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57 帝都へのお出掛け 1

お待たせしたしました、57話の投稿です。冒険者として必要な装備を購入しに帝都に出掛けるトシヤたちは……

 新しいパーティーが決まって、今日は初めての休日だった。



「今日は街に装備を買いに行くの! とっても楽しみなの!」


 アリシアの元気のいい声が待ち合わせ場所の校門の前に響いている。今日の彼女の装いは水色のブラウスにこげ茶のベスト、短めのキュロットにショートブーツといういでたちだった。キュロットのお尻の部分からはキツネの尻尾がピンと飛び出て、ご機嫌な様子で左右に元気良く揺れている。



「アリシアはお買い物じゃなくてレストランが楽しみなだけじゃないですか?」


「それは言うまでもないの! でも買い物も楽しみなの!」


 アリシアの横には同室のエイミーがちょっと眠たそうな表情で立っている。朝からテンションが高いアリシアに叩き起こされて、待ち合わせ場所に一番乗りを果たしていた。エイミーは白い膝丈のワンピースにつばの広い帽子とちょっとヒールが高めのサンダルという服装をしている。この日のために帽子と靴は新調した物を下ろしたてだった。何気に彼女も気合が入っている。



 そんな2人が待っている場所に向かってくる人影が建物がある方向を背景に彼女たちの目に映ってくる。



「トシヤが来たの!」


「トシヤさーーん! こっちですよーー!」


 エイミーはその姿を目にすると大きく手を振っている。袖無しのワンピースから伸びる色白の右手が大きく左右に振られているのだった。その様子を目にしたトシヤも右手を軽く振って足早に校門に向かってくる。



「2人ともずいぶん早かったな」


「今日は気合の入り方がいつもとは違うの! 丸1日思いっきり楽しむの!」


「私はもう少し寝ていたかったのに、アリシアに無理やり起こされました」


「エイミーは放って置くと甘えていつまでも寝ているの! 授業のある日はどうでもいいとして、今日はお楽しみがいっぱいだから遅刻は許されないの!」


「いや、授業がある日こそ遅刻は不味いだろう」


「そうですよ! 先生が来るギリギリの時間に間に合うかどうかの勝負を賭けるのが楽しいんですよ!」


「そんな考えだからエイミーはいつまで経ってもダメダメなの! 朝はちゃんと自分で起きるべきなの!」


「そうだぞ! ちゃんと自分で起きないとダメだぞ!」


「だって、ベッドの中はとっても気持ちが良くて、あそこから出るのは死ぬよりも辛い覚悟が要るんですよ!」


「やっぱりエイミーはいつまで経ってもお子様なの! 赤ちゃんと一緒なの!」


「失礼ですね! これでも立派なレディーですよ! この通り今日は女の子らしい装いでキメてみました! トシヤさん、どうですか?」


「そういえばいつもの制服じゃないな」


「トシヤもダメダメなの! そういう時はちゃんと褒めるべきなの!」


「本当にトシヤさんにはいつもながらガッカリです」


 結局2人からダメ出しされるトシヤだった。何でこのくらいの出来事でダメ出しされるのか、トシヤには全く理由がわかっていない。相変わらず女心には鈍感なトシヤだ。




「おっ! あっちから2人やって来るぞ!」


 このままでは立場が不味そうだと感じ取ったトシヤは強引に話題の転換を図る。まだ距離は500メートル以上あるが、視力が良いトシヤはその人影を正確に捉えていた。



「あれはディーナとエルナなの! 私の目はトシヤよりも良いの!」


「ええ、そうなんですか? 私にはまだ影にしか見えません」


 獣人は視力も人族以上に優れている。アリシアの目はトシヤが舌を巻く程遠くの人や物を正確に捉えているのだった。今日は新しいトシヤのパーティーだけではなくて、カシムも同行する話になっている。そしてカシムが居る所に必ずエルナありだった。当然のようにエルナは同行を申し出て、この日を本当に物凄く楽しみにしていた。何しろカシムとの初めての帝都へのお出掛けだから、彼女がここまで楽しみにするのも無理はないだろう。



「それにしてもディーナとエルナというのは面白い組み合わせなの!」


「そうですね、クラスでもそれほど接点はなさそうだし、パーティーも違いますよね」


 現在のエルナにはカシム以外の人間は殆ど視野に入っていなかった。それはディーナも同様で、彼女は彼女でトシヤ以外の人物には全く興味を惹かれていなかった。そんな2人はたまたま女子寮の食堂で同席になった時に、エルナがこっそりとカシムに対する恋心を告白すると、ディーナもトシヤに対する想いを口にした。


