表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/82

52 模擬戦最終日 後編

長々と続いてまいりました模擬戦はようやくフィナーレを迎えます。トリを飾るのはエイミーさんです。今回の彼女はいつものボケは一切封印して真面目に戦う所存です。たぶんそうです! いや、ちょっとくらいならボケるかな?



「エイミーの試合が始まるの! とっても楽しみなの!」


「策は授けたから、あとはエイミーがどこまで上手く立ち回るかだけだな。とはいえ相手は新入生代表だ、簡単にはいかないだろう」


 中央闘技場の最前列に陣取ったアリシアとトシヤ、2人ともファイナルマッチとして組まれたエイミーの試合が、どのような行く末になるのか期待に満ちた目をしている。



 

 試合開始前に1年生だけでなくて上級生も続々と観客席に詰め掛けて、最も観戦しやすいフィールドを真横から見る場所はすでに席が埋まりつつある。



「今年の1年生は活きがいいという噂だな。せいぜい俺たちを楽しませてくれよ」


「おいおい、まだ入学したてのヤツらにそこまで期待するのは酷だろう!」


「だが片方のノルディーナというのは例の魔族の王族なんだろう。それなりに期待できるんじゃないか?」


 見学に来た上級生だろう。今年の1年生の能力を見てやろうじゃないかという余裕の表情で周囲の仲間と話をしている。例年、新入生と上級生の間には魔法戦においては格段の格差が存在している。帝国最高知識を誇るこの学院で、魔法術式と戦術をみっちりと学んだ上級生はそれなりに強力な魔法使いなのだ。




「あっ! エイミーが出てきたの!」


 来賓の祝辞や学院長の挨拶が終わって、いよいよ選手の入場が開始される。だがその光景を目撃した大半の観客は『まさか!』という表情をした。毎年闘技場の東の入場門から登場するのが振り分け試験の魔法実技成績1位で、西から出てくるのが2位の生徒だった。


 そして東門にはエイミー、西門にはノルディーナの姿がある。誰もがノルディーナこそが1位だと思い込んでいただけに、彼女を上回る成績を上げたエイミーの存在が信じられなかった。



「魔族の姫さんじゃなくて、あの女の子の方が1位だったのか! こりゃあ驚いた!」


「まったくだな。どんな魔法を使うのかちょっと楽しみになってきたぜ」



 エイミーは1年生の間でも顔を知っているのは同じクラスの生徒がほとんどで全く無名の存在だった。上級生だけでなくて、同学年の生徒からも驚きの声が上がっている。


 しかもノルディーナが革を金属で補強した動き易い鎧を身に着けて腰には剣を差しているのに対して、エイミーはまったく普通の演習着姿で手ぶらだった。装備の類は一切身に着けていない。




「さすがにあの格好はエイミーが浮きまくっているの! お金があるんだから衣装も考えるべきだったの!」


「うん、すっかり忘れていたな。今度街に出た時にもっとちゃんとした装備を各自が準備しよう」


「もう今更間に合わないの! 今回はこれで我慢するしかないの!」


 演習室で行われる模擬戦では平民の大半が演習着姿で試合に参加していたので、トシヤたちは全く不都合を感じなかった。しかし全校生徒が注目するこの試合ではその辺りももう少々気を使う必要があると学んだ瞬間だった。




「なんだか場違い感が凄い事になっています。ああ、普通の会場で模擬戦がしたかったです。次の試験では少し手を抜いて1位なんてとらないようにしましょう! うん、それがいいです! 決定です!」


 エイミーは今更ながらに自分が仕出かした実技試験を後悔しているのだった。調子に乗って結構な魔力を使用して氷の弾丸を100発以上撃ちまくっていた。


 だがそれはまだいい方だ。試験の時は手の平から毎分180発のペースで撃ちだしていたのだが、その後のトシヤとの練習で今では両手の指10本から同じように射出できる。つまり毎分1800発の氷弾を撃ちだせるのだった。たった1人で一個中隊とも互角以上の撃ち合いができる。それが大魔王から魔法を授かったエイミーの力の片鱗だった。その氷弾全開のエイミーの魔法はトシヤによって『ファランクス』と命名されている。



