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49 模擬戦4日目 前編

お待たせいたしました、49話の投稿です。前回までのトシヤの母の強襲が終了して、再び模擬戦で盛り上がっている学院の様子がお話の中心になります。その陰ではあの人物が・・・・・・



 トシヤがエイミーから思わぬご褒美をもらった翌日、彼は男子寮の自室で目を覚ます。



「うーん!」


 ベッドから起き上がって思いっきり伸びをすると、彼はもう一人の部屋の住人に向かって語りだした。



「いやー! レイちゃん、生きているっていうのは実に素晴らしいね! 昨日は何度も死の淵を覗き込んだけど、こうして今日も目を覚ましたよ! ああそうか、レイちゃんはもう死んでいるんだったな。悪い悪い、嬉しくてウッカリしていたよ!」


 反応はない。トシヤの生きているという喜びはレイスにはどうやら伝わらなかった模様だ。死して魔物になった者には怨念や妄執といった負の感情は残るが、生きている喜びなどはとうの昔に失われているのだった。



「それじゃあ、朝飯を食ったら教室に行くかな」


 こうしてトシヤは着替えを開始する。その模様をどこかからじっと見つめる視線を感じながら……







「おはようなの!」


「トシヤさん、おはようございます!」


「ああ、アリシアとエイミー! おはよう!」


 先に教室の席に着いて待っているトシヤに遅れて登校してきた2人が挨拶をするいつもの光景が始まる。だが今日はエイミーの態度がどことなくおかしい。ちょっとだけ頬を赤らめて、なんだかモジモジしている。



「おや、エイミーは背中でも痒いのか?」


「何でもありません! 気にしないでください!」


「手が届かないなら俺が掻いてやるぞ」


「いいんです! どうせトシヤさんはそういう人だとわかっていますから」


「そうだろう! 俺はとっても親切なんだ! ほら背中を向けろよ!」


「背中が痒いわけではありませんから!」


「もういいの! 朝から快調にボケている様子を見るとトシヤはもう大丈夫なの!」


 アリシアがアホくさいという表情で2人の間に割って入り、彼女たちは自分の席に着く。明日までは教室での授業が行われないので、各自が予定を考えて行動しなければならない。



「今日はどうするの? 私はトシヤのお母さんから褒められたモトハシ流の練習をしたいの!」


「それはいいけど、エイミーが遣る事が無くなるよな」


「私は別に構いませんよ。明日に備えて体調を整えるくらいしかすることがないです。あとは…… 体調管理のためにお昼ご飯は多めに食べるのがいいと思います!」


「エイミーは珍しく昨日の夕ご飯が控えめだったの! その分今朝はいっぱい食べていたの! 結局はブクブク太っていくの!」


「絶対に太りません! アリシアはとっても失礼ですよ!」


「それじゃあ外の演習場で俺とアリシアは軽く体を動かして、エイミーは外周を走ろうか」


「それがいいの! エイミーの肥満予防なの!」


「トシヤさんまで私を信じていないんですね!」


「放って置くと手遅れになるくらいに太りそうだと信じている」


「ええ、どうせトシヤさんはそういう人です! 最初からわかっていました。もういいです」


 せっかくあんな出来事があったのだからもう少し優しい言葉の一つも期待していたエイミーだったが、そんな淡い期待は脆くも崩れ去った。ガッカリした表情でアリシアに手を引かれて演習着に着替えるために女子更衣室に連行されていくのだった。





 一方その頃、カシムは教室にも立ち寄らずに学院内の治療施設にやって来ている。昨日模擬戦で怪我を負ったエルナの様子を見に来たのだった。



「あったあった、この部屋だな」


 カシムは音を立てないようにドアノブを回す。登校初日にドアの開け方がわからずにぶっ壊して入ってきた当時の彼とは別人のようだ。やはりカシムにも学習機能が搭載されいるのが確実になった瞬間だった。



「あら、あなたがもしかしてカシムさん?」


「そうだが」


 カシムがドアからそっと室内の様子を見ようと顔を覗かせると、先客から声が掛かった。カシムは全然見覚えのない人物だ。



「はじめまして、私はエルナと寮の同じ部屋のフランです。エルナから話は聞いているわ。この子を助けてくれたんでしょう。そんなところから顔を出していないで中に入ってきて」


