46 母の授業参観
お待たせしました、46話の投稿です。前回はカシム君が女の子といい感じになるお話しでしたが、今回はそこになぜか誰かさんの母親まで参戦してきます。またこの人が中々強烈な人のようで、模擬戦3日目をを迎えて盛り上がる魔法学院に入り込んで・・・・・・ 続きはお話の中でご覧ください。
話は一日遡って、魔法学院で模擬戦が開始された2日目の昼近くに、帝都の郊外の草原にワイバーンが着陸した。そこから地に降り立ったのは、トシヤが何よりも恐れる彼の母親のイリヤだった。
「さて、あのバカ息子が無事に遣っているかちょっと覗いていくか。おい、その辺に潜んで誰にも見つからないようにしていろよ!」
彼女は自分が乗ってきたワイバーンに一声掛けてから帝都目指して歩き出す。このワイバーンは先祖代々彼女の家に受け継がれてきた使役獣だった。そのまま巨体を優雅に羽ばたかせて、近くの森の中に姿を隠す。
「そういえばそろそろ模擬戦の時期だったな。あのバカ息子が何か事件を起こしていなければいいが・・・・・・」
イリヤも魔法学院の出身者だ。当然学院の行事くらいは覚えている。ただし彼女の不安が物の見事に的中して、トシヤが模擬戦出場停止の処分を受けているとは露知らずにいるのだった。
「学院長は居るか?」
模擬戦3日目の朝、管理等の事務室に訪れたイリヤ、彼女は要件も告げずに学院長への取次ぎを依頼する。
「失礼ですがどちらさまでしょうか? 学院長とお約束か何かございましたか?」
丁寧な態度で女性事務員が形式的な応対をしている。どこの何者かわからない人間を学院長室に通す訳にはいかないから、それは彼女の職業意識としては当然だった。
「ああ、これは申し遅れた。この学院の卒業生で『疾風のイリヤ』と言えばわかるかな?」
「!! しょ、少々お待ちくださいませ!」
その二つ名はいまだに学院で語り継がれる伝説の数々を残す、辺境に姿を消して滅多に帝都に現れないSランクの冒険者の名だった。女性事務員は顔色を変えて、学院長室に駆け込んでいる。
「お、お待たせいたしました! どうぞこちらへ、ご案内いたします!」
「場所は知っているから別に1人でいいぞ。在学中は散々呼び出されたからな」
「そんな失礼はできません、どうか私を助けると思ってご案内させてください」
「まあいいか、案内してくれ」
明らかにホッとした表情で女性事務員はイリヤを案内する。
「学院長、イリヤ様をお連れいたしました」
ドアノブを握ろうとした手が微かに震えていたのはイリヤの気のせいではないだろう。そのまま彼女は室内に通されると、そこには緊張の面持ちで待っていた学院長がイリヤを立ち上がって出迎える。
「ようこそお越しくださいました。学院長のデモンズでございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「大した用件ではないからそんなに畏まらないでくれ。うちのバカ息子が無事に学院で生活しているか見に来ただけだ」
ただでさえ声が震えがちになっている学院長の表情が真っ青になった瞬間だった。誰の目から見てもトシヤが無事に学院生活を送っているとは言い難い。
「そ、その・・・・・・ イリヤ殿のご子息といいますと、あ、あのトシヤ君ですかな」
「どうやらその様子だと碌な事を仕出かしてはいないようだな」
「いやいや、そ、その・・・・・・ なんと申しましょうか、大変元気のあるご子息で」
しどろもどろの学院長の様子でイリヤは全て察した。
「わかった、あいつの所業を全てを聞かせてほしい」
「えーとですね……」
観念した学院長の口から出たのは、入学2日目の模擬戦での出来事やマフィアの一味を壊滅に追い込んだあの件や、女子寮の舎監を配置換えに追い込んだあの事件等々…… これらはさすがにイリヤの想像のはるか斜め上の出来事ばかりだった。
「わかった、あいつにはキッチリと言い聞かせておく。世話を掛けるがよろしく頼む」
そう言い残してイリヤは学院長室を去っていった。重圧から解放された学院長は精根尽き果てたようにソファーにもたれかかっている。正真正銘のモンスターペアレントが出て行ったのだから、ホッとしたのだろう。その冷や汗でビッショリになった額をハンカチで拭う姿に哀愁が漂っている。
「さて、バカ息子がどこにいるのか聞くのを忘れたな。まったく母親にこれ程の恥をかかせるとはいい根性をしている。おや、こっちは演習場か! 時間はあるし少し覗いていくか!」
学院長室を出たイリヤはトシヤはひとまず置いて、演習室に向かった。少し頭を冷やしてから冷静に話し合おうと考えた結果でもある。このままあの顔を見たら問答無用で殴りつけたい衝動に駆られるに決まっている。
「ほう、やってるやってる! なんだか懐かしいな」
朝の早い時間だったので、第1演習室では1試合目が行われている最中だった。見学席の生徒たちに混じってイリヤは試合の様子を眺めている。
「新入生同士の対戦か。なるほど、まだまだ未熟だな」
3年間の在学中で公式戦89戦全勝、模擬戦まで含めると200戦無敗の女、それこそがイリヤがこの学院に残した伝説だった。
彼女が模擬戦を行っている生徒に注目していると、隣に座っている生徒から奇妙な様子が伝わってくる。そこに腰を下ろす狼人族の生徒は、対戦中の片方の生徒が魔法を放つ動きに合わせて、自分の拳を『シュッ』という音を立てながら軽く放っているのだ。
(こいつは何を遣っているんだ?)
