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45 模擬戦3日目

お待たせしました、45話の投稿です。カシムの男前編が今回も続きます。彼が助けた女子生徒とのその後は・・・・・・ どのような展開になるかは、お話の中身をご覧ください。




「あ、あの・・・・・・ 本当に危ないところを助けてもらってありがとうございました」


「おう、大丈夫か? どこか怪我をしていないか?」


「はい大丈・・・・・・ 痛っ!」


 歩き出そうとした女子生徒は顔をしかめた。乱暴に石畳に押し倒された時に足首を捻ってしまったようだ。立っている分には問題無さそうだが、歩いて戻れるかどうかはちょっと不安そうな表情だった。



「しょうがないな、しばらくの間我慢しろよ」


 カシムは彼女の背中と膝の後ろに腕を回して彼女をヒョイと抱え上げる。いわゆるお姫様抱っこをしている。突然抱きかかえられた女子はアワアワして両腕をバタバタする。



「運びにくいから動くな! このまま医務室に連れて行くから、ちょっとの間は辛抱してくれ」


「えっ! ほ、本当にすみません、何から何までお世話を掛けます」


「気にするな、揺れないようにゆっくり歩くが、もし痛かったら言うんだぞ」


「は、はい」


 カシムは上背があるし、筋力は人族の倍以上のパワーを誇っている。女子1人を抱えて運ぶなど朝飯前の簡単なお仕事だ。女子生徒はようやくこの状況に落ち着いたのか、カシムにされるがままになって体を預けている。



「あ、あの・・・・・・ 重たくないですか?」


「気にするな、トレーニングだと思えばなんとも無い」


「そ、その・・・・・・ 私はCクラスのエルナです」


「ああ、俺はカシムだ」


「カシムさんですか。男らしいお名前ですね」


「獣人の森の勇敢な戦士の名をもらっている」


「まあ、そうなんですか! だからあんなに強いんですね!」


「まだまだだ! この程度ではとても強いなどと胸を張れない」


 エルナは無骨なカシムに抱っこされながらなんと会話をしている。ただでさえ受け答えがぶっきら棒なカシムにまともな会話ができるのは、幼馴染のアリシアと誰に対しても全く物怖じしない同じクラスのエイミーだけだった。トシヤとは最初から喧嘩腰でまともな会話が成立しない。


 実はエルナは助けられた恩だけでなくて、カシムに何か特別な興味を引かれているのだった。だからこそ彼の口から色々と聞き出そうとしている。危機一髪の場面で颯爽と現れた王子様のように感じているのかもしれない。正体はバカだけど・・・・・・



「それよりもなんであんな連中に襲われていたんだ?」


「それが『明日の模擬戦に負けろ』と言われて、断ったら急に襲い掛かられたんです」


「そうか、見た感じは貴族のようだったな。そんな卑怯な手を使うヤツは明日ぶっ飛ばしてやれ!」


「はい、なんだかカシムさんに励まされているような・・・・・・ とっても力が湧いてきます」


「その意気だ! 気合で負けていたら最初から勝負にならないからな」


「そ、その・・・・・・ もしよかったら明日私の試合を見に来てもらえませんか? 第1演習室の2試合目です」


「おう、わかったぞ! あっ、しまった!」


 カシムは急に何かを思い出した様子で慌てた声を上げる。何事にも動じなさそうな彼が急に慌てだした様子がエルナには不思議だった。



「急にどうしたんですか?」


「同じクラスのヤツの試合を応援するのをすっかり忘れていた。きっと怒っているに違いない!」


 カシムはようやくアリシアの試合が行われていたのを思い出したようだ。気付くのがあまりに遅過ぎるだろう!



