64 出発の朝2
お待たせしました、64話の投稿です。
今回はいよいよ野外実習に出発・・・・・・ しません。相変わらず集合場所でゴタゴタするお約束の展開。そして、トシヤが連れて来た冒険者と対面するパーティーメンバーたち。
あらすじにもありますように、日常系学園小説ですのでマッタリとした展開をどうぞお楽しみください。(汗)
「まだ冒険者の人が来ないの! なんだか心配になってきたの!」
「そうですね! 点呼の時間も迫っているし、早く来てくれないでしょうか」
せっかちなアリシアだけでなくて、おっとり屋のエイミーもさすがに心配な表情でその場で待っている。トシヤが連れてくる予定の冒険者がまだ姿を現さないためだ。付き添いの冒険者が居ないと楽しみにしていた野外実習に参加できなくなる。
「トシヤ! 冒険者はどんな人か教えるの! 場所がわからなくて迷っているかもしれないから探すの!」
「そうですよ、トシヤさん! どんな人か早く教えてください!」
エイミーは予定よりも早く学院に戻ってきたトシヤから『母親が依頼で出掛けていて不在だった』と聞いてガッカリしていた。この機会を利用して『将来のトシヤのお嫁さんアピール』をしようと思っていたのが台無しになったからだ。それは一旦横に置いて、代わりの冒険者が来ないことに苛立ちと不安を深めている。
「安心しろ! もうその辺に来ている気配がある。あんな馬鹿デカイ魔力の気配だったら、居ればすぐにわかるから大丈夫だ」
自信満々な表情をして答えるトシヤの様子にほっと胸を撫で下ろすエイミー、一方のアリシアは顔もわからない冒険者を探して周囲をキョロキョロ見回している。
「あっちから来る人かもしれないの! どこかで見た人のような気もするけど思い出せないの! でも物凄く強い気配が漂ってくるの! まるで私たちの王様みたいなの!」
さくらは獣人たちの前に出る時はウサミミヘルメットを被っている。頭の上に取り付けてあるウサミミが王様の象徴としてあまりにも有名なせいで、ヘルメットを被っていないさくらが誰なのかアリシアにはわからないのだった。
「ま、まさか…… さくら様!」
だが過去に何度も面識があるディーナが真っ青な顔でガタガタと震えだしている。彼女にとって幼い頃にさくらと祖母に連れられて魔境に足を踏み入れたのが今でもトラウマだった。次々に襲い掛かるAランクやSランクの魔物の姿が、当時まだ70歳くらいだった彼女の目にはとっても恐ろしく映っていた。
そのトラウマを作った原因のさくらと共に野外実習に臨むのは、始まる前から嫌な予感しかしない。
「ディーナさん、お知り合いの方ですか?」
面識がないフィオはゆっくりと近づいてくるその姿をみて『誰だろう?』と思って隣に居るディーナに尋ねると、ディーナはフィオにそっと耳打ちをする。
「ま、まさか! あの伝説の方ですか!」
貴族のご令嬢にそぐわない大きな声をつい上げてしまうフィオだったが、それを恥ずかしがる気持ちよりも驚愕の方がはるかに大きかった。600年前からこの世界に存在する生きる伝説が目の前に現れたのだから、無理もないだろう。
そしてゆっくりと近付いて来たさくらはパーティーの前に立って左手を腰に当てて軽く胸をそらす。
「ジャーーン! さくらちゃんの登場だよ!」
右手でビシッとVサインを作ってポーズを決めるさくらだが、挨拶というにはあまりの突飛な行動にパーティー全員が固まっている。
「おや? 狐人族の子が居るね! それじゃあわかり易くこうしよう!」
マジックバッグからウサミミヘルメットを取り出して被ってから再び……
「ジャーン! 私がさくらちゃんだよ!」
「本物の王様なの!」
どうやらアリシアに伝わったようだ。うんうんと頷くさくらの頭の上でウサミミが前後に揺れている。
「王様、お会いできて嬉しいの!」
アリシアはさくらの前に跪いて挨拶をする。こうして目の前に王様を迎えて、嬉しさのあまりにその尻尾が左右に千切れんばかりの勢いで振れている。
「ああ、堅苦しくしないで立っていいよ! これからしばらくの間仲良くしてね!」
「はいなの! 王様が一緒だったら怖い物無しなの!」
「という訳で私が獣人の王様のさくらちゃんだよ! みんなよろしくね!」
「「「「よろしくお願いします」」」」」
トシヤが連れてきた冒険者の正体が判明したところで、全員が元気よく挨拶をする。中には震え声の者も居たが、そこは何とか勢いで誤魔化す。
ドドドドドドドドドド!
