44 模擬戦2日目 後編
お待たせいたしました、44話の投稿です。前回の投稿の続きで前半はアリシアの試合の結末が話の中心です。後半は全く別の話題になりますが、内容は読んでからのお楽しみということで・・・・・・
(相手が幻を見せているなら、必ずどこかに本体がいるはずだ。動きをよく見れば本体の位置は必ず掴める!)
アリシアと対峙するロベルトは当たり前の策を思いついた。要するによく見て本体を追いかけるというシンプルな作戦だ。このくらいは誰でも思いつくだろう。カシムは例外として・・・・・・
ロベルトは自分の斜め後ろに移動していたアリシア目掛けて再びファイアーボールを放つ。
(どこだ? どっちに動くんだ?)
目を凝らしてアリシアの行方を追うがそこに立っている彼女は一向に動こうとはしない。そしてファイアーボールは先程と同じようにアリシアの体を突き抜けて、演習場の障壁にぶつかって消えていく。
(なんだと! あれも幻だったのか! 本体はどこだ?)
ロベルトは慌てて周囲を見回すが、どこにもアリシアの姿が見当たらなかった。この時すでに彼女はロベルトの背後に忍び寄って、姿勢を低くして気配を消しながら隙を覗っていた。
「まったくダメダメなの!」
そのセリフと同時に後方からローキックを放つ。試合開始の前に小バカにされたお礼の気持ちと真心のこもった一撃だ。
バシッ!
「ギャゥーー!」
ケツをしこたま蹴飛ばされたロベルトは悲鳴を上げて飛び上がっている。そのまま3歩前進してから痛みに耐えかねて床を転げ回った。
「あいつ何も気付かないで後ろに回り込まれたけど、何をやっているんだ?」
「魔法が当たったと油断したのか?」
見学席では試合を観戦していたEクラスの生徒が無様に転がっているロベルトを不可解な目で見ている。彼らにはアリシアの幻術が見えていないので、ロベルトがひとり相撲を取っているように映っているのだった。
「アリシアは容赦ないですね! あのキックは痛そうです」
「あれでも手加減している方だろう。本来のアリシアの脚力なら1発で医務室送りだからな」
小柄なアリシアだが、彼女は獣人だ。体のバネは人族と桁違いのものがある。その上、獣人流の体術を嫌と言うほど仕込まれているので、理に適った美しいフォームで華麗に決めていた。
「お楽しみはまだこれからなの!」
アリシアは床に転がっているロベルトが立ち上がるのを余裕の表情で待っている。幻術以外ではファイアーボールを放っただけで、まだ大した魔法を使用していなかった。これだけで勝負が決まっては、せっかくトシヤと一緒に考え出した魔法を使わないまま終わってしまう。
(このままでは不味いぞ!)
一方のロベルトも蹴り上げられた激痛に耐えながらこの模擬戦の評価を気にしていた。こんな一方的に遣られる内容では高い評価など受けられるはずがない。希望する魔法戦士科に入るためには意地でも勝たなければならないという思いがある。
「食らえ!」
上体を起こしただけの不十分な体勢から彼はアイスボールを放った。氷の塊が至近距離からアリシアに向かって飛び出していく。
「おっと、危ないの!」
彼女は軽く体を捻ってアイスボールを避けた。そのまま後ろに下がって距離をとる。
「まだ闘志が残っているの! 少し面白くなったの!」
ローキック1発で終わりにならなかった相手に彼女は感謝の気持ちを向けている。獣人は『戦える相手が目の前に居るのを感謝しろ』と小さな頃から学校で教わるのだ。種族全体が根っからの戦闘民族に他ならない。その中でも選抜されて魔法学院に入学したアリシアは、ご存知の通りに恐ろしい子だった。
この間にロベルトが立ち上がって再び両者が向き合って仕切り直しになった。審判は戦う意思があると判断して試合を続行する。
「もう幻術は使わないの! しばらくは付き合ってやるの!」
アリシアの幻術には手も足も出ない様子だったロベルトに合わせて、彼女は体の捌きだけで飛んでくる魔法を右に左に避けていく。エイミーがばら撒く魔法の連弾に比べれば、この程度はお遊戯のような感覚だった。
(なぜだ、これだけ魔法を放っても全然当たらないぞ! それにしてもなんて早い動きなんだ!)
