62 野外実習1
久しぶりの投稿になります、62話です。ここから新しい章になって、野外実習が始まります。もちろん問題児が居る所にはトラブルが付き物で、早速あれやこれやに主人公が引っ掻き回されます。このお話ではまだ校外には出ませんが、実習前のゴタゴタをお楽しみください。
一通り装備を整えた冒険者養成コースの生徒たちは、日夜訓練に励んでいる。
教室で必要な知識を学び、演習場を走って汗を流し、冒険者として必要な戦闘技能や魔法技能を磨く。毎日の厳しい訓練に明け暮れて、新しいクラスの授業が始まってから約3週間が経過した。
「再来週から森に入って野外実習を行うからね。今回だけは1年生の全学科の生徒が参加する大規模なものになるよ。そこで各パーティーごとに案内役の冒険者を雇ってほしい。Cランク以上の冒険者を必ず1人確保するんだよ」
「先生、Cランク以上じゃないとダメなんですか?」
「君たちが安全に行動するために、学院の規定で決まっているんだ。もし冒険者を確保できなかったら、そのパーティーは野外実習には参加できないよ。その場合成績には大きな不利が生じるからね」
ラファエル先生がホームルームで野外実習の概要を説明し始める。それにしてもCランク以上の冒険者を雇うのは結構ハードルが高かった。帝国の中にある冒険者ギルドで登録されているSランクの冒険者が1人、Aランクが12人、Bランクが約150人、Cランクが800人とされている。
上位の冒険者がかなりの数に登ると考えるのは早計だ。帝都に常駐している人数はこの内の5分の1で、その約半数は依頼を受けてどこかに出掛けている。
1年生全体で約40近いパーティーが結成されるので、少なくとも40人のCランク以上の冒険者を確保しなければならないのだ。中には貴族の子弟が金に物を言わせて複数の冒険者を雇う場合もある。安全を期する意味で、腕が立つ冒険者を複数用意するのが貴族たちの常識だった。
こうして冒険者の争奪合戦が始まると必然的に依頼料金が高騰する。最も割を食うのは経済力が無い庶民の子弟だった。中でも学院での成績が悪いと『手が掛かる』という理由で冒険者たちから敬遠される。このような諸事情を加味すると毎年冒険者養成コースの生徒たちは、冒険者の卵でありながら冒険者たちから後回しにされるという現象が起こっている。
冒険者側からすれば『同じ仕事ならば有利な条件で契約を結びたい』というのが本音で、それは彼らの権利でもある。唯一の救いは毎年冒険者養成コースの卒業生がボランティア同然の金額で協力してくれる点だった、今年は一体何人の卒業生が手を上げてくれるかは、今のところはまだ不明だ。
「早い者勝ちなの! 授業が終わったらすぐにギルドに行って依頼を出すの!」
「そうだな、悠長に構えていたら冒険者が確保ができないからな」
「トシヤさん、知り合いの冒険者は居ないんですか?」
「エイミーは良い所に気が付いたの! トシヤはどうなの?」
「Cランクの冒険者なら何人も知っているけど全員テルモナの街の所属だからな。誰かが帝都に流れて来ていれば話はつけやすいんだけど、ちょっと望み薄かもしれないな」
トシヤの故郷に近いテルモナは、帝都から1000キロ以上離れた辺境の街だ。付近は魔物が多いことで知られる『魔境』があって、かなりの数の冒険者が集まる場所だった。討伐する魔物が多いと、稼ぎに不自由しない冒険者は中々その場所を動かない。それがトシヤが『望み薄』と言った理由だ。
「残念なの! トシヤがCランクになっていれば問題なかったの!」
「アリシア、無理を言わないでくれよ! 18歳にならないとどんなに実績を積んでもギルドの規定でDランク止まりなんだ」
「ちょっと年を誤魔化せないんですか?」
「エイミー、その場合は年齢超過で俺がこの学院に居られなくなるぞ」
「本末転倒なの! とにかく冒険者を確保するの!」
