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70 地竜の森 3

さお話はいよいよ地竜の森の最深部に到着した主人公パーティーの活躍ぶりがメインです。ちなみにトシヤはとある事情で・・・・・・ どうなるかはお話をご覧ください。

 倒したレッサードレークの死体をマジックバッグに回収して回るトシヤ、数えてみるとさくらが倒した個体まで含めて合計で23体もある。これらを討伐した獲物として学院に持ち帰るだけでも満点の評価が得られそうなものだが、付き添いの冒険者が絶対に妥協を許さない。



「さて、誘き寄せるエサは十分に集まったね。それじゃあもっと大物を狙いに先に進むよ!」


「また私が先頭で気配を探るの!」


「アリシア、ここから先はヤバい地竜が出てくる可能性が高いから慎重に進んでくれ」


 肉食の地竜は血の臭いに敏感だ。大量の血を流して息絶えたレッサードレークを、さくらは大物を誘き寄せるエサに使おうとしている。レッサードレークだってギルドに持っていけば金貨100枚くらいで引き取ってもらえるのに、獣神の発想は一般の冒険者から見て大胆すぎる。そもそもさくらにとってはこの程度の小物はドラゴンの食料程度にしか考えていないので扱いはどこにでも居るオークと大差がなかった。


 トシヤの注意に頷きながら再びアリシアが先頭に立って気配を探りながら森を進んでいく。ビッシリと木々が茂っている森の中心部から比べて木々が疎らになってきた場所にパーティーが足を進めると、その先はいきなり景色がガラリと変わっている。



「森はここで終わりなの! この先は草原と潅木が疎らに茂っているの!」


 森を抜けた先にはアフリカのサバンナのような風景が広がっている。雄大な草原の所々に小さな森があって水場となっている池やそこに流れ込む小川などがある。草食の地竜だろうか長い首を伸ばしてのんびりと草を食む様子が遠くの彼方に見て取れる。



「驚いたな、地竜の森ってこんな風になっていたんだ!」


「そうだよ、ここが地竜の森の最深部だね! 大物がいっぱいいるから楽しみだよ!」


「さくらちゃん、それは説明されなくてもわかるよ。ずっと向こうに草を食っている馬鹿デカイやつがいるじゃないか」


「あれは大人しくって余程のことがない限り人を襲わないんだよ。だから討伐しなくていいからね」


「なるほど、そういうもんなのか。こうして見ると一口に地竜といっても色んな種類がいるんだな」


「そうそう、だから肉食で人を襲うやつを優先して討伐するんだよ」


「さくらちゃん、嫌な予感しかしないのは気のせいか?」


 さくらの解説でトシヤはこの場所でのお約束に納得すると同時に、様々な地竜がいる中でどうやら一番凶暴な連中を相手にしなければならないという予感を感じている。


 その横で遠くに何体もの地竜が動いている光景に女子たちは挙って息を呑んでいる。多少の出来事では動じないエイミーでさえも『ホヘー』という表情で口を空けてその景色を眺めているのだった。



「それじゃあもう少し先に進むよ! あそこに見える小さな森に身を隠して地竜を誘き寄せるんだよ!」


 1キロくらい先に身を隠すにはちょうど良いこんもりとした小さな森がある。そこを目指して歩きながらパーティーメンバーたちは雄大な景色に目を奪われている。まるでジュラシックパークに迷い込んだ観光客のようだ。サバンナを吹き抜ける風さえも『ここが特別な場所だ』と教えてくるような他の場所にはない独特の雰囲気を感じさせてくれる。



「トシヤさん、なんだか凄い場所に来てしまいましたね。」


「ああ、俺も驚いているよ。地竜の森の最深部は想像以上の場所だった」


「さすがは王様なの! 色んな場所を旅しているの! だからこんな誰も知らない場所を案内してくれるの!」


「確かに凄い場所だな。小さい頃に魔境に連れていかれた時はただただ怖かったが、ここはなんだか雄大な気持ちにさせてくれる」


「ディーナさんが言うとおりです。こんな景色はここでないと絶対に見られません」


 5人は想像以上の絶景に気を取られて少し警戒心を緩めている。見通しが悪い森と違って周囲の視界が開けているのももうひとつの理由だ。だがそこに予想外の方向から一行を急襲しようとする影が迫る。



