61 マジックバッグ
お待たせしました、61話の投稿です。引き続き帝都の街中で買い物をする主人公たちですが、今度は別の店に向かいます。そしてその店では・・・・・・
早速店内に入っていく一同、この店は冒険者だけ出なくて旅をする行商人なども必要な品を購入しに来る野外で活動する人間にとっての必需品を何でも取り揃えてある便利な店なのだ。
小さな物は水筒や食器類から、大きな物はテントまでとにかく何でも所狭しとその辺に置いてある。
「水筒だけでこんなに種類があるのか!」
「目的地が街からどのくらい離れているか、近くに水場はあるか、川が流れているか、といった条件で持ち運ばなければいけない水の量が変わってくるからな。俺は一番大きな水筒を満タンにして、マジックバッグに入れてるけど、荷物を背負って移動する人たちは最適な大きさを自分の体力に合わせて選ばないといけないんだ」
「そうだな、確かにトシヤが言う通りだ」
ディーナがトシヤの説明に納得して頷いている。水の重さは馬鹿にならないので、一番運ぶ負担が少なくて、次の水場まで保つ量を自分で決めなければならないのだ。
「私たちのパーティーはトシヤさんが居るから荷物の心配はしなくていいんですけど、カシムさんたちは全部の荷物を背負わないといけないですから、水筒ひとつでも慎重に選ばないといけないんですね」
エイミーが冴えた意見を口にする。ギルドで飲んだクリームココアで完全に目が覚めたらしい。
「うーん、俺やブランは体力があるから多少重たい荷物でも大丈夫だが、エルナが背負える荷物の量は限られてくるな」
「カシムさん、私も頑張ってたくさん運びます! パーティーの役に立ちたいんです!」
「エルナ、森を甘く見るな! 街中と違って歩くだけで慣れないうちは疲れるんだ。少しずつ慣れていけばいい」
「カシムさん、やっぱり格好いいです!」
エルナの目がハートマークになっている。恋の病が相当に重症だろう。その横でブランが1人ヤサグレているのだった。
「はいはい、どうせ俺は体力がある荷物持ちですよ! ケッ! いい加減胸ヤケがして来たぜ!」
悪態を付きながらもパーティーで自分が求められている役割はしっかり理解しているブラン、まあ体格のいい男性ならばこれは当たり前か。だがいくらカシムやブランが体力があるとは言っても、無制限に荷物を運べる訳ではない。その上、重たい荷物は魔物との戦闘時に体の動きを大きく制限する。それらを全て考え合わせて必要な装備を選んでいかないと、後から泣きを見るのは自分たちだ。
したがってカシムたちは一品ずつ手に取って重さを確かめてから、購入する品を選んでいる。その一方では……
「これも買うの! いっぱい買ってもトシヤが居れば大丈夫だからこっちも買うの! お買い物は楽しいの!」
アリシアは両手いっぱいに水筒だ、ランプだ、クッションだ、寝袋だと買い漁っている。その姿は量販店にやって来た中国からの観光客のようだ。
「アリシアは凄い勢いですね! あんなに楽しそうに売り場を回っています! ところでトシヤさんは何にも買わないんですか?」
「今のところは手持ちの品で間に合っているからな。エイミーはどうするんだ?」
「そうですね、トシヤさんに選んでもらいたいです。何が必要なのかまだよくわからないですから」
「そうか、俺に任せろ! 一式全部揃えてやるよ!」
「トシヤ、私の分も頼むぞ」
「トシヤさん、私もお願いします」
エイミーのお願いにディーナとフィオの2人が乗っかってくる。せっかくトシヤと2人でショッピングを楽しもうと考えていたエイミーはガックリした表情だ。
「しょうがないな、2人の分も一緒に選んでやるから売り場を順に見て回ろうか。イテテテ!」
エイミーが拗ねた表情でこっそりとトシヤの背中をツネッている。ディーナとフィオは『急にどうしたのだろう?』と不思議な表情をトシヤに向けている。涙目で振り返ったトシヤにエイミーは知らん振りをする。本当に考えていることがわかり易いエイミーなのだが、トシヤにだけはその想いが中々伝わらない。
こうしてそれぞれが買い物を済ませて代金を支払おうとカウンターに並んだ時、カウンターの手前にあるガラス製のショーケースに収まる品がトシヤの目に留まる。
「これはマジックバッグか?」
「はいそうです。昨日入荷したばかりですよ」
古ぼけたリュックに見えるその品こそ、全ての冒険者や商人にとって垂涎の一品のマジックバッグだった。
