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50 模擬戦4日目 後編

お待たせいたしました、節目の50話を投稿します。2月に投稿を開始してからようやくここまで辿り着きました。次の目標は100話ですね。もっと長く続く気がしますが・・・・・・


お話はフィオの模擬戦の続きからになります。日本人の祖先を持つ彼女がどのような戦いぶりを見せるのかというお話と、後半は例の彼が・・・・・・



 フィオは全く何もしないで飛んできた魔法をあっさりと撥ね返していた。どうやら魔法が効かないと悟った相手は腰の剣を引き抜いてフィオに斬りかかる。だが、その攻撃も彼女に届く前にカキン! と音を立てて撥ね返された。



「剣も効かないの! どうなっているのかわからないの!」


「トシヤさんが言う通り何かアイテムを使用しているのでしょうか? だとすれば恐ろしいアイテム遣いですね! どうやって攻略すればいいのか見当が付きません!」


「アイテムというのは使用限界が必ず存在していて、限界を超えた攻撃には持ち堪えられなくなる。だから繰り返し攻撃を仕掛けてアイテムを壊すしかないな。まあ大抵の人間はそこまで持ち込む前に敗北するだろうが」



 魔法にも物理にも攻撃に対する完全防御を敷いているフィオは落ち着いた表情でアイテムボックスから何かを取り出す。それはかつての大賢者が残した魔法銃とでも呼ぶべき代物だった。



「なんだか変な物を取り出したの! どうするつもりなのか全然わからないの!」


「あれは俺の知識では『銃』と呼ばれている武器だ。たぶん魔法を撃ち出して攻撃するんだろう。獣人の王様が左腕に装着した武器から魔法弾を撃ち出す話は知っているか?」


「知っているの! 大抵の魔物は一撃で仕留めるの! 一回だけ王様が魔法弾を発射するのを見たの! でもトシヤは何で私たちの王様の戦いを知っているの?」


「何かの話に聞いただけだ。獣人の王様は凄く強いんだろう?」


「強いなんてもんじゃないの! 魔物がオモチャみたいに吹っ飛んでいくの! 王様は私たち獣人の誇りなの!」


「へー! 凄い人が居るんですね!」


 その凄い人がトシヤの実家でしょっちゅう昼寝をしているなどと言っても信じてもらえないだろうから、トシヤはアリシアにそれ以上詳しい説明を省略した。色々と〔獣神・さくら〕の実態を説明すると、アリシアの誇りを傷つける可能性が高いのだ。



「どうやら試合の決着が付きそうだな」


 フィオの手にある魔法銃から氷属性の初級魔法が連発で放たれた。1発2発ならば避けるのも可能だが、まとめて10発以上のアイスボールなど普通の生徒には避けようがない。対戦相手は体に7発の魔法を受けて崩れ去った。



「エイミーの魔法と同じくらいに連発できるの!」


「私が本気を出すと一度に100発以上撃ち捲くりますよ!」


 エイミーはフィオだけには負けたくないようだ。それは彼女の色々な意地が懸かっているのだろう。エイミーはすでにフィオをトシヤを巡るライバルと心の中で認定している。



「それにしても魔法も物理も効かない防御と遠くから確実に仕留める魔法銃か、相手にするのは相当厄介だろうな」


 トシヤは5聖家の他の家の戦闘力を過小評価していたようだと考えを改めた。世代を経るにしたがって特殊な能力を失ったと聞いていたが『正中の大賢者』の家には脈々と受け継がれてきた知識があるのだ。それは現在の日本の魔法知識をすっかり自分のものにしているトシヤにとっても。中々馬鹿にできないレベルの魔法知識だった。



「あの人は強いの! 今の私では敵わないの!」


「アリシアが珍しく弱気になっていますね。そんなに強そうには見えませんけど」


「戦力の正確な分析は大切なの! 今見たものだけでなくて、もっと他の隠し玉があると考えないといけないの!」


「なるほど、言われてみればその通りですね。でも私は絶対に負けませんよ!」


 エイミーはトシヤを巡るライバルとして負けられないという思いを抱いているが、表向きの魔法使いとして負けられないというセリフに置き換えている。トシヤに自分の本心に気が付いてほしいという思いを込めているのだが、そんな秘められた思いにトシヤが気付くはずもなかった。



「そうだな、絶対に負けないという強い気持ちは必要だな」


(トシヤさん、そうじゃなくって……)


 やはり全く気が付いていない。エイミーはガックリと床の一点を見つめている。



「ついでに次の試合も見ていくの!」


 こうして午後はAクラスの生徒同士の試合を見学する3人だった。










 グゥゥゥゥゥゥl!


