6 男子寮に住み着くもの
お約束の貴族のボンボンからの因縁をかわしたトシヤは出会いたくないものと寮の部屋で出会ってしまうようです。果たしてどのような結果が待っているのでしょうか・・・・・・
「エイミーと同じお部屋なの! 知っている人と一緒で良かったの!」
「アリシアさん、これからよろしくお願いします」
学生寮の部屋割りを見て二人は手を取り合って飛び上がりながら大喜びしている。特にアリシアは獣人の国からはるばる帝都までやって来たばかりで知り合いなど居るはずもなく、多少の不安を抱えていただけに喜びもひとしおなのだろう。
「トシヤさんはどなたと一緒なんですか?」
エイミーの問い掛けにトシヤは無言で首を横に振った。その表情はなぜか微妙な雰囲気を湛えている。
「一番端っこの部屋に一人だけ俺の名前がある」
エイミーとアリシアはトシヤが指差す場所を見ると、確かにそこには彼の名前がたった一人で表記されている。部屋割り図によると、そこは3階の一番西側に当たる部屋だった。そしてどういう訳か彼の部屋の隣が3つ分空き部屋となっているのだった。
「トシヤさん、どれだけの悪さを働いてきたんですか! 完全に隔離されていますよ!」
「これはもしかして学校側からのイジメなの?」
「悪さもイジメの標的になる覚えも全く無いぞ! それにしても一体何だろう、この部屋割りは解せないな」
3人が首を捻っている間にも、新入生たちは続々と割り当てられた自分の荷物を運び込んでいる。エイミーの着替え等はトシヤが全てマジックバッグに収納しているので彼女は手ぶら状態だが、アリシアは今後の学園生活で必要な荷物が入ったカバンを両手にぶら提げているのだった。
「一先ずは荷物を運ぶの! エイミーの荷物はどこなの?」
「私の荷物は全部トシヤさんが預かってくれています。さあトシヤさんも一緒に行きましょう!」
「エイミーはとことんトシヤに甘え切っているの!」
「アリシア、もっと大きな声で言ってやってくれ。できれば耳の近くで鼓膜が破けるくらいの勢いが良いと思う」
「アリシアもトシヤさんも大概失礼ですね! 私は自立した女性を目指しているんですから、人に簡単に甘えたりしませんよ!」
アリシアとトシヤはジトーとした目でエイミーを見つめている。よくもこれだけの大ミエを切れるものだ。入学式でトシヤ同様に居眠りをしていたように、彼女の神経はワイヤー並みの強度を誇っているのだろう。
「エイミーは自分をもっとよく知った方が絶対に良いの!」
「そうだそうだ!」
「と、とにかくお部屋に行きましょう!」
2対1で自らの不利を悟ったエイミーは素早く話題の転換を図るのだった。他人に対して優しいが、自分に対してはもっと優しいエイミーの生き様が如実に現れている。ともあれ3人はまずは女子寮に向かうのだった。
魔法学院の女子寮は学生寮エリアの東側に建っている石造りの3階建てで伝統があると言えば聞こえは良いが、かなり古びた建物だった。この建物で毎年約150人の女子生徒が3年間の学生生活を送っている。
普段は男子禁制の聖域になっているが、今日だけは荷物を運び込む親族や業者の入館が許されており、各部屋に人によっては『入り切れるのか?』というくらいの大荷物を運び入れている姿も見受けられる。
「外見は古いけど、中はきれいなの!」
「そうですね、廊下なんかピカピカに磨かれていますよ」
「男子寮もこんな感じなのかな?」
建物の感想を話しながら3人は階段を登って3階に向かう。新入生は3階と決まっているのだ。学年が上になると、階段を使用しなくていい下の階に移る決まりになっているらしい。上級生たちは春休みの内にすでに部屋の移動を済ませており、空いた3階に新入生が新たな住人として今日から入るのだった。
「308号室、ここなの!」
ドアのプレートを確認したアリシアが受付で受け取った鍵を差し込むと、ドアが『カチリ』と音を立てる。ドアノブを回して勢いよくドアを開いた彼女は思わず声を上げた。
