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9 学生食堂にはトラブルが付き物

「午前中はいっぱい勉強したからお腹が空いたの!」


「そうですね、まさか授業開始の初日から、あんなに難しい魔法の理論を覚えるなんて、思ってもみませんでした!」


 アリシアとエイミーの会話内容からすると、トラブルメーカーの2人を除いた1-Eの教室では、平常通りの授業が行われていたらしい。魔法学院だけあって術式の構築に用いる魔法理論を早速説明された彼女たちは、頭がこんがらがりながらも何とかその内容を理解していた。隣の物置部屋に隔離されて授業を受けた2人とは大違いだ。


 だがそんな学習の初歩を学んだだけで大きく疲弊したまま後ろを付いていくトシヤとカシムは、ミケランジュ先生にこってりと絞られて、いつもの勢いはどこへやらの情けない状態だった。抜け殻のような虚ろな表情でただエイミーたちの後を歩いている。




「人がいっぱいなの! 空いている席を探すのも大変なの!」


 学生食堂の中は午前中の授業を終えた生徒たちで溢れ返っている。1年生から3年生までの生徒が合計600人も一度に集中するので、まとまって座る席を見つけるのも大変なのだ。


「トシヤさん、何でレイスを連れて来なかったんですか?! そうすればみんな潮が引くように逃げて行くから、席なんか取り放題なのに!」


「無茶を言うな! あんなのを連れていたらこの人数が大パニックを起こすだろう!」


 エイミーの無責任な発言に対して、食事の匂いを嗅ぎ付けてようやく再起動を果たしたトシヤが無理を言うなと反論する。どうやら彼も男子寮の食堂を恐怖のどん底に叩き落したあの一件で多少は学習をしたようだ。彼もカシム同様に学習機能が備わっているらしい。もっともその性能までは保証の限りではない。大概斜め上のあらぬ方向に物事を捉えるので、自らトラブルの種を撒き散らす原因をせっせと作成しているようなものだった。


「ところでなんでこのバカまで一緒に付いて来ているんだ?」


「誰がバカだ?! このハゲ野郎!」


 昨日はカシムが休んでいたために入学式で仲良くなったアリシアを含めた3人で行動していたのだが、今日はそこになんとなく流れでカシムまで一緒に付いて来ている。そのことに対する疑問を呈したトシヤに対して、カシムからすかさず反撃があったのだ。


「カシムはバカだから慣れるまで放し飼いは危険なの! 不本意だけどしばらくは私の目の届く範囲に置いておくしかないの! それにしても初めて見た時から薄々は感じていたけど、トシヤの髪の毛には危機が迫っているの!」


 アリシアの歯に絹を着せない発言が炸裂してトシヤとカシムが大ダメージを受けているところに、さらにエイミーからの追撃が加わった。


「そ、その・・・・・・ 私も口にしていいのかどうか迷っていましたけど、やっぱりトシヤさんって将来はハゲる方向に進むんでしょうか?」


「お、俺は絶対にハゲないぞ! か、仮にだな、もしそんな兆候が現れたら伝説の秘薬のエリクサーでも何でも手に入れて頭にぶっ掛けてやる!」


 アリシアだけでなくてエイミーからも同様に見られていたのが、トシヤにはかつてないほどの大きなショックだったようだ。反論しながらも己の将来を憂いて涙目になっている。


「ふん、そんな貧相な髪など今ここで全部毟ってやってもいいんだぜ!」


「テメ-だけはいつか絶対に殺す!」


 女子たちの指摘に対してはショックを受けていたトシヤだが、カシムに対しては殺気を漲らせて宣言している。なぜこうも男子に対しては喧嘩腰なのに女子に対しては中々頭が上がらないのか、それは彼の持って生まれた性格なのかどうかは不明だ。


