63 出発の朝
お話はタイトル通り野外実習の出発の朝を無事に迎えるようです。トシヤが連れて来た冒険者の正体は・・・・・・
トシヤが席に着くのを見届けると、テーブルに次々にマジックバッグから取り出した料理を並べだすさくら。あまりに大量の料理を並べる様子を見てトシヤが思わず声を掛ける。
「さくらちゃん、いくらなんでも俺はそんなにいっぱい食べられないよ」
「ああ、気にしないでいいよ! これは全部私が食べる分だからね! トシヤは何かリクエストはあるの? 色々仕込んできたから、大抵の料理は出せるよ!」
「さいですか! どうせそんなことだろうって知っていたよ! それじゃあ、よく煮込んだシチューと適当なパンをお願いしようかな」
「うん、トシヤは中々目が高いね! 地竜の肉を煮込んだシチューがあるんだよ! 柔らかくて美味しいよ!」
そう言いながら、さくらはマジックバッグから料理を一皿取り出す。濃厚なソースでじっくり煮込まれた拳骨ぐらいの大きさの肉の塊がゴロッと2つ入って、付け合せの野菜とともにいい香りを漂わせる。まだ湯気を立てている出来立てのホヤホヤのようだ。
「すげー! 地竜の肉なんて食べるのは初めてだよ!」
「とろけそうになる美味しいお肉だよ! まだあるからお代わりもしてよ!」
「美味いぞ! こんな柔らかい肉があるんだ! それに味が染み込んでいるから絶品だよ!」
「そうでしょう! 調理を任せたシェフが味見をした時にあまりの美味しさに腰を抜かしていたからね!」
その美味しさにつられてトシヤは地竜のシチュー2皿を完食する。その間、さくらも手を止めずにパクパク食べ続けている。
「いやー、お腹いっぱいだ! 帝都から走ってきた疲れも吹っ飛ぶな!」
「そうだよ! 美味しいご飯を食べると元気になるんだよ! トシヤはもっといっぱい食べていいくらいだからね!」
「俺の知り合いにもっと食べる女の子が居るから、今度さくらちゃんにも紹介するよ」
トシヤが口にする『もっと食べる女の子』とは、言わずと知れたエイミーを指している。『獣神・さくら』には及ばないものの、トシヤよりも食欲の点ではるかに上回る存在がエイミーだ。
「ほう、そんな女の子が居るんだ! それは会ってみたいね、ぜひ食べ比べをしてみたいよ! ところで学校を放っぽらかしてトシヤは何をしに来たのかな?」
「そうだった! 腹いっぱいになってすっかり忘れていたよ! 今度学院で野外実習があるんだけど、付き添いのCランク以上の冒険者が見つからなかったんだ。だから仕方がなく母ちゃんに頼もうと思って来たんだけど、肝心の母ちゃんが居ないんじゃどうにもならないよ!」
トシヤは心底ガックリした表情で事情を打ち明ける。だが困り切っているトシヤとは対照的にさくらの表情がテカテカと輝きを放つ。その様子を見ているトシヤの脳裏には嫌な予感しかしない。
「ジャーーン! ここに一番上のランクの冒険者が居るよ!」
「そう来るだろうと思っていた。さくらちゃんから飯をおごってもらうくらいならいいけど、あんまり恩を受けたくないんだ。何しろ後からの取立てが怖過ぎるよ」
「なんだって! 私の誠意を台無しにするつもりかな?」
「そういう訳じゃないけど、母ちゃんだったら俺が死にそうな目に遭うだけで済むけど、さくらちゃんを連れて行ったらパーティー全員が死にそうな目に遭うんじゃないかと不安なんだ。森を禄に歩いた経験がない初心者も混ざっているんだから」
「大丈夫だよ! このさくら様が初心者もバッチリ案内しちゃうよ! 大船に乗ったつもりで任せなさい!」
エッヘンと胸を反らして任せろと申し出るさくらの態度に、トシヤはますます不安を募らせていく。だが世の中には背に腹は代えられないという諺もあるのだった。
「わかったよ、さくらちゃんに頼もう。その代わり絶対に無茶な真似は仕出かさないでくれよ」