「すごいのー!」
「建物の見掛けよりも豪華なお部屋ですね!」
「へー、きれいにしてあるな!」
学生寮というから、てっきり実用本位の質素な造りの部屋かと思っていたのが、天蓋付のベッドと2人分の洋服タンスにドレッサーや小物をしまいこむ小さな物入れなどが据え付けられた立派な部屋だった。
「まずは感触を確かめるの!」
床に荷物を置いたアリシアは早速寝心地の良さそうなベッドにダイブを敢行する。彼女の小柄な体を受け止めたベッドはフワフワポヨヨーーンと上下に揺れている。
「すごくフカフカなの!」
ベッドにうつ伏せになったままでアリシアはご満悦な表情だ。膝上の短めの制服のスカートが捲れ上がって、ほっそりとした太ももまで丸見えになっている。その上スカートの下から伸びている尻尾が跳ね上がって元気良く左右に振れているので、時々可愛いピンクの下着までチラリチラリとご公開されていらっしゃる。
「私も負けずにレッツダイブです!」
だが喜び勇んでアリシアに続けとばかりにベッドに飛び込もうとしたエイミーの肩を無情にもトシヤが掴んで止めた。
「エイミー、お前は止めた方がいいぞ! このところの食べ過ぎで余裕を持って作ったはずの制服のスカートがすでにギリギリだろう。せっかくの上等なベッドが壊れるから止めておけ」
「トシヤさん、なんて酷いことを口にするんですか! それはわかっていても絶対に言ってはいけないセリフです! 知っていましたけどトシヤさんは人でなしです!」
順調に増加する体重に関して、エイミーはトシヤのデリカシーの無さを非難することで何とか現実から目を逸らそうとしている。だがそこは、鋭い突っ込みで定評のあるアリシアが絶対に見逃さなかった。
「エイミー、食事の量とギャンブルは自己責任なの! ちなみに私はこれから成長期だからいくら食べても大丈夫なの!」
「アリシアは地獄に落ちてしまうがいいです! そんな体質は女の子の敵です!」
小柄でお子様体型のアリシアならば彼女の言葉はもっともだと誰もが頷けるだろうが、色々と納得がいかないエイミーは不満タラタラでトシヤを見つめる。
「そもそもトシヤさん、フカフカベッドに飛び込むのは私の夢だったんですからね! それをつまらない理由で邪魔するなんて酷いじゃないですか!」
「確か宿屋で同じようなベッドに俺が寝ている時にエイミーがダイブして、しばらく下敷きになった俺は息ができなかった記憶があるんだけど、あれは一体なんだったんだろう?」
トシヤが遠い目でエイミーに都合が悪い過去を振り返っている。それにしてもエイミーは自分の体重増加を『つまらない理由』で片付けようとしているが、本当にそれでいいのだろうか?
「もうエイミーの甘え自慢はどうでもいいの! それよりもさっさと荷物をしまうの!」
フカフカ具合を心往くまで堪能したアリシアは、体を起こしてベッドからいつの間にか降りている。トシヤですらいつ降りたのかわからなかったように、獣人の素早い身のこなしはこれだから侮れない。
自分のカバンを開いて私服をハンガーに掛けて洋服ダンスにしまい始めるアリシア、それを見てエイミーもようやく動き出す。
「トシヤさん、私の着替えを出してください」
「あいよ」
トシヤはマジックバッグからエイミーのブラウス数枚とスカート3着、ズボン3着、上着2着、そのほかアンダーシャツや下着類まで全て取り出してベッドの上に並べていく。
「全部きれいに畳んであるの! エイミーは実は几帳面な性格なの!」
「パンツまで全部畳んだのは俺だからな」
「エイミーは本当にダメな女なの!」
「だってトシヤさんが全部やってくれるから」
「エイミーがマジックバッグにそのまま放り込もうとするから、俺が仕方なしに畳んだんじゃないか!」
「パンツくらいは自分で畳むのが当たり前なの! 常識を学ぶべきなのはトシヤじゃなくてエイミーなの!」
