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82 大魔王の一斉授業 2

遅くなりました

 意気揚々と挑んだ魔法戦士科の生徒5人が、ゴブリン・メイジに秒殺されて闘技場の地面に横たわっている。もっとも、大魔王の格別なる配慮が成された痛みだけを与える術式のおかげで、命には別条はないのが幸いであった。


 だが、5人の生徒がどのようにゴブリンを倒すのか、という点に注目が集まっていた観客席は、この成り行きに対していかように反応したらよいのか戸惑ったままで、声を出すのが憚られる雰囲気による何とも言えない沈黙に支配されている。



「負傷者を運び出せ!」


 スタンドの重たい沈黙を打ち破るかのように、フィールドでこの結果を判定した審判役の教員の要請によって、救護の担当者が担架を抱えて、一人ずつ彼らを救護室に収容していく。


 校舎の本館から離れた場所に建設されている巨大な中央闘技場の施設内には、本館と同等の立派な救護室が用意されているのだ。それは、この場で行われる模擬戦による怪我人が、思いの外多いという過去の実績を端的に表していた。意識を失った彼らは、救護室のベッドで目が覚めるまで寝かされる措置が取られる。



 この光景を目の当たりにして最も焦っているのは、次の出番を控えるBクラスの代表だった。


 1年Bクラスは、魔法研究科の生徒が所属しているのだが、生徒の特性として、圧倒的に貴族の子女が多いという背景が存在する。これは、コース振り分けの際に魔法研究を志す女子生徒が多いのが、主な理由だ。ぶっちゃければ、無駄に体を動かさずに、座って授業を受けていたい生徒が、多数を占めているのであった。


 もちろん彼女たちが、率先してゴブリンとの対戦を希望などするはずもなく、数少ない男子生徒に無理やり代表を押し付けていた。貴族の子女の婦女子である彼女たちの頭には『自分たちは守られて当然の存在』という、揺るがしがたい固定観念が頑なにこびり付いており、誰一人として自ら対戦希望を口にしなかったのだった。


 このような事情によって止むを得ず選出された代表の男子4人は、表情を引き攣らせながらも、額を寄せ合って作戦を練り始める。自らの不運を嘆いて何もしないよりは、まだ一応の評価を与えてもよい態度ではないだろうか。



「魔法戦士科の連中は、相手をナメて大恥をかいたな」


「俺たちは油断しないで戦えるから、あいつらはいい具合に踏み台になってくれたようだ」


 貴族たるもの、他人は須らく自らの踏み台として利用するのが家系の繁栄に繋がると、幼い頃から教え込まれているだけあって、清々しいくらいに下衆な考えを述べている。したがって誰も彼を批判などしない。この場に選出された4人は、全員が貴族の子弟なので、折あらば他人の足を引っ張るなど、ある意味で義務のように考えているのだ。



「幸いに大魔王から出された課題は、1体ずつ相手にして構わないという条件だったな」


「そうだ、だからこそゴブリン・メイジは避けて、他のゴブリンを相手にすればいい」


 彼らの念頭には、自らのプライドを保つ考え以外には何もなかった。最も弱い敵を1体倒した時点で、そこで課題を終えても何ら問題はない。彼らはそう考えて、入場口の手前にある控室で、呼び出される瞬間を待っているのだった。



「続いて、1年Bクラス、入場!」


 アナウンスが流れると、担当教員の誘導に従って入場口にBクラスの代表4人が整列する。Aクラスの生徒が惨敗を喫した原因を彼らなりに分析して対策を講じただけあって、どの生徒にも余裕の表情が窺える。



「どちらの魔物との対戦を望むか?」


 入場後、開始戦に整列したBクラスの生徒たちに、大魔王から抑揚のない口調で、事務的な声が掛かる。偉大なる大魔王の目は、Aクラスの生徒が何もできぬままに敗れ去った事実をもって、貴族の子弟の実力を見抜いていた。それは、彼らがどう足掻こうとも、覆せない未来をすでにこの時点で見通していたかのようだ。



「ゴブリン・ソルジャーとの対戦を希望いたします」


「よかろう、他の者は下がっておるのだ」


 ゴブリンたちはその声に従って、1体を残して後方に下がる。残っているのは、ごく普通のゴブリンの中から稀に現れる剣のスキルを所持した個体だ。とはいっても、身体能力などは、一般的なゴブリンと大差ないので、その手にする剣だけに注意を向ければ、比較的倒しやすい相手だといえる。


 鞘のない剣を手にしたままで、生徒たちを威嚇する様子も見せずにゴブリン・ソルジャーは身構えて立っている。



「試合開始!」


 審判の号令一下、生徒たちは一斉に術式の構築を開始する。剣を持った相手を安全確実に仕留めるには、遠くから魔法を当てるのが最も効率的な方法だ。彼らは、魔法使いの卵として、基本的な戦い方を実践しているに過ぎない。


