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73 もうひと狩り行ってみよう!

「それじゃあ狩が終わったから街に戻ろうか」


「さくらちゃん、本当に育毛剤持ってきてよ!」


 帰ろうとするさくらの手を再び取ったトシヤは念押ししながら頼み込んでいる。地竜の爪によって毟り取られた髪の毛は彼にとっては現在大きな問題だった。女子たちはそんなトシヤの姿を哀れみが篭った目で見ている。



「トシヤは髪の毛の問題になると完全に自分を見失うの! あれはもう心の病気だから仕方がないの!」


「アリシア、ちょっとはトシヤさんに同情してあげましょう」


「エイミー、安っぽい同情は却って人を傷つけるぞ」


「ディーナさんが言う通りです! トシヤさんはこの試練を乗り越えて一回り成長しないといけないんです!」


「どんなに頑張ってもトシヤの髪の毛には成長の余地が限られているの! 早く諦めてとっとと楽になるの!」


「アリシア、フィオさんは髪の毛の成長ではなくて精神的な成長の話をしていますよ」


「どっちも似たようなものなの! ツルッパゲになってしまった方が手っ取り早く開き直れるの!」


 アリシアの意見は、トシヤにとっては辛辣を飛び越えて血も涙もない冷酷な響きを持っている。だがトシヤはさくらへの頼み事に気を取られて、全く耳に入っていなかったのはとても幸運だった。




 こうして一行は地竜の森を後にしてテルモナの街には引き返さずに、森を抜けた場所でそのままドラゴンに乗って帝都まで戻ろうと開けた場所まで移動する。時刻は昼過ぎで、昼食を終えた頃にさくらが念話でドラゴンに呼び掛け始める。



「もしもーし、誰か暇な人はいますか? えっ、なになに…… 2体しか来れないの?」


 どうやら体が空いているドラゴンは現在2体しか居ないようだ。パーティーメンバーにさくらを加えて全員で6人居るので本当は3体のドラゴンに来てほしいところだったが、あちらの事情もあるのでこれは仕方がない。



「それじゃあ今から呼び出すから準備してね。さあ2体まとめていらっしゃーい!」


 さくらが魔力を放出すると平原に魔法陣が浮かび上がって、その中から2体のドラゴンの姿がヌーっと現れる。最初は膝がガクガク状態で思わず漏らしそうになっていたフィオも、さすがに2回目のドラゴンとの対面となると若干の余裕が出てくる。そもそも年頃の女子として大きく尊厳を傷つけるような真似はご免だった。



「ありゃりゃ、ジグムントはいいけどブリュンヒルトは3人はちょっと無理かな?」


 現れたドラゴンは体長40メートル強の巨大な黄龍ジグムントと二回り小さな〔白龍ブリュンヒルト〕の2体だった。さくらが契約するドラゴンの中では一番小柄な個体で、唯一のメスのドラゴンだ。



「さくらちゃん、どうしたんだ? 全員乗り切れないのか?」


「そうなんだよ! ヒルちゃんは小柄だから精々2人しか乗れないんだよ。どうしようかな? トシヤが走って帝都まで戻る?」


「野外実習はあと実質2日しかないんだから、いくらなんでも無理だよ!」


「そこは最初っから無理だって断るの! 残りの日数の問題じゃないの!」


 実際トシヤは野外実習に付き添う冒険者が見つからなかったために帝都から実家まで走って戻っているが、それは非常事態だったから止むを得ない措置だった。今はさすがにそこまで追い込まれていないのに、残りの日数を理由に断っているトシヤにアリシアのツッコミ魂が炸裂している。残りの日数が許せばトシヤは走って帰るつもりだったのだろうか? ここから帝都まで馬車で旅をすればたっぷり1ヶ月かかる道のりだ。それを丸3日で走りきったトシヤが本当にどうかしている。



「とにかく、現実的な解決策を考えないとならないな」


「ディーナさんの言う通りです。何かいい案はないでしょうか?」


 パーティ全員が、明後日の正午までに帝都の近くにあるローデルヌの森の入り口にある終結地点に戻らなくてはならないのだ。もし時間までに戻れなかったら、野外実習の単位は取得できない危機だった。