 カシムの腹の虫がさっきから盛んに騒ぎ始めている。ベッドで昏々と眠り続けるエルナに手を握られて、身動きを封じられたままずっとベッドの脇に掛けているのだ。時刻はすでに3時近くになっている。



(早く目を覚ましてくれないかなー。さすがに腹が減ってきたぞ)


 森の中で魔物を待ち続けて何時間もじっとしている訓練を積んできたカシムだが、さすがに音を上げそうになっている。森の中では水や携帯食を口にできるから、その点では病室に2人っきりというこの状況よりも幾分マシかもしれなかった。



 その時カシムの耳にふいにエルナのうわ言が聞こえてきた。まだ寝ているエルナの表情は病床にありながらなぜか幸せそうだ。


「カシ…… 大好きです」


(そうか、エルナはお菓子が好きなのか。今度見舞いに持ってきてやろう)


 カシムの想像力ではこれが限界だった。この場にアリシアが居たら『そうじゃないの!』とカシムの頭をピンポイントにスマッシュしながら突っ込んでいただろう。




 それから1時間くらいしてようやくエルナが目を覚ます。今度は本当に意識がはっきりと戻ってきたらしい。



「私はどうしたんでしょう? えっ! カシムさん!」


「おお、気が付いたみたいだな」


 目の前に座っているカシムの姿を見て意識が戻ったばかりのエルナは惚けた表情になっている。そして彼女はそれよりも重大な事態を発見した。



「あ、あ、あの…… 私の手を、そ、その…… ずっと握っていてくれたんですか?」


「ああ、これか! 一回目を覚ましかけたエルナが『手を握ってほしい』と言ったからな」


「わ、私がそんな…… は、恥ずかしい」


 エルナの顔は本来真っ赤になるはずだったが、出血が酷かったので依然として顔色が悪いままだ。その点は彼女にとっては救いだったかもしれない。



「それじゃあ気が付いたと先生に報告してくるぞ」


 カシムはエルナの手を離して部屋を出て行く。その後姿を見ながらエルナは思いに浸っていった。


(なんだかすごく暖かくてずっと私を励ましている存在を感じていたのは、全部カシムさんのおかげなんですね)


 カシムは『腹減ったー!』と考えながらそこに座っていただけなのだが、エルナの頭の中では彼がとんでもないスーパーヒーローに美化されている。本当にこれでいいのだろうか?



「先生が来たぞ」


 カシムの後ろから現れたのは白衣を着た治癒魔法の遣い手の女の先生だった。保健室の先生のようなものだ。



「もう気が付いたの! 良かったね。喉が渇いたりトイレに行きたくない?」


「そう言われてみれば喉が渇いています。トイレにも行きたいです」


「そう、はいそこの少年! 彼女を抱き起こして水を飲ませてね。背中に手を回してゆっくりと起こすの。私は力仕事が苦手だからちょうどいい」


「はい、わかりました」


 エルナはまだ一人では起き上がれないのでカシムが手を貸す。トシヤ同様に血塗れの服は剥ぎ取られて前合わせの薄手の治療着を着せられていたエルナは、布団を捲られて背中にカシムの腕が差し込まれる。胸元が大きく肌蹴ているが、この際誰も気にしなかった。



「起こすぞ」


「はい、お願いします」


 まだ体に力が入らないエルナはカシムにされるがままになっている。そのままゆっくりと上体を起こされて、ベッドの反対側から先生が水が入った吸い飲みを彼女の口に差し込む。


「ゆっくりの飲んで」


 喉が何度かゴクリと鳴って水を飲み終えたエルナはちょっと表情が落ち着いたようなっている。だが先生の次のお言葉で彼女は真っ青になるのだった。



「それじゃあ少年は彼女を抱きかかえてトイレに運んでちょうだい」


「はい、わかりました」


 カシムはエルナの体をヒョイと抱えて部屋を連れ出す。廊下を挟んでちょうど向かいがトイレだったので、エルナを抱えたまま中に入っていった。この状況に慌てているのはエルナだった。いきなりカシムにトイレに連れて来られてグッタリしたままの体でもその頭の中はパニック状態だった。



(なになに! 私カシムさんにトイレの世話をされてしまうの!)


