80 大魔王来校
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『大魔王が来校する』
ディーナに便りが来た翌日に、このニュースは帝国に正式に伝達されて、瞬く間に魔法学院の内部にも駆け巡った。中でも最も慌てたのは、学院長を頂点とする教師陣たちであった。
かつてこの世界の魔法の在り方を一変する優れた術式の数々を創造し、現代にも通用する魔法学の基礎を築いた人物こそが大魔王である。
それだけではなくて、旧態依然としていた学院の教育に風穴を開けて、実戦でも通用する魔法使いの育成を学院の最大の目的に変更した、教育に関しても大恩ある人物でもある。
現在の魔法学院の基礎を打ち立てた大魔王が、12年振りに来校するとあっては、教師陣が大騒ぎするのは無理もなかった。
「おもてなしの準備を!」
「カリキュラムの不備はないか、徹底して洗い出せ!」
「現在の生徒たちの様子が、大魔王様の目にどのように映るか、不安だぞ!」
「叱責を受けないように、我々も生徒の指導に、より真摯に当たらねばならないぞ!」
こうして、肩に力が入りまくりの教員たちは、自らの襟を正して、さらに生徒に厳しい課題を与えていくのだった。
対して、生徒の半分以上を占める貴族の子弟の中には、教員の目の色が変わったこの状況が、腑に落ちない者も出てくる。
「大魔王がなんだというんだ? 大昔の化石のような存在だろう!」
「今更学院に来たところで、大した力を振るえないだろう」
「帝国最新の術式に、ついてこれないんじゃないのか?」
「先生方の態度が、いつにも増して厳しいのは、全部大魔王のせいですわ。早くいなくなってもらいたいものですの」
概ね、その評判は芳しくない様子である。貴族の子弟の大半は、魔法で身を立てようとは考えていないので、通り一遍の教育を受けて学院を無事に卒業することしか考えてはいなかった。まったく見知らぬ大魔王が来校するのは、むしろ迷惑くらいにしか捉えていなかった。
後に彼らは、実際に大魔王の姿と彼女が操る術式を見て、その甘っちょろい考えが、根底から崩されることになるとは、現時点で誰も気がついてはいない。
1年生の冒険者養成コースでは……
「えっ! 大魔王様が学院にいらっしゃるのですか?!」
昨日、ディーナに便りが来た件を聞きそびれていたフィオは、そのニュースを聞いて驚いた声を上げている。もちろん、彼女の先祖につながる人物なので、存在の噂は何度も耳にする機会はあったのだが、彼女自身はまだ対面したことはなかった。
「素晴らしいお話です! 大魔王様から科学や技術の知識を学ぶ良い機会になりますね」
「フィオは、さすがなの! 優等生の意見なの! エイミーにも聞かせたやりたいの!」
アリシアが、すかさずエイミーに話題の矛先を向けている。当のエイミーといえば……
「会ってみないと実感が湧かないです。大魔王様って、どんな人なんでしょうか?」
「言葉では言い表せないほどの素晴らしい方だ。私たち魔族だけでなくて、この世界に存在する魔法の頂点に立たれている方だからな」
ディーナは絶賛しているが、彼女の熱狂の10分の1も、エイミーには伝わっていない様子だ。彼女はまだ知らない。エイミーの様子を気にして、今回わざわざ大魔王が自ら次元を渡って、この世界にやってきたということを……
そうこうしているうちに、教室にはカシムやエルナなども登校してくる。そして、ラファエル先生が教壇に立って、いつもと変わらぬホームルームが始まるのだった。
10日後……
帝都に巨大なドラゴンと、1体の翼竜に率いられた夥しい数のワイバーンが降り立った。
いつものようにドラゴンに乗るのはさくらで、これはここ最近の帝都ではよく見かける光景なので、人々もさほどは気にしない。
だが、続いて降り立った翼竜には見慣れない人物がが騎乗している。誰もが一目見ただけで気が付いてしまう、圧倒的な魔力と威厳に身を包み込んで、ドラゴンよりも禍々しい姿の翼竜から降り立ったその人こそ、件の大魔王であった。
出迎えに居並ぶ帝国政府の高官ですら、その姿に誰もが目を奪われている。外見こそ20歳前の若々しい姿であるが、その瞳の奥に隠された壮大なる英知は、世界の魔法の頂点に立つ存在であると、雄弁に物語っている。
続いて降下してきたワイバーンからは、ディーナの祖母と随行の魔族の高官が地に降り立ってくる。新へブル王国の政府要人だけではなくて、大魔王や巫女王の身の回りの世話をする30人にも及ぶメイドたちも引き連れた、大随行団であった。これだけの人数を率いて隣国を訪問するというだけでも、新へブル王国の国力の大きさを示しているといえよう。