「ああ、わかった」


 カシムはフランが掛けている椅子の隣に腰を降ろす。フランはその様子を興味深そうに見ている。



「そうか、エルナが『狼人族の格好いい人』って言っていたけど、なるほどねー……」


「うん、どうしたんだ?」


 フランのニヤニヤが止まらない。その表情に隠された意味をカシムはまったく理解していないので『俺の顔に何か付いているのか?』くらいにしか思っていなかった。



「先生の話だとエルナはもう少ししたら気が付くらしいの。私はこれから試合があるから目を覚ますまでこの子に付いていてもらえるかしら?」


「ああ、別に構わないぞ。試合の方が大事だからな」


「それじゃあカシムさんにエルナは任せるから、お願いね!」


 そう言い残してニヤニヤが止まらないフランは部屋を出て行った。取り残されるカシムとまだベッドに寝たまま目を覚まさないエルナ。



(もうすぐ目を覚ますって言っていたが、一体いつになるんだ?)


 椅子に座ったままカシムは怪我人の様子を黙って見つめている。



(そういえばあの時俺に技の使い方を教えて、おまけにエルナを助けてくれた女の人は誰だったんだろう?)


 魔法を拳で破壊するという幻の技に詳しくて、しかもエルナがウインドカッターで大怪我を負った瞬間にカシムよりも早く行動を開始したあの身のこなしは只者とは思えない。この場にもしトシヤが居れば彼が誰よりもよく知っている人物の名を上げるだろうが、それはカシムには現時点では与り知らない話だった。



 カシムはじっとしているのが苦手だ。動いていないと脳が休眠状態に入る。考え事をしているうちにこっくりこっくりと彼の頭が前後に頼りなく動き始めて、すっかりエルナのベッドの隣で睡眠に入った。授業中もこのような状態なので、ミケランジュ先生にいつも頭を引っ叩かれている。





(なんだか腹が減ってきたな)


 カシムがゆっくりと目を開くと、まだエルナは目を覚まさずにベッドに横たわっている。もう昼近い時間なので、カシムはウッカリ3時間近く寝ていた計算になる。動いていないカシムなど、馬鹿でかい置物と変わらない役立たずなのだ。



 だがその時、エルナのまぶたがゆっくりと開いていく。まだ完全に意識を取り戻しては居ないものの、その瞳にはカシムの姿が映っている。


「カ シ ム さん……」


「エルナ、気が付いたか?」


 だがその問い掛けにまだエルナは反応しない。だが戻りきっていない意識の中で彼女の右手がゆっくりと動き出す。



「カシム・・・・・・ さん・・・・・・ 手を・・・・・・ 握って」


「ああ、いいぞ」


 カシムは自分に向かって差し出されたエルナの手を優しく包む。


「あったかい大きな手…… なんだか安心します」


「そうか」


 ちょっとはっきりした言葉をエルナが発したと思ったら、彼女はそのまま再び目を閉じた。エルナの華奢な手がしっかりとカシムの無骨な手を離すまいと握り締めている。



(これは昼飯は諦めるしかないな)


 カシムは黙ってその手を見つめながら、空腹に耐え続けるのだった。









 カシムがエルナに捕まって身動きを封じられている頃、午前中の訓練を終えたトシヤたちは着替えてから学生食堂に向かっている。



「充実した練習ができたの! やっぱり基礎は大切なの!」


「そうだな、今日のアリシアの動きはなかなか鋭かったな」


「私はずっと走らされて体がガタガタです! これでは体調管理どころではありません!」


「エイミーは歩くような速さでしか走っていないの! ご飯を食べたらすぐに元気になるの!」


「絶対に筋肉痛で明日の試合に影響が出るレベルです!」


「普段から鍛えていないからそうなるの! もっと走り込みを頑張るの!」


「ちゃんと鍛えていますよ! おかずを2人前食べるとか、デザートは多めに注文するとか!」


「胃を鍛えても仕方がないの! だからエイミーはダメダメなの!」


 こうして3人は食堂で特にエイミーを中心に食欲を満たすのだった。 




 午後、3人はAクラスの模擬戦を見学するのが目的で第1演習室にやって来た。エイミーが明日対戦するノルディーナは魔法剣の遣い手で、その存在がイレギュラー過ぎて直接の参考にはならない。