 歩いているトシヤたちを逸早く発見したのは大空を悠然と旋回する翼竜だった。翼を広げた幅は20メートル以上、ドラゴンの下位に属するワイバーンよりもふた周りほど大きい。



「ほら、上から来るよ!」


 さくらの警告に全員が頭上に眼をやると、巨大な翼竜が急降下して襲い掛かろうとしている。咄嗟にトシヤはエイミーとアリシアを両手に抱えてディーナとフィオに体当たりをする。



「避けろ!」


「キャーー!」


 5人が草原にもんどりうって転がっているが、咄嗟のトシヤの行動で翼竜が急降下してくる軌道から全員が退避できた。彼らが居た場所を翼竜の後ろ足の鍵爪が通り過ぎていく。



「危なかったな」


「ト、トシヤ! は、早くそこをどいてくれ!」


「トシヤさん、そ、その…… 手が……」


 体の下から聞こえてくる声にトシヤが目を向けると、自分がディーナに覆い被さっている状況にようやく気がつく。そしてアリシアを抱えていた左手は体当たりの時に彼女を手放して、今はなぜかフィオの胸の上に載せられている。



「うほほー! トシヤ、典型的なラッキースケベだね! ほらほら、いつまでもそんなエッチな感触を楽しんでいる場合じゃないよ! 翼竜は一度狙った獲物に対してしつこいからね」


 トシヤはさくらの警告に空を見上げる。だが相変わらずディーナに覆い被さって左手はフィオの胸に置かれたままだ。トシヤの目に映るのは、再上昇した翼竜が旋回しながら体勢を整えていつでも急降下できる構えをしている光景だった。



「いつまで女の子に乗っかっているの!」


「うげっ!」


 だがトシヤの脇腹にアリシアの爪先が食い込む。やや下の角度から蹴り上げるように放たれたトーキックは全く無防備だったトシヤを草の上に転がしてのた打ち回らせている。そのうちトシヤはアリシアのツッコミで命を落とすかもしれない。



「トシヤさんはエッチで困ったものです。私への償いとして今度やってもらいましょう! もうちょっと濃厚な感じで迫っちゃいますよ」


 一足先に立ち上がったエイミーは旋回する翼竜を見つめて魔法を放つ準備を完了している。トシヤに聞こえないようにブツブツしゃべっているのは誰にもナイショだ。


 翼竜は大空から無防備に寝転んでいる獲物に狙いを定めて急降下に移る。多少の知能を備える翼竜の目には武器を手にしない人間は狩り易い獲物に映っている。風を切って翼竜の巨体がまだ起き上がれないディーナに迫っていく。



「アイスニードルの乱れ撃ちです!」


 対して両手を掲げたエイミーからは先程レッサードレークを10体以上まとめてポイしたアイスニードルが放たれる。しかも空を飛ぶ翼竜の逃げ場をなくすように数と範囲を超特盛りの上に更にトッピング全乗っけの豪華版にして撃ち出す。



「ギュオーー!」


 突如下から突き上げるように襲い掛かる氷の刃を懸命に回避しようとする翼竜だが、エイミーが放ったアイスニードルは回避を許す程度の生易しいものではない。視界の全てが氷に覆われる光景にすでになす術がない翼竜は体に当たる氷は頑丈な皮膚でなんとか防ぎ止めたが、翼の部分に広がっている皮膜が突き破られていくつもの穴を開けていく。翼に傷がつく・・・・・・ これは大空を舞う者にとっては致命的なダメージだった。



 ドーーン!