「さて愚痴ばっかり言っても仕方ありませんから、試合に臨みましょうか」


 こうしてエイミーは選手の紹介をするアナウンスとともに闘技場の中央に入場していく。彼女の視線の先には一足先に入場したノルディーナが待っていた。



「エイミーさん、あなたとは行きがかり上色々ありましたが、今はそんな過去は忘れて1人の対戦者としてあなたに立ち向かいます!」


「えーと……? 何かありましたっけ?」


 エイミーにはあの外泊の一件など日々引き起こされるトラブルの中の些細な出来事だった。彼女の中では忘却の彼方のどうでもいいお話になっていた。毎日のようにトシヤとカシムが色々と遣らかしてくれるので、いちいち覚えていると身が持たない。



「そうですか、あなたがすっかり忘れているなら、それはそれでこちらも好都合です。お互いに力をぶつけ合って良い試合にしましょう」


「はい、そうですね」


 短いやり取りを交わしてから両者は開始線まで下がって試合開始の合図を待つ。エイミーもノルディーナも互いに相手を見つめて静かにその時を待つのだった。観衆は開始線で微動だにしない2人の姿を息を呑んで見ている。



「試合開始!」


 審判役の教員の声がフィールドに響く。ノルディーナは素早く腰の剣を引き抜いてその剣に魔力を流しだす。剣から放つ得意の電撃魔法で一気に決着をつけるつもりだ。



「なにっ!」


 だがノルディーナの目が驚きに見開かれる。彼女の目前に現れたのは……



「アイスブロック!」


 エイミーが魔力を集中すると彼女の前に高さ2メートル以上の氷の塊が出現した。その塊のせいでエイミーの姿はノルディーナから見るとすっぽりと陰になっている。


 これがトシヤとエイミーが相談して決めたノルディーナに対する戦術の第1弾だった。エイミーのゼロに等しい防御力と、マイナスに足を突っ込んでいる運動神経では、剣から放たれる電撃を避けようがなかった。そこで氷の塊を置いて、まずは陣地を構築して安全地帯を確保してから攻撃に移る作戦だ。



「しまった! これでは氷に阻まれて電撃が届かない! ならばその氷を解かしてやろう!」


 ノルディーナは電撃をキャンセルして剣に炎をまとわりつかせる。熱で邪魔な氷を解かそうという考えだった。



「やはり炎の魔法で氷を解かすつもりですね。でもそうはいきませんよ! それっ!」


 エイミーは氷塊の後ろからこっそりとノルディーナの様子を覗いている。この動きはトシヤが予想した通りだった。ならばその対応策をとるだけと、エイミーはその膨大な魔力に物を言わせて同じような氷塊を次々に作り出して陣地を広げる。



「溶かし切れ! ダークフレイム!」


 ノルディーナの剣から闇魔法の黒い炎が飛び出してエイミーの氷塊に襲い掛かる。その炎は一撃で氷塊の表面を5分の1くらい解かしたが、まだエイミーの陣地は健在だった。それどころか次々に新たな氷が生み出されて、陣地が広がっていく。



「ひとまずはこのくらいでいいでしょう! さてさて、しばらくは相手の出方を伺いましょうか」


 エイミーは合計8つの氷塊を横に並べてその後方に姿を隠している。時折隙間から顔を覗かせてノルディーナの動きを警戒しているのだった。





「なんだ、でかい氷の塊を作り出してそこに引きこもっているのか」


「お前は馬鹿か! どこの世界にあんな巨大な氷を作り出せる氷魔法の遣い手が居るんだ?! 2つくらい作ったら普通の魔法使いは魔力を使い切るぞ!」


「どうやら伊達に1位をとった訳じゃなさそうだな」


 上級生たちにはエイミーの魔法の素晴らしさを理解する者も居るようだ。まさか氷で陣地を作り上げるなんて大掛かりな魔法を1年生が実現するとは思っていなかった。




 


「相手はそろそろ痺れを切らせるの!」


「そうだな、あんな陣地を見たら誰でも接近戦を挑みたくなるよな」


「トシヤはそこまで見越しているの! 本当に性格が悪いの!」


 観客席ではアリシアとトシヤの戦いの分析が行われている。2人とも駆け引きはお手の物だ。相手をそう動かざるを得ないような状況に追い込んで、そこに罠を張り巡らすのが上手な戦いの遣り方だとわかっている。





(炎の魔法は効果があるとは言ってもそれを上回るペースで氷塊を築き上げるとはなんとも困ったものだな。どうやら接近されるのを嫌ってこんな戦術を選んでいるんだろう。よし、次の魔法を囮にして一気に氷塊の後ろに回りこんでやろう!)