その動きに興味を惹かれたイリヤは、対戦者の動きとその獣人の生徒の動きを比較しながら試合を見学している。
(もしかしたらこの生徒は拳で魔法を破壊しようとしているのか? これは面白いヤツが居るな!)
ちょうどイリヤの隣で例のまだ不完全な伝説の技を練習をしているのはカシムだった。彼は対戦している2人の内、より魔力が強力な生徒が放つ魔法に合わせて拳を打ち出すタイミングを練習していた。その様子がイリヤの目に留まったのだ。
「そこの狼人族の少年、もしかして拳で魔法を壊そうとしているのか?」
「えっ? ああ、その通りだ」
イリヤに急に声を掛けられたカシムはすっかり自分の世界に集中していたので、一瞬返事が遅れた。なぜこんなイメージトレーニングの様子を目撃しただけで自分の意図がわかるのかと、不思議そうな顔をイリヤに向けている。
「ほう、中々見所がありそうな生徒だな。いいか、まだ拳を引き戻すのが僅かに遅れている。突き出す早さ以上に引き戻しを早くしろ。そうすれば次々にやって来る魔法にも対応する時間の余裕ができるだろう」
「そうだったのか! より早く突き出すことしか頭に無かった! なるほど、引き戻しをもっと早くするのか!」
カシムが新たな遣り方で練習を開始しようとする頃には、第1試合は終了を迎えていた。次は彼がわざわざ見に来たエルナの試合が行われる番だ。彼女の試合が始まるまではしばらくインターバルが置かれる。その間にカシムはイリヤに技のコツを矢継ぎ早に質問している。
「今のところ迎撃できるのが2発までなんだが、どうすればもっと多くの魔法を殴り飛ばせるんだ?」
「全部拳で破壊する必要は無いだろう。立っている体の位置を少しズラせば、体に当たる魔法はそう多くないはずだ。基本は避ける、避け切れない物だけを破壊するんだ。お前たちの獣人の王様じゃあるまいし、飛んで来た魔法を面白半分で全部破壊するなんてできっこないだろう!」
「なるほど、そうだな。避けるのが基本なのか。それよりも俺たちの王様に会ったのか?」
「何度か技を見せてもらったな。あれは人が真似をしてはならない神技だ。皇帝オーガやベヒモスといったSSSランクの魔物を素手で倒すなんて、誰も真似はできないよ」
何を隠そう、〔獣神・さくら〕はしょっちゅうトシヤの家に顔を出して食事をしたり昼寝をしている。その世話を引き受けているのがイリヤ自身だった。あまりに危険過ぎてさくらとは手合わせをした経験は、数えるほどしか無かったが、彼女もその技を受け継いでいる1人だ。
「そうだな、いくらなんでも王様の伝説は決して人が真似できるレベルではないな。だけどほんの少しでも近付いてみたい」
「うん、中々良い心掛けだ。その気持ちがあれば上達するだろう。うちのバカ息子にも見習わせてやりたいな」
この時点でカシムはイリヤがトシヤの母親だとはまったく気が付いていなかった。そして、演習場に第2試合の開始が告げられる。
そのアナウンスにしたがって、エルナと相手のクリスがフィールドに登場した。エルナはごく普通の演習着姿に対してクリスは様々なマジックアイテムで身を固めている。
そもそも高位の貴族の一部は魔法で身を立てようとしてこの学院に入学してはいない。彼らは学院を好成績で卒業したという箔がほしいだけだった。それによって家柄を誇示するのがその貴族たちの目的だ。クリスの家柄も伯爵家で、一応この帝国では名門と呼ばれる一族だった。
エルナの相手のクリスの考え方は、その例に漏れずに勝つためにはどんな手段も辞さないというものだった。でなければ前日にあのような『わざと負けろ』といった脅迫行為などしないだろう。あのトシヤに敗れた末に学院を実質的な退学処分になったペドロと似たようなものだった。
「ふん、大人しくしていれば無事に済んだものを」
「私は絶対に負けません!」
エルナは口に出した言葉通りに負けない気迫を見せる。それは昨日カシムから教えてもらった、彼女にとって大切なものだった。入場の時にちらりと目をやった見学席にカシムの姿を発見して、勇気百倍でこの模擬戦に臨んでいる。
エルナはCクラスに在籍しているが、それは単に学力の成績であって、魔法の能力は1年生のベストテンに顔を並べる実力者だった。だからこそこうしてAクラスのクリスを相手にして、第1演習場のフィールドに立っているのだ。