 だが、この相手の場合は、それで充分であった。



「ウインドカッター!」


「アイスアロー!」


「ウインドエッジ!」


「ファイアーボール!」



 4種類の魔法がゴブリンソルジャーの逃げ場を奪うかのように殺到して、その体に直撃する。その結果、ゴブリンソルジャーの体は、バラバラに切り裂かれた挙句に最後は炎に焼かれて、煙のように影が薄くなったと思ったら、その場から消え去っていった。



「勝者、1年Bクラス代表!」


 先ほどとは打って変わって、観客席から歓声が沸いてくる。ゴブリンソルジャーを見事に倒して、勝ち名乗りを受ける4人は、スタンドから贈られる声に手を挙げて応えている。見事に大魔王からの課題を克服したという安ど感と寄せられる歓声に、しばし誇らしげに手を振っていた彼らだが、スタンドから上がった次の声に思わず身を固くした。



「おいおい、冗談じゃないぞ! 単に剣を持ったゴブリンを倒してたくらいで、大きな顔をするなよ!」


「その程度では、手柄として認められないぞ!」


「貴族は貴族らしく、大きな武勲を挙げないと、家名に泥を塗るからな!」


 手を振る4人に対してスタンドから浴びせられた声は、上級生の貴族から発せられたものであった。貴族というのは、他人を踏み台にするのが当然。上級生たちは、1年生を踏み台にして、大魔王が用意したゴブリンの詳しい戦闘力を目にしておきたかったのだ。


 このような事情で、スタンドからは主に上級生たちの『次の対戦、早よう!』という声で、次第に塗りつぶされていく。これだけ煽られてしまっては、断って退場するのは、貴族の面子を丸潰れにしてしまう行為であった。



「それでは、もう1体、ゴブリンジェネラルと対戦します」


「よかろう、汝らの奮戦を期待する」


 本当に心からしぶしぶという態度が明白すぎて、逆に清々しい様子で一人が申し出ると、大魔王は快く了承する。時間の都合とか、一度終わったのだから次の機会に、などといった理由で断られるという一抹の期待は、あっさりと裏切られて、彼らはさらにランクが高いゴブリンとの対戦を継続させられるのだった。


 さて、相手のゴブリンジェネラルというのは、ゴブリンという種族の内部では、兵士を統率する将軍職を担っている。当然ながらその戦闘力は、並のゴブリンとは一線を画す相手である。



「試合開始!」


 


 2分後……


 ゴブリンジェネラルに討たれた4人が、地面に横たわっている。大魔王の慈悲によって、ゴブリンジェネラルは刃引きの剣を持っていたおかげで命に別状はないが、金属でしたたかに殴られているので、4人ともどこかしら骨折している疑いが濃厚だった。


 彼らの敗因は、魔法が全く有効ではなかった点にある。ゴブリンジェネラルは、手にする剣で悉く彼らの魔法を叩き潰しながら接近を図り、最終的には剣を振るって4人を瞬く間に蹂躙した。その結果が、現在の状況となっている。高々ゴブリンと侮る空気があった観客席には、今や恐慌に似た雰囲気さえ広がりつつあるのだった。


 そして彼らに続いて、1年生のCクラスDクラスの生徒が次々と敗北を喫していく様を見せつけられて、その恐慌は次第に上級生の間にも感染していく。



「おいおい、1年の小僧どもは、ゴブリンジェネラルに誰も敵わないじゃないか!」


「いやいや、けっして1年だから相手にならないとは思えないぞ! 基本的な能力が、通常のゴブリンとは段違いだ!」


「ジェネラルでこれほどならば、ゴブリンキングはいかほどばかり強いのだろうか……?」


 上級生にとっても、この状況は他人ごとではなかった。いずれは自分たちの順番が回ってくるのだ。逆に、1年生だから仕方がないという言い訳が成り立つ立場とは違って、上級生が不甲斐ないという誹りを受けてしまう分だけ、彼らは切実な危機と受け取っていた。


 したがって、上級生たちは、何とか弱点を探ろうとして、必死になって1年生の戦いを見つめているのだった。




 だが、そんな会場の空気とは異次元の空間が、その一角には広がっている。いわずと知れた、1年冒険者養成コースの生徒が固まっている辺りだ。



「ちょっとは楽しませてくれそうな相手なの! ぜひとも戦ってみたいの!」


「俺に任せるんだ! 5体まとめて葬ってやるぜ!」


「カシムは引っ込んでいろなの! バカがしゃしゃり出てくると、私の分け前が減ってしまうの!」


「でもよう、そこそこ美味しそうな相手だろ! 俺にも一枚噛ませろよ!」


 獣人たちは、根っからの戦闘種族だ。面白そうな相手がいると、本能的に魂が荒ぶってしまう。彼らの部族が住み着いている森でも、魔物を目の前にして誰が戦うかで、掴み合いの喧嘩が始まることもしばしばなのだ。殊に、この場には彼らの王であるさくらまでが臨席しているとあっては、両者とも後に引けない状況であった。


