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43 模擬戦2日目 前編

お待たせいたしました、第43話の投稿です。学院で行われている模擬戦は2日目を迎えてますます白熱していきます。この日はアリシアの出番、前日から試合を楽しみにしていた彼女はどのような試合を迎えるのでしょうか・・・・・・

 模擬戦の2日目が始まった。アリシアの出番は午後なので、昨日すでに模擬戦を終えたカシムも一緒に朝からEクラスの自分の席に座っておしゃべりの最中だ。


「アリシアの順番まで何をしましょうか?」


「何でもいいの! 今日は体も軽いし絶好調なの!」


「アリシアが絶好調なのは良いことだな。そこのバカも脳みそが空っぽだから体が軽いだろう!」


「なんだと! お前こそ髪の毛が無い分軽いだろうが!」


「あ゛あ゛! 殺されたいのか?! 俺はこの通りフサフサだぞ!」


「ふん! どうやら残り少ない髪の毛も全部毟られたいみたいだな!」


 トシヤとカシムが一緒になると、何でいつもこのようなお約束の会話が始めるのだろうか? その遣り取りを聞きながらアリシアとエイミーは全く止める様子が無い。



「暇だからDクラスの実力を見に行くの!」


「それが良いですね! ある程度アリシアと対戦する人の傾向が掴めるかもしれません」


 2人はムキになって悪口の応酬をしているトシヤとカシムを教室に置いたまま第4演習室に向かう。トシヤとカシムは2人の姿が消えてだいぶ時間が経ってから、慌ててその後ろ姿を追うのだった。






 第4演習室ではDクラスの生徒同士の模擬戦の最中だった。彼らは学科試験や魔法実技の成績はEクラスの生徒よりも上だが、まだ入学したばかりで『どのようにして自分の能力を生かした戦いをするか』という最も大切な戦術理解が十分ではない。こればかりは模擬戦や実戦を通して経験を積み、試行錯誤しながら磨き上げるしかない。



 その点では、トシヤという優秀な戦術眼を持っている人物がコーチ役を務めているアリシアやエイミーは他の生徒よりも圧倒的に優位に立っている。高校のテニス部にプロのコーチから指導を受けているプレイヤーが現れたら、余程の事が無い限りは部活動の生徒を圧倒するのと同じようなものだろう。



 さらにアリシアは自分でもある程度戦いの組み立てをできるくらいには獣人の森で鍛え上げられているし、ついこの間マフィアの構成員相手に大立ち回りを演じている。それだけ彼女には実力の裏付けがあるのだった。



「やっぱり単調な魔法の撃ち合いになっているの! これでは全然面白くないの!」


「仕方が無いだろうな。新入生の殆どは本当の戦いを知らないままにこの学院に入学しているんだ。彼らはこれから鍛えられてどんどん強くなっていくだろう。俺たちは実戦経験というアドバンテージがあるけど、それは今だけだ。彼らに追いつかれないように俺たちもこれから努力をしないといけないんだよ」


「トシヤさんが努力を語りました! きっと明日にでもこの世界が滅びる前触れに違いないです!」


 エイミーの眼がまんまるに見開かれている。彼女の中ではトシヤの扱いなんてこの程度なのだろう。同じようにアリシアもキツネ耳をペッタリと頭に貼り付けて、怯えた表情を見せている。


「エイミー、今日のうちにご飯をいっぱい食べておくの! きっと大変な事件が起きて、明日から満足にご飯が食べられなくなるの!」


 アワアワと口元に握った両手を当ててアリシアは左右に首を振っている。トシヤが真面目に口にしたお言葉が本当に天変地異を引き起こしそうだと恐れているのだった。



「2人ともその態度は俺に対して失礼だろう!」


 トシヤは憤慨しているが、入学してから今日までの自分の行いを振り返ったら、一概に彼女たちの態度を責められないという事実に気が付いていなかった。エイミーも大概自己評価が高いのだが、どうやらトシヤは彼女に匹敵するくらいに自分をまともな人間だと評価している。



「でも昨日俺と遣り合ったヤツは結構まともな腕を持っていたぞ」


 3人の会話が大きく脱線したタイミングで、なんとカシムがまともな意見を放り込んだ。


「カシムが・・・・・・ カシムがまともに見えるの! きっと私の目が腐ってしまったの!」


「アリシア、試合前にそれは大変です! すぐに医務室に行きましょう!」


 立ち上がりかける女子2人をトシヤの手が引き止める。それにしてもアリシアとエイミーのうろたえ振りは尋常ではなかった。


「落ち着け! バカだってたまにはまともな意見くらい口にするだろう! ただでさえバカなんだから、せっかくまともな意見を言った時くらいはちゃんと聞いてやれ! 生まれてこない方が良いくらいに本当にバカなんだから!」