「すみません、私のせいで」


「いや、試合はもうとっくに終わっているからエルナのせいじゃない。すっかり忘れてトレーニングをしていた俺が悪いんだ」


「それじゃあ、明日は忘れないように午後からトレーニングを開始してください」


「おう、そうするぜ!」


 こうしてカシムは無事にエルナを医務室に運んで彼女はそこで手当てを受けた。幸い軽い捻挫で、回復魔法を掛けてもらうと動きに支障がない程度まで回復ができた。



「治療にまで付き添ってもらってありがとうございました」


「気にするな、行きがかり上放っても置けないだろう。俺はまたトレーニングに戻って大丈夫か?」


「はい、このまま寮に戻ります。1人で大丈夫です」


「そうか、明日の2試合目だな。ちゃんと覚えたから応援に行くぞ!」


「はいっ!」


 飛び切りの笑顔をエルナが見せる。あわや貞操の危機だったというショックはカシムのおかげですっかり消え去っているようだ。それにしてもカシムの態度が男前過ぎないだろうか?





 再び走って消えていくカシムの後ろ姿をエルナが見送っている。


(カシムさんか・・・・・・ 男らしくて素敵な人・・・・・・ いやだ、私ったら何を考えているんだろう!)


 不意に自分の脳裏に浮かんだ感情に顔を赤らめながら、エルナはそれを打ち消すようにしてやや俯き加減で女子寮に戻っていくのだった。






「あっ、エルナ! おかえりなさい! ええーー! どうしたの、制服がずいぶん汚れているけど?」


「ああ、これは、そ、その・・・・・・ 転んじゃったの」


「まったくそそっかしいわね! 明日試合なんだから気をつけないとダメよ!」


「そうだね、うん、気をつける」


 同室のフランから声を掛けられたエルナは心ここに在らずという調子で、上の空の返事を返している。


 フランとエルナは帝都の隣の街の平民の出身で、その街の領主が才能がある子供に提供している奨学金を受けながら学校に通って、こうして魔法学院に進学していた。貴族の中には鼻持ちなら無い者も居るが、こうして領民に何らかの形で手を差し伸べる話のわかる領主の方が現実には多いのだ。



「エルナ、なんだか様子が変だけどどうしたの?」


「えっ! 全然変じゃないよ!」


 フランの目から見ると彼女の様子は明らかに挙動不審だった。『これはもしや?!』という思いがフランの頭の中にピコーーンと閃く。



「まさかとは思うけど、もしかして運命の出会いをしたとか?」


「えっ、えっ、ななな、何のことかな?」


 ビンゴだった! 


「ほほう、しらばっくれても無駄だからね! さあ、キリキリ吐きなさい!」


 ここからフランの追求が始まり、エルナは洗いざらい吐かされた。




「…… まったく呆れたものね! ほんの2時間くらいの間にエルナはどれだけの冒険をしているのよ! 危なっかしいったらないわね! それでそのカシムっていう狼人族の人はどんな人なのよ?」


「とっても格好良くて、すごく優しい人!」


 恋は盲目だった。カシムの場合には『どんな人?』と聞かれたら、まず一番頭に『バカ』を付けなければならないとエルナは気が付いていない。



「はいはい、わかりました。今度私もどんな人か一緒に見に行くわ」


「あっ! そういえばどこのクラスか聞いていなかった」


「たぶんDかEのどっちかでしょう。ABクラスは殆ど貴族ばっかりだからね」


「そうか、そうだよね。でも彼女とか居たらどうしよう?」


「そこを先に聞いときなさいよ! まったくエルナはどこか抜けているのよね」


「えへへ」


 こうして女子寮の一室で2人による女子トークは夕食の時間まで続くのだった。








 その翌日・・・・・・



「テメー! 誰がハゲだって言うんだ! この脳みそ空っぽ野郎が!」


「なんだと! ハゲにハゲと言って何が悪いんだ!」


 Eクラスではお馴染みの毎朝の和やかな挨拶が交わされている。よくもまあ2人とも、こうして毎日飽きないものだ。



「おはようなの!」


「おはようございます!」


 そこにいつものようにアリシアを先頭にエイミーがあとに付いて入ってくる。昨日無事に模擬戦を終えたアリシアは、まあまあの手応えを掴んでいるので機嫌は上々の様子だ。一方のエイミーは自分の試合まで2日あるので、こちらも余裕の表情をしている。



