5 自己紹介と言い掛かり
入学式を無事に終えたトシヤたち、それにしても新入生代表の生徒が一体何者なのか? その謎とトシヤの正体が少しずつ明らかになってきます。
教室の中はこの3人だけでなく全部で40人の生徒が思い思いの席に着いている。男子が7割で女子は3割という比率で、近くの席の者と挨拶を交わしたり一人で考え事をする振りをしてポッチを紛らわす生徒の姿があちらこちらで見かけられた。中には可愛い彼女を見つけようと血眼になって女子のチェックをする男子生徒の姿も見かけられるが、そのような生徒に限って絶対に在学中一人も彼女ができないのがお約束だろう。
そんなガヤガヤとした雰囲気の教室に担任の教員が入ってくる。その姿を見て生徒全員がサッと立ち上がって目礼した。トシヤたちも当然周囲に行動を合わせて挨拶している。壮年の男性で温厚そうな人柄が印象的なクラス担任だった。
「ああ、全員着席してくれたまえ。私は2ヶ月間このクラスを担当するラファエルだよ。2ヵ月後からは各コース別に新たにクラスを編成し直すからそれまでの間よろしく頼む。まずはそこの君から順に自己紹介をしてくれないか」
廊下側の一番前の席に座っている男子を指名してラファエル先生は新入生たちが早く打ち解けるようにとアピールの機会を与えた。第1印象と言うのは結構重要で、この自己紹介がうまくいくかでその後の学校生活に影響が出るので、その気のある生徒たちは積極的に自分をアピールし始める。
「はじめまして、コルネリーです。帝都の出身で実家はそこそこ大きな商店です。魔法具を取り扱っていて同級生にはサービスしますよ! 得意な魔法は炎属性と風属性で将来は魔法技師を目指しています」
一番目の生徒は繁盛している実家の宣伝や将来の希望を織り交ぜた自己紹介を行った。これがクラス内の今後のアピールの基準となる。歓迎を意味する拍手を受けながら彼は着席した。その表情が心成しか紅潮しているのは緊張のせいだろうか。彼に続いて緊張で言葉がカミカミになっている『いかにも田舎から出て来たばかりです』という男子や声が小さくて殆ど聞き取れない女子なども居るが自己紹介は順調に進んでいく。
「俺はダルラスだ! 目標はこの学院のテッペンに上り詰めること! 歯向かうやつには容赦しねえからそのつもりだいろ!」
ひときわ体格の良い生徒が気合のこもった自己紹介をしている。彼はどうやら腕っ節に相当の自信があるようだ。今までケンカで無敗とかいう相当な武勇伝を誇っているのかもしれない。そのセリフの余波でクラス内のざわめきが止まない中で、彼の次に立ち上がったのはアリシアだった。大柄な男子生徒の後なので、立ち上がった彼女はクラスメートの目に一際小さく映っている。
「はじめまして、アリシアなの。獣人の特待生として帝都にやって来たの。狐人族で得意な魔法は幻影の術なの。それからついでに言っておくと、私ともう一人このクラスに狼人族の男子が居るの。そのバカは初日から熱を出して休んでいるの。本当にバカだから仕方がないの。そのバカもよろしくお願いしたいの」
アリシアは『バカ』を連呼して自らの自己紹介を終える。それにしても彼女にここまで『バカ』と言わせる存在とは一体どのような人物だろうか? クラスの全員が欠席している生徒に対する想像を膨らませている。それとは別にアリシアの頭の上でピコピコ動いている狐耳を見て早くもクラスの女子の間に『可愛い!』と言う声が広がっている。小柄な体格とあいまって早くも妹のような存在になっているようだ。だが待ってほしい、アリシアはその可愛らしい見掛けとは裏腹にいとも簡単に隠し持っている匕首を引き抜くかなり物騒な存在だということに彼女たちは気がついていなかった。