「テメーとはこの場で決着をつけようか!」


 真面目な顔をして2人を止めながら、言葉の端々に『バカ』を織り交ぜるトシヤに対して、カシムは額に怒りのマークを浮かび上がらせて、その両手はコブシを握り締めてわなわなと震えている。



「2人とも落ち着くの! 結論としてカシムはバカなの! それは横に置いて、カシムの昨日の相手は結構強かったの!」


 このままでは収拾が付かないと悟ったアリシアがようやく軌道を本来の場所に戻した。突っ込み役の自分がエイミーと一緒になっていつまでもボケていては一向に話が進まないのだ。それにしても最終的に彼女が下した結論が『カシムはバカ』というのは一体どのような基準が元になっているのだろうか? アリシアから『バカ』と名指しされたカシムは、なんだか納得が行かない顔をしている。


「そうですね、カシムさんは結構苦労していましたからね」


 エイミーもようやくトシヤが放った真面目な話のショックから立ち直って、アリシアに話題を合わせている。


「俺が苦労していたのは相手を殺さないように気を使ったからだ! そこの所を間違うなよ!」


「2回もヘッドスライディングをしていたヤツが何を偉そうな戯言ざれごとをほざいているんだ?」


 エイミーの意見に反論するカシムだが、その反論はトシヤによって敢え無く一刀両断された。カシムは『ぐぬぬー』といった表情をして黙り込んでいる。


 カシムにもわかっているのだった。『戦いは結果が全てだ』と・・・・・・ 今回は模擬戦だったが、実戦であのような致命的な隙を晒したら、その場で次の機会など永遠に絶たれてしまうはずだ。



「まあそれでもあのブランというヤツは少なくとも戦いの本質を知っているようだったな。それだけでも今目の前で模擬戦をしている連中よりも手強いのは当たり前だろうな」


「そうなの! カシムはいきなり美味しい相手と戦ったの! 私もあんな相手がいいの!」


 アリシアは歯応えのある相手との遭遇を待ち望んでいるようだ。彼女は見掛けは可憐で小柄な少女だが、その魂は模擬戦の開始時からずっと荒ぶっているのだった。



 ブランはDクラスの中では最強と目されていた。彼が初日にカシムと対戦したのは今回の模擬戦が魔法実技の試験結果を元に機械的に対戦者を決めているためだった。魔法の腕だけならばブランはクラス内でそれ程上位ではなかった。そこに彼が持っている剣の腕と戦術の組み立てが加わると、一気に彼の戦い振りがクラス内最強の座へと急上昇するのだった。


 その後3人は平凡な試合を観戦しながらアリシアの出番を待つ。退屈したカシムは見学席でイビキを掻きながらグッスリと寝ていた。そのイビキがあまりにもうるさいので、3人はそっと席を移っていた。カシムの周囲10メートルには誰も居ない空席だけが残されていた。





 第4演習場の午後の最初の試合がアリシアの出番だった。彼女は意気揚々と控え室に早目に入っていく。そこで装備等の検査を受けてから、試合に臨むのだ。



 試合開始の合図が鳴り響くと、演習室に詰め掛けている見学者たちの間に緊張感が広がる。試合を見るのも彼らにとっては貴重な機会で決して疎かにはできないのだ。殆どの生徒は初日とは違って自らの実力よりもちょっと上の試合に興味があって、会場にはDクラスの生徒よりもEクラスの生徒が多く詰め掛けている。Dクラスの生徒たちはB、Cクラスの試合を見に行っている者が大半だった。彼らにとっては第1演習室で行われているAクラスの試合はさすがに敷居が高かったし、そこで用いられる魔法が高度過ぎてその意味を中々理解できなかった。



「いよいよアリシアの試合ですね! どんな相手かとっても楽しみです!」


「そうだな、アリシアがどんな戦い振りをするかここからしっかり見ていよう」


 エイミーとトシヤはアリシアの力を全く疑っていなかった。精霊魔法と素早さに特化した身体能力に加えて、武器として匕首を手にしている彼女はまさに実戦向きなのだ。それはマフィアの手下をあっという間に戦闘不能に陥れたあの件で証明済みだった。