「私もこのバカは一度死んだ方が良いと思うの! でも今は先にご飯を食べるの! 早く席が空いてほしいの!」


 アリシアはどうやらトシヤの意見に賛成のようだ。それにしてもずいぶん前からアリシアはカシムを知っているようで、それが気になったエイミーは2人の関係について尋ねる。


「アリシアとカシムは昔からの知り合いなんですか?」


「このバカとは獣人の国で初めて学校に通った時から同じクラスなの! 本当に残念で仕方がないの! いつも私はこのバカの尻拭い役をさせられてきたの!」


 アリシアは心から不本意そうな表情をしている。幼馴染が超特大のバカでは彼女がこのような表情になるのも仕方がなかろう。


「そうなんですか、アリシアさんも今まで苦労してきたんですね。私もこの2週間は同じ気持ちでいましたからよくわかります!」


 ドヤ顔でエイミーが語るが、そこにアリシアが待ったをかける。


「エイミーが言い切ったの! どちらかというとトシヤの方が苦労していたはずなの!」


「さすがアリシアはよくわかっている。もっと大きな声で、全校に聞こえるくらいの勢いで頼む」


 事実を指摘されたエイミーが今度は大きくへこんでいる。自ら墓穴を掘ったとはこのことだろう。


「待てよ、エイミーさんはこのハゲ野郎よりも非常識っていうことなのか?」


「誰がハゲだ! だがエイミーの性格も大概なことには違いない」


「いくらなんでもトシヤさんとは一緒にしないでください! 私はちょっと甘えん坊の普通の女の子です!」


 カシムの発言に2人が同時に食って掛かった。両者の意見が真っ向から対立しているが、そこはアリシアの出番だ。


「エイミーは自己評価が高過ぎるの! もっと自分をよく知らないとこのままダメダメエイミーで終わってしまうの!」


 まさに一刀両断、エイミーの抵抗はアリシアによって無残に切って捨てられた。依然としてアリシアのエイミーに対する評価が厳しい。というか、女子寮の同室になってますます厳しい目で見られているというのが事実だった。


「何で最終的に私が責められるのでしょうか?」


 憮然とした表情で納得がいかない様子のエイミーだが、その抗議はトシヤの発言によってあっさりと無視された。 


「あそこの真ん中辺りの席が空いたみたいだぞ!」


「本当なの! 急いでキープするの!」


 4人は素早く席を取って一安心する。これでようやく昼食にありつけるから、腹ペコのお腹で我慢する忍耐の時間はようやくお仕舞だ。


「エイミーは食事に時間が掛かるから先に取ってこいよ。俺がこの席の番をしているから!」


「ありがとうございます。トシヤさんの分も持ってきますから、待っていてくださいね」


 トシヤが一人で座席のキープ役で残って、他の3人はカフェテリア方式のカウンターに並ぶ。相変わらず結構な人数が列を作っており、戻ってくるまでは少々時間が掛かりそうだった。




「ペドロ様、こちらの席が空いております」


 トシヤの耳に聞き覚えのある声が響いて、そこに4人の貴族の子弟と思しき連中がドヤドヤとやって来た。


「ああ、悪いがそこは俺の仲間のために確保している席だから遠慮してほしい。もっとも一人はその辺の床で食わせても構わないんだが」


 トシヤはここはひとつ大人の対応というやつをしてみようと考えて、あえて紳士的な言葉で彼らに先約がある旨を伝えようとしたが、その言葉を無視するように3人はトシヤが確保している席に座って、残る一人が彼をどかしに掛かる。


「貴様、ここは貴族専用の席だぞ! 平民は平民らしく、向こうに行って小さくなって食べているのがお似合いだ! さっさとそこを空けろ!」


 魔法学院では貴族や平民といった身分の違いを一切認めていない方針で教育が行われているのだが、それはあくまでも表向きで内部では実質的な格差というものが厳然と存在していた。食堂の座席一つとっても貴族の子弟はカウンター側で、平民は入り口側に座るのが当たり前のように慣例となっていたのだ。


 そしてそんな細かいことには全く頓着しない、言い方を変えれば空気を読もうとしないトシヤは貴族たちが座るど真ん中の席を占有していた。


「はぁー、本当にお前らどこまで俺に喧嘩を売りたいんだ! なんだ良く見ればその顔には見覚えがあるぞ! 毎度お馴染みの便所スリッパ野郎だったのか!」


 いい加減にしてほしいと思っているトシヤだが、その考えとは裏腹に口をつくのは挑発以外の何者でもないフレーズだった。昨日あれだけ遣り合って、その翌日の再びこうして因縁を吹っかけられるのだから、トシヤから見れば最早ストーカー扱いしても構わないだろう。