「エイミーです! ノルデンの近くの出身です! 得意な魔法は秘密でーす! 早く借金生活から抜け出すことが当面の目標です!」
元気いっぱいのエイミーの自己紹介だが、クラスの生徒には彼女の『借金生活』の意味がまったくわからない。アリシアだけは『頑張ってほしいの!』と彼女を応援しているが、クラスの大半の生徒には『気の毒なエイミー』という印象だけが残る結果となった。
(なんだったら親に頼んで僕がその借金の肩代わりをしてもいいぞ! その代わりに彼女と仲良くなって、むふふふ・・・・・・)
一番最初に自己紹介したコルネリーは実家が裕福な商人だ。彼の頭の中ではエイミーにまつわる様々な妄想が広がっていく。だがその存在などエイミーの中にはまったく印象に残っていなかったことなど彼は知らなかった。女の子とまったく付き合った経験がないコルネリーの『年齢=彼女がいない歴』という悲しさがいきなり炸裂しているのだった。
「みんなよろしく、俺はトシヤ、テルモナの奥の開拓村の出身だ! 『一般常識を学んでこい!』と親から言われてこの学院に入学したんだ。常識を教えてくれるヤツを大募集しているから気軽に声を掛けてくれ! 得意な魔法とか能力に関しては訳あって言えないが、もしかしたらいずれ目にする機会があるかもしれない。ところでみんなに聞きたいんだが『常識』って何だ?」
クラスの生徒はおろか担任の教員まできれいに揃って脱力している。まさか自己紹介でここまでスケールの大きなボケをかまされるとは誰もが予想外だった。アリシアはこの時悟った。『トシヤは天然だ!』と。当然エイミーはすでに何度も彼が天然を炸裂させるシーンを目撃しているので、『何を今更』という表情をしている。
クラスの雰囲気はトシヤのおかげでだいぶ温まり、その後の自己紹介も和やかなムードで進んでいった。
「さてこのクラスで短い期間だけど仲良くやっていってくれたまえ。私からの挨拶代わりに大事なことを一つだけ言っておくよ! 君たちにとっては魔法の技能と人格を高めるために毎日がとても貴重だということを理解してほしい。1日をどう過ごすかの積み重ねが、長い目で見ると君たちの魔法技能や人としてのあり方に大きく影響することを忘れないでいるように」
クラス担任はこの言葉の後でいくつかの連絡をして、この日のホームルームはお終いとなった。具体的な授業の説明などは明日行われるそうだ。
「学生寮の部屋割りが発表されているの!」
「トシヤさんとの豪華な宿屋生活も捨てがたいですけど、今日から待望の寮生活です! アリシアさんと同じ部屋だといいですね!」
「そうなの! エイミーは面白いから好きなの!」
2人は当然女子寮で生活する。魔法学院は地方からやって来る生徒もかなりの数に及ぶので、男女とも設備の整った寮が完備されているのだ。トシヤも男子寮に入る予定で、3人は敷地内の学生寮に向かって歩き出す。
「エイミーさん、お話があります!」
そこに突然聞き慣れない声が掛かった。エイミーが振り返るとそこには彼女を追いかけてきたコルネリーの姿がある。
「あの、もしよろしければ僕があなたの借金の肩代わりをします!」
(男らしく決めてやったぜ! これでエイミーさんは俺のことを認めてくれるに違いない!)