 対戦者を紹介するアナウンスが響いて、これから模擬戦を行う2人がフィールド上に出てくる。中央で審判から最後の注意を受けてから、両者は開始線に立って試合開始の合図を待っている。



「全く相手がゴミ溜めのEクラスだと聞いてガッカリしていたのに、あんなチビガキが出てくるなんて本当に俺はツイていないな!」


 対戦者のロベルトと紹介された相手の声が精神を研ぎ澄ませているアリシアの耳に届いてくる。ロベルトは下級貴族の3男で、その爵位は低いものの平民を見下す考え方のせいで平民出身者が多いDクラスではかなり浮いた存在だった。まして目の前に現れたのが獣人なので、その瞳はアリシアを見下してバカにしたような光を浮かべている。貴族の割には魔法も学科も大したレベルではないからDクラスに居るのに、自分が選ばれた貴族だというプライドだけは高い鼻持ち成らない人間だった。


「寝言は寝てからほざくの! そのチビガキに負けて地面に這い蹲るのはお前の方なの!」


 気が強いアリシアは全く負けていなかった。いや、『チビガキ』と言われてますますその魂が荒ぶっている。早い話が『容赦なくフルボッコにしてやる!』と言う意気込みで燃えているのだった。その狐人族特有のエメラルド色の瞳から青白い炎が湧き上がる。




「試合開始!」


 審判の声が響くとロベルトはすかさずアリシア目掛けて魔法発動の準備を開始する。照準を正確につけて2発のファイアーボールが彼女を目掛けて飛んでいく。


「やった! 一撃で終わりだ!」


 ロベルトは2つの火球が飛んでいく先にアリシアが立ち竦んでいる様子を見て自らの勝利を確信していた。ファイアーボールがアリシアの体に吸い込まれて燃え上がるはずとロベルトが考えた瞬間・・・・・・ 


 その火球はアリシアの体を素通りして演習場の周囲に張り巡らされている障壁にぶつかって一瞬大きく燃え上がってから消え去った。



「どうなっているんだ?」


 全く訳がわからないという表情で立ち尽くすロベルトに向かって、右斜め後方からアリシアの声が届く。


「お返しなの!」


 その声とともに小さなファイアーボールが飛んでくる。アリシアはこの1発で終わらないように、わざと相手から照準を外していた。警告の意味で斜め後方から飛んできたファイアーボールは全く動けないロベルトの顔の30センチ右を通り過ぎていく。その熱でロベルトの髪が僅かに焦げたチリリと言う音を立てている。



 この最初の攻防に見学席の生徒たちは盛大に頭の上に『????』を浮かべている。ロベルトはアリシアの幻術に引っ掛かって、幻に向かってファイアーボールを放っていた。だが彼女は手の内を一般公開する気など更々無かった。幻術を掛けたのはロベルトのみで、見学席の生徒には敢えて見せないようにしていたのだった。


 したがって彼らには全く見当違いの方向にファイアーボールを放ったロベルトと、素早く彼の死角に回り込んだアリシアという光景にしか見えなかった。



「何で動いている相手じゃなくて、元々居た場所に魔法を撃ったんだ?」


「さっぱりわからないな」


 トシヤたちが座っている席の周囲からこの成り行きを見ていた生徒から疑問の声が沸き起こっている。その声が耳に入ってきたエイミーはクスクスと笑っている。


「皆さんすっかりアリシアに騙されていますね」


「あの幻術とアリシアの動きは厄介だからな。その上気配を消して動いているから、本体を見失うとどこに居るのか本当にわからなくなる。ここはまだ何も無いフィールドだからいいけど、森の中で幻術を使われたら俺でも相当手を焼くだろうな」


 アリシアの魔法を知っているからこそトシヤは冷静に解説しているが、あの幻術を一見いちげんで見破るのは至難の業だと理解していた。





「訳がわからないぞ!」


 全く予期していなかった方向から魔法が飛んできたロベルトは相当泡を食っている。仕留めたと思ったらそれは幻で、自分の死角にアリシアがいつの間にか回り込んでいた。だがあれが幻だと気が付いた彼は新たな作戦を頭の中で組み立てる。


「次こそは必ずあの獣人を仕留める!」


 そう念じながらアリシアの正面に向き直って、次の魔法の照準を合わせるのだった。

 



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