 それから恋心を抱く2人は互いに共感し合っていつの間にか仲良くなっていたのだ。今日もディーナがエルナの部屋にわざわざ彼女を迎えに行ってから、2人で外に出て来た。特にAクラスで殆どボッチだったディーナは、学院に入学して初めてできた同性の友達の存在に相当舞い上がっていた。2人は朝から恋バナを咲かせながら、待ち合わせ場所に向かっている。



「昨日はカシムさんから森に住む動物や昆虫の話を聞かせてもらったんですよ。特に毒を持っている生き物の特長とか、とっても詳しくて頼りになります」


「なんと! それは羨ましいな! 私はそれ程森の中に入った経験がないから、今度トシヤから色々と聞いてみよう!」


「それからお昼ご飯も一緒に食べました。カシムさんは体が大きいから、とってもたくさん召し上がります。2人前の食事を一度に持ちきれなくて、私がお手伝いしたんですよ」


「そうなのか! 今度私もトシヤの食事を運んでみようかな…… ど、どうだろうか? 好意が伝わるかな?」


「はい、きっと喜んでくれますよ!」


 日頃は何事にも動じない態度を貫いているディーナも、一皮剥けば恋愛に臆病な年頃の娘だった。たとえ魔族に生まれて150歳を超える年齢を重ねていても、トシヤに感じる胸を締め付けるような初めての感情は1人で受け止め切れないものだった。だから余計にこうして色々と相談できるエルナの存在が、ディーナには嬉しかった。



 このような2人だけの秘密の話をしながら、彼女たちはトシヤたち3人が待っている校門に到着する。エルナは女の子らしい水色のスカートと白のブラウス姿で、典型的な町娘といったいでたちをしている。対してディーナは気品溢れる上質な膝よりも少し長めの淡い紫色のスカートと同じ色のブラウス姿だった。肌身離さぬ剣は今日だけはマジックバッグにしまいこんでいる。



「皆さんどうもお待たせしました。勝手に付いて来てご迷惑ではないでしょうか?」


 まず最初にエルナが待っていた3人に向かって口を開く。



「大丈夫なの! 人数が多い方が楽しいの!」


「エルナさん、そんなに気を遣わなくていいんですよ! 同じクラスの仲間ですから」


「ありがとうございます」


「挨拶が遅れてしまったな。私も帝都の街を見て回るのが楽しみだった。トシヤ、それからアリシアとエイミー、今日はよろしく頼む」


 遅れてディーナが挨拶をする。心地無しかエイミーの表情が硬かった。



「こちらこそよろしくなの! 今日はいっぱい案内するの!」


「ディーナさん、どうぞよろしくお願いします」


「うん、エルナもディーナも今日の服は中々似合っているな」


(トシヤは本当にタイミングが悪いの!)


 トシヤは先程女子の服を褒めろと学習したばかりだった。せっかく覚えたので、エルナとディーナに向かって服装に関して口にしてみた。もちろん褒められた2人は嬉しそうにしているのだが、エイミーだけはプイッと横を向いている。自分は何も言われなかったのに、後から来た2人が褒められてご機嫌を損ねていたのだ。



「もちろんエイミーの服も可愛いぞ」


 だが次にトシヤの口から飛び出した一言で、エイミーはまるで花が咲いたように笑顔を綻ばせる。



「そんな…… トシヤさんったら私がきれいだとか、可愛いだとか、とってもチャーミングだとかそんなに言われると照れちゃいますよー! そんなに私ってトシヤさんから見て魅力的ですか?」


「いや、そこまで口にした覚えはないぞ! 断じて無いと宣言しておく!」


 せっかくいい気分でモジモジしていたエイミーは、トシヤの拒絶に遭ってお花畑から現実世界に戻ってきた。デレデレメーターがレッドゾーンを振り切っていたのが、一気に冷めて通常運転に戻っている。その顔には残念そうな感情とちょっとだけ嬉しい感情がぜとなって、色々と複雑そうだ。



(トシヤは中々のフォローぶりなの! これならエイミーの機嫌も上々なの!)


 エイミーが不機嫌だとアリシアは色々と世話を焼く羽目に陥る。それをトシヤが見事に回避して見せたその天晴れな手腕に彼女はグッと力強くサムアップしている。だがアリシアの意図はトシヤには全く伝わらずに、彼は『俺って何かしたか?』という表情で見返して来るだけだった。



(本当にトシヤは鈍過ぎるの! これでは先々が思い遣られるの!)


