表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/82

65 王様の体術教室

「1年生の諸君にとっては初めての野外実習だから、まずは安全に再びここに戻ってくるのを最優先に考えてください。宿泊中は互いに助け合ってパーティーで活動する意義に気付くように。野外での活動に慣れてきたら、ゴブリンで構わないから魔物を1体仕留めるんですよ。それが今回の課題です」


 校舎の前に集合している生徒たちに先生からの注意事項が伝達されている。



「まあ、魔物なんて恐ろしいですわ! 出会ってしまったらどうしましょう?」


「いいか、俺たちは最低でもワイルドボアを仕留めるぞ!」


「1週間は結構長いなぁ。本当は図書館で魔法の研究をしていたいよ」


 生徒たちの反応は様々で、中には野外実習に消極的な生徒もいる。しかしこの学院の教育方針はあくまでも『実戦的な魔法使いを育成する』なので、ゴブリン如きに恐れを抱いているようでは卒業も覚束ないのだ。




 その中で冒険者養成コースの20人はひと塊になっていつになく気合を漲らせている。


 

「森に出発するの! 王様が付いていれば怖い物なしなの! 大物をバッチリ仕留めるの!」


「アリシアは張り切っていますね。私は甘い物としばらく会えなくなるのがちょっと寂しいです」


「それは帰ってきてからいくらでも食べればいいの! ついでだからエイミーはこの機会にダイエットに励むの!」


「それはナイスなアイデアです! 今回の野外実習の目標はマイナス3キロにします!」


 なんだか違う方向に気合を漲らせている生徒も居るようだ。




「アリシアたちは凄い冒険者を連れてきたみたいだから、私たちも負けないように頑張りましょう!」


「そうね、せめてちゃんと課題が達成できるようにしないとね」


 コース別の振り分け試験で成績がビリだったアリスとクララもこの機会に何とか挽回を図ろうとしている。さもないとこのままでは進級が危ういのだ。




「いいか、森の中は危険に満ちているぞ! みんな俺の後ろをしっかり付いてくるんだぞ!」


「カシムさん、男らしくて素敵です!」


 相変わらず色ボケで前が見えなくなっている生徒がここには居るようだ。




 そして出発の号令が掛かるとパーティーごとに集結地点に向かって校外に歩き出す。平民の生徒の殆どは背中に重たい荷物を背負っているのに対して、貴族の子弟は荷物持ちでランクが低い冒険者を雇っているので、生徒の大半が身軽な姿をしている。荷物持ちの冒険者たちもいざとなったら戦闘要員に加わるので、これも安全対策の一環だ。



 学年全体の集結地点は帝都の東4キロの地点にあるローデルヌの森の入り口に設けられている。この森にはそれほど危険な魔物は居なくて、ランクが低い冒険者たちが薬草を摘みに来る森だ。すでに4人の教員と応援の冒険者数人が本部を設置して待っている。



 学科コースごとにパーティーを組んで思い思いのペースで集結地点を目指していくが、帝都の街の門を抜ける頃にはその隊列はバラバラになってすでに列ではなくなっている。



 普通に歩く分には歩き慣れている平民の方が足早に移動できるのだが、彼らは大抵大荷物を背負っているので速度がなかなか上がらない。


 一方の貴族たちは荷物を移動に慣れた冒険者たちに運ばせているのだが、何分普段は馬車での移動で足を使う機会が殆ど無いために、平民たちよりも更に速度が上がらなかった。特に貴族の女子たちはこんな長い距離を歩くことに不満タラタラの様子だ。



「こんな平民のように地面を歩かないといけないなんて、本当に不本意ですわ」


「まったくですわね。私たち魔法研究コースは今回限りの参加ですから我慢するしかないですわ」


「歩くのよりも外で寝るのが不安ですの。わたくし、自分のベッドでないと寝付きが悪いんですの」


「まあ、わたくしもですのよ!」


 とまあこんな調子でペチャクチャしゃべりながら静々と街道を進んでいる。毎度のことながら付き添いの冒険者たちは『こいつら大丈夫なのか?』と不安な表情を隠せないのだった。




 一方のトシヤたちは隊列の先頭を、彼らにとっては極々普通のペースで歩いている。この中では体力が無いエイミーやフィオのペースに合わせているとはいえ、それでも武器以外は手ぶらの状態なので他のパーティーに比べて移動速度が段違いだった。付いてきているのはマジックバッグを手に入れて同じように手ぶらのカシムたちのパーティーだけだ。 