パーティー全員が頭を上げた瞬間、こちらに向かってくる気配と大きな足音が響き渡る。そしてデカイ体がピタリとさくらの前で止まると跪いている。
「王様、こうして目の前に現れてくれて、俺は嬉しくって泣きそうです!」
そのデカイ体の主はいわずと知れたカシムだった。彼はウサミミを発見するなり、猛烈な勢いでダッシュしてやって来たのだ。
「おや、狼人族の子も居たんだね! うん、しっかりと鍛えているね! もっとご飯をいっぱい食べるといいよ!」
「ありがとうございます! 感激っす! これから食事の量を倍にします!」
こんな簡単に約束していいんだろうか? 食事の量2倍というのは結構な試練ではないだろうか?
「さくらちゃん、こいつはバカだから本当に2倍にしちゃうぞ!」
「んん? 男の子はそのくらい食べないとダメだよ! トシヤの食事の量が少な過ぎるんだよ!」
「そうです! こいつは食事が少ないから髪の毛に栄養が回らないんです!」
「なんだと! テメーこそ体にばっかり栄養が回って、頭はいつも栄養失調だろうが!」
「なにをー! この場で決着を付けてやるか!」
「ああ、いつでも掛かってこいや!」
こうして一触即発の雰囲気の所にラファエル先生がやって来る。さくらは事の成り行きを楽しげに眺めている。『男の子らしく元気があって結構!』という表情で腕を組んでしきりに頷いている。
「君たち飽きもしないで何をしているんだね! 点呼が始まるからパーティーに戻りなさい」
はい、解散…… という空気が流れて、カシムはもう一度さくらに挨拶をして名残惜しそうにその場から去っていく。
「トシヤ君がリーダーだったね。付き添いの冒険者との契約書を見せてくれないか」
「すいません、ギルドを通していないので依頼契約書はないです」
「そうかね、まあ個人契約でも構わないが、その場合は冒険者の登録カードを確認させてもらう必要があるよ」
「さくらちゃん、悪いけどカードを出してよ」
「いいよ、この前ギルドに地竜を解体してもらった時に出したから、この辺に…… あったよ! ホイ!」
冒険者が所持している登録カードは白地にランクごとに違う色でF~Sまでのランク名が記載されている。Fから順に『黒』『緑』『黄』『オレンジ』『赤』『銀』『金』となっていて、ひと目でランクがわかる。だがさくらが取り出したカードは黒地に金色の文字で『E』と記載されている。
「おや? こんなカードは見たことがないですね。確かにギルドの帝都支部が発行したものに間違いはないようですが。失礼ですがランクは何でしょうか?」
「んん? 私のランク? 何だったかな? 長いこと冒険者をやっているからよくわからないけど、一番上だって言われたよ!」
さくらに質問したラファエル先生は返ってきた曖昧な答えに頭を抱えている。文字が金色で書かれているので高いランクだろうとは思うが、その肝心の文字が『E』とはどういうことなのだろうかと考え込んでいるのだった。
その時、ちょうど隣に居てその様子を目撃していた別のパーティーから声が上がる。どうやら貴族のボンボンたちのパーティーのようだ。
「なんだって! さすがは平民だな! 金がなくてEランクの冒険者を連れてきたのか! 規則通り野外実習は不参加だな!」
「そうだそうだ!」
「さっさと寮に帰れ!」
「平民たちの出る幕じゃないと思い知れ!」
その声に続いて続々と貴族たちから声が上がる。今までのトシヤの行動に対する鬱積した不満が爆発した結果だ。
「うーん…… 困ったな、さくらちゃんがEランクの訳がないし、俺もどうなっているのかわからないぞ」
「トシヤさん、私たちはもしかして野外実習に出られないんですか?」
「獣人の王様は世界で一番強い人だから大丈夫なの! 私たち獣人の誇りなの!」
