表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/82

60 鍛冶屋の店 2

お話は前回の続きで、鍛冶屋の店内で繰り広げられる買い物風景です。たぶん今回はそれ程やらかしてしまうメンバーは居ないはず・・・・・・ たぶん。

「さて、狼人族の少年に合いそうな剣を見繕ってきたぞ。うん? そこに蹲って一体何をしているんだ?」


 鍛冶屋の看板娘メルクが数本の剣を抱えて戻ってくると、フロアーに蹲って耳を塞いだ姿で『聞きたくない!』と左右に首を振っているトシヤの姿が目に入る。女子たちから髪の毛の件で一斉攻撃を受けて、ただいま絶賛撃沈中だ。



「気にしなくていいの! 人に同情されても髪の毛は生えてこないの!」


「うん? あ、ああ…… そ、そうなのか。若いのに色々大変だな」


 メルクのセリフがさらにトシヤのハートを鋭く抉っていく。そのセリフを口にする際に、歯切れが悪かった点が余計にトシヤの心を苛んでいる。



「それじゃあ店の裏に試し斬りができる場所があるから、そこで一番手に合いそうな剣を選んでくれ」


「おう、わかったぜ」


「カシムさん、気に入った剣が見つかるといいですね」


 エルナはまだカシムの手を離していなかった。嬉しそうな表情のまま、彼の後に付いて店の裏側に回っていく。その他のメンバーも面白そうなのでゾロゾロとカシムについていく。店の中には蹲ったままのトシヤだけが、すっかり忘れ去られて残されていた。



 店の裏はテニスコートくらいの広さのある場所になっている。ここで素振りをしたり、麦ワラで作った人形を相手に試し斬りが行えるようになっている。



「長さや重さはさっき少年が選んだ剣と殆ど同じ物ばかりだ。材質は、鉄、鋼、神鉄、ミスリル、と値段によって色々ある。気に入った剣を選んでみろ」


「それじゃあ1本ずつ試してみるぞ」


「剣を手にするカシムさんの姿もとっても素敵です!」


 エルナの熱い声援を受けて、カシムは鉄製の剣から順番に手にして素振りを開始する。



「ふん!」


 ビュン!


 腰をやや落として上段に構えた剣を振り下ろすと、空気を切り裂く音が響く。彼が剣を続け様に振るたびに『ビュンビュンビュン!』と連続音が辺りを覆う。



「剣にも自信があると言っていたが、その言葉に偽りなしだな」


「フム、力だけではなくて基礎がしっかりできている」


 剣に関しては専門といってもよいブランとディーナの弁だ。2人ともカシムのパワフルな剣捌きを見て感心した表情をしている。



「当たり前なの! カシムはバカだから他の人が勉強する時間も1人で剣を振っていたの! 獣人の森の名うての剣士が面白がって、剣の基礎をみっちりと教え込んだの!」


「なんだかカシムさんらしいですね」


「そうなの! 後にも先にもその剣士が技を教えたのはカシムだけなの! きっと才能を見込んだの!」


「素手の格闘技があれだけ強い上に、剣の才能まであるなんてカシムさんは凄いじゃないですか!」


「でも獣人の森の先生たちはいつも声をそろえて言うの! 『あれでもうちょっと頭がまともだったら……』って、悲しそうな顔をするの!」


「私にはどう突っ込んでいいやら見当が付きません!」


 カシムの素振りを見ているアリシアとエイミーのほのぼのとした会話だ。ちなみにエルナはカシムの素振りに見入って、周囲の声など全く耳に入っていない。恋は盲目とはよく言ったものだ。ここまで一途に想われているカシムは幸せ者だろう。



「これが一番気に入ったな。ミスリルの剣とどちらにしようか迷ったが、ミスリルの方は少しだけ手に取った感触が軽過ぎる。この剣が一番しっくりくるぞ」


「そうか、少年は神鉄の剣を選んだか。私もこれを選ぶと思っていたよ」


 神鉄とは鋼に少量のミスリルを混ぜた素材だ。双方の配合具合によって性質ががらりと変わってしまうので、鍛治師の腕が一番問われる素材だった。鋼よりも軽くて耐久性に優れているが、切れ味はミスリル製の剣に一歩譲る。だがパワーがあるカシムにとっては切れ味よりも取り回し易さや耐久性の方が重要だ。