こうしてこの日の放課後、冒険者養成コースの全員が連れ立ってギルドの帝都支部に向かう。
「ようこそ冒険者ギルドへ! 本日はどのようなご用件ですか?」
「依頼を出したいんだ。魔法学院の野外実習に付き添ってくれるCランク以上の冒険者を集めたい」
「わかりました。見たところ冒険者養成コースの皆さんですか? 今年は学院の卒業生が3人皆さんに付き添うとこちらに申し出ていますよ」
「そうなのか! それはありがたいな。クラスには4つのパーティーがあるけど、これで3人確保できたわけだ。早速契約してもらっていいか?」
「はい、かしこまりました。どちらのパーティですか?」
「ちょっと相談するから、待ってもらえるか?」
カウンターを離れた場所で、クラス全員が集まって臨時の会議が開かれる。
「今のところ3人しか居ないから平等にジャンケンするか?」
「それでいいだろう」
その結果……
「まったくトシヤはクズなの! いきなり1人でパーを出して負けるとは思わなかったの!」
「トシヤさん、ジャンケン勝負でこんなにあっさり決着が付くのは逆に珍しいです!」
「なんにも申し開きできませんです」
ジャンケンに勝利して権利を得た他のパーティーはカウンターで依頼の手続きを始めている。この場で申し込んでから後日双方が顔を合わせて細かい取り決めを行うのが、依頼の契約を結ぶ流れだ。このような手続きも将来冒険者になるための学習の一環となっている。
「トシヤを責めても始まらないから、ひとまずは冒険者を募集する依頼を出しておこう」
「私の家に冒険者の伝手が無いのが残念です」
ディーナが冷静な対応を提案する傍らで、フィオが口を挟む。
フィオの家は実業家なので商品の輸送に冒険者を雇っていそうなものだが、実は護衛専門の騎士団まで擁しているので全く関わりが無いそうだ。何しろ扱う商品が高価な魔法具なので、その輸送を担当する者も身元がしっかりした人物を使っているらしい。
ちなみにディーナの実家に一声掛けたら、魔族の冒険者たちが軍団を結成して押し寄せてくるらしいが、片道で2ヶ月以上掛かるので今回は除外されている。さすがは魔族のお姫様だが距離と時間の壁だけはどうしようもなかった。
「とにかく良い条件で依頼は出したから、あとは冒険者が受けてくれるのを待つの!」
「そうですね、早く決まるといいですね」
「せっかく街に出たんだから、今日もレストランに行くの!」
「また新しいお店を開拓しましょう!」
こうしてトシヤたちはまだ何の当ても無いままに冒険者ギルドをあとにするのだった。
3日後……
「まだギルドから何の連絡も無いの! 冒険者が見つからないの! 大変なの!」
「トシヤさん、どうしましょう?」
「仕方ないな、今日俺がギルドに顔を出してみるよ。もしその場にCランクの冒険者が居たら、直接交渉しても良いしな」
「そうだな、ひとまずは冒険者のキャリアがあるトシヤが行ってくるのがいいだろう」
「トシヤさん、お願いしますね!」
こうしてトシヤは1人でギルドに向かう。
「すいません、野外実習に付き添ってくれる冒険者の依頼はどうなっていますか?」
「ああ、魔法学院の生徒さんですね。えーと…… すみません、今この街に居るCランク以上の冒険者はすでに全員仕事が埋まっていますね」
「ほ、本当ですか?」
「はい、貴族の方々から大口の受注がありまして、全員がすでに契約済みです」
トシヤの顔が引き攣っている。ただでさえ模擬戦の出場停止で成績が危機なのに、野外実習に参加できない事態となっては、落第の可能性が目前に迫ってくるのだ。
「わかりました、ありがとうございます」
力無くギルドを去っていくトシヤの姿があった。
その翌日……
「「「「なんだってー(なの)!」」」」
トシヤの報告を聞いて女子4人が驚きの声を上げている。野外実習に参加できない大ピンチが到来したのだ!