「大丈夫だよ! 魔物狩りのエキスパートのさくらちゃんが付いていたら、危険なんてないからね!」
「じゃあすぐに帝都に向かって出発しよう。走っていくと丸3日は掛かるから時間がギリギリなんだ」
「そんな時間が掛かる面倒な方法は必要ないよ! 私がドラゴンを呼び出してひとっ飛びで帝都に行くからね! 今日はゆっくりして明日の朝に飛び立つよ!」
「そうか! その手があったんだ! さすがはさくらちゃんだ、俺まだドラゴンに乗ったことがないから、ちょっと楽しみだな」
こうしてトシヤは久しぶりに自宅のベッドで束の間の休息を取るのだった。
翌日の早朝……
「それじゃあ今からドラゴンを呼び出すよ! もしもーし! 誰か暇な人は居ますか?」
さくらが念話で呼び掛けると、どうやら返事があった模様だ。トシヤはその成り行きをワクワクした子供のような表情で眺めている。
「ああ、リバイアさん! 今大丈夫なんだね! それじゃあすぐに呼び出すから準備していてよ!」
どこかの友達と気軽に連絡を取るような会話が終わると、さくらはその体から魔力を放出する。その凄まじい魔力の量にトシヤでさえもしばし呆然とするしかなかった。
やがて地面に巨大な魔法陣が浮かび上がって、そこから巨大な水龍の姿が現れてくる。優に40メートルを超えている見事なドラゴンが、あっという間にその全貌を現す。
「リバイアさん、久しぶりだね! 帝都まで飛んでもらえるかな?」
「お安い御用だ! そこなる少年は何者だ?」
「ああ、この子は私の兄ちゃんの子孫だよ! 一緒に乗っけてよ!」
「良かろう、我が背に跨るがよい!」
こうしてトシヤはリバイアさんの尻尾からその巨体をよじ登って背中に跨った。さくらは地面からピョンとひと跳びで背中にスタッと着地を決めている。
「それじゃあ出発だよー!」
さくらの声に合わせて翼を2,3回羽ばたかせると、巨体にも拘らずドラゴンの体はふわりと宙に舞い上がる。そのまま一気に上昇して地平がはるか下に見渡せる高度を保ちながら、200キロ近い速度でグングン飛翔していく。
「さくらちゃん! ドラゴンってやっぱり凄いんだな! こんな高い所を飛べるなんて、俺は初めてだよ!」
「なんたってドラゴンだからね! リバイアさんは水龍だから水の中も得意なんだよ!」
空を飛翔するという初めての経験にトシヤも興奮を隠せない。それにこれだけの速度で飛んでいるにも拘らず、背中は思った以上に快適だった。ドラゴンが身を包む魔力の内部に居るので、向かい風を全く受けないで進める。その上安定感が抜群で気流の影響を魔力で軽減しているので殆ど揺れないのだ。
ちなみに水龍リバイアさんはさくらの勘違いで命名されていた。本来は『リバイアサン』のはずだったのだが、『鈴木さん』の『さん』だとさくらが勘違いしてこのような名前になっている。ドラゴンの方は至ってこの名前を気に入っているので、問題は特になさそうだが・・・・・・
トシヤが自動車並みの速度で3日間走り通した1000キロ以上の道のりを、ドラゴンはわずか半日で飛び終えて帝都騎士団の訓練場にふわりと舞い降りる。
「さ、さくら様、急なお越しはどのようなご用件でしょうか?」
帝国のかなり上位の文官が息せき切ってやって来て、恭しい態度で挨拶の口上を述べている。それほど帝国にとって彼女は重要人物中の重要人物だった。日本で言えば官房副長官クラスが慌てて出迎えに出る緊急事態だと考えればいいかもしれない。
「ああ、ご苦労さん! 今回は私用だからあんまり構わなくていいよ! でもお腹が減っているから、騎士の食堂でご飯は食べていくよ! ついでに騎士団にちょっと気合でも入れていこうかな!」
さくらの言葉を聞いて文官の横に控えていた騎士の1人が慌てて駆け出していく。この事態を食堂と全部隊に通達するのが彼の重要な任務だ。もしこれを怠ると、何も知らないままに騎士団全体に多大な被害が生じる可能性がある。
