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47 母の授業参観2

現役唯一のSランク冒険者というトシヤの母が登場しました。どうやら二つ名を持つ中々のツワモノのようです。模擬戦中の平和なひと時を過ごすトシヤの前についに彼女が姿を現す! その時トシヤは……




「術式のこの部分にある『さんそ』という言葉の意味がわからないの!」


「ああ、それは空気の中にある物が燃えるのに必要な気体だな。目には見えないけど、その辺にいっぱいあるんだぞ」


「カシムと机を並べているトシヤにドヤ顔で説明されるとなんだか悔しいの!」


「先生もはっきりわからないと言っていたのに、何でトシヤさんがそんな難しい言葉の意味を知っているんですか?」


「ああ、これはご先祖様からもらった違う世界の学校の教科書に載っていたんだよ。もっと難しい単語の説明もいっぱい知っているぞ」


「やっぱりトシヤがドヤ顔しているの! 殴りつけてやりたいの!」


「トシヤさん、その『さんそ』をいっぱい集めれば、魔法の威力が上がるんですか?」


「大量に集め過ぎると爆発を起こすから、制御が難しくなるな。ちょっとずつ量を増やしていく感じで試していかないと、ファイアーボールが大爆発っていう事件になる」


「悔しいけどトシヤはよく知っているの! もっと色々教えるの!」


「ちょっとは私たちのために役立ってもらわないと、このままではトシヤさんは落第の危機を迎えている落ちこぼれですからね!」


「エイミー、もうちょっと物の言い方というのがあるんじゃないか?」


 トシヤ、アリシア、エイミーの3人が机を並べて術式の復習をしている。女子2人が理解できない箇所をトシヤが解説する形で平和なお勉強の時間が流れる。Eクラスの大半の生徒は模擬戦の見学で出払っていて、教室に残っていたのは3人を含めてごく僅かだった。



「Eクラスはここだよ。おや、どうやら君の息子はここに残っていたみたいだね」


 教室の開け放たれたドアの向こう側から聞こえてきたミケランジュ先生のその声で平和なひと時は終焉を告げる。



「バカ息子に相応しく一番下のクラスか! まったく私があれだけ言ったのに、まったく字を覚えようとしなかったツケが回っているな」


 廊下から聞こえてきたその声に、トシヤの全身に鳥肌が立った。額からはダラダラと大量の汗が流れて、顔色は真っ青になってガタガタと震えだしている。



「トシヤさん、急にどうしたんですか?」


「最悪の予感しかしない! 俺は逃げるからあとはよろしく頼む!」


 エイミーを振り切るように窓に向かってダッシュするトシヤ、教室は3階にも拘らず外に飛び出そうと必死の形相で足を動かしている。高所から飛び降りる危険よりも、差し迫ったより大きな危険から逃げ出そうとしているのだった。



 シュッ!

 

 ダン!


 だがトシヤの努力を嘲笑うかのように1本のナイフが彼の頬を掠めて、狙い済ましたように窓枠に突き刺さっている。手段を選ばない警告によって、トシヤは身動きを封じられた。



「よう、このバカ息子! 私の話を聞く時にそんな態度を取っていいと教えたか?」


「入り口から急にナイフが飛んできたの! 物凄い遣い手の気配なの!」


「トシヤさんが立ち止まって固まっていますが、一体何が起きたんですか? それにあの女の人はどなたでしょうか?」


 入り口から姿を現した女性にエイミーとアリシアは目をパチクリしている。ミケランジュ先生に案内されてEクラスに姿を現したその女性こそ、トシヤの母親のイリヤだった。



「か、母ちゃん・・・・・・ 一体何をしに来たのかな?」


 ゼンマイ仕掛けのオモチャのようにギギギと音を立てながらトシヤがゆっくりと振り返る。その瞳は『ここに存在してはいけないものを見てしまった!』という恐怖に彩られていた。



「まさかなの! 急に現れたトシヤのお母さんなの! 初めて会った人には自己紹介するの! 私はアリシアなの!」


「はじめまして、エイミーです! 今後ともよろしくお願いします」


「おい、そこのバカ息子! その場に座って待っていろ! ところで、お嬢さんたちはトシヤのお友達か?」


 自分に向かって挨拶をし始めた2人の少女にイリヤが視線を向ける。その向こう側では、散々手を焼かせている問題児がまるでチワワのように大人しく床に正座する姿を、面白がって見ているミケランジュ先生の姿があった。