「トシヤさん、森に入ったらどうしますか?」


「まずは拠点作りだな。安全が確保できる場所を探して、それから近辺を徐々に探索していく感じで進めていこうと思っている」


「トシヤさん、私は森を殆ど歩いた経験が無いので、色々と教えてください」


「そうだな、ひとまずはフィオのペースに合わせてゆっくりと進むようにしようか」


「トシヤ、森の中の隊列はどうするんだ?」


「ディーナは剣士だから前を頼むぞ。アリシアが斥候で一番前を進むから、その直後で警戒に当たってくれ。パーティー全体を守るかなめの位置だからしっかり頼む」


「任せてくれ! この剣に懸けて全員をしっかりと守るぞ!」


 アリシアは敬愛する王様との同行で完全に舞い上がって、現在さくらの横にベッタリと張り付いている。いつも一緒のアリシアが居なくなって手持ち無沙汰のエイミーがトシヤの横に並んだ瞬間、フィオとディーナも自分をアピールしようとトシヤを取り囲む。3人とも表面上はにこやかなのだが、目は全く笑っていない。トシヤを巡るライバル同士がこんな場所でも火花を散らしているのだ。



「ところでさくらちゃん、なにか予定はあるのかな?」


「ふふふ、何もかもこのさくらちゃんに任せておけばいいよ! 世界中の森を知り尽くしているこの私が、いい所に案内するからね。ひとまずはこのまま森の入り口を目指していいよ!」



 女子3人に取り囲まれたトシヤが振り返って意見を求めるが、さくらはまだ頭に描いているプランを明かす気は無いようだ。トシヤは嫌な予感を感じながらも集結地点を目指していく。



「あと2キロくらいで到着だな。誰か休憩が必要な人は居るか?」


「全然大丈夫なの! このまま一気に行くの!」


「トシヤさん、喉が渇いてきました」


「エイミーは根性が足りないの! ちょっとくらい我慢するの!」


「アリシア、まあそう言うな。一旦ここで一休みしよう。水はしっかり飲んでおくんだぞ!」


 トシヤのマジックバッグから水筒を取り出してもらって水を口にすると、エイミーの表情が明らかにホッとした様子に変わる。



「はー、なんだか生き返りますね! 普通の水をこんなに美味しく感じるとは思いませんでした」


 エイミーは魔法で水筒を冷やしているので冷たい水が飲み放題だった。中身が減った分は水魔法で再び水筒に補充していく。



「エイミーさん、便利な魔法の使い方ですね! 私の水筒もお願いしていいですか?」


「ああ、フィオさん、オーケーですよ! 水筒を貸してください。ついでに冷たくしておきますね」


「エイミー、すまないが私の水筒も頼んでいいか?」


「ディーナさんも水筒を貸してください! はい、これで出来上がりです!」


「本当に便利だな! エイミーが居れば水の心配をしなくてすみそうだ」


「えへへへ、小さな弟たちにせがまれて冷たい水や氷を出していましたから、こういうのは得意なんです! 水が必要だったらいつでも声を掛けてくださいね!」


 小さな水筒が取り持つ縁ではないが、トシヤを巡るライバル3人が仲良く話をしている。3人ともお互いに構えてしまう面があったのだが、なんだか今までよりも打ち解けた雰囲気が出来上がる。これもいつもとは違う環境に置かれたせいだろうか。



「さて、そろそろ出発しようか」


「出発なの! もうあっちに森が見えるの!」


 こうして再び森の入り口に向かってパーティーが歩き出す。そのまま40分くらいで余裕を持って集結場所に到着するトシヤたちだった。



「おお、君たちが一番乗りだね! ずいぶん身軽だけど荷物はどうしたんだ?」


「全部マジックバッグに放り込んであります」


「なんと! 君たちはマジックバッグを持っているのか! 羨ましいいな!」


 集結地点で待っている教員に到着を報告すると、全員が集まるまではこの場で待機になる。特にすることが無いので、エイミーは背中のリュックから敷物を取り出して座って休んでいる。なぜかフィオとディーナもエイミーの両隣に敷物を敷いて、3人で仲良くペチャクチャおしゃべりが始まっている。





「まだまだ全員が集まるまで時間があるの! せっかくだから王様に〔モトハシ流〕を教えてもらうの!」


「うん、中々ヤル気があるね! いいよ、こっちで軽く相手をしてあげようか!」


 アリシアを伴ってさくらは200メートルくらい離れた場所に向かう。草原で向かい合う2人の姿がトシヤたちの目に映っている。



「どこからでも掛かってきていいよ!」


「王様の胸を借りるの! いくの! テヤーなの!」


「ほいさ」


 さくらに向かっていくアリシアだが、体が触れるか触れないかのうちに軽々と宙に舞い上がっている。さくらは思いっきり加減して、アリシアの手首を軽く捻っただけだ。



 ストン!