「そうですか、承知いたしました。して、そちらの方はどなたでしょうか?」
「ああ、この子は私の弟子だよ! これから魔法学院に戻るから、馬車で送ってもらえるかな?」
「なんと! さくら様のお弟子さんですか! 承知いたしました、馬車を手配いたします」
文官はさくらがやって来た理由が『私用』だと聞いて明らかにホッとした表情をしている。それと同時にトシヤの身元を遠回しに探っているのだった。当然魔法学院の入学試験以来、トシヤの顔を知らない皇帝陛下直属の官吏は居なかった。それ程皇帝陛下の周辺ではトシヤは重要人物として認識されている。
「さくらちゃん、子供じゃないから学院まで1人で歩いて戻れるよ」
「残念でした! ここはお城の中だよ! トシヤが歩いちゃいけない場所もあるから、大人しく馬車に乗って戻るんだよ! 私は3日後に学院に行けばいいんだよね」
「朝一番に来てよ」
こうしてトシヤは馬車に乗って学院に戻っていく。その後城に1人で残ったさくらは、騎士たちの食堂と訓練中の一個師団をパニックに陥れたのは言うまでもなかった。
そして3日後……
「付き添いの冒険者が見つかって良かったです! トシヤさんが家に戻ってからちゃんと学院に姿を見せるまでは、色々と心配の連続でした」
「本当に良かったの! 私たちのパーティーもこうして野外実習に出掛けられるの! でもトシヤが落第して涙目になる姿もちょっと見てみたかったの!」
集合場所に集まっている1学年の生徒たち、その中でエイミーとアリシアがいつものように仲良くおしゃべりをしている。アリシアが楽しみで仕方なくて早起きした挙句に、もうちょっと寝ていたかったエイミーを無理やりこの場に連れて来ていた。
「お待たせ、2人ともずいぶん早かったんだな」
「もう待ち切れないの! 森に行くだけでも楽しみなの! これは獣人の本能だから仕方がないの!」
「アリシアがこの調子で、早い時間から叩き起こされました」
気合十分のアリシアとトシヤの顔を見た途端に眠気が吹き飛んでニッコリと笑顔を見せるエイミー。そこにディーナとフィオもやって来る。
「みんな早かったな。私が一番乗りだと思って来たのに」
「皆さんおはようございます。初めての野外実習でちょっとドキドキしています」
全員が揃って出発の準備が整う。2人のお嬢様方は野外での活動なので今日は動き易い冒険者向きの服装に身を包んでいる。荷物等はマジックバッグに仕舞ってあるので2人とも手ぶらだ。アリシアとエイミーもトシヤに着替えから何から全部預けてあるので、身軽ないでたちをしている。そんな何の準備もしていないように映るトシヤたちの姿を、周囲は怪訝な様子で見ているのだった。
「ところで冒険者の人はまだ来ないの?」
「ちゃんと話は伝わっているから、もう少し待っていれば来るだろう。何しろイベント好きな人だから、こんな機会は絶対に見逃さないよ」
「どんな人でしょうね?」
「それは会ってからのお楽しみだ」
トシヤたちがこんな会話をしている頃、話題の中心になっているとも知らずにさくらは正門横にある銅像の前に立っている。魔法学院に大きな貢献をした偉大な3人の業績を称えた像だ。
「うーん、兄ちゃんとはなちゃんは結構本物に近い姿で銅像になっているのに、私だけなんだか背が小さいし胸もペッタンコだよ! どうも製作者の悪意を感じるね」
銅像に向かってブツブツと文句を言っている。しかしこの像はすでに何百年もの間ここに鎮座しているので、今更文句を言ってもどうなるものでもないだろう。それでも腰の脇に両手を当てて、不満な表情を浮かべたままだ。
「おっと、そろそろ集合の時間だね! さーて、どこに連れて行ってやろうかな!」
続々と生徒たちが集まる気配を察知して、集合場所に急ぎ足で向かうさくらだった。
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