正論だった。あまりのアリシアの正論に全く返す言葉が無いエイミー、二人の間での力関係が確定した瞬間だった。このままではダメダメエイミーという構図がアリシアの中で確定してしまう。エイミーもさすがに危機感を覚えたらしくて、その後はトシヤの手を借りずに所持品の片付けを何とか終えた。
「一通り片付いたから、今度はトシヤの部屋を見に行くの!」
「そうですね、男子寮に入れるのは今日だけですから見に行きましょう!」
「別に構わないが、たぶん大して面白くも無いぞ」
『どうしても付いていきたい』と主張する二人を引き連れてトシヤは男子寮に向かった。上級生たちはすでに今日から通常の授業が始まって学校に居るので、1階と2階は全くの無人だ。3階のみ新入生が廊下を歩いてあちこち見て回ったり、同じクラス同士で歓談する光景が見られる。先に女子寮に立ち寄ったので他の生徒はすでに部屋の片付けが終わり、どうやら荷物の運び込みはトシヤで最後のようだった。
「一番西側だから、この廊下の突き当たりだな」
トシヤを先頭に3人は長い廊下を西の端にある部屋に向かう。廊下は女子寮と同じように手入れが行き届いた古めかしさの中に磨き込まれたツヤのある光沢を放っている。だが、西側に向かうにつれて生徒の姿は無くなって、空気さえもが澱んだ雰囲気を湛えて、心なしかひんやりとした感じが頬を伝ってくる。
「なんだか同じ寮の中とは思えないほど気味が悪いの!」
「この先が本当にトシヤさんのお部屋なんですか? なんだか嫌な予感しかしません!」
「そうか、この程度大して気にならないけどな」
ビクビクしながら廊下を進む女子2人と平然としているトシヤ、その姿は全く対照的だった。
「夜の墓場の方がまだましなの! 本当に怖いの!」
「もうこれ以上進むのは止めにしませんか? 頼めば他の部屋に変えてもらえますよ!」
エイミーだけでなくてアリシアもトシヤの腕にギュッとしがみ付いている。キツネ耳はピタリと頭に伏せられて、尻尾は警戒心で毛を逆立てている。逆にトシヤの腕にはエイミーのそこそこの胸とアリシアのごく小規模な胸が強く押し当てられているのだが、襲い掛かってくる不気味な恐怖に気を取られて両者ともその事実に気がついていない。
「それじゃあ開けるぞ」
ドアノブに手を掛けたトシヤを見て、彼の腕から手を離して二人は思わず反対側の窓に後ずさった。中から得体の知れない何かが出てくるような気がして、本能が『逃げ出せ!』と叫んでいたのだ。
トシヤがゆっくりとドアを押すと、少しずつ部屋の内部が彼の目に入ってくる。そのあまりの恐怖にエイミーとアリシアは固く目を閉じて内部を見るのを断固拒否しようとした。
「別に何も無いぞ! 何か出てくるのかと期待したけど全く普通の部屋だな」
平然とした口調のトシヤに胸を撫で下ろした二人は恐る恐る目を開く。その視界に入ってきたのは昼前の時間帯にも拘らず、不自然に薄暗くて怪しげな雰囲気が満載の部屋だった。
「えーと、私は用を思い出したの! 一旦自分のお部屋に戻るの!」
「わ、私も明日の準備があるから部屋に戻りますね。また明日学校で会いましょうね」
二人はそのまま回れ右をしてダッシュで階段を駆け下りて、女子寮まで戻った所でようやく一息をついた。
「あれはヤバ過ぎるの! 何でトシヤは平気なの?」
「絶対に何か居ます! 私の勘がそう告げています! 普通の人間はあんな場所に入って行けないのに、トシヤさんは何で平気なんでしょうか?」
見てはならないものを目撃したかのような表情で二人は互いの無事を抱き合って喜びあう。まるで死地から奇跡的に生還でもしたかのようだ。そのくらいトシヤの部屋から漂ってきた不気味な雰囲気は二人を怯えさせていたのだった。
「あの二人は何であんなに怖がっていたんだろうな?」