ロベルトは自らが苦戦に追い込まれているのを自覚している。自分の魔法が全く相手に当たる気がしないのだ。その上かなり無理をして魔法を撃ち出しているので魔力の残量が心許なくなっている。2発ずつ放っていた魔法を単発に切り替えて、照準をより精密に合わせながらアリシアを追いかけていく。
「もう相手の魔力が少なくなってきたみたいなの! そろそろ仕上げに入るの!」
アリシアは再び幻影の術で自分の幻を作り上げてその間に素早くロベルトの死角に回りこむ。これから彼女が発動する精霊魔法は一瞬のタメが必要なのだ。
「精霊たちよ我が元に集いて願いを聞き届けたまえ! 精霊魔法〔華噴翔〕なの!」
アリシアの呼び掛けに応えて彼女の付近をフワフワと漂っていた精霊たちがロベルト目掛けて飛び立っていく。その手にはなぜかタンポポの綿毛をいっぱいに抱えている。
そして精霊たちはロベルトの顔の前でいっせいにその綿毛を息で吹き飛ばした。イタズラ好きの精霊たちは『キャッキャ! キャッキャ!』と大喜びをしている。
もちろん普通の人間には精霊の姿が見えなければ、声も聞こえない。したがってロベルトにしたら、いきなり顔の前に大量の綿毛を吹き掛けられたようなものだった。
ヒェーークショォーーーン!!
ヘクション!
ヘクション!
ロベルトの鼻をくすぐった綿毛がクシャミの連発を引き起こす。顔中から涙や鼻水を垂らしながらロベルトのクシャミは一向に収まらない。
「チェックメートなの!」
人間はクシャミをする時に必ず目を閉じるし、上体が大きくブレて視線が全く別の場所に動いてしまう。模擬戦の最中にロベルトはアリシアに対して致命的な隙を晒したも同然だった。
そのまま素早く彼の背後に忍び寄ったアリシアは、匕首をホルダーから抜いてロベルトの背中に突きつける。
「両者そこまで! 勝者アリシア!」
審判の声が響いてアリシアの完勝でこの模擬戦が終了した。見学席のトシヤとエイミーの姿を見つけて手を振るアリシア、エイミーが彼女の様子に応えて手を振り返す。
「トシヤさん、やっぱりアリシアは強いですね! 殆ど相手に何もさせなかったし、完勝と言っていいんじゃないですか?」
「模擬戦だし今日のところはこれで十分だろうな。アリシアの本当の実力は実戦で発揮してもらおう」
トシヤにはわかっていた。今日のアリシアは見せるための戦いに徹していた。いわば余所行きの姿で戦っていたも同然だった。彼女の本当の怖さは実戦でこそ発揮されるのだ。
しばらくしてアリシアがトシヤとエイミーが見学している場所に戻ってくる。
「そこそこは運動になったの! でもエイミーの魔法に比べたら避けるのが楽チンだったの! エイミーも最終日の試合を頑張るの!」
「私もアリシアに負けないように良い試合をしますよ!」
「アリシア、新しい魔法の使い勝手はどうだった?」
「トシヤは意地悪な魔法を考え付くの! あんな魔法に耐えられる人は居ないの! 最初は変な魔法だと思ったけど、すごい効果があるの!」
「私には使わないでくださいね! 人前で涙と鼻水を垂らす姿なんてみっともないですから!」
「エイミーにはもっと恥ずかしい姿になってもらうの! 元々性格が恥ずかしいから構わないの!」
相変わらずアリシアはエイミーに対して辛口の評価をしている。トシヤは横から『もっと言ってくれ!』とエールを送っている。
「恥ずかしい性格だなんてアリシアは失礼過ぎます! この通り立派なレディーなんですから!」
「ただの田舎者なの! 村娘が一番似合っているの! それよりもおやつの時間のなの! 食堂のパフェがいいの!」
エイミーの抗議はさらっと聞き流して、彼女の手を取って学生食堂に向かうアリシアだった。もちろんパフェに関しては反対する理由はないので、エイミーは大喜びで一緒に付いていく。仕方がなくトシヤもその後を追うのだった。
「勝ったあとのパフェは格別なの! お代わりしたい気分なの!」
「食べ過ぎるとお腹を壊しますよ!」
「そう言うエイミーはもう2杯目を食べているの! 今日は運動をしていないから絶対に太るの!」
「グッ! それは言わないでください」
仲良く2人でパフェを食べるエイミーとアリシアの遣り取りをトシヤはお茶が入ったカップを手に笑いながら見ている。平和な日常の時間がゆっくりと流れるのだった。
アリシアの試合が終わった頃、見学席で熟睡したせいですっかり置いてけぼりを食らった格好のカシムはいつもの日課で校舎の周りをランニング中だった。アリシアの試合があるなどすっかり忘れて、ひたすら体力の向上に努めている。