「いくらするんだ?」
「はい、金貨3000枚です」
「容量はどのくらいだ?」
「小麦の袋が100入ります」
小麦の袋100だと体積にして15~16立方メートルくらいだ。マジックバッグとしては容量が少ない方だが、何しろ貴重品だけに今度いつお目にかかれるかわからない。だがこれでも5人のパーティーが1週間の遠征に出る分くらいなら、必要な物資を全て収納可能だ。
「おい、そこのおバカさん! 俺が金を貸してやるからこれを買え!」
「何だとこのハゲ! そういう時は『どうか自分のお金を借りてくださいませ』と言うのが当然だろうが! 髪の毛がない分際で100年早い!」
「テメー! せっかく人が親切で言っているのに誰がハゲだ! この通り俺はフサフサ…… だよな?」
トシヤはまだ鍛冶屋での一件から完全に立ち直っていなかった。普段よりその舌鋒が数段切れ味を失って、自信なさげにエイミーに同意を求めている。
「もう2人ともこんな場所で止めてください! トシヤさんは確かにフサフサじゃないですが、たぶんまだギリギリでハゲでもありません! カシムさんもトシヤさんの親切を素直に受け入れてください!」
またしてもトシヤが大ダメージを正面から受けて、瞳からハイライトが消え失せている。エイミーはトシヤをちゃんとフォローしたつもりだったのだが、そのフォローが中途半端に真実に近かったために、余計に大きなダメージを食らわせているのだった。
「エイミー、もう止めてあげるの! これ以上のダメージはトシヤには耐えられないの!」
「えっ! トシヤさんどうしたんですか? 私のフォローをちゃんと聞いていましたか? 目が死んでいますよ!」
トシヤの体をガクガクと揺さぶるエイミーだが、トシヤから全く反応が返ってこない。どうたらただの死体のようだ。
「エイミーは邪魔なの! ちょっとトシヤから離れるの! 安心していいの、トシヤの髪の毛はまだ全然大丈夫なの!」
アリシアの魔法の呪文が効果を見せて、トシヤの瞳にハイライトが戻ってくる。彼女はトシヤの髪の毛が多いとは言っていないが、その巧妙な言い回しで安心感を生み出している。
「うん、そうだよな! まだ全然髪の毛を気にするレベルじゃないしな」
「やっと立ち直ったの! 今日のトシヤは本当に手が掛かるの! それからカシムはトシヤの好意をちゃんと受けるべきなの!」
「お、おう! わかったぜ」
「トシヤさんは本当はいい人なんですね! ありがとうございます」
アリシアに強く出られるとカシムには逆らえないものがある。納得して返事をするカシムに続いて、エルナがトシヤを見直したようだった。彼女の中でトシヤは『カシムの悪口を言う人』から、一気にランクが昇格している。
こうして各自が支払いを済ませて、マジックバッグに関してはトシヤが金貨が詰まった袋をドスンとカウンターに置いて、店員が目を丸くする事態を引き起こしていたが、何とかこの店での買い物が無事に終わる。
「せっかくだからこのマジックバッグにパーティーの装備はしまっておこう!」
カシムの提案にエルナとブランが同意して、この店で購入した品物を次々に押し込んでいく。
「凄いですね! 見かけは小さなリュックなのにこんなにいっぱい入っちゃうんですね!」
「これは便利だな! もっと色々買っても良かったかな?」
すっかり買ったばかりの品をマジックバッグにしまったエルナとブランは感心した表情でその不思議なリュックを見ている。
「おい、これは中身を取り出す時はどうするんだ?」
「取り出したい物を思い浮かべて手を突っ込めば出てくる」
それが一般的なマジックバッグの使用法だ。トシヤ、ディーナ、フィオが持っているマジックバッグは、目録が表示されて取り出したい物の欄に魔力を流すと出てくるという、優れた機能を有している。これは先祖から伝わった一族の秘宝と言っても差し支えない。
「おい、2人が何をしまったのか俺は全然覚えていないぞ! どうするんだ?」
「仕舞った人が手を突っ込めばいいだろうが! お前はアホか!」
試しにエルナとブランが手を突っ込んでみると、中から思い浮かべた品物を取り出せた。これで一安心だ。容量は大きくないが、使い勝手が良いので新たなパーティーには手放せない一品となった。
大柄なカシムには不釣合いな小さなリュックだが、高価な品なので盗難や置き引きの危険がある。身に付けるのはカシムの担当に決まる。