 せっかく褒めたのに、その意図を全く理解していないトシヤにアリシアはガックリと肩を落とすが、これは今に始まったことではない。これまでに何度もトシヤに失望しているアリシアは、すでに免疫ができていた。



 そしていつの間にかブランも合流して、まだこの場に集まっていないのはカシム1人になった。フィオは寮生活ではないので、冒険者ギルドで待ち合わせをしている。



「またいつものようにカシムが遅れてくるの! バカだから時間を間違っているかもしれないの!」


「アリシアさん、カシムさんはとっても立派な人ですよ! それにまだ時間の前ですから」


 恋は盲目だ。アリシアの目とエルナの目に映るカシムの姿はどうやら全くの別人らしかった。エルナ以外の面々は生温かい視線を彼女に向けている。彼女だけが知らないで他の者は知っているのだ。『天地が引っ繰り返ってもカシムはバカだ!』という事実を!



 そして待つことしばし、突然建物の方向からドドドドド! と、いう石畳を猛烈な勢いで削り取るような音が響き始めた。その音の方向に目を遣ると、大きな影が猛ダッシュをしながらこちらに向かっている姿が飛び込んでくる。



「やっとカシムが来たみたいなの! これで全員が揃うの!」


 石畳なのにまるで土煙を上げるが如き勢いでカシムは見る見る間にこちらに近づいてくる。これはいつかどこかで見た光景だ。



「カシムさーん! こっちですよー!」


 エルナがようやく待ち人がやって来た喜びに大きく両腕を振っている。その表情は本当に嬉しそうだった。そしてカシムはもうエルナの目の前に迫っている。



「カシムさん、待っていまし…… えっ?!」


 そしてカシムはエルナの目の前を華麗に通り過ぎて、門に向かってまだ全力ダッシュを敢行している。彼がようやく立ち止まったのは、ピタリと閉じられた門の2メートル手前だった。



「え? ええーー??? カシムさん、どうしたんでしょうか?」


「カシムはやっとお笑いのコツを掴んだの! 待っているみんなを豪快に置き去りにしたの! これなら満点をあげられるの!」


 通り過ぎたカシムに狼狽する様子のエルナと、笑いを取るためにワザとやったんだとニンマリしているアリシアだった。



「悪い悪い、待たせたな」


 カシムは回れ右をして一同が待っている場所にスタスタと戻ってくる。すかさずそこにエルナが駆け寄っていった。



「カシムさん、どうして通り過ぎたんですか?」


「ああ、遅れそうだったから身体強化を掛けて走ったんだ。そうしたら勢いが付き過ぎてすぐには止まれなくなった」


「「「「「笑いを取るためじゃなかった(の)!」」」」」


「まあ、そうなんですか! でもなんだか皆さんが和んだ表情をしていますよ」


「「「「「和んでいない! 呆れているだけ(なの)!」」」」」


 どうやらエルナのカシムに対する見方には大きな問題がありそうだと全員が一致して感じた瞬間だった。



「これはもしかしたらエイミーよりも手強いの!」


「私はもっと周囲の空気を大切にしますよ!」


「いやいや、さっきもお花畑に行っていただろう!」


「なるほど、エイミーはエルナとよく似たタイプというわけだな。ということは私とも仲の良い友達になれそうだ!」


「ディーナも発言には色々と気をつけた方がいいの! エイミーと友達になるには果てしない忍耐が必要なの!」


「アリシアが言っている意味が全くわかりません! 私は誰にも迷惑を掛けない自立した女性を目指しているんですからね!」


「エイミー、無理はするな! お前の残念さは俺が一番良く知っているから」


「トシヤさんまで酷過ぎです! まるで私がダメな子みたいです!」


 話題はいつの間にかカシムからエイミーに移っている。あまり事情を承知していないディーナだけは『新たな女友達ゲットの予感!』と期待にワクワクしている。ボッチだった反動だろうか、外見はシッカリ者に見えてもディーナは対人関係というか、人を見る目にややこしい問題があるようだった。



「よくわからないけど、こいつらはあまり刺激しない方がクラスやパーティーの平和には必要みたいだな」


 この騒動の輪から外れて1人だけ冷静なブランは、クラス内で問題を起こさないコツにどうやら気が付いた様子だった。

 


 

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