 

「トシヤ! 面白そうだから、お前と二人で代表で出ようじゃないか!」


「トシヤさん! ぜひ私と一緒に戦いましょう! 私たちのコンビならば、怖いものなしです!」


 やや離れた場所では、ディーナとフィオがトシヤの左右の腕を引っ張りあいながら、強引な誘惑を敢行している。先にディーナが始めたのを見たフィオにも、なんらかのスイッチが入ってしまって、間に挟まれたトシヤを奪い合っているのだった。


 野外実習で地竜を倒した経験は、ディーナとフィオを大きく変えていた。魔物に対する恐怖感を払拭して、積極的に挑んでいく姿勢を育んでいた。その意味では、さくらの教育は大きな成果を上げているというべきであろう。

 




 その横では、会場の喧騒など全く関係ない様子で、エイミーの首がコックリコックリと舟を漕いでいる。いつものように満腹になるまで満ちたりた昼食直後なので、睡魔に襲われて身を任せているのだ。自分にとことん甘いエイミーなので、小指の先程度の抵抗もせずに、心地よい眠気に心身ともに浸っている。


 だが、全体演習開始直後からかれこれ30分以上寝ていれば、どこでも眠れるエイミーでも、騒がしい周りの物音に薄っすらと目を開く。



「あっ! エイミーが起きたの! 食っちゃ寝していると、遠慮なく太っていくの!」


「目が覚めたばかりなのに、アリシアは本当に失礼ですね! 私は絶対に太ったりしないです!」


「その自信が、どこから来るのが本当に不思議でしょうがないの! それよりも、誰がクラスの代表になるかが、今は重要なの! エイミーの体重なんか、今は二の次なの!」


「私の体重の件は、この際永久に放置してください! それから、クラスの代表なんて面倒ですから、私以外の人でどうかお願いします!」


「「「「「それは、絶対にない(の)!」」」」」


 エイミーのやる気のない発言に対して、アリシアを筆頭にして、今までトシヤの腕を引っ張っていたディーナやフィオ、そして挟まれていたトシヤだけでなくて、何とカシムまでが口を揃えている。その横では、エレナまでが、小声で同調しているのだった。



「ええぇぇ! なんで私だけ、最初から代表に決まっているんですかぁぁ!」


 エイミーは、素で驚いている。さすがは超天然だけのことはあると周囲は冷めた目で見ているが、アリシアに促されたトシヤが、仕方なしに説明役を買って出る。トシヤの視線は、とっても残念なものを見るような、得も言われぬ微妙な配色に変化している。さすがにエイミーの実態をよく知っているとはいえ、物事には許容しうる限度があるのだ。



「エイミー、よくよく考えような! 現時点でエイミーは、模擬戦暫定順位の第1位だぞ」


「ええ! そんなの好きでなったわけじゃありませんから!」


 魔法学院に入校したら、誰しもが一度はその栄誉を手にしてみたいと考える第1位の順位すらも、エイミーにとっては平穏な生活を脅かす邪魔な称号であった。こんな物はとっとと手放してしまいたいというのが、エイミーの偽らざる本音である。トシヤの説得は、エイミーにとってさほど効果がないようであった。



「エイミーは、本当にダメダメなの! 今朝がた大魔王様は、エイミーを『ただ一人、魔法の才能を認めた子』と、全生徒の前で宣言したの! 立場上、クラスの代表を辞退できないの!」


「ええぇぇ! できれば、その大魔王様のご指名も含めて、丸ごと辞退出来ないんですか?」


「無理なものは無理なの! それは、ここにいるバカですらわかっているの!」


 アリシアは、右手でカシムを指さす。指名されたカシムは納得いかない表情で、アリシアに苦情を申し立てる。そのまま放置しておくのは、隣にいるエルナの手前、ちょっと不味いような気がしたようだ。



「おい、誰がバカだって?」


「バカと言われれば、そこにいる図体のデカいお前に決まっているだろう!」


「あぁ! ハゲの分際で、一人前の口をききやがって!」


 そこに、横からトシヤが口を挟んで、いつものほのぼのとした抗争が勃発した。



「誰がハゲだって! バカはバカらしく、道の端っこで蹲っていやがれ!」


「なんだと! テメーは、髪の毛同様に毛根の中に引っ込んでいやがれ!」


 こうして、出番が近付いているにも拘らず、冒険者養成コースのクラス代表は、いつまでたっても決まる様子はなかった。

いつでも騒がしい冒険者養成コースは、大魔王様を前にしても、微動だにしないようです。


この続きは、できれば今月中にお届けしたいと考えておりますが、またいつものように遅れるんだろうな…… と、とにかく、なるべく早く書き上げます! どうぞお楽しみに!

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