 2人が席に着いたところで、本日の予定の相談が開始される。


「今日と明日は何も無いから暇なの! ついでに言うとトシヤは最初から模擬戦が無いからずっと暇なの!」


 アリシアの心無い言葉がトシヤのハートを鋭く抉っていく。彼女は絶対に歯に絹を着せた発言はしない。誰に対しても単刀直入をモットーとしている。豪快なストレートが顔面にヒットして、トシヤは完全にコーナーに追い詰められている。そこにエイミーからの追撃が放たれる。


「そうですよ、トシヤさんはもっと学科を頑張らないと落第の危機が迫ってきますからね!」


「な、何も言い返せない」


「ふふん、このハゲとは違って俺は今回の模擬戦で結構良い成績を取った自信があるから、もう落第の心配は無いな」


「カシムはバカなんだから勉強した方がいいの! 今日はみんなで学科の復習をするの!」


「それが良いですね! 教わった術式の復習をしましょう」


「はー、仕方が無いか・・・・・・」


「俺はちょっと予定があるから教室の外に出て行くぜ」


 カシムはそそくさと3人を残して立ち去っていった。残った3人は『どうする?』と言う表情で顔を見合わせている。



「どうせ大した用事じゃないの! バカな頭で思いつくのはトレーニングくらいなの!」


「それもそうですね」


「まっ、いいか」


 3人は『どうせカシムのことだ』と大して気にも留めずに彼の謎の行動をスルーした。





 一方のカシムは大股で第1演習室に向かっている。廊下を歩く彼の姿を見た生徒たちはヒソヒソと噂話をしている。


「おい、あれが幻の技を模擬戦で披露した狼人族か?」


「この学年には狼人族は1人しか居ないからな。ヤツがきっとそうだろう」


「それにしても凄いガタイをしているな!」


 生徒たちはカシム本人に聞こえないように話をしているつもりのようだが、人族よりもはるかに耳が良い彼には全ての会話が丸聞こえだった。



(なんだ? あれしきの技で噂になっているのか! まだあの技は未完成だからな、早い内に完成しないといけないな)


 頭は悪いがこのストイックな考え方がカシムの良い所だ。決して自分の技に驕らずに、ひたすら高みを目指すのが彼の生き方でもある。 




 足早に歩いていくカシムはすぐに第1演習質に到着した。見学席に入っていくと、周囲は貴族と思しき生徒ばかりが並んでいる。



(なんだか場違い感がハンパねえな)


 平民だけしか居ないEクラスの雰囲気とその場は大きく違っている。そのハイソサエティーな空間にカシムは若干の戸惑いを見せている。だがそのなんとなくお高く留まった雰囲気を破るような声がカシムに向かって浴びせられた。



「貴様は昨日の獣人!」


 通り掛かりの1人がカシムを睨み付けてその様子に気が付いた周囲が座っているカシムを取り囲もうとする。



「ああ、誰かと思えば昨日のアホ貴族たちか! 遣るならいつでも受けて立つぜ! でもその前にこの場で昨日お前たちがしようとした狼藉を大声で公表してやろうか! ざぞかし女子からは軽蔑の目で見られるだろうな!」


 剣呑な雰囲気こそがカシムのホームグラウンドだ。彼の目がギラ付いて待ってましたと言わんばかりの表情に変わっている。



「貴様、我々貴族に向かって!」


「止めておけ!」


 激高してカシムに食って掛かろうとした1人を後ろに居る別の男が止めた。カシムがとっても残念そうな表情に変わる。



「私はクリスだ。お前の名前は?」


「カシムだ」


「そうか、覚えておこう」


 その集団はクリスに率いられてその場を去っていった。せっかく温まりかけた場が一気に冷めるのを感じながら、カシムは彼らの後ろ姿を見送る。



(あの男がエルナの相手になるヤツだな。どうにもいけ好かない野郎だぜ)


 不完全燃焼に終わった2度目の遭遇を残念に思いながら、カシムは頭を切り替えてフィールドに目を遣るのだった。

 



お読みいただいてありがとうございました。次回の投稿でも主人公とは別の人物にスポットを当てたお話になると思います。何しろ彼は模擬戦が出場停止なので、しばらくは出てきません。その分彼を取り巻く周囲の個性的な生徒たちの活躍をお楽しみください。


投稿は今週末を予定しています。ブックマークありがとうございました。引き続き皆さんの応援をお待ちしています。

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