69 地竜の森 2
野外実習で地竜の森に踏み込んだ主人公たちのパーティーが魔物相手に頑張ります。前半はいつも通りのマッタリした展開です。
慣れない野営で熟睡できずに2度寝したディーナとフィオもようやく起き出して来て、全員揃っての朝食が始まる。
「玉子をこんなに贅沢に使うなんて初めてです!」
「しかも一緒に焼いてあるベーコンがいい塩加減で絶妙の味わいだな」
さくらが提供した食材によるベーコンエッグに目を丸くしながら食べているエイミーとディーナ、彼女たちだけではなくて他のメンバーも同様の表情をしている。
「王様はグルメなの! 美味しい食べ物をいっぱい知っているの!」
「アリシアちゃん、目玉焼き程度で驚いていたらダメだよ! 今から一番美味しい玉子の食べ方を教えてあげるよ!」
さくらはマジックバッグから炊飯器を取り出すと、炊き立てご飯を豪快にドンブリに盛り付ける。盛られたご飯からはホンワカと湯気があがっている。
そして朝食で残った玉子のパックから2個取り出すと、その玉子をパカッと割ってドンブリご飯の上に載せる。醤油を垂らしてからスプーンで豪快にかき混ぜると、朝食にはうってつけの玉子掛けご飯が出来上がる。
「これが私の国の伝統的な玉子の食べ方だよ! 新鮮な玉子じゃないとできないんだよ!」
さくらは一言説明を加えると、あとは他のメンバーを放って夢中でかき込み始める。
「王様は生の玉子を食べているの! 勇気があるの!」
「お腹を壊さないのでしょうか?」
「さすがに玉子を生で食べる光景は初めて目にするな」
「さくら様が病気にならないか心配です」
「さくらちゃん、俺も1杯もらっていいか?」
「「「「なんですってーーー(なの)!」」」」
女子たち4人は生玉子を平気で口にしているさくらを心配顔で見ているが、トシヤは何度もさくらと一緒に玉子掛けご飯、いわゆるTKGを食べた経験があるので全く驚いた様子がない。それどころか自分も食べていいかと聞いている。
「なんだ、トシヤも食べたいんだね。いいよ、ついでに私の分をもう1杯ドンブリによそってよ!」
「わかったよ、はいどうぞ! それじゃあ俺もいただきます!」
こうして2人は無言でTKGを掻き込んでいく。その様子を見つめている女子一同がようやく再起動を開始する。
「トシヤも一緒になって食べているの! カルチャーショックなの!」
「アリシア、なんだか見ているうちに私の目にはとっても美味しそうに映っています」
「エイミーはチャレンジャーなの! 本当に食べるの?」
「エイミー、あれはきっと特別な人間じゃないと食べられない物に違いない。止めておいた方がいいぞ」
「エイミーさん、無茶はよしましょう。これから地竜の森の中心部に行くんですよ」
「いえ、私には食べ物の神様の声が聞こえます。絶対に美味しいというお告げがありました!」
「エイミーのダイエット計画がどんどん破綻していくの!」
こうしてエイミーもさくらの許可をもらってTKGを口にする。生まれて初めて味わうトロッとした玉子の食感とコクのある醤油の塩加減がマッチして絶妙なハーモニーを奏でる。しかもご飯の一粒一粒が噛めば噛むほど甘みを引き出すのだ。
「これはたまらない美味しさです! さすがにお腹いっぱいでこれ以上入らないのが本当に残念です!」
「ふむふむ、エイミーちゃんも玉子掛けご飯の味がわかるとは、中々の食通だね! 今夜も用意するから楽しみにしていいよ!」
「さくら様、ありがとうございます! とっても楽しみです! さあ張り切って地竜の森の奥に進みましょう!」
こうしてTKGでパワー全開になったエイミーは、他の女子の尻を引っ叩くようにして森を歩き出す。晩ご飯のお楽しみが懸るといつものことながら人一倍張り切るのだ。物音を立ててはいけない森の中で、今にも鼻歌を歌い出しそうなくらいに浮かれている。その様子にアリシアは『子供か!』と心の中でツッコンでいる。
森を進むにしたがって、先頭を進むアリシアの表情が真剣になってくる。斥候役が魔物の気配を見逃すとパーティー全体の危機に繋がるからだ。感覚に優れた獣人のプライドに懸けて絶対に見逃すまいと四方に気を配っている。
「アリシアちゃん、そんなに気を張っていると疲れちゃうからね。斥候役は前方に集中して、後方は私たちに任せるんだよ!」
「はいなの! それでは後ろは王様とトシヤにお任せなの! 前方に集中するの!」
さくらの的確なアドバイスによってアリシアの負担はぐっと減って、進行方向の気配に集中できるようになった。今までは帝都に近い森でランクの低い魔物を相手にしていたから、アリシア自身にも余裕があって四方に気を配っていられたのだが、ここはSランクの魔物がいつ顔を出してもおかしくはない地竜の森。経験の浅いメンバーも混ざっているこのパーティーが時間の余裕を持って対処できるように、いち早く前方の気配を察知できるように神経を研ぎ澄ませる。
「居たの! こっちに向かっているの!」
「この気配はレッサードレークだね! 今度はトシヤとディーナちゃんでやってみるといいよ!」
「ディーナ、俺が先に出るぞ!」
「わかった、援護する」
向かってくる魔物の進路上にトシヤが飛び出していく。ディーナは一歩下がった場所で剣を構えて魔力を流し始める。エイミーとフィオも万一の場合に備えて魔法のスタンバイを終えている。
「ギュオーー!」
木々の間から咆哮を轟かせてレッサードレークが姿を見せる。小型の恐竜が魔物化しただけあって、その外見はゴブリンなどとは段違いの迫力に満ちている。だがトシヤは一向に怯んだ様子を見せずに、静かな闘志を秘めてやや爪先に重心を掛けながらその姿を見据えている。そして10メートルの距離まで引き付けてから彼は地面を蹴る。
ズーーン!
