58 新メンバーの冒険者登録
お待たせいたしました、58話の投稿です。前回の投稿で『お出掛け』と言いながら一歩も学院の外に出なかった一行ですが、今回はどうやら最初の目的地の冒険者ギルドに辿り着けそうです。それでもどこかで誰かが必ずやらかす可能性が高い人物たちですので、果たしてこのお出掛けがスムーズに完了するのかは、作者にも全く自信がありません。という訳で、58話をお楽しみください!
「それじゃあ全員揃ったことだし、まずは冒険者ギルドに向かうとするか。フィオと待ち合わせをしているし、登録が必要な人も居るからな」
「そうなの! ギルドに行くの! 道はバッチリだから、案内は任せるの!」
トシヤの声に合わせて、朝からやけにテンションが高いアリシアが案内を買って出る。だが彼女は興味を惹かれる物を店先で発見すると、フラフラと立ち寄ってしまう悪い癖がある。彼女をよく知っている者は一抹の不安を抱えながらも、アリシアが先頭に立って校門横の通用口を抜けて街に繰り出す一行だった。
魔法学院の生徒が校外に出る時は、原則として制服を着用するという規則がある。だが、冒険者養成コースの生徒はこの規則が免除されていた。それは冒険者登録をした生徒が校外で依頼を遂行する時に、制服では活動し難いからという理由だった。という訳で、今日は全員が私服姿で校外に出て行く。
「こうして街を歩くのは初めての経験だ。なんだか新鮮で良い物だな」
ディーナは魔族のお姫様だ。城の外に出る時は馬車で移動するのが当たり前の生活を送っていたので、こうして自分の足で出掛けるのが物珍しかった。通りや商店の店先に並ぶ品を指差して、しきりにトシヤに『あれは何だ?』と聞いている。彼女がトシヤに話し掛けるたびに、彼と手を繋いで歩いているエイミーは、その手をギューーっと握るのだった。
「あそこにきれいな果物がいっぱい並んでいるの!」
「なるほど、果物というのはこのような店で売っているんだな」
アリシアが店先にスタスタ立ち寄ると、同じように興味を惹かれたディーナが付いていく。店に並ぶ色とりどりの果物をしきりにチェックするディーナの姿がある。優等生の彼女は人々の暮らしを学ぼうと熱心に勉強しているのだった。
「あっちにはきれいなリボンのお店があるの!」
「そうか! リボンだけではなくて、髪飾りなども一緒に売っているのだな」
いつもアリシアが立ち寄るお気に入りの店を2人で見て回っている。完全にアリシアの趣味にディーナが付き合わされているのだが、ディーナは一向に構う様子もなく熱心に見て回る。
「街の中にはこれ程たくさんの品物が溢れているとは思わなかったな。馬車に乗って通り過ぎるだけでは、よくわからないことがあるものだ」
「そうなの! 街の中は面白い物がいっぱいあるの! それもやって来るたびに新しい物が置いてあるから、チェックは欠かせないの!」
「そうなのか! 常に新しい物と入れ替わるとは…… さすがはこの国の中心だ! 帝都侮り難し!」
アリシアは純粋に商品が並んでいる様子を楽しんでいるのだが、ディーナは一国の跡継ぎとして自分の国と比較しながら通りに並ぶ商店を見て回っている。もちろん年頃の女の子らしく、可愛らしい小物があったりするとアリシアと同じようについつい見入ってしまう時もあった。
「おーい! あんまりノンビリしていると置いていくぞ!」
「しまったの! ついこのオルゴールが可愛過ぎて音色に聞き惚れたの!」
「本当にいい音色だな。もう一度帰りに寄りたいものだ」
「そうなの! 帰りにまた寄ってみるの!」
こうして2人は後ろ髪を惹かれる思いで他のメンバーと合流した。
「カシムさん、私は殆ど学院から出た経験がなくて、どこを歩いているのか全くわからないです」
「安心しろ! 俺の鼻は正確だからどこに何があるのかちゃんとわかっているぞ」
エルナの不安な様子にカシムは胸を張って答えている。自信たっぷりのカシムだが、彼は地図を全く理解できない。その代わりに獣人の嗅覚を使って、街中のどこに何があるかを覚えていた。まるでイヌのお散歩状態だ。そのうちそこいらに小便をして、マーキングを開始するのではないかと不安になってくる。
「やっぱりカシムさんは頼りになります! そ、その……」
「なんだ? どうしたんだ?」
エルナはカシムに何かを切り出そうとしている。その視線はトシヤの手をしっかりと握っているエイミーにさっきから何度も向けられているのだった。それも誰が見てもハッキリとわかるくらいにとっても羨ましそうな表情で。わかっていないのはカシム本人くらいのものだ。
「や、やっぱりいいです。何でもありませんから気にしないでください」
「そうなのか、それなら特に気にしないでおこう」
(カシムさん、そうじゃないんです! 私がお願いしたいのは……)
エルナの心の叫びはどうやらカシムには全く届いていなかった。エルナはがっくりと頭が下を向いている。
そのまま無言で歩く2人、だがエルナがカシムに寄り添うようにして歩いているので、時折2人の手が軽く触れるのだった。そのたびにビクッとして手を引っ込めるエルナだったが、カシムの様子を伺うと全く動じた風もなく冒険者ギルドを目指して真っ直ぐに歩いている。
(ちょっとだけ勇気を出してみよう!)