「いい買い物ができたの! これで心置きなくお昼ご飯にするの! レストランが待っているの!」
先程の店では買い揃える品目が多過ぎてかなりの時間を要した。現在の時刻は午後2時にさしかかろうとしている。昼時で賑わう客足が引いて、ちょうどどの店も空席が目立つ時間帯だった。案内係のアリシアを先頭にして、一行は行きつけのうっかりウエートレスの店を目指す。
「お昼はいつものお店にして、夜は新しい店を開拓するの!」
アリシアの今日のプランは完璧だ。昼食は慣れた店で済ませて、夕食ではちょっと背伸びをした高級店を訪ねる予定になっている。聞き込みの結果彼女が行ってみたいレストラン第1位に輝いた店だ。
「私は外の店で食事をするのは、帝都に来る時の旅の最中しか経験がないんだ。帝都の店がどうなっているのか興味があるな」
「ディーナさん、帝都の味は中々レベルが高いですから、楽しみにしてください」
箱入り娘のディーナは社会経験が完全に不足している。魔族のお姫様だから仕方ないとはいえ、こうして自由に外を歩くのも150年以上の生涯で初めての経験だから、とにかく何事も物珍しくその目に映っている。帝都育ちのフィオは多少はお供と護衛付きで外出する機会があったので、ディーナよりは街の様子を知っている。それでもこうして仲間と一緒に自由に街中をブラつくのは初めてなので、2人してかなり浮かれているのだった。
「痛てっ! テメー、人にぶつかっておいて誤りもしないとはどういう了見だ!」
ディーナが通り過ぎた際に軽く肩が触れた男が大声で喚き散らす。どうやら3人組の人相が良くない男たちは丸腰で良い身形をしているディーナとフィオに目をつけたようだ。
「お前たちは誰に話しをしているのだ?」
振り返ったディーナは無機質な目を3人組に向けている。普段なら路傍の石ころや雑草にももう少し感情がこもった目をするだろう。敵意に敏感な彼女はすでにマジックバッグから愛剣を取り出そうとしている。
「ディーナ、ちょっと待った!」
だがディーナの動きをトシヤが手を添えて止める。魔族のお姫様に帝都の街中で大立ち回りを演じさせる訳には行かないのだ。
「トシヤ、なぜ止めるのだ? このような無礼者は命を取らぬまでも多少痛い目に遭わせておくべきであろう!」
「いや、この場では色々と不味いから! 俺に任せておけ!」
すでに周囲の人混みが彼らを取り囲むように人垣を作っている。こんな大勢が見ている中でディーナに剣を抜かせる訳には行かなかった。目に力を込めて制止するトシヤの気迫に押されて、ディーナはしぶしぶ1歩下がる。
「おい、俺にヤラせろ! 3人くらいなら5秒で倒してやるぜ!」
「カシムさん、危ないから下がってください!」
前を歩いていたカシムまでが、騒ぎを聞きつけてやって来る。必死で止めるエルナを引きずったままで、トシヤの横にいつの間にか並んでいる。外野の人混みからは『ケンカだぞー!』『もっとやれー!』などといった無責任な声が聞こえてくる。
「なんだ、ガキは引っ込んでいろ! 俺たちはそのお嬢さんと話をしているんだぜ!」
ニヤニヤしながら男たちはすでに腰の剣に手を掛けている。どうやら荒事に慣れているようなタチの悪い連中のようだ。
「お前たちは帝都のマフィア組織が1つ壊滅しそうな話を聞いているか?」
「なんだと! それがテメーにどんな関係があるんだ!」
「俺たちは魔法学院の生徒だ」
「なんだと! ヤ、ヤベーぞ!」
トシヤの脅し文句は男たちに強烈なインパクトを与えたようだった。彼らはひょっとしたらどこかのマフィア組織の一員だったのかもしれない。だからこそ『学院生に手を出すな!』という組織の絶対命令を知っていたのだろう。
「相手が悪い! 引くぞ!」
男たちは慌てた様子で踵を返して去っていく。やり取りを横で見ていたカシムは心から残念そうな表情だ。その背中にしがみ付いているエルナはホッと胸を撫で下ろしている。
「トシヤさん、どんな魔法を使ったんですか?」
「大した事じゃないさ。帝都中のワルは今は学院生に手を出せないんだ」
「へー、いつの間にかそんなお話になっていたんですね。全然知りませんでした」
本当はエイミーも大きく関わっている事件が発端だったが、トシヤは何の説明もしていないので彼女が知る由もない。
「つまらない連中は相手にしないで早くレストランに行くの!」
この程度の出来事は事件のうちに入らないアリシアの元気の良い出発の合図だけがその場に響くのだった。