「貴様、貴族に向かって・・・・・・」


 毎度お馴染みのありきたりのセリフを吐こうとした取り巻きの一人だったが、彼は最後までそのセリフを口にできずに白目を剥いて意識を失っている。トシヤがあまりのウザさに強めの殺気を放っただけで、その生徒は簡単に意識を手放したのだった。


 ピンポイントでその生徒のみに向けたトシヤの殺気だったが、カウンターに並んでいるアリシアとカシムはその気配を感じて『おや?』という表情で顔を見合わせている。その横では全く気が付いていないエイミーが用意されたメニューの中からどれにしようかと必死に頭を悩ませているのだった。


「どうやら貴様は我々の制裁を受けたいようだな。この学院では私闘は禁じられているが、正式に届けを出した演習目的の模擬戦が認められているのを知っているか? 今日の放課後に決着をつけてやるから、クラスと名前を教えろ!」


 確かこいつは『ローレンス家の何たら』と言っていたヤツだよな・・・・・・ 昨日の記憶に微かに残っていたその名前を思い出したトシヤ、彼の方でもはなっから喧嘩を買ってやるつもりだったので、この成り行きは大歓迎だった。


「俺は1-Eのトシヤだ! そうかそうか、模擬戦ならば喧嘩をしても良いのか。よしわかった、人数は好きなだけ連れて来い! きれいに叩きのめしてやるぞ!」


 一応言っておくが、トシヤには喧嘩と模擬戦と殺し合いの区別が全く付いていない。要は相手をぶっ飛ばせばそれでいいのだろうと、単純に考えている。その際、特に手加減などする理由はなかった。『運が良ければ相手は生き残れるだろうな』程度にしか考えていない。彼にとっては過去のあらゆる戦いが全て命を懸けたものだっただけに、その思考は当然だろう。


「そうか、私はペドロ=フォン=ローレンスだ。逃げ出さずに試合場までやって来い。おい、他の席に移るぞ」


 そう言い残して昨日に続いて意識を失った一人を引き摺るようにして彼らは去っていった。残されたトシヤは午前中のストレスが発散できる場を得てホクホクしている。当然ながら思う存分に暴れてやろうという所存だ。


「お待たせしたの! 大勢並んでいたから時間が掛かったの!」


「トシヤさんの分までちゃんと用意してきましたからね」


 ちょうどそこに何も知らないアリシアとエイミーが戻ってきた。エイミーは山盛りのおかずとパンとスープと飲み物が乗ったトレーを手にしている。


「サンキュー、ちょうど腹がいい感じに減っているからありがたい」


 トシヤはそのトレーを受け取ろうとしたが、エイミーは彼に一切関知しないで自分の席にそのまま置いて全くマイペースで食べ始めた。梯子を外されたトシヤは両手を受け取ろうとしたポーズのままで呆然としているしかなかった。


「何で俺がハゲ野郎の分まで昼飯を運ばないといけないんだ!」


 しばらくしてようやく2つのトレーを手にしたカシムがぼやきながら現れる。その顔には『全く解せぬ!』という表情がストレートに現れていた。


「何だと、バカの分際で俺の昼飯を運ばせてやったんだから少しは感謝しろ! ついでにバカはそこの床に正座して飯を食え!」


 相変わらずのトシヤの反応にアリシアがスープを口にしながら『めっ!』っという視線を送ると、トシヤは急に借りてきた猫のように大人しくなった。


「ま、まあ今日は特別にそこの席に座っても良いぞ」


「当たり前だろうが! このハゲ!」


 こうして騒々しい4人の食事がようやく開始された。ちなみにエイミーのトレーに乗っている昼食の量が一番多いのは誰も突っ込まなかった。もうトシヤもアリシアも彼女の食欲に対しては諦めの境地に達しているのだった。

 


 

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