彼は膨大な量を収納できるマジックバッグを持っているので荷物の整理の必要が無い。昼食まですることが無いので、マジックバッグからマンガ本を取り出して読み始める。ご先祖様からもらった日本語で書かれているマンガは彼の最高の愛読書であり、厨2病の発生源だった。
「なんだかこの部屋は暗いな」
マジックバッグから魔法具のランプを取り出して手元を照らす。
「よしよし、昼飯の時間までこれで暇が潰せるぞ」
手にするロボットマンガを見ながらご満悦の表情でその世界に浸るトシヤだった。集中すると周囲の物音が聞こえなくなる彼だが、部屋にある椅子が他に誰も居ないのにカタカタと音を立てるのには気が付いた様子だった。
「うるさいぞ! 音を立てたらぶっ飛ばすからな!」
トシヤがほんの少しの殺気を込めて一言怒鳴り付けると音はピタリと止んで、その後部屋の中を静寂が支配する。トシヤの殺気に怯えたような波動が部屋の中に広がるが、彼ははさらりと無視をして再び漫画に目を通す。こうして室内は彼がページをめくる音だけが時折かすかな音を立てるだけの空間に戻っていた。
昼食時になって彼は立ち上がる。
「ちょっとマンガに夢中になって遅くなったみたいでけど、まだ飯は食えるかな?」
寮の食堂は1階にあるので、廊下に出て階段を降りていく。途中ですれ違う数人の男子生徒は全員揃ってギョッとした表情で彼を見て回れ右して逃げ出したが、昼食のことしか頭に無いトシヤは何も考えずにそのまま食堂に向かった。
「おお、いい匂いが漂ってくるな」
遅めの食事を取ろうとする生徒で賑わいを見せる食堂に彼が一歩踏み込むと・・・・・・
「ギャーー! なんだあれは!」
「う、後ろに何かが・・・・・・」
「助けてくれ! 魔法学校はいきなりこんな恐ろしい目にあうのか!」
新入生の男子生徒を阿鼻叫喚の地獄絵図に陥れた。ある者はスープを飲もうをしたまま固まり、ある者は立ち上がって逃げ出そうとするが入り口に恐怖を振り撒く張本人が立っているので身動きがとれずに居る。
「ほう、あれが例の新入生か! 学院長の指示で閉鎖していた部屋に入室させたが、全く動じていないところを見るとどうやら久しぶりの大物の登場のようだな」
食堂の奥でお茶を飲みながら、トシヤがどのような反応をするのか楽しみな様子で待っていたのは、この男子寮の舎監を務めるアルテスだ。当然彼もかなりの魔法の使い手で、これまで寮生活を送った多くの生徒を見てきただけに、その目は正確にトシヤの存在の大きさを捉えていた。
トシヤは生徒たちの悲鳴に頓着しないで、料理が並べられている場所に向かって、プレートの上に適当に食事を盛り付けてどこかの席に着こうとする。その頃には殆どの生徒は逃げ出した後で、食堂には引き攣った表情で食べ掛けの食事を大急ぎで飲み込もうとしている2,3人の男子生徒の姿しかなかった。
「おーい、そこの君! こっちに来なさい!」
トシヤに向かってアルテスの声が響く。その声に振り返った彼は手招きするアルテスの方にトレーを持って移動していった。
「俺に用ですか?」
「ああそうだ。面白い生徒が寮に入って来たからね。私は舎監のアルテスだよ、よろしく頼む」
「どうも、トシヤです」
何でわざわざ呼ばれたのか意味がわからないトシヤだったが、一応頭を下げておくことにした。彼のイメージでは寮の舎監とは『鬼のような形相で規則を守らせる厳しい人物』というイメージだったが、アルテスは穏やかで物分りの良さそうな人物だ。
「食事が冷めてしまうから早く食べなさい。この寮の食事は学生たちにとっても評判が良くてね、まずは一口味わってほしい」
「はー」
気の無い返事をするトシヤは食事の手をつけ始めた。確かに味は高価なスパイスをふんだんに使用しており料理の味に関しては彼の言う通りだ。
(エイミーがまた調子に乗って食べ過ぎそうだな)
彼女たちも今頃は女子寮で食事を済ませているだろう。ついさっき別れたばかりの二人のことをなんとなく思い出すトシヤ。