 だが公式戦は今回限りではないのだ。今後も様々な相手と試合をするので、見学すること自体は損にはならない。むしろ他のクラスの生徒が用いる魔法の傾向や戦術のパターンがわかって良い事尽くめだ。




「あの人は見覚えがあるの! トシヤと一緒に外泊した貴族の人なの!」


「痛てて! エイミー、急につねるなよ!」


「何のお話でしょう? ぜんぜん知りません!」


 アリシアは好奇心旺盛いな女子生徒だ。以前トシヤが『貴族と一緒に外泊した』という噂を聞き付けた彼女は気配を消して誰にも気づかれないように授業中のAクラスに潜入した。Eクラスの自分の席には幻影を座らせておくという念の入れようだ。そして彼女は噂の相手を突き止めていた。まるで『くのいち』のような働きぶり、獣人恐るべし。


 アリシアのお騒がせな一言にエイミーのこめかみがピクリと反応して、無言でトシヤの腕をつねっている。トシヤとのお泊りで彼女の怒りは帳消しになったと思われたが、女心は複雑なのだ。



「いや、エイミーの手が俺の腕を現にこうしてつねっているだろう!」


「何のお話かまったく心当たりがありません」


「そろそろ離してくれてもいいんじゃないか?」


「何でしょうか? キコエマセンヨ!(棒)」


「試合が始まるの! 2人とも静かにするの!」


 爆弾を投げつけた張本人のアリシアは2人の遣り取りにまったく興味を示さずに、フィールドに立っている生徒に注目している。ようやくエイミーが手を離してくれたので、トシヤはつねられて赤くなっている腕を擦りながら試合に目を向けた。エイミーはなんだか機嫌悪そうにあっちの方向を向いている。



(フィオは自分では『大した能力を持っていない』と言っていたが、本当のところはどうなんだろうな?)

 

 トシヤはあれからもエイミーにバレないように何度かフィオの屋敷に招かれている。もちろん健全な日本の知識の勉強に付き合っているだけだ。



「試合開始!」


 審判の声が響き対戦相手がすぐに魔法を発動する準備を開始したのに対して、フィオは全く動く様子を見せない。



(動かないのは何かしらの準備があるんだろうか? それとも敢えて初手を譲るつもりか?)


 トシヤは両者の動きを見比べながら、試合の成り行きを注目している。



「ファイアーアロー!」


 フィオの対戦者が火属性の中級魔法をいきなり放った。まともに当たると大怪我では済まない威力がある。だがフィオは相変わらず全く動こうとはしなかった。そしてファイアーアローがフィオの体にぶつかる寸前・・・・・・



 ドーーン!


 魔法が何らかの壁にぶつかるようにして、大きな音を立てて四散する。フィオは全く動かずにその光景を見ているだけだった。



「魔法が急にバラバラになったの! どうなっているのかわからないの?」


「体の周囲にシールドを展開しているのか…… いや、術式を展開する様子が全くなかったから何らかの魔法具かアイテムかもしれないな」


「魔法を撥ね返す魔法具なんてあるんですか! そんな物を持っていたら模擬戦では無敵じゃないですか!」


「そうなの! 反則級のアイテムなの!」


「そういう相手には物理攻撃で対処するしかないだろう。魔法と物理の両方を撥ね返す魔法具なんて大魔王レベルじゃないと作り出せないからな」


(いや、まてよ! いにしえの大賢者ならばそんなアイテムも作り出せるかもしれないな。もっともそんなアイテムがまだ残っていればという話だが…… それにアイテムは使用者の技量によって効果が変化する。十分に使いこなせているかがフィオは問われるな)


 声には出さないでトシヤはフィオの試合の行方を見守るのだった。


なにやら無敵のフィオさんが登場しています。大賢者の子孫なので代々家に伝わっている様々な物があるのでしょうか? その秘密はたぶん次回の投稿で明かされます。

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