「笑い事では済まないの! でもトシヤが落第したら笑ってやるの!」
「トシヤさん、何か良い方法は無いのでしょうか?」
「エイミー、俺も昨日一晩中考えたんだけど、何のアイデアも浮かばなかった」
「困ったな、今から魔族を呼び寄せても間に合わないし」
「騎士では代役になりませんよね」
5人が難しい表情をして顔を突き合わせている。このままでは本当にどうにもならないから、あのエイミーでさえかつてない程の真剣な表情だ。
「困りましたねー…… 私が知っている冒険者はトシヤさんのお母様くらいですし」
「トシヤの母親? その人は冒険者なのか?」
「Sランクなの! トシヤを簡単にボコボコにするの!」
「トシヤさんのお母様に会ってみたいですね」
女子たちの会話がトシヤの母親が話題になっている。それを横で聞いているトシヤの表情が青褪めて、無意識にその体がブルブルと震えている。幼い頃から魂に刻み込まれた恐怖には逆らえない。
「トシヤさん、顔色が悪いですけど、大丈夫ですか?」
トシヤは無言で首を横に振る。全然大丈夫ではなさそうだ。
「何とかトシヤさんのお母様を帝都に呼ぶ方法はないでしょうか?」
再びトシヤがさっきよりも早く首を横に振っている。どう見てもこれは強い拒絶反応だろう。
「そうなの! トシヤのお母さんに来てもらえれば解決するの! どっち道このままでは落第するから、トシヤは覚悟を決めるの!」
トシヤにとって究極の選択を迫るアリシア、可愛らしい外見とは裏腹にその性格は結構な鬼畜タイプだ。決断を迫る女子たちをトシヤが順番に涙目で見る。全員が『さっさと呼んで来い!』と無言でトシヤに迫っている。
「…… わかったよ。俺が母ちゃんを帝都に連れてくる。往復で1週間あれば帰ってこれるから、今すぐに出発するよ」
「トシヤはさすがは男の子なの! 根性を見せたの!」
「トシヤさん、色んな意味で無事な旅を祈っています」
「これで野外実習の件は解決だな。先生には事情を話しておくから安心しろ」
「トシヤさん、早くお母様に会わせてくださいね」
アリシアとエイミーはトシヤ親子の事情を知っているので、トシヤの決断を褒めている。そして、全く事情を知らないディーナとフィオはこの成り行きを手放しで歓迎している。母親が居るとトシヤがどんな目に遭うのかを知らないのだ。世の中には知らない方がいい事が多々あるものだ。
悲壮な決意で最低限の準備をしてトシヤは学院の門を出て行く。もちろん寮にも外泊届けは提出済みだ。そのまま帝都の門外に出ると、一気に加速して車と同じくらいのスピードで走り出す。タイムリミットがあるので限界まで身体強化を掛けて、とにかく道のりを急ぐことしか今の彼の頭にはない。
街道に時折顔を覗かせるゴブリンなどは撥ね飛ばす勢いでトシヤが突き進む。
そして3日後……
「ハーハー! やっと着いたぜ」
玄関の前で両手を地面に付いて荒い呼吸を整えようとするトシヤの姿がある。ハードモードでここまで1000キロ以上走って来たのだから、息が乱れているのは当たり前だ。しかしトシヤの本当の超ハードモードはこれから始まる。
なんとか息が整ってきたので、ドアノブに手を掛けて一気に開く。
「ただいま!」
「んん? その声はもしかしたらトシヤかな?」
ダイニングテーブルが置いてある方向から母親とは違う声が聞こえてくる。そしてその聞き覚えがある声は、トシヤの全身に鳥肌をもれなく引き起こす。恐る恐る居間を抜けてトシヤが台所の方に顔を出すと、小柄な姿の少女がちょうど食事をしている最中だった。
「やっぱりトシヤだったんだね! 学校はどうしたの?」
「何でさくらちゃんがここに居るんだ?」
「うん? いつものように暇だったから遊びに来ただけだよ! ああイリヤは依頼で魔境に出掛けているからね」
トシヤは愕然としてその場に膝を着く。決死の覚悟で帝都から母親を呼びに来たら、その本人が不在だったのだ。ここまで走ってきた疲労感がドッと彼に襲い掛かる。
「そんな…… この大事な時に居ないのか!」
「まあそんなことよりもトシヤも何か食べる? いっぱい用意してあるよ!」
仕方なしにグラスに飲み物を用意して、さくらの正面に腰を下ろすトシヤだった。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は来週末を予定しています。ついにトシヤの前に姿を見せた『獣神・さくら』もちろん彼女はトラブルの宝庫ですから、これから主人公たちにとんでもない試練が襲い掛かる展開が予想されます。どうぞお楽しみに!