「ふふふ、仕方がないね。このさくらちゃんに任せなさい!」


「さくらちゃん、何かいい案があるのか?」


「簡単だよ! 今からもう一度狩りに出掛けるからね。私とトシヤだけで行ってくるから、女の子たちはここで待っていなさい。このドラゴンの鱗を周囲に並べておけば、魔物は近づいてこないから安心だよ!」


 さくらはアリシアにマジックバッグから取り出した鱗を手渡している。アリシアはその数枚の鱗を昼食に使用したテーブルの周囲に並べて、これで魔物除けは完璧だ。



「ところでさくらちゃん、もう一度狩りをするってどこに行くんだ?」


「私についてくればわかるよ! 私がジグムントに乗るからトシヤはヒルちゃんに乗ってついてくるんだよ!」


 一体どこに連れて行かれるのかわからないままにトシヤは白龍の背に登っていく。飛び立つ準備ができると2体のドラゴンはフワリと宙に浮かび上がる。



「ジグムント、この付近にワイバーンが居そうな場所を探してよ」


「お安い御用だ」


 先行する黄龍の背中でさくらが念話で行き先を指示すると、ドラゴンは優雅に空を駆けて付近の小高い山のふもとを目指す。ワイバーンが巣を作っているのは大抵そのような山のふもと辺りが多いのだ。



「むむ、あそこに大きな影があるね。よし、着陸しようか!」


「承知した」


 黄龍が翼を広げてフワリと着地するとその後に白龍が続いて降りていく。そして2体のドラゴンの目の前には怯え切った表情で地面にひれ伏しているワイバーンの姿があった。



「さくらちゃん、ワイバーンをどうするつもりなんだ?」


「決まっているでしょう! これに乗ってトシヤが帝都まで飛んでいくんだよ! 何しろドラゴンの背中は定員オーバーだからね!」


「えー! 母ちゃんの従魔のワイバーンならちょっと乗ったことがあるけど、さすがに野生のやつにすぐに乗るのは無理じゃないか?」


「大丈夫だよ! ほら、ああして完全に服従の姿勢を見せているからね」


 2体のドラゴンの姿に怯え切っているワイバーン、その情けない様子を見てトシヤにも今なら背中に乗れそうだという気がしてくる。


 白龍の背中から降りてワイバーンに近づいていくトシヤ、だが人間に対して警戒感を抱いているワイバーンは、翼を広げて首を上げながら威嚇を開始する。ドラゴンに怯えてはいても、それはワイバーンの生物としての本能がそのような行動に駆り立てているのだった。



「さくらちゃん、ずいぶん警戒しているみたいで近づけないぞ」


「トシヤはさっき狩ったレッサードレークを持っているでしょう! 1体出して自分の魔力を込めて食べさせれば、トシヤの従魔になるよ!」


「なるほど、そうなのか」


 トシヤはマジックバッグから血みどろになったレッサードレークの死体を取り出して魔力を込めると、それをワイバーンに差し出す。トシヤに対して警戒していたワイバーンは、急に目の前に現れた餌に対して『えっ、食べていいの?』という表情を向けている。そしてワイバーンは黄龍と白龍を見て、最後にトシヤの顔を覗き込んでから、レッサードレークを口にした。



「ほらもっと近づいてみるんだよ!」


「ええー! 大丈夫なのかな?」


 さくらに促されて慎重にワイバーンに近づいていくトシヤ、レッサードレークを食べ終わったワイバーンは大人しくして、近づいてくるトシヤを見ているだけだ。



「さくらちゃん、どうやら大丈夫みたいだぞ」


「ほら、足の辺りに触れてみるんだよ」


 言われた通りに軽く触れてみると、ワイバーンは大人しくされるがままになっている。どうやらトシヤを自分の主人と認めたようだ。



「うんうん、いい感じだね! もう背中に乗っても大丈夫だよ!」


 トシヤは尻尾の方に回って恐る恐る背中によじ登り始めるが、ワイバーンは依然として大人しくトシヤが背中に乗るのを許している。どうやらドラゴンの圧倒的な威圧感に、とんでもない恐怖を抱いた後で差し出された餌が、絶大な効果をあげたようだ。



