59 鍛冶屋の店
街に繰り出しているトシヤたちは鍛冶屋の店に魔向かうようです。今回は結構マッタリとした内容ですが、よくある彼らの日常風景をお楽しみください。
ディーナとフィオが大騒ぎをした冒険者登録が無事に終わって、2人は晴れてFランクの冒険者になった。
「こうしてカードを受け取ると、本当に冒険者になった実感がしてくるな」
「冒険者として広い世界を見て回る第1歩が踏み出せました」
手にするカードを見て、ニヤニヤが止まらない2人だった。
「カシムさん、登録が終わりました! 私も冒険者の仲間入りです!」
エルナは2人とは違って、大人しく説明に従って登録の手続きを行っていたのだが、カードを受け取ると一直線にカシムに見せに行っている。彼女にとっては『冒険者になる=カシムと一緒に居られる』なので、それ以外の受付嬢から説明された『危険』とか『自己責任』といった重要なお話はまったく上の空で聞いていなかった。
こんなメンバーが集まって、今年の冒険者養成コースは本当に大丈夫なのだろうか?
トシヤたち『天啓の使徒』のパーティー登録が無事に終わって、本日の手続きは完了だ。カシムたちのパーティーは後日改めて登録する話になっている。実は残りの2人も『一緒に行こう』と誘ったのだが、魔族のお姫様のディーナや大貴族の一人娘のフィオと一緒に出掛けるなど『恐れ多すぎて無理だ!』と断られてしまったのだ。
2度手間になってしまうが、改めて彼らを連れてこないとパーティーとしての登録はできなかった。こうして登録のやり方を見せておけば、いくらカシムがバカでも大丈夫だろうというわけだ。きっとブランがフォローしてくれるはずだ。エルナ以外の全員が間違ってもカシムの頭脳を信頼しているわけではない。
「標準的な装備はギルドにも置いてあるから、見ていくか?」
「そうなのか! さすがは冒険者ギルドだな! 至れり尽くせりではないか!」
「装備を整える目安になりますから、しっかりと見ておきましょう」
トシヤの提案にディーナとフィオが早速食い付いている。奥にある売店に全員を案内してから、トシヤは飲食コーナーに入っていく。
「やっぱりここのクリームココアが一番美味しいですー!」
「エイミーはギルドに来るたびに飲んでいるの! 私には甘過ぎて無理なの!」
「甘いは正義です! 私は一生このココアを飲み続けると宣言します!」
「しかもエイミーはクリーム増量しているの! そのうち甘い香りにつられて体にアリが集るようになるの!」
「私のエネルギー源は甘い物ですから、心配は要りません!」
「エイミーは普段から大して動かないから、全部脂肪に変わるの! ブクブク太っていくの!」
結局エイミーは飲食コーナーのクリームココアを飲みたいだけだった。まだ午前中で朝食をとってから然程時間が経っていないにも拘らず、クリーム増量の甘々なココアを飲み切っている。
「エイミ-、確かアリシアと話があるからと言っていなかったか?」
「トシヤさんもクリームココア飲みますか? なんだったら私ももう一杯お付き合いしますよ」
「すぐにここを出るの! 放って置くとエイミーが手遅れになるの! オークみたいな体になるの!」
「ココアが飲みたいからあんな小芝居を打ってここに来たのか。まったく、最初から素直に言えばいいだろう」
「そこは女の子らしい恥じらいというものですよ! トシヤさんはわかっていませんねー」
「本当に恥じらいがあるなら、クリームの増量は遠慮するべきなの! もう行くの!」
名残惜しそうなエイミーの手をトシヤとアリシアが引っ張って飲食コーナーを出て行く。席に残されたグラスを片付けに来たウエイトレスがタメ息混じりに呟いている。
「2週間ぶりの注文だったわね。あの子専用の『クリームココア・クリーム増し増し』は…… いまだにあの子以外誰も注文しようとはしない幻のメニューだわ」
彼女はグラスを洗い場に運ぶためにカウンターに中の消えていった。飲食コーナーは朝食を取る1組の冒険者パーティーが居るだけの、元の静かな空間を取り戻すのだった。
「なるほど、冒険者ならば当然野外で宿泊する場合もあるから、このような装備一式が必要となってくるんだな」
「ベッドで寝れないのはちょっと困りますね。クッションを多めに用意すれば大丈夫でしょうか」