しかも、この一行には護衛役の兵士の姿は一切見当たらなかった。その理由は、新へブル王国で最も強大な力を持つのは大魔王本人だからだ。大魔王を護衛可能な人物など、誰一人いなかった。そして、大魔王を害せる人間も、この世界には存在しない。したがって、政府高官とメイドだけを伴って、こうして隣国を訪問しているのだった。
普段、さくらが騎乗するドラゴンが到着すると、帝国政府の高官が出迎えるしきたりとなっているのだが、今回は北方の大国新へブル王国の国家元首と実務担当のトップが顔を揃えての訪問とあって、帝国の歓迎ぶりも破格のものがあった。
総勢100人に及ぶ楽団が演奏する音楽に合わせて、皇帝の名代を務める皇太子とその妹の皇女が、深紅のカーペットを進んでいく。その後方には、大臣たちが勢揃いして直立不動の姿勢を保っている。周囲を取り巻く騎士団は、全員が礼装に身を包み儀杖して、最大級の敬意をもって国賓を迎える。
「大魔王様、巫女王様、今回はわざわざのご訪問を、帝国一同心から歓迎いたします」
「皇太子殿下、このような歓迎を催していただいて感謝しております。堅苦しいのは苦手ですから、肩の力を抜いてお話いたしましょう」
微笑む大魔王につられて、まだ25歳にもなっていない若い皇太子の表情も和んでくる。彼に続いて、傍らに控えていた皇女が挨拶をして、さらに後ろに並ぶ大臣たちが続いた。こうして、公式の歓迎行事が終わり、一行は城内へと姿を消していくのだった。もちろんこの後には、皇帝との謁見や会談、晩餐会などの行事が山のように用意されている。
実はこの時、堅苦しい振る舞いが嫌いなさくらだけは、気配を消してさっさと城の中に入り込んで、お茶とお菓子をご馳走になっていたのは、後々公式な書類からは削除されることとなった。『一国の王としてこれでよいのか』という意見も一部にはあったようだが、さくらが力尽くで捻じ伏せたらしい。
その翌日……
「ディーナ、昨日は歓迎行事や晩餐会で肩が凝ったわね」
「橘様、これも国家間の友好を保つための大切な儀礼ですから、面倒がらずにご参加くださいませ」
「そうは言ってもねぇ…… 私も可能ならば、さくらちゃんのように気ままにしていたいのよ」
「立場が立場ですから、橘様には無理です! 本来ならば、さくらちゃんも、きちんと歓迎式典に参加しないとならないのに、いつの間にか消えていましたからね。本当にあの人は神出鬼没です!」
二人は馬車に乗って、魔法学院へと向かっている最中だ。
さくらはすでに一人で城を抜け出して、帝都をのんびり歩きながら、学院に向かっているという話だった。当然、朝市で軒を並べる屋台での買い食いがお目当てなのは、言うまでもないだろう。
ほどなくして、二人が乗る馬車は、学院の敷地に入ってくる。正門から校舎に続く広大な敷地には、生徒や教員が左右に並んで、出迎えの花道を作っている。馬車がそこに進むと、魔法による花火が打ち上げられて、盛大な拍手が沸き起こる。
「まあ、学院挙げての歓迎ぶりね」
「橘様、花火の術式は、帝国にも残されているようですね。祭例の折には、おそらく庶民の目を楽しませているのでしょう」
二人は馬車の窓を開けて、居並ぶ生徒たちに軽く手を振りながら進んでいく。花道が終わる場所には、学院長や事務長、主任教師の他に、生徒会長や役員、各学年の主席の生徒が並んでいる。
そしてこの中には、1年生の模擬戦暫定1位であるエイミーも、緊張した表情で並ばされていた。
(ひょえ~! き、緊張します~)
この学院に入学するまでは、人前に立った経験などない普通の村娘だったエイミーにとっては、こんな場所で大魔王を迎えるのは、実にハードルが高かった。慣れない雰囲気に呑まれて、緊張で身をコチコチにしている。
(大魔王だなんて、なんだか怖そうな響きです。実際怖い人だったら、どうしましょう……)
場慣れしていないエイミーは、初対面の大魔王にどのように対応すればよいのか、絶賛戸惑い中だ。そもそも何を話してよいのか、頭の中が真っ白で考え付かない。
そして馬車の扉が開いて、優雅な黒いドレスと豪奢な黒のローブに身を包んだ大魔王が降りて、グルリと周囲を見渡す。煌びやかなブロンドの髪が、朝日に輝いて、一段とその美しさを際立たせている。
(えっ! 想像とは全然違う人です! 怖そうなおじさんかと思っていたのに、見た感じは私と年頃も変わらない、とってもきれいな人です! それに凄い魔力を感じます!)