 ノルディーナはアリシアとトシヤが予想する通りに接近戦に考えを切り替えている。再び剣に魔力を流してダークフレームを放つと、その炎の後を追うように一気に駆け出した。



「トシヤさんの予想だとそろそろ来るはずです!」


 闇の炎が氷塊にぶつかって表面を解かした様子を感じると、エイミーはすぐに氷の後ろから顔を覗かせてノルディーナの動きを偵察する。



「ひょえー! 予想よりも足が速いです! もうそこまで来ています!」


 慌てて氷の隙間から右手を差し出して迎撃の準備を開始して、その手から氷の弾丸が連射されていく。その様子に気がついて今度はノルディーナが慌てる番だった。



「不味いぞ! アイスボールがこちらに向かってくる! えーい、シールド展開!」


 剣を手にダッシュしながらノルディーナは慌てて前方にシールドを展開する。急遽展開されたシールドにエイミーの氷弾が雨のようにぶつかっていく。



「シールド追加!」


 氷弾はノルディーナのシールドに立て続けにぶつかって、次々に彼女のシールドを突き破った。そのたびにノルディーナは何枚かまとめてシールドを追加して、その防御力を維持している。



「もう一息で氷塊の裏側に回りこめる」


 ノルディーナは彼女から見て横一列に並んでいる氷塊の一番右側から回り込もうとしていた。あと一息でエイミーが居る裏側に回りこめる。彼女の姿を捉えられれば、そこに勝機が見い出せると考えていた。



「予想通りにこちらに来ましたね。それにしてもこの氷弾の雨を防いでいるのはさすがです! それではお待たせしました、ちょっと痛いのは我慢してください! 術式解除!」


 エイミーは氷塊を作り出すに当たって、わざわざ手間が掛かる工程を組み込んでいた。氷塊の内部に空洞を作って、そこにトシヤから教わった『にさんかたんそ』を凍らせた物を仕込んでいたのだ。つまり氷塊内部にはドライアイスが仕込んであった。


 そしてエイミーは魔力で固めていたドライアイスの術式を解除する。強制的に固体として分子が結合していたドライアイスが一気に気化すると、厚さ30センチの氷で形成されていた氷塊の内部の圧力が急激に上昇した。



 ボーーン! バリバリ!


 ノルディーナが氷塊をちょうど回り込もうとしたタイミングで、その氷の塊は内部の圧力に負けて爆発する。爆発の威力で至近距離から大量の氷のブロックがノルディーナに襲い掛かった。



「しまった!」


 ただの障害物だと思って油断していた。まさか自分が接近したタイミングで爆発するのは彼女の予想外だった。そもそも氷が爆発するなど聞いたためしがない。



 シールドで直撃こそ避けたが、ノルディーナの体は大量の氷のブロックに圧し掛かられて身動きが取れなくなった。体全体が砕けた氷に埋まっているような姿だ。



「そこまで! 勝者、エイミー選手!」


 その様子を見届けた審判が裁定を下す。動けないノルディーナといくらでも魔法を発動する用意があるエイミーでは、もはやその勝敗は明らかだ。





「うん、作戦通りだな」


「本当にトシヤは意地が悪いの! まさか氷が爆発するなんて誰も気がつかないの!」


 アリシアはもちろん試合前からエイミーの術式の構築に付き合っていたので、トシヤの狙いを最初から知っていた。だからこそ試合前から『性格が悪い!』と何度も口にしていたのだ。





 大量の氷の下敷きになっていたノルディーナは待機していた教員によって氷を退けられて立ち上がっている。肉体的なダメージはそれほど受けていなかったが、魔族の次期王女が敗北したという事実に気落ち気味だ。それでも自分からエイミーに歩んで握手を求める。



「素晴らしい魔法だった。誰からも文句の付けようがない見事な勝利だ」


「ありがとうございます。色々と勉強になりました」


 2人の握手で闘技場は大歓声に包まれる。



「なるほど、あれが第1位の魔法か。氷が爆発するなんて予想外過ぎるな。どんな術式だったのか興味があるぞ」


「例年だったら負けた魔族のお姫様がでも十分1位のはずだが、これは今年の1年生は侮れないな」


 上級生たちからも2人に対する賞賛の声が上がる。それ程魔法学院で行われた模擬戦の中でも模範になるような良い試合だった。




 こうして魔法学院の1年生による前期の最大の目玉の振り分け試験が終了するのだった。




最後までお付き合いしていただいてありがとうございました。次回からはコース別に分かれた新たなクラスで学び始める主人公たちの話が始まります。どうぞお楽しみに!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