(たまには校舎の裏手の奥の方まで行ってみるか)
広大な敷地の学院内には普段あまり生徒たちが近付かない場所がたくさんある。その最たる例が敷地の最も奥まった場所にある研究棟だった。そこでは常に怪しげな術式を詠唱する声や、意味不明の爆発音が響き渡り、上級生たちの間では『魔女の巣窟』と呼ばれている。
カシムが足を向けたのはその魔女の巣窟ではなくて、花壇になっている一帯だった。
「まあ、今日もきれいなお花がいっぱい咲いているわね! 私が思いっきり愛でちゃうわよ!」
筋肉ムキムキのカシムに匹敵知る巨体を妙にクネクネさせて花壇を彩る花たちに語り掛けているのは、入学直後のトシヤに熱い愛の告白をしたドーラだ。彼(彼女)に愛でられている花たちは心なしか元気がなさそうだ。
(うん? なんだか変なヤツが居るな! ああいうヤツとは関わりを持たない方が良いだろう)
カシムは賢明な判断を下して、スピードを上げてその場を通り過ぎていく。世の中には見ないフリが多大な効果を発揮する場面があるのだ。そのまま彼は花壇の奥を目指して逃げ去るように走っていく。
「おい、わかっているだろうな! 平民は平民らしく、明日の試合はクリス様に負けるんだぞ!」
「そんな不正はできません!」
「なんだと! これだから平民の生意気な女はタチが悪いんだ! あんまり聞き分けが悪いようならその体に貴族には従うものだと教え込んでやろうか!」
「乱暴は止めてください!」
「ふん、素直に俺たちの言うことを聞いておけば良いのに、構わないから身包み剥いでオモチャにして遣ろうぜ!」
「それは面白そうだな、どんな声で鳴くか聞かせてもらおうか!」
「精々いい声上げるんだぞ!」
「そんな! やめ・・・・・・ キャーーーーー!」
何者かが争う物音と空気を切り裂くような女性の悲鳴がカシムの耳に届く。
(うーん・・・・・・・ さすがにこれは放っておけないだろうな)
彼は声が響いた方向をもう一度確認すると、一気に速度を上げて表面を削り取る勢いで石畳を蹴り付けていく。
「お願いですから止めてください! ムグググ・・・・・・」
カシムの視界には5人の男たちに両手両足を抱えられて地面に押し倒されている女子生徒の姿が入ってきた。1人の男が彼女の口を塞いで声も上げられなくなっている。
「バカ共にはお仕置きが必要だな!」
牙を剥き出しにしてニヤリと笑ったカシムがその集団に近付いていく。それにしてもカシムに『バカ共』と呼ばれた男たちの立場はどうなるのだろうか・・・・・・・
女子生徒に襲い掛かるのに夢中になっていた男たちはカシムの接近に全く気がついていなかった。これは彼らの油断というよりも、カシムの気配の消し方が巧妙だったせいだ。
まずは手近な所から、前のめりになって女子の右手を掴んでこちらに背中を向けている男のケツを景気よくカシムが蹴飛ばす。
「ウギャーー!」
その男は頭から吹っ飛んで、正面にいた左手を掴んでる男目掛けてダイブした。そのまま2人で石畳にもんどりうって転がっていく。
「ちょっとキツイから死ぬなよ!」
ようやくカシムの存在に気がついて、こちらを振り向いた女子の口を押さえていた男の顔面にカシムのミドルキックが炸裂する。
「ごばばーー!」
カシムにとっては春のそよ風程度の威力で蹴ったつもりだが、顔の正面からまともに重たい蹴りを受けた男は鼻が陥没して白目を剥いて石畳に転がった。
「貴様! 何者だ! 我々貴族の邪魔立てをすると只では置かないぞ!」
両足を抑えていた2人が立ち上がってカシムを睨み付けるが、そんな連中には目もくれずにカシムは女生徒の手を引いて彼女を引き起こす。
「怪我はないか? 危ないから後ろに下がっていろ!」
彼女を背中に匿いながらカシムは残る2人に向き直った。
「さーて、尻尾を巻いて逃げるか、このまま戦うか、好きな方を選べ!」
獰猛に笑うカシムの迫力は2人を圧倒している。彼らはジリジリと後ろに下がって、仕舞いには背中を向けて逃げ出した。
「大したことない連中だな。この程度でビビるようじゃ、最初から俺の敵にはならないな」
仁王立ちで逃げ出す二人の後姿を見送るカシムだった。
まさかカシムに春が・・・・・・ そんな展開が予想されますね。次回の投稿は水曜日の予定です。
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