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8 バカ vs 非常識

 Eクラスの隣には急遽物置を片付けて設置された教室があった。入り口には『1-F』という表示がある。トシヤとカシムの2人は魔法学院設立以来初のFクラスの一員としてここで授業を受けるのだ。


 2人は無言でその部屋に向かっていく。ことにトシヤは試験の成績がカシムと同じレベルという屈辱に肩を震わせている。


「なんだと! この部屋のドアはドアノブが付いていないぞ!」


 どうやらカシムには学習する機能が搭載されているようだった。先ほどドアを壊した反省で今度は慎重になっている。


「お前はアリシアが言う通りのバカだな! これは扉といってこうして横に動かすんだ! 退いてみろ、俺が見本を見せる」


 トシヤがカシムに代わって引き戸を開けようとするが、どうにも建て付けが悪いのか力を込めてもビクともしない。ガタガタと音を立てて開けようとする努力もむなしく、いっこうに扉は動かなかった。


「全く非力なヤツだな! 俺がやるから退け!」


 今度はカシムが扉に手をかけて開けようとするが、獣人の彼が力を込めてもほんの数ミリの隙間ができるだけだった。


「こうなったら本気を出すぞ!」


 顔を真っ赤にして両腕に力を込めるカシム、その腕力に負けて扉は動きかけたように見えた。だがトシヤにはなんだか嫌な予感しかしない。


 バリン、バタン、ドシーーン!


 先ほどの再現フィルムのような光景が目の前に出現する。大きな音を立てて扉が部屋の内側に倒れていった。そのまるでスローモーションのような再現フィルムを二人はただ見ているしかなかった。


「君たちはそこで何をしているんだね?!」


 ちょうどそこに現れたのはFクラス担当の教員だった。どうやら廊下を歩いている最中にカシムが仕出かした異変に気がついて、大急ぎで駆けつけたが後の祭りだったようだ。


「まだ鍵がかかっている部屋を強引にこじ開けようとするから、扉が壊れてしまったではないかね!」


 何のことはない、鍵で閉じられていただけだった。それにしてもカシムはこの日2回目の入り口の破壊をやってのけた。本当にアリシアが言う通りで、どこに出しても恥ずかしくないバカだ。


「先生、やったのはコイツです!」


「なんだと! お前だって同じようにやっていただろうが!」


 あっさりとカシムを売ったトシヤ、カシムは反論するが教員が見ている所での現行犯なので何を言っても無駄だった。


「どっちでもいいから早く教室に入りなさい! あーあ、鍵がひしゃげているよ! どれだけの馬鹿力なんだね?!」


「先生、こいつは馬鹿ですから馬鹿力は当たり前です!」


「なんだと! 俺のどこが馬鹿だって言うんだ!」


「こんな廊下で騒いでいたら他のクラスの迷惑になるから、一先ずは中に入るように!」


 トシヤとカシムの言い争いを制して、何とか先生は2人を着席させた。新学期早々2人の問題児の面倒を見る羽目になったこの先生は見事に外れクジを引き当てた模様だ。


「さて、私も少し頭を冷やしながら話をしたいと思うが、君たちはそれでいいかね?」


 一先ずは大人しく横に並んだ2つの席に座って頷くトシヤとカシムの様子を見た先生は話を続ける。


「私は君たちの学科の授業全般を担当するミケランジュだ。しばらくの間一緒だからよろしく頼むよ。何か聞きたいことはあるかね?」


「先生!」


 すかさずトシヤ下手を上げる。


「俺が何でこのバカと同じ部屋で勉強しないといけないんですか?」


「なんだと! 『このバカ』って言うのは誰のことだ?!」


 ミケランジュ先生が何も言わないうちに、カシムがトシヤに食って掛かった。教室には先生を除くとトシヤとカシムしか居ない。先生がバカには該当しない以上は、トシヤの指摘が誰の事を指しているのかわかりそうなものだが、自覚症状がないバカほど始末に終えないものはないようだ。


「バカといったらお前のことに決まっているだろうが! お前は生まれる時に母親の腹の中に考える力を置き忘れてきたバカだろうが!」


「なんだと! お前こそ母親の腹に髪の毛を置き忘れてきたハゲ野郎じゃないか!」


 売り言葉に買い言葉ではあるが、カシムの指摘はトシヤの痛い所をピンポイントで突いていた。彼は今のところは何とか無事とはいうものの、子供の頃から額が広くて髪が細いせいで『禿げるのではないか』と母親から将来が不安視されていた。ちなみに彼の父親は25歳にならない内に殆どの髪を失っている。