エルナは決心して自分の手の甲をそっとカシムの手に添えてみる。相変わらずカシムは全く反応を見せなかった。どうやら拒絶される心配がないようなので、エルナは思い切ってカシムの手をそっと握った。それは触れるか触れないかわからないくらいの、本当に軽い接触だった。
「なんだ? エルナは迷子になるのが心配なのか? もっとしっかり握っていないと逸れるぞ!」
「えっ! はい! 私が迷子にならないように、カシムさんがしっかりと掴まえていてください」
「わかった、エルナもしっかり掴まっていろよ」
「はいっ!」
エルナの本当の目的はカシムに全く伝わっていなかったが、こうして手を繋げて彼女は満足した表情を浮かべている。『迷子』を口実にしてようやく一段階階段を登れた。
(カシムさんの手は大きくてとっても暖かい。こんな手で守ってもらえたら、ずっと幸せな気持ちでいられるわ)
エルナは夢心地でこれまでのカシムとの出会いから様々な遣り取りを思い出している。自分にとってカシムは危ない場面で助けに入ってくれた恩人であるだけでなくて、ずっとそばに寄り添ってくれた本当に頼りになる存在だった。
(カシムさん、大好き)
口には出せないが、エルナは心の中でカシムへの思いを告げている。それは小さな恋の芽生えだったのが、いつの間にかエルナの心の大半を占める程になっていた。そしていつかは心の中から溢れてしまって、カシムにこの気持ちを伝える日が来るのかもしれない。
2人の後ろではブランが他人のフリをしながら、生暖かい視線を送っているのだった。彼の中には『この連中と深く関わり合ったら負け!』という自ら学び取った人生哲学が存在するのだった。
「もうすぐ冒険者ギルドに着くの!」
アリシアの声に一行が目を向けると、そこにはギルドの建物がデンと聳え立っている。そしてその正面入り口の前に紋章入りの立派な馬車が横付けされていた。護衛の騎士と執事服姿の男性が馬車を取り囲むようにして直立して待っている。
「トシヤ殿、お待ち申し上げておりました。さすがにお嬢様を1人でギルドの中に置く訳にも参らず、こうして皆様をお待ちしておりました」
エイミーと手を繋いでいるトシヤにチラリと視線を向けてから丁寧に頭を下げる執事殿だった。トシヤはフィオの館に何回かお邪魔した際に、この人物とも顔見知りになっている。丁寧な物腰の裏で、この執事殿が横に立っている騎士よりもはるかに強いとトシヤの勘は告げている。というよりもむしろこの人物はトシヤと同じ臭いがしてくるのだ。おそらくは暗殺といった裏の稼業に最も長けているのだろう。
さすがは伯爵家、それも5聖家の一族だ。ボディーガードに最も適しているのは手口を知り尽くした暗殺者だとわかってこの執事殿を雇っている。しかも超一流だからこそ大事な一人娘を託すに値する人物と看做されているのだ。
「フィオレーヌ嬢をお預かりします」
トシヤが頷くと執事殿は馬車のドアを開いて、さっと右手を差し伸べる。シルクのワンピースに身を包んだフィオがその手を取って馬車から降り立った。
「セバス、送ってもらってどうもありがとう。ここからはトシヤさんをはじめとして頼もしい皆さんがいらっしゃるから心配要りません。帰りは学院から馬車に乗りますから、そちらで待っていてください」
「承知いたしました、お嬢様」
フィオをトシヤに引き渡した執事殿は『わかっているよな!』という目を彼に向ける。対するトシヤは『わかっているさ、どうせ影からこっそり誰か付いて来るんだろう?』という、意味ありげな視線を送り返す。その意味がわかったようで、執事殿は急に笑顔になってトシヤに言葉を掛ける。
「さすがはトシヤ殿ですな。そこまでお分かりとは恐れ入りました。それでは学院でお待ちいたします。夕暮れまでにはお戻りになるようにお願いいたします」