「食べながら聞いてくれ。君は自分の後ろに居るものに気が付いているんだろう?」
「ああ、これのことか! 別に手出しする様子が無いから放置しています」
「ほう、もし手出しするようだったどうするんだい?」
「決まっています! 俺に何か仕出かした時点で、生まれて来たのを後悔するくらいにぶっ飛ばします!」
トシヤの後ろから恐怖に怯えた波動が伝わってくる。明らかにトシヤの発言にそれは怯えた様子を見せているのだった。
「ははは、本当に面白い学生が寮に入ってきたな。トシヤ君、君には期待しているよ! それにしてもレイスをぶっ飛ばすとは傑作だね」
大笑いするアルテスもレイスを目の前にして平然としているから大したものだろう。レイスとは怨念や未練を持って死んだ者の霊が魔力によって魔物化した存在で、物理攻撃も魔法も効かない難敵だ。主に精神攻撃を仕掛けて生きている人間の精神を乗っ取ろうするのだが、トシヤの強靭な精神に為す術無く敗れたレイスは現在彼の配下に置かれて服従している。部屋でトシヤが軽く放った殺気はレイスに存在の危機を感じさせる程の恐怖を味合わせていたのだ。
「期待されても、そんなに何でもできるわけじゃないからな。あんまり大きな期待は抱かないでください」
「ああ、こちらが勝手に考えているだけだよ。君は好きなように遣るといい」
「ありがとうございます。ああそれからこいつは学生たちが怖がるみたいだから、部屋に置いといた方が良いでしょうか?」
「そうだね、普通に学生生活を送るには部屋から出さない方が良いかもしれないね」
もうこの時点でトシヤが普通の学生生活を送るのは無理だろうと考えているアルテスだが、そんなことは表情にも出さずにシレッと答えた。すでに男子寮の1年生の間ではその話で持ちきりだろう。おそらくはすぐに上級生たちにも話が広がっていくに違いない。
「それにしても何でレイスなんかが寮に住み着いたんですか?」
「ああ、あれはもう何十年も前に失恋して自ら命を絶ったあの部屋に住んでいた学生の怨念が魔物になったものなんだよ。何度も討伐しようとしたが中々難しくてね。そういう訳でこれまで放置されていたわけだ」
「そうなのか、話を聞くとなんだか気の毒ですね」
「そうだね、ちなみに彼の失恋相手というのは隣の部屋の男子学生だ」
「今ここできっちり冥界に送ってやりましょう!」
再びトシヤの後方から恐怖に怯えたレイスの波動が伝わってくる。よほどトシヤが放つ殺気が恐ろしいらしい。
「ほう、形のないレイスすら恐れさせる殺気を放つとは中々興味深いね。何か困ったことがあったら私に言ってくれ」
「いや、こんなものにまとわり付かれて現在進行形で困っているんですけど……」
「それは諦めてほしい」
その後はトシヤとアルテスの間で男子寮や魔法学院に関する四方山話が交わされて、その中には彼の祖父や母親がかつてこの学院で残したいまだに語り継がれる伝説なども含まれていた。
「おい、あれを見たか?」
「見ちまったよ! まさかこの寮にあんなものが住んでいたなんて聞いていないよ!」
「あの『黒の悪霊使い』が従えているのか?」
「当然だろう! なんせ『黒の悪霊使い』だぞ! きっとやつはネクロマンサーに違いない」
男子寮の1年生の間では、アルテスの予想通りにレイスを引き連れて食堂に姿を現したトシヤの話題で持ちきりだった。すでに彼には『黒の悪霊使い』という二つ名が命名されている。トシヤの髪の色が黒くてこの国では不吉な色とされているのがどうやら命名理由らしい。
ネクロマンサーというのは魔法使いの中でも忌み嫌われている属性持ちで、当然まともな仕事にはありつけない。本人が聞いたら真っ赤になって否定するだろうが、トシヤ=ネクロマンサーという説がこうして実しやかに学園内に広がっていくのだった。
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