「はいなの! トシヤとは同じ冒険者パーティーなの! 学校でも仲良くしているの! いつもバカなことを仕出かすから、私の突込みが追いつかないの!」


「そ、その・・・・・・ 『お母さま』と呼んでいいですか?」


 日頃の行動をあっさり暴露しているアリシアとテンパってとんでもないセリフを口にしているエイミーに向かって、トシヤが必死な形相で口に人差し指を当てて『シー』というゼスチャーをしているが、イリヤのひと睨みで彼はその手を膝の上に戻した。



「そうか、うちのバカ息子と仲良くしてもらってすまないな。私はあいつの母親のイリヤだ、よろしく頼む」


「トシヤのお母さんに見えない程立派な人なの! それにとっても強そうなの!」


「イ、イリヤお母さま・・・・・・ なんて素敵な響きなんでしょう!」


 なんだかエイミーが暴走気味に飛ばしているのは気のせいだろうか? さすがにアリシアは『またいつもの悪い癖が始まった』という意味のジトーっとした視線を彼女に送っている。



「アリシアさんだったかな? こっちのエイミーさんはさっきから視線が宙を彷徨っているが、大丈夫なのか?」


「トシヤのお母さんは気にしてはダメなの! エイミーはいつもこんな調子だから大丈夫なの!」


「そうなのか、エイミーさん、うちのバカをよろしく頼む」


「私に任せてください! 色々ちゃんとお世話をしますよ!」


 ようやくエイミーはイリヤと視線を合わせて答えた。どうやら話が通じているとわかったイリヤはちょっとだけ安心した表情を浮かべている。さすがにバカ息子の隣にお花畑の住人がいるのは組み合わせとして色んな意味でマズいのではないかと一抹の不安を覚えていたのだ。



「さて、お嬢さん方はあいつの説教が終わるまでしばらく待っていてくれ。おい、覚悟はできているだろうな?」


 顔に貼り付けたような笑みを浮かべるイリヤに対して、正座したままで首を高速で左右に振るトシヤの姿がある。いつもの余裕はすっかり跡形もなく消え去って、怯えた表情を浮かべる哀れな存在に成り果てていた。


 ツカツカとイリヤはトシヤが正座している場所まで歩いて、無造作に右手を伸ばす。



 ガシッ! メリメリ、メキッ!


 その右手はトシヤの頭をガッシリと掴んでいた。彼の頭蓋骨が悲鳴を上げる音を立てている。



「ギャ$%””ブ&#ロ!ボ!」


 トシヤの口から訳のわからない悲鳴が上がっているが、イリヤは一切の容赦なくさらに力を込める。よほど腹に据えかねているのだろう。



「このバカ息子が! 学院長室で話を聞いて私がどれだけ恥ずかしい思いをしたかわかっているんだろうな」


 メキメキッ!


「……」


 さらに頭蓋骨が軋む音が聞こえてくる。トシヤは口をパクパクしてもう言葉を発する余裕がないようだ。



「あのトシヤさんを子供扱いしていますよ!」


「トシヤは本当の子供だから、子供扱いは当たり前なの! それにしてもイリヤお母さんはとっても強いの! 弟子入りしたいの!」


「ははは、トシヤ君も『疾風のイリヤ』には全く歯が立たないみたいだね。君たちは聞いていないかね? 在学中の3年間で200戦無敗という伝説の持ち主こそ、あそこに居るイリヤ君だよ。あれはまだ私がこの学院の教員に成り立てだった頃かな・・・・・・」


 ミケランジュ先生が2人に近付いて魔法学院で学んでいた当時のイリヤの話を始める。その今や伝説として伝わる話にアリシアとエイミーは目を丸くしている。

 


 曰く。


 初の校外実習でAランクの魔物を涼しい顔で仕留めて来た。


 揉め事があって押し掛けてきた騎士学校の猛者50人を1人で鼻歌交じりに撃退した。 


 実は人望があって、生徒会長を2年間務めた。


 等々、伝説に彩られた彼女の在学中の話が滔々と語られた。



「トシヤ君は才能はあるけど、まだイリヤ君の域に達するにはあと5年や10年は掛かりそうだね。あの性格だけにどこまで成長するかは未知数だよ」


「絶対にわかっているのは、トシヤは人望がないから生徒会長にはなれないの! 常識が無さ過ぎるの!」


「その通りですね。でもそれ以外はなんだか簡単に達成してしまいそうなのがトシヤさんの怖いところです。あの負けず嫌いは尋常ではありませんから!」


 実はもう1つトシヤには母親に比べて恵まれた点がある。イリヤは在学中は『孤高の天才』だった。彼女に匹敵する才能を持った生徒が皆無で、ひたすら自分で努力して技を磨くしかなかった。だが今年の1年生は稀に見る豊作と言われている。荒削りだが戦闘力はトシヤに匹敵するカシムや、魔法の才能だけはトシヤをはるかに上回っているエイミーが居るのだ。その他にも学年首席のノルディーナやカシムと互角の勝負を繰り広げたブランなどもまだ大きな伸びシロが見込まれる。