 だがそこに救いをもたらす先生のありがたいお言葉が響く。



「少年、彼女をそこに座らせたらトイレの外で待っていなさい。さすがに女の子が恥ずかしがるだろうからね」


(当たり前です! これでも十分恥ずかしいです!)


 エルナは知らない。トイレに行けるだけでも十分幸せなのだ。エイミーの手で尿瓶に用を足したトシヤに比べれば『何ぼのもんじゃい!』と言われてしまうだろう。




 無事にトイレも終えて、再びエルナはカシムの手によってベッドに運ばれて横になった。



「カシムさん、お世話を掛けてすみません」


「気にするな、1人で動けない時は誰かの手を借りるのは当たり前だ」


「うん、少年よ、実に良い心掛けだね。彼女が動けるようになるまで面倒を見てほしい。明日までは授業もないだろうから、ここに来てくれると私は助かる」


 先生は色々とカシムに丸投げしようという魂胆らしい。模擬戦で負傷者が続出しているので、中々そこまで手が回らないと言うのも事実だが。



「わかりました、明日も来ます」


「カシムさん、いいんですか?」


「気にするな、朝からちゃんと来るからな」


「ありがとうございます」


 また明日もこうしてカシムを独り占めできると思うとエルナの表情は恥ずかしさも忘れてパッと綻ぶ。



 グゥゥゥゥゥ!


 だが限界をとうに迎えていたカシムの腹の虫は正直だった。元気の良い音を病室中に響かせている。



「カシムさん、もしかしてお食事を取っていなかったんですか?」


「ああ、食いそびれた」


「本当にすみません、私のせいで」


「気にするな、俺がこの場に居ると決めたことだ」


「少年、私がしばらくこの子に付いているから、何か食べてきなさい」


「カシムさん、行ってきてください」


「わかった、すぐ戻る」


 カシムは一旦病室を出て食堂の方に歩いていく。



「中々男気のある彼氏だね」


「先生、まだ彼氏じゃありません!」


「そうかな? こうして心配して昼も食べずに君が目を覚ますのを待っていたんだから、私の目から見ると立派な彼氏だけど」


「だからまだそういうんじゃないですから!」


「ふーん、まあ色々とこれから頑張るといい。どこか体の調子が悪いところはない?」


「そういうお話は一番先に聞いてください! 体に力が入らない以外は痛い所はないです」


「そう、だいぶ血を流したからそれはしょうがないかな。しばらくはここで生活してもらうよ。3日くらいかな」


「はい、わかりました」


 




 



 カシムは食堂でパンに肉や野菜を挟んだボリュームのある軽食を取っている最中だった。



「あっ! あそこでバカが何か食べているの! おやつを食べにきたら出会ってしまったの!」


「そういえばカシムさんとは朝も会わなかったし、今日初めて顔を見ました。カシムさん、おはようございます」


「ああ、そういえば今日は一度も教室に行っていなかったな。あのハゲ野郎が居ないとなんだかスッキリするな」


「トシヤは用事があると言って消えたの! エイミーがどうしてもおやつが食べたいと言って聞かなかったの!」


「そ、そんな訳じゃないですよ! 私は時間があるから甘いものでも食べようかなー、っていう気分になっただけです」


「そうか、それじゃあ食べ終わったし、俺は行くからゆっくりしてくれ」


 カシムはトレーを持って立ち上がり、さっさとどこかに姿を消していった。アリシアとエイミーはその後ろ姿を見送る。



「カシムのバカはどこかに消えたの! なんだか怪しい気配がするの!」


「そんなのはどうでもいいじゃないですか! さあさあ、パフェを注文してきましょう!」


「エイミーは絶対に太るの! もう危険な水域に入っていると自覚するの!」


「大丈夫です! 明日に備えてしっかり体力をつける必要を感じているんです!」


「それならランニングをもっと頑張った方がいいの! エイミーは全然ダメダメなの!」


 こうして何も知らない2人の女子生徒の会話は寮の夕食の時間まで続くのだった。 


 


最後までお付き合いいただいてありがとうございました。次回の投稿は週末を予定しています。いよいよ模擬戦も最終日を迎えて、エイミーが登場します。女の意地を懸けた一戦の行方は・・・・・・




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