普段のエイミーはただでさえボケっとしているところに持ってきて、大魔王の艶やかな姿に見とれて、すっかり心を奪われている。もちろんそれは、エイミーだけではなくて、その場の全員に当て嵌まる事でもあった。
そんなエイミーの事情など斟酌せずに、大魔王はゆっくりと彼女に向かって近づいてくる。その瞳には、久しぶりに出会った愛弟子が成長した姿を喜ぶ光を湛えていた。
(えっ、ええ~! なんだか私のほうに向かって歩いてきますよ! ど、どうしたらいいのでしょうか?)
エイミーの戸惑いがピークに達したその時、大魔王は彼女の前に立って、その頭に優しく手をのせる。その口から、厳かに漏れ出したフレーズは……
「大きくなりましたね。私がただ一人、この世界で魔法の力を認めた女の子、それこそがあなたなのですよ」
「「「「「「「「「ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇ!」」」」」」」」
エイミーは何の反応もできない状態だったが、彼女に代わって周囲からとんでもない驚きに包まれた声が盛大に上がった。
ことに教員たちには、狼狽する者が多数出現している。彼らは学年トップの魔法の才能がある生徒とエイミーを評価していた。それは、あくまでもごく一般の生徒の中の一人という認識に過ぎない。
ところが、大魔王が自ら『魔法の才能を認めた子』と公言してしまった。これは、学院創設以来のとんでもない出来事に相違ない。一平民に過ぎなかったエイミーが、貴族の家柄など簡単に消し飛んでしまうレベルで、貴重な立場に昇華してしまった瞬間だった。
実は過去にも、大魔王は弟子として優れた魔法使いを育てていた。一人はフィオの先祖である初代大賢者で、もう一人は5聖家の一角を占める初代大魔導士である。
大魔王に魔法の才能を認められてということは、数百年前に実在したこの二人に並んだという意味となる。これは最早学院だけに留まる衝撃のニュースでは終わらないであろう。帝国中はもとより、新へブル王国も巻き込む騒動に発展しかねない。
「あなたは、しばらくの間私が直々に指導しますから、魔法の技能をしっかりと身に着けるのですよ」
「は、はい」
エイミーは大魔王の迫力に抗えずに、絞り出すような声で肯定してしまう。この様子を近くで見ているのは、さくらに連れてこられたトシヤだった。
「あーあ、はなちゃんは思いっきりバラしちゃったよ! まあいいか、それなりに考えてやっているんだろうから、エイミーちゃんの件はお任せでいいね」
「さくらちゃんは、エイミーの件を知っていたのか?」
「うん、後から聞いたからね。トシヤの周りには、本当に面白い子が集まるよ!」
「そんなに暢気に構えていて大丈夫かな? きっと大騒ぎになるぞ」
「その時は、トシヤがエイミーちゃんをしっかり守ってやるんだよ! きっと、運命の巡り合わせだからね!」
「しょうがないな。エイミーは色々と手が掛かるけど、可愛いところもあるしな」
「朴念仁のトシヤにしては珍しく、女の子に興味があるんだね」
「運命なんだろう。だったら、素直に従うまでだよ。気に入らない運命だったら、逆らうけど」
「いい心掛けだよ! 運命に従うも逆らうも、生き方次第だからね。精々頑張るんだよ!」
こうして、大魔王は、来校していきなりの衝撃を学院にもたらして、学院長とともに校舎に姿を消すのだった。
次回の投稿は、3月の早いうちに行えればいいなと考えています。どうか、長い目で見てくださいませ。