 宙に投げられたアリシアは体を上手く捻って足から地面に着地する。



「どうして投げられたのか全然わからないの! 王様は動いた気配が無いのに、いつの間にか私が投げられていたの! ビックリだけど、さすがは王様なの!」


「うんうん、しっかりと基礎ができているね! 私の投げ技で背中から地面に落ちなかっただけでも大したもんだよ! それじゃあもうちょっとレベルを上げようかな」


 さくらは獣人に教えた自分の技がこうして何世代も受け継がれているのを目の当たりにして、会心の笑みを浮かべている。並外れて強い王様に憧れて、少しでも近付きたくて獣人たちが努力を重ねてきた結晶が今目の前に立っている狐人族の少女だった。



「いくの! テヤー・・・・・・ あれっ、なの!」


 今度は受身を取る暇も無くアリシアの小柄な体は草の上に背中から落ちる。幸い腰の高さまで茂っている草がクッションになってダメージは無いが、自分が何も反応できない鋭い投げ技を食って呆然としている。



「何度も受けているとわかってくるよ! さあ、もう1回!」


「何度でも行くの! テヤーなの!」


 王様から直々に技の手解きを受ける機会などそう滅多にあるものではない。この機会を逃すまいとアリシアは再び突っ込んでいくが、簡単に投げられて背中から草むらに落ちていく。



「正直に突っ込んではダメなの! 王様の動きを目で捉えるの!」


 慎重に構えるアリシアだが、今度はさくらの方から辛うじて目で捉えられる速度で突っ込んでくる。



「ほいさ!」


 再び宙を舞うアリシアだが、今度はタイミングがわかっていた分だけ体を捻る余裕があった。何とか四つん這いの体勢で着地をする。まるでネコが高い場所から着地したような姿だ。身軽なアリシアだからこそできたのかもしれない。



「ほほう、いい目をしているね! 3回目で対応してきたのはかなりの素質を感じるよ!」


「ギリギリで何とかできたの! でも王様はやっぱり凄いの! もっと王様に稽古をつけてもらうの!」


 アリシアの目が生き生きしている。真の強者とこうしてまみえて、獣人の闘争心にいつの間にか火が点いている。



「テヤーなの!」


 アリシアは今度は幻術で作り出した自分の幻をさくら目掛けて突っ込ませる。本体はワンテンポ遅れてさくらに接近して隙を伺う。



「幻にちゃんと気を込めないと簡単に見破られちゃうよ! ほら、本物はここだ!」


「しまったなの!」


 またしてもアリシアの体は簡単に宙に放り投げられるが、何とか体勢を立て直して再び四つん這いで着地する。



「ほれほれ、もうお終いかな?」


「まだまだ行くの!」


 今度はアリシアが無防備に突っ込む。王様を相手にして小細工は通用しないと悟っていた。



「それっ!」


「ここなの!」


 スタッ!


 アリシアは宙に放り出されるタイミングだけに集中していた。今度はワンテンポ早く体を捻って足から着地に成功する。



「ほほう、見事だね! 今のタイミングは良かったよ!」


「忘れないうちにもう一度なの!」


 こうして何度か同じように投げられて、アリシアは完璧にコツをマスターしていく。どんなタイミングで投げられても、宙で体を捻って足から着地できるようになっている。



「うん、これなら合格だね! 格上の相手との戦いで大事なのはダメージを受けないことだよ。アリシアちゃんは才能があるから、受身をもっと磨いていけば強くなれるよ!」


「王様、ありがとうございますなの! この受身は凄く役立つの!」


「うんうん、これからもしっかりと頑張りたまえ!」


「はいなの!」


 こうしてアリシアはわずかな時間を生かして体術のレベルアップに成功したのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