 ライバルが居た方が成長を促しやすいのは事実だろう。トシヤが彼らと切磋琢磨して、母親を超える存在に成れるかどうかは、今後の彼の努力に懸かっている。



 そのトシヤといえば、相変わらずイリヤの無慈悲なアイアンクローで意識を失う寸前に追い込まれていた。



「聞くところによると、入学して2日目に模擬戦をやったらしいな。相手の反則にキレて半殺しにしたそうじゃないか。何でキッチリ止めを刺さなかったんだ? んん?」


「そっちで怒ってるの!」


「やはりこの母親にしてこの子ありなのでしょうか? 本当に将来『お母さま』と呼んでいいのか自信がなくなってきました」


「イリヤ君、そこは模擬戦のルールだから」


 ミケランジュ先生がさすがにトシヤの擁護に回っている。イリヤの怒りの理由が理不尽過ぎたために、アリシアとエイミーはドン引き状態だ。すると先生の声が耳に入ったのか、イリヤが息子の頭を掴んでいた右手を離す。トシヤは為す術なく床に倒れこんでいる。



「先生、特別演習室を使わせてもらいたい。今から本格的にこいつに体でわからせてやるから」


「トシヤが泡を吹いて倒れているのに今のはただの前フリだったの!」


「私はお母さまには絶対に逆らいません!」


「はー、仕方が無いな。あそこしかイリヤ君が力を振える場所がないからね。許可を取ってくるからしばらく待っていてくれないか」


「よろしく頼む」


 ミケランジュ先生はEクラスを出て行った。特別演習室使用の際には学院長の許可が必要なのだ。



「面白そうなの! 一緒についていくの!」


「なんだか想像を絶する嫌な予感しかしないのは気のせいでしょうか?」


 2人が顔を見合わせていると、イリヤはトシヤに回復魔法を掛けている。その効果は絶大で、トシヤはすぐに意識を取り戻す。



「…… 俺はどうしていたんだろう?」


 ボーっとしたままの頭で考えながらトシヤが視線を上げると、そこには母親が仁王立ちしている。



 バタッ!


 トシヤは生命の危機を感じて咄嗟に死んだフリをしたが、そんなバレバレの演技が通用するわけが無かった。



「おい、起きろ! 起きたら正座の続きだ!」


 頭上から降ってくる絶対に逆らえない命令にトシヤはマッハの速度で起き上がって居住まいを正す。



「倒れた時の3倍の速さで起き上がったの! 人間技とは思えないの!」


「どうしましょう! 将来のお母さまがデンジャラスです!」


 アリシアは面白がって、エイミーは涙目になってその様子を見守っている。トシヤの母親イリヤがここまで強いのは全く想定外の出来事だった。さすがは唯一の現役Sランクの冒険者だ。



「お待たせしたね、特別演習室の使用許可が出たよ! 学院長はなんだか涙目になっていたけど、どうしたんだろうね?」


 イリヤと学院長の遣り取りを何も知らないミケランジュ先生が戻ってくる。今頃学院長はさぞかし胃が痛い思いをしているに違いない。



「ああ先生、すまないな! おいバカ息子! ついて来い!」


 トシヤは力なく立ち上がって、イリヤの後をついていく。完全にドナドナ状態だ。精神力がすでにゴッソリと削られ捲くっている。



「面白い親子なの! トシヤがどうなるのか見届けるの!」


「本当に生きて帰れるのでしょうか? なんだかすごく不安です」


 2人はその後ろにくっついて、特別演習室で行われる地獄の第2ラウンドに向かうのだった。




特別演習室に連れ出されるトシヤの運命は…… 次回はこんなお話になるんじゃないかと思います。それにしてもエイミーさんは初めて会ったトシヤ母の前であんな調子で大丈夫なのでしょうか?



投稿は週末、たぶん日曜日になるんじゃないかと思います。たくさんのブックマークありがとうございました。

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