「両者、用意はいいか? それでは試合開始!」
審判の声がフィールドに響いて、2人はすぐさま魔法の発動に掛かる。術式の完成は圧倒的にエルナが早くて、すぐにクリスに向けて5つのアイスボールを放とうとした。
「あっ!」
だがその瞬間、見学席のあちこちから小さな光が彼女の両目に集中的に浴びせられる。一時的に視界が利かなくなった彼女の魔法は、撃ち出される直前で方向を失って彼方の方向に虚しく飛んでいった。
エルナが視界が奪われて棒立ちとなっているところに、クリスのウインドカッターが襲い掛かる。
演習室のフィールドは魔法を遮断するシールドで覆われたていたが、光は通す。それも極々小さな光がクリスが用意していた相当な腕を持つ魔法使いたちから幾筋もエルナの目を狙ったので、審判も全く気が付かなかった。
「エルナ! 避けろーー!!」
棒立ちとなっている彼女に見学席からカシムの叫び声が飛ぶが、その時はすでに遅かった。
「キャーーーー!」
体を風の刃が3発通り過ぎて、全身を血に染めながらエルナはバッタリと倒れこむ。
「エルナ! しっかりしろ!」
カシムは席から立ち上がって、フィールドに向かって突進する。フィールドと見学席を仕切るシールドがあるが、そんな物にはお構いなく拳で破壊するつもりだった。
バリン!
だがそのシールドを破壊したのは、カシムの拳ではない。カシムの隣から矢のような速さでイリヤが剣を振り上げてシールドを叩き斬っていた。これこそが彼女が『疾風のイリヤ』と呼ばれている所以だ。
「動かすな! 私が手当てする!」
掛け付けようとした審判の教員をイリヤがその一言で止める。だが教員も職務上シールドを突き破って現れた見ず知らずの人間の手を『そうですか』といって借りる訳にはいかなかった。
「あなたは誰ですか?!」
「今そんな話をしている場合じゃないだろう!」
イリヤの剣幕に押された教員は仕方なく一歩下がった。その肩をちょうどその場に居合わせたミケランジュ先生がそっと叩く。その目が『彼女に任せておけ!』と語っていた。ミケランジュ先生は教員暦23年、つまり在校当時のイリヤを知っている数少ない教員だった。それが現在、息子のトシヤを教えているというのは、何かの縁かもしれない。
イリヤの手から白い光が放たれると、一瞬で血を流していた傷口がピタリと閉じて、その傷があっという間に元に戻っていく。これこそが彼女を在校中3年間無敗という輝かしい記録とSランクの冒険者に上り詰める原動力になった『神の回復魔法』だった。
トシヤは回復魔法が使えないが、彼の一族の直系の女性は『始祖ロージー』が得意にしていたこの回復魔法を受け継いでいるのだ。その様子を見ていたイリヤに僅かに遅れて駆け付けたカシムが心配そうに口を開く。
「エルナは大丈夫なのか?!」
「心配するな! もう傷は塞がっている。ただしだいぶ血を流したから、しばらくは安静に寝かせてやれ」
そのままエルナは担架で医務室に運ばれる。カシムは彼女に付いて一緒に姿を消した。
「いつ見ても鮮やかなものだね。イリヤ君、久しぶりだ。君のおかげで生徒1人の命が救われたよ」
「ああ、ミケランジュ先生か、久しぶりだな。それにしても学院側の模擬戦を監視する体制がずいぶん甘いぞ! 倒れた子に向かって試合開始直後に数本の弱い光が見学席から放たれた。それが原因であの子の魔法は目標を外れた場所に飛び出して、避ける手段も無いままにウインドカッターで切り刻まれた」
「なに! それは本当なのか! これは色々と事実を調査しないとならないようだな」
「ああ、それは任せる。それよりも私の息子を知らないか? 1年のトシヤというアホだ!」
「ああ、よく知っているとも。このあとは私は空いているから彼が居る教室に案内するよ」
トシヤと毎日大半の時間を過ごしているミケランジュ先生は、彼の授業の様子などを事細かにイリヤに話しながら彼女をEクラスに案内する。トシヤが母親の手に掛かって地獄を見るまでのカウントダウンがこの時すでに開始されていた。
次回はトシヤが市中引き回しの上、焼き土下座の刑になる模様・・・・・・ かどうかはわかりませんが、こってり絞られるのは確定的ですね。エイミーやアリシアの反応はどうなるのでしょうか。
投稿は水曜日を予定しています。ブックマーク、感想、評価をどしどしお寄せくださいませ。