜面を駆けおりてゆく。
砂に足をとられて転んでも気にせずまた走りだす。はじめて目にする本物の木をめがけて駆けていく。
「カイカ、口や目に砂は入りませんでしたか?」
追いついたユクヒトが声をかけたときには、カイカは木の幹に抱きついて頬ずりしているところだった。地を這うみどり、空にそよぐみどりに囲まれた少女はお気に入りの白いワンピースを汚す砂を気にもかけず、うっとりと目を閉じてほそい木の幹を抱きしめていた。
こんなときはいくら呼んでも返事がないとここ数年で学んだユクヒトは、砂まみれの少女をはたきはじめた。
あるロボットは苗を運び、あるロボットはそれを植えている。植えた苗を管理するロボットが生育を記録し不要な枝を切りおとす横で、頭、肩から腕をはたいているとカイカのまぶたが持ちあがる。
「ざらざらしてる。だけどイヤなざらざらじゃない。なんだかあったかいの。それがなんだか気持ちいい。これが木なのね。ほんとうの、生きている木なのね」
真剣な顔でひとみをいっそう輝かせてカイカはいう。いつもより強いきらめきに射ぬかれて、ユクヒトが返せたのはまばたきひとつだけだった。
「なんてきれい。なんてすてき。木陰はすずしいのね。木の葉がこすれる音はこんなにはっきりしていたのね。地下で見たどの映像よりもずっとずっとずーっと、すてき!」
やわらかくほそめられたひとみを向けられて、ユクヒトはつられたように笑みを形づくる。
目をほそめて口角をあげたその表情は、なぜか少女のお気に召さなかったらしい。ごきげんな顔を一転させたカイカはほほえむロボットをにらむようにして見た。
「なのに、どうしてユクヒトはそんないつもどおりなの?」
「どうして、と問われましても。そのような設定がされていないからです。ロボットの感情に起伏をつくるのは、現代の技術ではむずかしいのです」
作業用につくられたロボットとしてせいいっぱいの回答をしたユクヒトだが、少女の眉間のしわは深まるばかり。
木の幹からはなれたカイカは、不機嫌な顔のままロボットの胸にこぶしをぶつける。
「だったら、これつかえばいいじゃない。ここに埋まってる特別なやつをつかえば、ロボットも感動できるんでしょ」
ちいさなこぶしが添えられた自身の胸を見おろして、ユクヒトはかすかに笑う。胸に埋めこまれたちいさな部品を思い浮かべてこぼれた笑みは、彼が人間であったならきっと苦い笑いであっただろう。
「これは、そうかんたんに使うものではありません。ヒト型ロボット一体につきひとつしか与えられない、交換不可能なパーツなのです。使用回数のわからない消耗品ですから、いざというときのためにとっておくのです」
「ふうん。いざって、いつ?」
不機嫌な顔をしまった少女の問いに、ロボットは首をかしげた。
「それはまだわかりません。けれど、今ではないでしょう。時が経てばふたたび芽吹くみどりに使うものではありません」
やんわりとした口調のユクヒトだけれど、このロボットがけっこう頑固なのは数年をともに過ごしたカイカにもわかっていた。
納得がいかないという顔をしながらもそれ以上の言及をやめた少女に、ユクヒトはとっておきの情報を教えることにした。
「それよりも、これだけの植物があるのですからどこかに花が咲いているかもしれません」
それを耳にした瞬間の彼女の表情こそが、花が開いたかのようだった。
「なんてこと! 頭のかたいロボットにかまってる場合じゃない。急いで花を探さなきゃ!」
まるで、今すぐ見にいかなければどこかで咲く花が枯れてしまうかのように、カイカはあわてて駆けだした。そのまま走り去るかと思った少女は、興奮に赤くなった顔でくるりとふり返るとひとこと付けくわえる。
「こんなにきれいなのに感動しないなんて、もったいない!」
いうだけ言って、少女はそよぐみどりへと駆けていく。生い茂る蔦を踏まないように、はり出す枝に引っかからないように身軽にスカートをひるがえす。
残されたロボットは肩をすくめ、遠ざかる彼女を追ってみどりのなかに歩いていった。
4.十七さいの立派なレディ
いつも笑い声が聞こえていた砂のなかの基地に、数年ぶりのしずかな朝がおとずれた。
風はかわらず吹いている。砂はいつものように巻きあげられて音をたて、叩きつけられてさわぐ。けれどもそれをうち消すあかるい声は、聞こえてこない。