童貞ならではの相手の気持ちなどまったく考えもしない単純で自分勝手な発想だった。それに対してエイミーは頭の上に大量の『????』を浮かべている。
「えーと・・・・・・ 借金のことは自分で解決しますから結構です。それよりもどなたですか?」
「いきなりオワタwwーーー!!」
コルネリーの恋は始まる前に一瞬で終わりを告げて、彼は真っ白な灰となって地面に崩れた。そもそも顔すら覚えられていなかったのは深く心を抉る致命傷となった模様だ。
「よくわからないけど、早く部屋割りを見に行くの!」
アリシアはコルネリーに目もくれずに学生寮に急ぐ。崩れ落ちた白い灰には用はないらしい。トシヤとエイミーの2人は彼女に流されるように付いていった。白い灰のまま立ち直れないコルネリーはひとり取り残されて、通行する生徒に不審物を見るような目を向けられるのだった。後に彼が3年生に進級する時点で、この学校では栄誉ある童青連(童貞青年連合)56代会長に推挙されるのはこの事件がきっかけとなるのだった。
「あそこに掲示してあるの! 早く行くの!」
アリシアが指差す方向にある掲示板に新入生らしき新しい制服姿の男女が群がっている。学生寮の部屋割りは彼らが今後の学生生活を送る上で重要な関心事項だから、一刻も早く知りたいのだろう。
だが掲示板に向かって早足で歩く3人の前に立ちはだかるようにして、6人の人影がその行く手を遮った。
「おいおい、何でお前が入学しているんだよ! お前は確か最初の魔力量選考で不合格になったはずだろう!」
トシヤを指差してバカにするような皮肉な笑みを向ける男子生徒が口を開く。
「まさか栄光ある魔法学院に不正に入学したのか! 全く平民ってやつにはプライドがないのか?」
「どうやら相当強力なコネがあるようだな! この卑怯者!」
それに続いて取り巻きの生徒たちが次々にトシヤに向けて罵詈雑言を浴びせた。その連中の雰囲気からいってどこかの貴族のボンボンとその腰巾着どものようだが、トシヤの記憶の奥底に入学試験の初日の出来事がかろうじて残っていた。
「なんだ? いきなり目の前に薄汚れた便所のスリッパどもが現れて訳のわからないことを喚きたてているな。あえて反論すると、別に何も不正などした覚えはないぞ。文句があったら学院に言ってくれ! それじゃあ便所スリッパ諸君、これで失礼する!」
男たちが放った罵詈雑言に対して数倍の破壊力を持ったトシヤの毒舌が発揮された。元々口が悪い上にたとえ口喧嘩でも彼のポリシーとして負けるわけに行かないのだ。これ以上は相手にしたくないのでトシヤは彼らの横を通り過ぎようとするが、貴族のプライドをコケにされたその内の一人がその腕を掴もうと手を伸ばしかける。
その僅かに動き掛けた手を見て取ったトシヤの目が、一瞬で戦闘モードに入って物騒な光を放つ。自分に向かって伸ばしかけた相手の手首を軽く掴んでスッと引いてから、下に向けて捻るとその体が浮き上がって自分から1回転して空中で地面に背中を向ける。
ズシン!
反射的にトシヤは小手捻りでその体を放り捨てて、彼よりもはるかに体格が良い腰巾着の生徒は地面に叩き付けられた。師匠のさくらから『殺さずに相手を無力化する技』として最初に仕込まれて、今では自動的に体が動いてしまうのだった。
(あーあ、せっかく大人しくしていようと思ったのに、初日からやっちゃったよ!)
学校生活が始まったら目立たないようにしていようと自分を戒めていた矢先にこの有様だ。だがこの戒めはあくまでもポーズだけだった。右手で顔を覆って天を仰ぐというこの厨2具合がプンプンと漂う姿は感染した患者が一度はしないとならないお約束のポーズだと、彼はとある伝手で学習済みだった。学園に入学した主人公は当初は大人しくしているがすぐにその正体がバレて、そこからハーレムルートを突っ走るのが彼が日本のラノベから得た知識だった。
「貴様! 我々貴族に向かってなんという不遜な態度だ! この上は死を覚悟してもらうぞ!」
大声で喚き散らす最初に声を掛けた男が合図をすると、取り巻き連中がいっせいにトシヤを取り囲むようにして広がる。各々が魔法を放つ準備を開始している様子がトシヤに伝わってくる。彼はチラリとエイミーとアリシアに目を遣ると2人はかなり距離を取って様子を見守っている。これなら彼女たちは被害が及ばないだろうとトシヤは判断する。