ディーナとフィオが熱心にそこに置かれている品々を見て回っている。テントや寝袋、小型のコンロ、携帯用照明といったキャンプ用品の他にも、簡易型の調理器具や食器類など幅広い品々が展示されている。日本で言えば登山用品の専門店のような品揃えだ。
その他には小型のナイフから各種武器まで、冒険者としての必需品は全てのこの場で揃えられる。
「お待たせ、サボっていたエイミーを連れてきたぞ」
「トシヤさん、私はサボってなんかいませんよ! ちょっと一休みしていただけです!」
「どこに違いがあるのかわからないの! 私は無理やりエイミーに付き合わされたの!」
「アリシアも同罪です! 1人だけいい子になろうなんてズルいです!」
「エイミーは罪を自白したの! やっぱりサボっていたの!」
「しまったですー!」
いつものように簡単にボロを出すエイミーだった。彼女は絶対に隠し事ができないタイプだ。良く言えば素直な性格だが、あまりにも天然過ぎる。
「どうだ、何か目に付いた物はあったか?」
「結構上質な品が置いてあるんだな。ちょっと驚いたぞ」
「休息を取るのも冒険者には大切だからな。いざという時に十分に疲れが取れていないと、体が動かないだろう」
トシヤの話にディーナが大きく頷く。その横ではフィオが魔法具を熱心に見て回っている。その商品の大半は彼女の実家のルードライン商会が製作した物だった。
「私のところで作っている商品がこうして冒険者の方々の役に立っているんですね」
「ああ、俺も魔法具はいくつか持っているけど重宝しているよ。特に魔物除けの魔法具は手放せないな」
「そうですか、ありがとうございます」
フィオはトシヤから自分の家が作り出した魔法具を褒められて我が事のように嬉しそうな表情だった。魔物除けの魔法具はゴブリンなどが嫌がる波長の音波を出したり、認識を阻害して目に付かなくするような術式が組み込まれているので、野営の時などに本当に重宝するのだった。
「どれも結構値が張るけど、成りたての冒険者がこんな物を揃えるのは大変だろうな」
これまでずっと一歩引いて付いてきていたブランが口を開いた。彼はすでに冒険者に登録していたが、まだ1回も依頼を受けてはいなかった。
「最初のうちは日帰りで可能な依頼しか受けられないんだ。特にFランクの依頼は日帰りの簡単なものばかりだ。そこで実力とお金を貯めてから、こういう装備を手に入れて遠出をするんだ」
「なるほどな、何事も順を追っていくのが大切なんだな」
ブランは納得した表情をしている。学院の座学で学んだ冒険者のあり方と、実際に冒険者として活動しているトシヤの話をつき合わせて、自分なりの冒険者像を頭に描いている。無茶な性格が多いこの一行の中にあって、彼は希少価値のある堅実な人柄だった。
「そうなの! 私が一番最初に受けた依頼は子ネコ探しだったの!」
「ああ、そんな出来事もありましたね・・・・・・」
エイミーが遠い目をしている。確かに依頼は子ネコを探し出すというものだったが、そのついでに仕出かしたマフィア成敗の件があまりにもインパクトが大き過ぎた。そういえばあのマフィア組織は経済的な損失と官憲の追及によってすっかり勢力が衰えているらしい。先に手を出してきたのはマフィアの方なので、トシヤとしてはまったく心は痛んでいなかった。むしろ『いい気味だ』くらいにしか考えていない。
実はトシヤは帝都に根を張っている『暁の隠者』の暗殺組織に命じて、他のマフィアにもこの一件の詳細をリークしていた。当然トシヤ自身が『暁の隠者』と関わりがあるという内容付きだ。自分が学院で学んでいる間は、裏社会の連中と面倒な関わりを持ちたくなかったのだ。
当然ながら帝都中のマフィア組織は震え上がって『魔法学院生には一切関わりを持つな』という指示が上から下までその日のうちに伝達された。おかげでトシヤはその後は外でのトラブルに巻き込まれないで、平穏な学院生活を送っているのだった。
話を元に戻す。
冒険者ギルドでどのような装備が必要になってくるのかを一通り頭に入れた一行は、より専門的な店に向かっている。まずは剣やナイフを手に入れるために、帝都で一番腕のいい鍛冶屋の店が最初の目的地だ。
「いらっしゃい」
ドアを開いてトシヤを先頭にゾロゾロと全員が店に入っていくと、ドワーフの女性がカウンターの内側で暇そうに店番をしている。男性は髭モジャでズングリとした逞しい体型だが、ドワーフの女性はむしろ人族よりもほっそりとして小柄な体格だった。