静まりかえる基地のなか。
おおきなガラス窓を無粋なシートで覆いつくした一室に少女は臥していた。
風に舞うのがにあう髪を白いシーツに散らばせて、成長してもなおたよりない手足を力なく体の横に投げだして、力なく横たわっている。
もとより白い肌を青ざめさせている彼女の手をそっと取ったのは、顔色こそ変わらないけれど表情をくもらせたロボット、ユクヒトだ。
「……カイカ。この基地でできる医療処置はもうありません。今日じゅうに最寄りの聖域に移れるよう手配をしましたから、もうしばらく耐えてください」
いつの間にか片手では覆えなくなった少女の手を両手でつつみ、ユクヒトはあさい呼吸をくりかえす彼女に呼びかける。
「カイカ。体がつらいならばすぐ言うようにと、伝えてあったでしょう。あなたが地上の空気や土に耐性を持っているとわかったからといって、許容の限界を越えればどうなるか……」
小言というにはよわよわしいユクヒトの声がするほうにカイカは頭をたおして、うっすらとまぶたをひらく。
「この体の限界を、調べるために、わたしはここに送られたんでしょ」
少女が息苦しさをおさえてなんでもないふうに言えば、ロボットは傷ついたような顔をする。
はじめて会ったころにくらべるとずいぶん表情がゆたかになった、とカイカはこっそり嬉しくなる。きっと本人は認めないだろうから、言わないけれど。
かわりに彼女は融通のきかないロボットにおねがいをすることにした。
「ねえ、笑ってよ。プログラムされた笑顔じゃなくて、ユクヒトがわたしのために、笑顔を見せてよ」
やわらかく笑う少女からもたらされたロボット的にたいへん無茶なおねがいに、ユクヒトはまばたきをくり返す。
しばしば登場するカイカの冗談だろうかといたずらな笑顔が現れるのを待つけれど、彼女はまっすぐなひとみでユクヒトを見つめている。その目のかがやきは、体が弱っていても衰えない。
つよい光に射ぬかれて、ユクヒトは口をひらく。
「……あなたがここに戻るときまで、ココロは使わずにいたいのです。体を治したあなたとふたたび会えたときに、ココロの底から笑いたいのです」
真剣な表情であまりにも女々しいことをいうロボットに、カイカはうっかり声をあげて笑った。
「あははっ、はっ! げほっ、ごほっ!」
「カイカ!」
思わずこぼれた笑いに弱った体が耐えられず、咳こんでしまう。
そんな彼女を心配し諌めるような声をあげるユクヒトの目を見ながらカイカはほほえむ。
「ずっと言おうと思ってたけど、ココロは惜しむものじゃない。使わなきゃ、錆びつくものよ」
諭すような少女のことばに、頭のかたいロボットは反論する。
「けれど、あなたのように際限なくココロを使用すると、すぐにすり減って壊れてしまいます」
言いながらユクヒトの回路が再生するのは、出会ってからのカイカが見せたさまざまな表情。
輝くひとみ、赤いほほ。容易に泣き、すぐに笑う少女から目が離せなかった。
容量を増設してまでユクヒトのなかに残してあるたくさんの記録。その記録のなかのどの彼女よりも力強く目のまえのカイカが笑う。ユクヒトのことばを笑いとばす。
「すり減ったら、あなたがわたしを抱きしめて。そうすればわたしのココロは満たされる。壊れそうになったら、あなたがわたしのそばにいて。それだけでわたしのココロはいくらでも強くなる。それはきっと、ロボットのココロもおなじよ」
ユクヒトはそんな説をいちども聞いたことがなかったけれど、なぜか彼女の言葉に反論できなかった。
そうしてロボットが呆けているのに、少女はいっそう笑みを深める。
「わたしはぜったい戻ってくる。わたしが戻ってきたら、覚悟しておいて。あなたのココロがすり減るひまも、壊れてるひまもあげないから」
言うだけ言ったカイカはかすかにほほに色を取りもどし、どこか具合が良さそうに見えた。けれどもやはりしゃべりつかれたのだろう。彼女はすこし寝る、言うとユクヒトの返事を待たずに目を閉じてしまう。
残されたロボットは、ひとり少女のそばに佇んだ。その顔に浮かぶのはあまりにもロボットらしくない表情だと、彼自身もまだ気がついていない。
お題「浪費」ということで、心の浪費を書いてみました。