「みんなで夕食をとると思うから、多少遅くなるかもしれない。なるべく日が暮れる前には送り届けるよ」
アリシアがあれだけ楽しみにしているからには、どこかのレストランに寄るのは確定事項だろう。これからギルドでの手続きや装備の購入なども考えれば、時間がいくらあっても足りないくらいだ。
「承知いたしました。それではお嬢様、ご学友の皆様とのひと時をお楽しみくださいませ」
「セバス、ありがとうね。うんと楽しんでくるわ!」
フィオは手を振ってその場から動き出す馬車を見送っている。そして名門貴族の執事殿から『ご学友』と呼ばれたメンバーたちは体中になんとも耐え難いむず痒さを覚えるのだった。特にカシムやブランは蕁麻疹でも発症したかのような猛烈な痒みに襲われていた。
「さすがは帝国の伯爵家だな」
だがディーナだけは全くの平常運転だった。彼女は隣国の跡継ぎの姫君、格で言えばむしろフィオよりもはるかに上だ。彼女だけが『ご学友』が相応しいのは当然だし、執事殿は彼女の身分に配慮してわざわざそのような畏まった言葉を用いたのだろう。超一流の暗殺者は身に着けている素養も一流だった。
「それじゃあまずはギルドで手続きを済ませようか」
トシヤに率いられて一行が建物の内部に入っていく。早朝の込み合う時間が過ぎて建物の中には数人の冒険者しか居なかった。空いているカウンターにトシヤが立つと、すかさず受付嬢から声がかかる。
「ようこそ冒険者ギルドへ! 本日はどのようなご用件ですか?」
「『ようこそ』キターーー! これが聞きたかったんだ!」
「なんだか本当の冒険者になれるんだという実感が湧いて来ます!」
受付嬢のテンプレな応対に日頃全く表情を崩さないディーナが超ハイテンションになっている。それにつられるようにしてフィオも相当の浮かれ具合だった。どうやら身分が高いこの2人は喜ぶツボが似ているらしい。
「このくらいで喜んでいるようではまだまだお子様なの!」
「見掛けはアリシアが一番お子様ですよ!」
「なにをーなの! エイミーこそ精神的にお子様なの!」
その光景を横目で見ているアリシアとエイミーが『お子様』の譲り合いをしている。傍から見ればどっちもどっちだ。
「冒険者登録とパーティー登録の変更をしたい」
今日この場に集まっている中ではディーナ、フィオ、エルナの3人がまだ冒険者に未登録だった。彼女たちの登録と、トシヤのパーティー『天啓の使徒』のメンバー変更、それと新たに発足するカシムたちのパーティー登録がここにやって来た目的だった。
「かしこまりました。まずは冒険者に登録する方はこちらの用紙に必要事項を記入してください」
「おお! 受付の人の口からこのセリフを聞きたかったんだ。なんだか今日一日の目的を達成したような気分だな」
「なんだかワクワクしてきました。きっとこの次はカードに一滴血を垂らすのですよ」
相変わらずのディーナとフィオの2人だった。世間知らずのお嬢様方からすると何もかもが珍しいようだ。登録だけでこの騒ぎようでは先が思い遣られる。
「ディーナは全然イメージが狂ってきたの! これはヒョッとしたらエイミーと同類なの!」
「私と同類とは一体どういう意味ですか? お話の中身によってはアリシアと時間を掛けて議論しなければならないかもしれませんよ!」
「決まっているの! ディーナは天然系のお姫様で、エイミーは天然系の庶民なの!」
「さあ、アリシア! 奥のテーブルでゆっくりとその件について話し合いましょうか! トシヤさん、ちょっと行ってきますから」
エイミーに手を引っ張られてアリシアは奥にある飲食コーナーに姿を消していく。2人の後ろ姿を『はいはい』という表情で見送るトシヤだった。