トシヤとエイミーはこの事態に不安げな表情をしているが、アリシアの信頼感が半端ではない。敬愛する王様が万事解決してくれるという絶大な信頼を寄せているのだった。
「よくわかんないけど、面倒だから学院長を呼んで来てよ。私の顔を知っているからね!」
「学院長とお知り合いなんですか?」
「まあそうだね。いいから早く呼んで来てよ!」
「わかりました。お待ちください」
こうしてラファエル先生は集合場所から管理等に取って返すと、10分後に学院長を伴って戻ってくる。『いちいち何の用件だね?』という表情でやって来た学院長は、そこに立っている人物を発見して真っ青になって駆け寄る。
「さ、さくら様! 何でまたこの学院に何か御用がありましたか?!」
「大した用事じゃないよ! トシヤたちの野外実習の付き添いだよ! はい、これが私の冒険者カードだよ!」
「こ、これは……! 長いギルドの歴史でたった1枚しか発行されていない『エキストラランク』のカードではありませんかぁぁぁ!」
学院長は職務柄冒険者ギルドの歴史にも詳しかった。そして過去に1枚しか発行されていない幻のカードがあると知っていた。それは全てのランクを超えた最早ランク外の領域に到達した人物のみが持つカード『エキストラランク』だった。
「ラファエル君、よく見たまえ! 『E』の文字のあとに小さく『X』があるだろう。これこそがSランクよりもさらに上のカードだよ」
「勉強不足でした、申し訳ございません」
ラファエル先生が平身低頭してさくらに謝っている。そんなとんでもないレベルの冒険者を疑って掛かるような真似をしてしまったので、これは仕方がないだろう。
「そんなに謝らなくていいよ! トシヤの先生なんだから、この子をしっかりと鍛えてあげてよ! 先生はもっと胸を張るんだよ!」
「ありがたいお言葉です。これからもトシヤ君をビシビシ鍛えていきます」
「ラファエル先生、俺はみんなと同じように普通でいいですよ」
「トシヤ君、バカなことを言うんじゃないよ! 君がちゃんと字が読めるようになるまで私がしっかりと指導するからね!」
教師魂に火が点いたラファエル先生が燃えている。トシヤはとんだトバッチリを食らったものだ。ラファエル先生は座学の担当なので野外実習には参加しないが、トシヤが留守中にミケランジュ先生と2人掛かりでたっぷり教材と課題を準備しておくそうだ。
「さすが王様は器が大きいの! 私もあんな人になりたいの!」
「アリシアはせっかちですから、さくら様のようにドーンと構えているのは無理なんじゃないですか?」
「エイミーがノンビリし過ぎで私は普通なの! これでもずいぶん広い心でエイミーの所業を笑って許しているの!」
「さ、さあ…… 何のことかよくわかりません。それよりもトシヤさんはすごい大物を連れてきましたね。どういう関係なんでしょうか?」
「エイミーは自分の都合が悪くなるとすぐに話題を転換するの! 王様はたぶんトシヤの体術の師匠なの! トシヤがモトハシ流の技を使えるのは王様から教えてもらったに違いないの!」
「なるほど、それにしてもトシヤさんの周囲にはお母様といい、さくら様といい、凄い人たちばかりですね」
「ビックリしたの! まさか王様が知り合いだとは思わなかったの! でもトシヤのおかげで王様と一緒に野外実習に出掛けられるの! 楽しみが倍になったの!」
ちょっとしたトラブルがあったものの、こうして無事に出発を迎えるトシヤたちであった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は週末の予定です。夏休みに入ってアクセス数が急上昇して喜んでいます。この語の展開が楽しみな方は、感想、評価、ブックマークをお寄せください。お待ちしています。