「それじゃあこの剣でいいな。鞘付きで金貨300枚だ」


 金額を聞いてブラン1人がびっくりした表情をしている。彼は平民としてはそこそこ裕福な家庭の育ちだが、さすがに金貨300枚はおいそれとは用意できない大金だ。冒険者になってから大金をせしめているアリシアとエイミーは金貨300枚程度には今更驚かなくなっているし、いいところのお嬢さん方は金銭感覚が別次元だ。そしてエルナはカシムにウットリして、金額どうこうという話など全く耳に入っていない。



「そうか、おや? 財布係のハゲはどこに行ったんだ?」


 もちろんカシムには300という数字自体がピンときていなかった。ミケランジュ先生の教師生命を懸けた努力によって、何とか10までの数は理解するようになったが、さすがにそれ以上は無理だった。カシムの脳のスペックの限界に突き当たって、そこから先には全く進んでいない。



「ハゲ? ああ、あの少年か! 彼はたぶんまだ店の中に居るだろう」


 気の毒なトシヤはメルクにまでハゲ認定されている。今の話を聞いたら、トシヤのテンションは地の底まで落ち込むに違いない。



 ということで、カシムが剣を選び終わって全員が店の中に戻る。そこで皆が見た光景は……



「この上級ポーションを頭に掛けたらひょっとして髪の毛が……」


 目からハイライトが消えた虚ろな表情で手に握り締めたポーションのビンをじっと見つめるトシヤが居た。なんだか相当追い詰められているようだ。



「トシヤさん! そんな無駄なことはしないでシャキッとしてください!」


 エイミーの声が店内に響くとトシヤの体が一瞬ビクッと動く。



「ハッ! 俺は一体何をしていたんだ?」


「トシヤが現実に戻ってきたの! きっと厳しい現実から逃れたくて、別の世界に逃避していたの!」


 アリシアの的確な分析が冴え渡っている。ようやく我に返ったトシヤは立ち上がって周囲を見回している。どうやらさっき撃沈させられた件は、彼の中では夢の世界のお話という解釈で処理した模様だ。



「何でもいいからそこのハゲ! 金貨300枚払ってくれ」


「誰がハゲだ! このバカ……」


 ここでトシヤは自分を見ているエルナの視線に気が付く。その目は『カシムさんに失礼なことを言わないでください! ダメッ! 絶対!』と雄弁に物語っている。これだけ真剣に止められると、トシヤのトーンがダダ下がりだ。



「えーと、このおバカさん!」


「丁寧になっただけで、意味は変わらないの! 何でいちいち言い返さないと気が済まないのかわからないの! 本当に2人とも子供なの!」


「もう、本当に仕方がないですね! トシヤさん、何でもいいからお金を払っておいてください」


 アリシアとエイミーに2人掛かりで突っ込まれて、トシヤは『まことに不本意だ!』という表情でマジックバッグから金貨を取り出す。無事に支払いが終わって、握りを微調整してもらった剣を受け取ってカシムは満足そうだ。その横ではエルナが我が事のようにキャッキャとはしゃいでいる。