「それじゃあトシヤはそのワイバーンに名前をつけるんだよ!」


「そうか、名前か…… カヲル君!」


「却下だよ! 色々と不味い気がするからね!」


「うーん、結構難しいな…… 体も翼も灰色だから〔グレーウイング〕はどうかな?」


 トシヤのフレーズにワイバーンが首を振って反応する。どうやらグレーウイングが気に入ったようだ。これでこのワイバーンは正式にトシヤの従魔になった。



「さくらちゃん、ワイバーンを従魔にするのって、こんなに簡単なものなのか?」


「普通はもっと苦労するよ! でも今は私の『獣神』の力が働いているし、目の前にドラゴンも居るからね! だからこうして呆気なくワイバーンが従魔になったんだよ!」


「そうだったんだ! 俺が知らないことがたくさんあるな」


「トシヤはまだ駆け出しなんだからいっぱい勉強するんだよ!」


「そうだな、一人前の冒険者になったらさくらちゃんみたいにしょっちゅう昼寝をするぞ!」


「何をバカなことを言っているのかな? 私のレベルになるにはあと1000年かかるからね!」


 この世界に並ぶ者が居ない強者〔獣神・さくら〕のレベルに肩を並べるためには、トシヤがどんなに努力を重ねても、果たして1000年で足りるかどうかは今のところわからない。それ程までにさくらははるかに高い場所に存在するのだ。この世界でただ1人のエクストラランクは伊達ではない。



「安心するのはまだ早いよ! ここからが大変なんだからね! さあ、飛び立つよ!」


 さくらの号令に合わせて2体のドラゴンが大空に舞い上がる。だがトシヤの従魔のワイバーンは、一向に飛び立とうとはしなかった。



「おーい、飛んでくれないのか?」


 トシヤが何度呼び掛けてもワイバーンは彼を背に乗せたまま動こうとはしない。実家の従魔のワイバーンはかれこれ500年以上代々トシヤの家系に受け継がれているので、ある程度人の言葉を理解するのだが、このワイバーンにはトシヤの言葉の意味が全くわからないのだ。



「困ったな、どうすれば飛んでくれるんだろう?」


 トシヤの頭はフル回転して考えを巡らせている。そして彼はあることに気がついた。



「そうだ、何のために餌に俺の魔力を込めたかわかったぞ!」


 トシヤは慎重にワイバーンの体内に存在している自分の魔力を探し出す。そして魔力の存在を感知すると、自分の魔力同士をリンクさせる。そしてそのリンクした魔力に声を載せるようにして、ワイバーンに呼び掛ける。



「空を飛んでドラゴンを追いかけてくれ」


「ギュオーーン!」


 ワイバーンは大きな咆哮を上げると、翼を羽ばたかせて大空に舞い上がった。それはドラゴンに比べて優雅さには欠けるものの、力強い羽ばたきでグングン高度を上げていく。そして上空で待機していた2体のドラゴンと合流すると、その後を追いかけて女子たちが待っている場所まで飛んでいくのだった。




「で、ワイバーンを捕まえてきた訳なの! さすがは王様なの! 考えるスケールが他の人と違いすぎるの!」


「まさかこんな手段があるとは思いませんでした」


「もうトシヤの従魔になっているのか。私も国に帰れば従魔のワイバーンがいるんだぞ」


「さくら様には驚きっぱなしです」


 アリシア、エイミー、ディーナ、フィオがさくらとトシヤが連れて戻ってきたワイバーンを見てそれぞれの意見を述べている。ドラゴンに乗って地竜の森までやって来て、さらにそこで最も凶暴な地竜を倒した後なので、今更そこにワイバーンが加わってもどうなの? と傍から見ると感じるかもしれないが、実際にこうして目の前にするとワイバーンにもそれなりの迫力がある。


 だがおかげで無事に帝都に戻る目処が立ったのは歓迎するべき事態だ。丸1日あれば帝都に到着できる。



「それじゃあ一晩ここに野営して、明日の早朝に出発するよ!」


 こうしてこの場で一夜を明かすトシヤたちだった。


 


 


最後までお付き合いいただいてありがとうございました。野外実習のお話はこれでおしまいで、次回からまた舞台は学院に戻る予定です。投稿間隔が開きますが、こうして投稿を続けていきますのでどうか忘れないでください。

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