 地響きを立てて空中で浮力を失った翼竜は地面に落下する。いくつも穴があいている翼を再び羽ばたかせようと必死で動かしているがすでに無駄な足掻きだった。地面に落ちた翼竜は無力な存在だ。ようやく立ち上がったディーナがミスリルの剣を喉元に突き刺して止めを刺す。



「うーん、地面に落としてから止めを刺すのは正解だけど、エイミーちゃんはいつも獲物を残念な姿にしちゃうね。翼竜で一番価値があるのは翼の皮膜なんだよ。体にフィットするアンダーアーマーの最高級の素材だからね。こんなに穴だらけにしたら使い物にならないよ」


「すみませんでした。咄嗟のことで思いっきり魔法を放っちゃいました」


 冒険者は魔物を倒して肉、皮、牙といった素材を採取して初めて収益を得る。せっかくの素材を傷付けてしまっては価値が下がるというさくらの注意だった。ゴブリンを相手にするランクが低い冒険者は大して気にも留めなくて良い注意事項だが、上位の冒険者を目指すなら知っておくべき常識だ。よい状態の素材をギルドに持ち込むと冒険者としての評価がアップするのは言うまでもない。



「いいんだよ、慣れないうちは誰でもやっちゃうからね。自分で工夫して上手な討伐のコツを覚えていくんだよ!」


「ありがとうございます。さくら様のアドバイスはとっても参考になります」


 さくらの注意事項は冒険者としてある程度経験を積んだ人間に対するいわば応用編だ。素材になるべく傷をつけないということは、より効率よく急所を狙って魔法を放つという意味もある。エイミーの魔法は威力はあるがさくらの目から見ると荒削りで効率が悪く映っている。



「そう、だから翼竜を仕留めるにはこうするんだよ!」


 さくらは上空を見上げて旋回している1体にロックオンをする。軽く右手の拳を後方に引いて狙いすましたように前方に突き出す。



 キーーーン!


 拳から撃ち出された耳を劈くような衝撃波が音速をはるかに超える速度で空間を進んでいく。そして旋回する翼竜を捉えて見事に撃墜する。



 ズーーン!


 かなり離れた場所に翼竜が地響きを立てて墜落してくる。衝撃波は致命傷ではなかったが、300メートル近い高度から墜落した衝撃で翼竜はすでにご臨終の模様だ。



「凄いです! 魔法じゃなくても狙いをつけて撃ち落とせるんですね。魔法の参考にします!」


 エイミーの声が弾んでいる。さくらの超絶技がエイミーの魔法に対する意欲を掻き立てているのだった。さくら自身魔法に関してはドラゴン召喚と身体強化しか使えないが、それに代わるあらゆる方法を身につけている。その高度な技の一つ一つが魔法にも十分に応用が可能なのだ。もちろんこんなことにすぐに気がつくのはエイミーが大魔王によって魔法の力と知識を授けられているおかげだ。まだその大部分は彼女の中に埋もれたままだが、何かヒントを掴むといつでも表に飛び出してくるくらいに機は熟しているのだった。



「王様は凄いの! 私もいつかこのコブシで翼竜を撃ち落すの!」


「アリシアちゃんは才能があるけどこの技は難しいよ。何しろ音の速さよりも早く撃ち出さないといけないからね」


「音の速さ? とにかく凄いの! 練習あるのみなの!」


 アリシアはその場でコブシを打ち出す練習を開始する。まだ彼女のレベルでは『こぶし』ではなくてただの『コブシ』に過ぎないが、その表情は真剣だ。ちなみに彼女の頭では『音速』という概念は理解の範疇を超えている。だが意味はわからなくてもとにかく早くコブシを突き出そうと懸命な表情をしている。



「アリシアちゃん、突き出す速さよりも手元に引き戻す速さを意識すると良いよ」


「はいなの! 素早く引き戻すの!」


 すでに上空を旋回する翼竜の姿はもう見当たらない。翼竜に止めを刺して戻ってきたディーナとようやく起き上がったフィオがさくらのそばに集まってくる。2人とも恥らってまだ顔が赤いのはさっきのアクシデントのショックが残っているのだろう。そういえばディーナの止めを刺す時の剣筋がいつもに比べてちょっとブレていたような気がする。



「ぐぬぬぬ」


 エイミーは2人の表情を見て両手を握り締めて不満顔をしている。今になってからトシヤのラッキースケベが許せなく感じているようだ。魔法に関するお勉強はこの際横に置いて、どうすれば自分もあんな感じにラッキーなシチュエーションに入り込めるか必死で考えている。



 そしてその頃……


 アリシアに脇腹を蹴り上げられてのた打ち回っていたトシヤの存在はすっかり忘れ去られているのだった。


 



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