「モトハシ流小手捻り、あれだけ綺麗に相手を投げるとは・・・・・・ 獣人の師範でも中々あそこまでできないものなの!」
「アリシアさん、天然でもトシヤさんは強いですよ! どんな戦いぶりを見せるかワクワクします!」
女子二人はまったく怯える様子もなくトシヤの戦いの行方を見守っている。周囲には『なんだケンカか!』と少しずつ野次馬が集まって周りを取り囲むようになった。だがそこに現れたのは・・・・・・
「全員すぐに争いをやめなさい!」
緊迫した場面を制する女性の声が一帯に響き渡った。その場に居合わせる全員が振り返るとそこには銀髪銀眼の少女が立っている。彼女が争いの輪の真っ只中にスタスタと歩き出すと周囲を取り囲んでいた野次馬たちが左右に分かれて通り道を空ける。それはまるでモーゼの十戒のように人の壁が彼女がまとうオーラに気圧されて道を造りだしたように見えた。赤いビロード絨毯の上を歩くように優雅な足取りで、少女はトシヤたちの前にやって来る。
「どのような事情があろうと学院内での私闘は厳禁のはずです。もしこの禁止事項にこれ以上触れるような真似をするのならば、私は学院当局に報告します」
凛とした警告を発するのは、入校式で新入生代表の挨拶を行ったノルディーナだった。その体内から発する強力な魔力は彼女が新入生の総代を務めた理由が万人に理解できるレベルで、威圧感だけで無言のプレッシャーを与えている。その威圧に平然としているのはトシヤとエイミーだけだった。見掛けによらず好戦的なアリシアでさえも体中に鳥肌を立てている。
「い、行くぞ」
登場したのが同盟国の王族なので、いくら貴族といえども相手が悪かったようだ。不利を悟った貴族のボンボンたちは呻いている一人を引き摺るようにしてその場を去っていく。騒動が終結したので野次馬たちも三々五々その場を後にするが、中にはノルディーナに見蕩れてその場に棒立ちになる者も出ている模様だ。
「止めに入ってくれて助かったよ! 初めてお会いする、俺はトシヤだ。魔族の巫女姫にして『宵闇の使徒』さん」
ノルディーナはトシヤの言葉にハッとした表情を見せる。一般の人間から見ると神の如くに冷静で高貴に振舞う彼女にも驚くことがあるのかと逆にびっくりするかもしれない。
「その名前からするとあなたが『暁の隠者』ですか?」
「隠者だからあまり公表してほしくないが、その通りだ」
2人の話の内容はこの世界の表と裏の歴史に蠢いて世界のあり方を大きく左右してきた家柄、約600年前に異世界からやって来た共通の祖先を持った『5聖家』と呼ばれる5つの家系だけに残された伝承だった。ちなみに『隠者』とは世間に背を向けて隠れ住む者ではなくて、どちらかというと『忍者』のような意味で用いられている。闇に隠れて暗殺や諜報活動に特化した集団のことだが、表立った戦闘でも5聖家の中で最強の一角を占める戦闘集団だった。
「ということはあそこに立っている女子生徒もあなたの一族ですか?」
ノルディーナはエイミーに視線を送りながら尋ねた。トシヤを除くと彼女だけが自らの威圧を撥ね返している存在なので、その正体が気になっている。
「いいや、あの子は別口だな。詳しい話は本人の了解がないと明かせない」
「そうですか、わかりました。それにしてもこのような騒ぎは決して好ましいとは言えません。日頃の態度には十分に注意してください」
こうしてノルディーナは足早に去っていった。代わってトシヤの所にエイミーとアリシアがやって来る。
「近くで見るとますます綺麗な人ですね! トシヤさんはあの人と何を話していたんですか?」
「問題を起こさないように注意されていたよ。やっぱり優等生は違うな」
「私はあの人が怖くて近づく勇気がないの! オーラが凄いの! それよりも早く部屋割りを見に行くの!」
すっかり用件を忘れていた3人は再び掲示板に向かって歩いていくのだった。
次話の投稿は明日の予定です。アリシアさんとエイミーさんの突込みが鋭いと思った方はぜひ評価とブックマークをお願いいたします。いっぱい集まると作者が元気になって寝食を忘れて執筆できそうな予感がします。