「なんだか親しみが湧く人なの! 私はアリシアなの! 狐人族なの!」
「ほほう、私はドワーフのメルクだよ。帝都で獣人に会うのは滅多にないね。あんたたちは学院生かい?」
「その通りだ。ここが帝都で一番の鍛冶屋だと聞いてやって来たんだ。メルクさんがここに飾ってある剣を打っているのか?」
「私じゃないよ。打っているのは親父さ。あんな気難しいむさい男が店番をしていたら、客が逃げるからね! 私がこの店の看板娘さ」
「自分で言っているの! でも、きれいな人なの!」
メルクはアリシアが言う通りに相当な美人さんだった。看板娘に偽りなしだ。
「まずはあそこに突っ立っているバカが使う剣がほしい」
「あ゛あ゛! 誰がバカだって言うんだ! このハゲが!」
「そうですよ! カシムさんはとっても立派な人です!」
今までならここからトシヤとカシムの間でお約束の醜い言い争いが繰り広げられるのだが、突然横からエルナが参戦した結果、トシヤが呆然とした表情で立ち尽くすという現象が発生した。エルナは相当問題があるレベルで前が見えなくなっているようだ。
「ほう、狼人族かな? 力には自信があるかい?」
「おう、誰にも負けないぜ!」
「そうです! カシムさんはすごい力持ちなんですよ! 私なんか軽々と抱えてくれます!」
((((((力はあっても頭は空っぽ!))))))
全員がエルナの心情を理解して、声には出さずに突っ込んでいる。少女の淡い幻想を崩すほど、皆が鬼ではなかった。
「これなんかどうだ? ああ、素振りはこの場でやるなよ!」
メルクが2本の剣をカウンターに置く。片方は刃渡り1.5メートルの大剣、もう一方は1.3メートルのロングソードに分類される剣だった。カシムは2本の剣を手にとってその感触を確かめる。
「こっちの短い方が手にしっくり来るな」
「なるほど、合格だな。力があるヤツは殆どが見てくれに騙されて、その馬鹿デカイ剣を選ぶが、お前は取り回しを重視したようだな」
「ああ、こんなデカイ剣は森の中では振り回し難いだろう。その点、このくらいのサイズなら問題ないからな」
どうやらメルクはカシムをテストしたようだ。もしカシムが大剣を選んでいたら、その場でお引取りを願うつもりだった。戦う場所を想定しているカシムは年は若いながらも、それなりに実力を秘めているとメルクの目には映っている。
「あと何本か奥から出してきてやるよ。そこいらに飾ってあるやつで気に入った物があったら声を掛けてくれ」
「ああ、わかった」
メルクは一旦店の奥に引っ込んでいく。その間にカシムが真剣な眼差しで店内に置かれている剣を見ている。ブランも興味を惹かれたようにして、多くの剣を手に取ったりしている。実は彼も予備の剣を購入しようかどうか真剣に考えていた。
「カシムさん、こんなにたくさんの剣が並んでいるのを初めて見ました。それにしてもどれも結構な値段ですね」
「大丈夫だ、金はあそこに居るハゲに預けてある」
「フサフサしているからな!」
その会話はトシヤから丸聞こえだった。一応2人の世界の邪魔をしないように、彼は小さめの声で反論している。
「トシヤさん、いくらなんでもそれは言い過ぎですよ!」
「エイミー、これは俺のプライドが懸かっているから、しっかりと訂正はしておきたいんだ」
「それはトシヤさんの自由ですが、『フサフサ』は絶対に言い過ぎです!」
「そっちだったの! エイミーは『フサフサ』が言い過ぎだと言っているの!」
エイミーのボケに対してアリシアのツッコミが冴え渡るとともに、トシヤには大きな精神的ダメージが圧し掛かった。
「うーん、そう言われてみれば、トシヤの髪の毛は少々寂しい気がするな」
「トシヤさん、いずれは私の家で髪の毛に効果がある魔法薬を開発します。どうか気を落とさないでください! それから、できればそれまで髪の毛を保たせてください!」
更にトシヤはディーナとフィオの追い討ちを受けている。特に心配を口にするフィオのセリフが容赦なく彼の精神を削り取っていく。好意からの発言だととわかっていても、その内容があまりにも残酷過ぎた。
こうして容赦ない攻撃に見舞われて、鍛冶屋の店で完全に撃沈するトシヤだった。