「そうだ、私の剣もちょっと見てほしい。どこか手入れが必要な箇所はないだろうか?」


 突如ディーナが思い付いたような表情でマジックバッグから愛剣を取り出してカウンターに置く。彫刻が施された豪華な鞘に収まったミスリル製の剣だ。



「これはまたずいぶん良い剣を持っているな。まるでどこかの王族が手にする剣のようだ」


「これは私のお婆様がご先祖様から初めて贈られた想い出の詰まった剣なのだ。どうだろうか、どこか直しておくような箇所はないだろうか?」


「ミスリル製だから錆びたりはしないから、その点は安心だな。特に刃こぼれはしていないし、このままで大丈夫だろう。この鞘についている魔石は何の意味があるんだ?」


「ああ、それは私がこの剣に魔力を流して使用するから、その時に剣に残った僅かな魔力を吸収する物だ」


「ほう、面白い使い方をするんだな。この魔石はもう魔力がいっぱいみたいだから、取り替えておいた方が良いぞ。この場ですぐにできるが、どうする?」


「お願いする」


「わかった、ちょっと預かるぞ。親父じゃないとできないからな」


 剣を手にしたままメルクが店の奥に引っ込むと、彼女の父親となにやらやり取りする様子が聞こえてくる。



「今手が離せねえ! 後にしろ!」


「まったくうるせえな、ちょっと見せてみろ!」


 メルクの声は聞こえないのだが、彼女の父親の馬鹿でかい声は店内にも響き渡っている。きっと石造りの分厚い壁を越えて店の外にまで響き渡っているだろう。



「なんだと! 誰がこの剣を持ってきたんだー!」


 その特大の声が響いた直後、店の奥から髯モジャのズングリした体をノシノシと揺らしながらドワーフの男が現れる。その後ろにメルクが申し訳なさそうな表情で立ってこちらを見ている。



「この剣の持ち主は誰だ?」


 まるで怒鳴り付けるような大声が店内に響く。耳を塞ぎたくなるような大声だ。



「私だ」


 それでもディーナは店主の迫力に気圧されない様子で一歩前に踏み出す。魔族のお姫様としてのプライドが彼女を一歩も引かせないのだ。



「この剣はどこで手に入れた物だ?」


「私の祖母が心に決めた人から贈られた品だ。かれこれ600年近く前の話だ」


「なるほど、そうだったのか…… この剣は俺の親爺が打った剣に間違いねえ! あんたは魔族かい? だったら話が通じるな」


 ドワーフはエルフや魔族程ではないにしても長命な種族で500年近く生きる。そしてディーナが手にする剣は店主の父親がはるかな昔に作った剣だった。



「まさかなあ、ここで親爺の剣に出会えるとは思ってもみなかったぜ。しっかり手入れしてあって、大事に使われているようだ。親爺も空の上で喜んでいるだろう。ありがとうよ、感謝するぜ。この魔石は今すぐに交換してやるから待っていろ」


 そういい残して店主は剣を持ったまま奥に引っ込んでいく。その落ち窪んだ目には一粒の涙が浮かんでいた。それはまるで亡くなった父親と再会を果たしたような、そんな表情だ。



「私たちには想像も付かない昔の話ですね。でもなんだかいい話です」


「そうだな、一振りの剣にも隠された物語があるんだな」


「トシヤが格好いいことを言っているの! さっきまで落ち込んでいたのがまるっきりウソみたいなの!」


「えっ! 何の話だ?」


 トシヤは完全に無かった事にしようとしている。『あれはきっと夢の中の出来事』と自分に都合良く信じ込ませている。さすがにまた蒸し返してトシヤをこれ以上追い詰める程アリシアも鬼ではない。もう頭皮の話題には触れないようにしようと心に決める。



「待たせたな、魔力が空っぽの魔石と交換しておいたぜ。俺にとっちゃ宝物みたいな剣を見せてもらった礼だ。代金はいらねえ! その代わりに手入れが必要な時はいつでもここに持ってきてくれ。俺も親爺の剣とちょくちょく会いたいしな」


「そうか、それは感謝する。祖母から譲ってもらった大事な剣だ。こうして気に掛けてくれる人が居ると、私も心強い」


「おうよ! 全部任せておけ! いつでも新品同様に仕上げてやるよ」


 こうして気風の良いドワーフの店主に見送られて、一行は次の目的地に向かおうと鍛冶屋の店を出て行く。



「まだお昼には時間があるから、次の店に行くの!」


「そうだな、この先に装備を扱っている専門店があるから、そこを覗いてみよう」


 アリシアを先頭にゾロゾロと次の店に向かうトシヤたち、中でもカシムは手に入れたばかりの剣を腰に差してちょっと誇らしそうな表情をしている。その隣には彼の手を握ってぴったり寄り添うエルナが並んでいる。



「このお店なの!」


 アリシアの案内で着いた先は冒険者ギルドと提携した冒険者に必要な装備全般を取り扱う専門店だった。窓から中を覘くとギルドの販売スペースの10倍程の広さの売り場に所狭しと商品が置かれている。



「ほしい物がいっぱいあるの! 中に入るの!」


 張り切っているアリシアを先頭に店に入っていくトシヤたちだった。


 


最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は週末の予定です。コンスタントに週2話投稿できるように頑張ります。


それからこの小説のブックマークが100件を超えました。読者の皆さんの応援を心から感謝しています。引き続き、感想、評価、ブックマークをどしどしお寄せください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