「テ、テメーは言うに事欠いてなんてことを言いやがる! お、俺はまだこの通りフサフサだからな!」


 動揺の色がありありだった。思わぬところでトシヤの弱点を発見したカシムは嵩にかかって攻め込んでいく。


「ハゲ野郎から何を言われてもまったく悔しくないな!」


「なにをー! テメーなんか登校の時に踏ん付けた野グソを帰りにもう一度踏んで家に戻る大バカ野郎だろうが!」


 今度はカシムが動揺している。トシヤは当てずっぽうで口にしたのだが、どうやらカシムには本当に心当たりがあるようだ。バカなので表情に出やすいのが彼の欠点だった。


「ク、クソぐらい誰でも踏むだろう。テメーこそ足の親指みたいな顔しやがって、あと5年もしたらきれいサッパリ禿げ上がっているに決まっているぜ!」


 そのまま2人は睨み合っている。いわゆるメンチの切り合いだ。先に視線を外した方が負けのような雰囲気で目にますます力を込めて相手を睨み殺そうかという勢いだった。


「さて、君たち、もう気が済んだかね? これ以上騒ぐと私の権限で進級を差し止めるよ」


 ヒートアップする2人を放置していたミケランジュ先生がようやくここで口を開いた。進級できないということは自動的に退学処分となるので、いったん休戦して慌てて姿勢を正す2人だった。


「2人とも学科試験の点数は似たようなものだよ。語学、数学、歴史、魔法理論の4科目合計で400点満点のところを30点に満たないんだからね。これだけ学力がない生徒を入学させたのは我が校始まって以来の出来事だ」


 2人とも残酷な事実を突きつけられて先程までの威勢の良さをすっかり忘れて、シュンとしている。トシヤは字が読めないせいで、カシムは根本的にバカなせいでこのような結果となったのだ。


「さて、それでは早速授業を始めよう。まずは文字の書き取りからだよ」


 先生の手本通りにこの世界のアルファベッドに当たる50の文字の練習を開始するトシヤとカシム、2人ともちょっと油断すると字の向きが逆になってしまう。先生からマンツーマンで指導を受ける二人、特にめったに頭を使う機会がなかったカシムの疲労の色が濃い。






「2時間目は数学だよ。私が問題を出すから答えてくれたまえ」


「よし、俺は数学は得意だからバッチリだ!」


 トシヤは自身ありげな表情をしている。それに対してカシムは数が大の苦手で、彼の頭の中には『1,2,3、たくさん』という数の概念しか持ち合わせていなかった。


「じゃあ問題だ、ゴブリンが5匹居ました。そのうち3匹倒したら残りは何匹かな? それではカシム君、答えてもらおう」


 脳みそまですっかり筋肉でできているカシムにわかりやすいように、ミケランジュ先生は討伐した経験がありそうなゴブリンを引き合いに出した。不安丸出しだったカシムはこの問題を聞いて生き返ったような表情になる。


「先生、そんな簡単な問題なら俺にもわかりますよ! 答えは全部倒すです! ゴブリンを見つけて残すなんて有り得ないでしょう!」


 実戦上はこれが正解だが、数学的な回答としては不正解だった。気の毒なミケランジュ先生は頭を抱えている。


「先生!」


 ここでトシヤが手を上げた。先程は『数学が得意だ』と言っていただけに正解を期待して先生は彼を指名する。


「本当にこいつはどうしようもない大バカです! ゴブリンが5匹居れば周囲を探せばあと5匹や10匹は見つかりますから、答えは見つけ次第に全て殲滅するです!」


「うん、トシヤ君もカシム君の同類と認定しようか」


 確かにゴブリン討伐のセオリーとして言いたいことはわかる。だがミケランジュ先生の立場からすると『そうじゃない! そうじゃないんだぁぁぁ!』と声を特大にして叫びたい気持ちだろう。


 自らに『落ち着け、落ち着くんだ!』と言い聞かせて、一つ大きく息を吸い込んだ先生は今度は出題をオーソドックスな方法に切り替える。


「いいかね、よく考えよう。リンゴが7個ある。そのうち3個食べたら残りは何個になるかね? はい、カシム君!」


「残ったリンゴはみんなに配ります!」


 獣人は仲間同士の絆が深い。食べ物が余ったら絶対に仲間に分け与えるのが彼らのルールだった。


「うん、予想通りの答えだね。先生はこれ以上は驚く気力がないよ。一応トシヤ君にも聞こうかな」


「食べて残ったリンゴはマジックバッグにしまいます!」


 あまりに斜め上の回答に先生もしばし言葉を失っている。二人とも生活していく上では合っているのだろうが、数学と言う概念上はとんでもない珍解答を成し遂げてくれた。


「ああ、2人とももう少しこの場で話し合おうか」


 こうして2人は午前中いっぱいミケランジュ先生にこってり絞られるのだった。




「はー、まったく酷い目に遭ったもんだ」


 トシヤはガックリと項垂れながら1-Eの教室に戻ってきた。その後ろからは頭の天辺から湯気を出しているカシムが続く。過去に使ったことがないくらいにその脳を酷使して、オーバーヒートを起こしている。


「トシヤさん、ずいぶん疲れた顔をしていますね。一体何があったんですか?」


「カシムは頭から湯気を出しているの! バカなのに頭を使うからそうなるの!」


 エイミーとアリシアから二人に向かって心配そうな言葉が飛ぶ。一応アリシアのセリフもカシムをほんの少しだけ思い遣っているのだ。それに対して2人はもう返事をする気力もないようだ。


「取り敢えずお昼の時間ですから、食堂に行きましょうか」


「お昼にするの!」


 食堂に向かうエイミーとアリシアの後ろに続いて、トシヤと燃え尽きたカシムが意思を奪われた人形のようになって教室を出て食堂に向かうのだった。




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