レッサードレークが伸ばしてくる前足を掻い潜って、トシヤの右の拳は魔物の心臓の辺りにめり込んでいる。魔物は苦し紛れに両手を振るってトシヤを捕らえようとするが、その時には彼は一撃離脱で十分な距離をとっている。
バキッ!
再びダッシュしたトシヤは正面から突っ込むフェイントを掛けてから、魔物の左側面に回りこんで膝にローキックを一閃、その膝は音を立てて砕かれてレッサードレークはバランスを崩して動きを止める。
「ディーナ!」
「行くぞ!」
トシヤが脇に逸れてディーナに場所を譲ると、彼女は雷撃をまとった剣を中段に構えて突っ込んでいく。
バリバリバリ!
火花を散らせながらミスリルの剣がレッサードレークの胸部に吸い込まれるように突き刺さる。その瞬間、電流が体中を駆け巡った魔物は身を震わせて断末魔の声を上げる。
「ギュギュオーーー!」
ディーナが剣を引き抜くと同時に魔物はその場にバッタリと倒れていく。その様子を見たエイミーとフィオはスタンバイしていた魔法を解除する。
「まあまあだったね。そこの2人とも、魔法を解除するのはちょっと早いよ! お楽しみはこれからだからね!」
さくらは意味ありげな笑みを漏らしてエイミーとフィオに注意を促している。その時アリシアが前方から多数の気配が迫ってくるのを感じ取った。
「大変なの! こいつの仲間が集団でやって来るの! 20体以上居るの!」
レッサードレークは小型の地竜の仲間だが集団で狩をする特性を持っている。時には大型の地竜も倒してしまう程の優秀なハンターなのだ。ディーナに倒された個体が最後にあげたのは仲間に位置を知らせる叫び声だった。
「不味いな、全員最高レベルで戦闘に臨んでくれ。見つけ次第に殲滅しないとあっという間に取り囲まれるぞ。初号機、2号機、3号機発進! アリシア、ディーナ、フィオの警護に回れ! 魔物が近付き次第に倒して構わない! エイミーは俺と一緒に最前線に立つんだ!」
「はい!」
トシヤは一息に戦闘態勢の指示を出すとエイミーとともに一番前に立ってレッサードレークの群れを待ち構える。
「エイミー、一撃で倒せなくてもいいから魔物を動けないようにしてくれ! 向かってくる相手の数をできるだけ減らすんだ!」
「わかりました、照準は付けないで乱射します!」
「ディーナは右方向、フィオは左方向を警戒してくれ! アリシアは後ろに下がっていろ!」
「雷撃でまとめて葬ってやるから任せておけ!」
「トシヤさん、何とか食い止めて見せます!」
「狐火で援護するの! 練習の成果で結構強力になったの!」
これで迎撃体制は整う。魔法学院の学年ランキング1~3位の魔法使いがこの場に揃い踏みしているのは心強い限りだ。だがランキング上位とはいってもまだ実戦経験の不足は否めない。それを補うためにトシヤは汎用人型戦闘ドローンの全機出撃に踏み切っていた。3機まとめて操ると彼の魔力をガリガリと削っていくのだが、このような事態に魔力を出し惜しみしている場合ではなかった。
「さくらちゃん、後ろに回りこんだ魔物は任せるぞ!」
「いいけど、私がちょいと暴れただけで森が消えてなくなるよ!」
「この際しょうがないから頼んだ」
「まあできるだけ加減するよ。こっちは心配しなくていいからね!」
さすがは獣神だけあって、さくらのセリフはスケ-ルが違っている。『ひと暴れで森がなくなる』なんていうセリフはこの人物だけが口にできるのだった。
「来た! エイミー、頼んだぞ!」
「安心してください! 玉子掛けご飯パワーで魔力が有り余っていますから!」
「なんでこんな時でもご飯が絡むの!」
アリシアのツッコミは聞こえないフリをしてエイミーは両手からアイスニードルを連射し始める。昨日用いた巡航ミサイルサイズではなくて、長さ1メートルくらいのそれでも『ニードル』と呼ぶにはあまりに巨大な氷の釘が、木々を薙ぎ倒しながら姿を見せるレッサードレークに容赦なく突き刺さる。
「ギュオーー!」
たちまちその場は魔物の血飛沫と絶叫が響き渡る修羅場と化したが、エイミーは追撃の手を全く緩めない。周辺の木々の幹を粉砕しながらなおもアイスニードルを浴びせ続けている。この苛烈な攻撃でレッサードレークの群れの半数が血塗れの姿で森のそこかしこに倒れている。
だが魔物たちはハンターの本能でエイミーの攻撃を避けて左右に回り込もうとする。しかしそこにはディーナとフィオがすでにスタンバイを終えて待ち構えている。
「まだ残っていたようだな。食らうがいい、雷撃斬!」
ディーナはバチバチと音と火花を散らせているミスリルの剣を横薙ぎにする。剣から発した雷撃は帯のように広がって姿を見せた魔物に襲い掛かる。木々を焦がしながら進む稲妻の帯は魔物に触れただけで体を黒焦げに変えていく。ディーナが2撃、3撃と加えていくと、もうその方向に立っているレッサードレークは居なかった。
左に回りこんだ魔物たちはフィオの魔法銃が相手をしている。
バシュッ!
ディーナと同じ雷撃の術式を込めた魔法弾がレッサードレークに当たると、電撃の魔法がその体を包み込んで魔物はその場にバッタリと倒れていく。フィオの魔法銃は連射が利かないので1体ずつ狙うしかない。その間に迫ってくる魔物はアリシアが狐火を放って牽制する。大きなダメージを与える程の効果はないが、足止めならば充分に役に立っている。
フィオとアリシアが懸命に魔法を放っている間に、2人の隙をついてレッサードレークが迫ってくる。
「フィオが危ないの!」
アリシアが声を上げてそちらに向かって狐火を連発で放つが魔物の突進を中々止められない。フィオの間近に迫ったレッサードレークだが、その手が彼女に届くことはなかった。彼女の護衛を務めている3号機が正面に立ちはだかってその豪腕を振るうと、魔物の頭は原型を留めない形で千切れて彼方に吹き飛んでいく。
「トシヤのゴーレムは無敵なの!」
その光景を目撃したアリシアは一瞬ヒヤリとしたものの無事に魔物を撃退してホッと胸を撫で下ろす。こうして左側に回りこんだ4体の魔物はすっかり討伐されていった。
「おやおや、後ろからこっちに来ているね! そうだ! ドラゴンたちのご褒美にちょうどいいから、原形を留めるように倒しちゃおうかな!」
パーティーの一番後ろに居るさくらの近くに大きく迂回してきた2体のレッサードレークがやって来る。だがさくらの目にはこの程度の魔物はドラゴンの食料にしか映っていなかった。
木々の間から姿を見せる1体の魔物に無造作な動きで近付くと、その腹部の辺りに右手をあてる。あまりにさくらの動きが早すぎて魔物は全く対処できない。目で追えないうちにあっという間に懐に潜り込まれていた。これこそがエクストラランクの冒険者の技だ。
「それっ!」
腹に当てた手にほんの少しだけ力を込めると、レッサードレークの腹腔に強烈な衝撃が加わって内部の臓器や骨格を破壊していく。その衝撃は魔物の背中を突き抜けて、次々に後方の木を圧し折りながら進んで300メートル程森を破壊してようやく停止する。
ズシーン!
レッサードレークは口から大量の血を吐きながら地面に崩れ落ちる。獣神の前に立った魔物の末路は大概こうなると決まっている。
「うん、いい感じに原型を留めたね。こうしておくと骨まで食べ易くなってドラゴンが喜ぶんだよね!」
もちろんもう一体もさくらの手に掛かって呆気なく仕留められている。その代償として森に扇状に木々が薙ぎ倒された場所が出来上がっている。
「やっぱり王様は桁が違うの! 心から尊敬するの!」
「うんうん、アリシアちゃんはよくわかっているね! 他のみんなももっと尊敬していいんだよ!」
あまりの破壊の大きさに言葉を失うパーティーをよそに、さくらの高笑いだけが森に響くのだった。




