42 模擬戦初日 後編
長かったカシムとブランの対戦もついに決着か! 3話に渡って彼らの戦いぶりをお届けして、こうして後編となっているからには何らかの形で普通は決着が着きます。そのはずです、たぶん・・・・・・
ということで、模擬戦の行く末をどうぞお楽しみくださいませ。
睨み合っているカシムとブラン、まだダメージが残っているブランより先にカシムが動き出す。両手で剣を構えているブランに対して常に彼の右側に回りこんで隙を伺っている。ブランもカシムの動きに合わせて剣の切っ先が常に彼に向くように体を少しずつ動かして、いつ飛び込まれても剣を振るえるように対処している。
(中々飛び込む隙がを見せないな。ここは一発脅かしてやるか)
カシムは自分から間合いを取ろうと後ろに下がった。いかにもひと呼吸置いて仕切り直すような感じで5メートル程下がっていく。
(何をするつもりだ?)
カシムが自分から下がったその行動にブランは戸惑っている。今にも飛び込んできそうな勢いで自分の隙を伺っていたのに、それが急に勝手に下がって行ったのだからそれは無理もなかろう。無手で模擬戦に臨んでいるカシムは、間合いを詰めて超接近戦を挑んでこそ剣を持つ相手に対抗できるのだ。
(へへへ、驚くなよ)
カシムはなおも下がっていく。およそ20メートルの距離を開けて両者は向かい合っている。
「かーめーはーめー・・・・・・」
腰を落として右手を引いたカシムは例の掛け声で体内の気を溜めて、それを右手に集めている。
(何をするつもりだ? まさか魔法か?)
この模擬戦でカシムはブランに対して一切魔法を放つ気配すら見せてこなかった。それがここにきて自ら魔法を放つというのは、もしかしたら切り札として温存していたものかもしれないという考えがブランの頭の中に浮かんだ。彼は最大級の警戒をしながらカシムを観察している。
「波ぁぁぁぁぁ!」
ゴオーーー!
長いタメからカシムが思いっきり『気』で満たされた右手を突き出す。その『気』は轟音を響かせてブランに迫って行った。
(マズい!)
咄嗟にブランは横っ飛びになってカシムの攻撃を避ける。今まで彼が立っていた場所を轟音を響かせたままカシムの気が通り過ぎて行った。その光景を横目で見送りながら、ブランの額に一筋の冷や汗が流れる。
(なんという魔法だ! 獣人は魔法が苦手だと聞いていたけど、中々どうして・・・・・・・ あんな強烈な魔法が使えるのか)
ブランはカシムに対する見方を変えざるを得なかった。距離をとればこちらが有利とは言い切れなくなったため、カシムの魔法込みで対処できるように新たな戦術を組み立てようとする。それにしても実技試験で評価を下した教官といい、ブランといい、カシムのか○はめ波をすっかり魔法だと思い込んでいるのだった。
ブランは倒れ込んでようやく上体を起こして前を見上げる。そこには自分に向かって全力でダッシュして来るカシムの姿があった。
「どぉりゃーーー! 死にされせーーー!」
牙を剥き出しにして迫ってくるカシム目掛けて、ブランは咄嗟にファイアーボ-ルを撃ち出す。照準をつける暇はなかったが、これだけ至近距離だったら外れる心配はなかった。
「なっ、待て待て待て!」
急に目の前に炎の塊が飛んできたカシムが今度は慌てる番だった。もう拳による迎撃も間に合わないので、彼はそのまま頭から床に突っ込んでヘッドスライディングを敢行する。その頭の上を彼の後頭部から首筋にかけて生え揃っている鬣の先を焦がしながらファイアーボールは通り過ぎて行った。
ズザザザザーー!
上体を起こしかけているブランとヘッドスライディングの姿勢で床を滑ってきたカシムが偶然にも至近距離で対峙している。一瞬目が合った2人、その瞳には『俺たち何やっているんだ?』という疑問が浮かんでいる。
「カシムは調子に乗ったの! 仕留めるチャンスをフイにしたの!」
「2人とも床にへばり付いたままで、にらめっこをしていますよ」
「あそこで咄嗟に魔法を撃ってきた相手を褒めるべきだろうな。あれがなければ勝負は決まっていた」
見学席ではアリシア、エイミー、トシヤの3人が相変わらずのんびりと模擬戦の行方を見ている。アリシアはここで勝負を決め切れなかったカシムに『あとで説教するの!』と決意している模様だ。
「おっと、こうしちゃいられねえ!」
カシムは一瞬のにらめっこから立ち直って、ガバッと起き上がり構えを取る。ブランもそれに合わせて立ち上がって剣を構えた。
「チクショウめ! 俺様の大事な鬣が焦げたじゃないか! 先っぽだけだったからいいものの、全部燃えたらあのハゲ野郎を笑えなくなるところだったぜ!」
チリチリになった後頭部を撫でながらカシムが再び獰猛な笑みをブランに向ける。鬣は狼人族の男性にとって男らしさの象徴で、彼らは戦場でも常に手入れを怠らないくらいに大事にしているのだった。それが焦げたのだからカシムにとっては一大事だ。
そして見学席ではカシムに『あのハゲ野郎』と名指しされたトシヤが『俺はフサフサしているぞ!』とエキサイトしている。EクラスやFクラスではごくありふれた日常の光景なのだが、この見学席は他のクラスの事情を全く知らない生徒が大半を占めている。彼らの目がこの騒ぎに集中する中で、アリシアとエイミーは今にもフィールドに雪崩れ込みそうな勢いのトシヤを懸命に宥めているのだった。
「次はその目玉を燃やしてやるから覚悟しておけ!」
ブランは次第に重たくなって行く足を励ますように敢えて大口を叩いている。先程カシムに食らった脇腹への一撃が彼のスタミナをドンドン奪っているのだった。すでに剣を握る手にも思うように力が入らない。
仕切り直した2人は再び接近して睨み合う。カシムは軽やかなフットワークで右に左に動いてブランを牽制する。対するブランはダメージを懸命に悟られまいとして、隙を見せないように気を張っている。だがもう自分から斬りかかろうと素早く踏み込む自信がなかった。
「どうしたんだ? せっかく剣を持っているのに斬りかかって来ないのか?」
カシムの挑発にも無言を貫くブラン、すでに答えるだけの余裕が残っていない。どうやらカシムもそれがわかっているようで、ブランが致命的な隙を晒すのを待っている。スタミナに余裕があるカシムは時間を味方につけて待っていればいい。
「2人とも動きが止まったの! カシムは時間をかけて相手のスタミナ切れを待っているの!」
「カシムさんが有利なのに何でここで攻め掛からないんですか?」
「実戦だったらとっくに最初の攻防でけりがついているからな。あのバカも初めての模擬戦で相手を死なせないように手加減するのに苦労しているんだ」
「そうなの! それにさっきカウンターで魔法が飛んできたの! 迂闊に踏み込んで至近距離から魔法が飛んで来たら避けるのが大変なの!」
「そうなんですか」
戦況を読めないエイミーにアリシアとトシヤから解説が行われている。こうして彼女も一つ一つ戦いというものを理解して行くのだった。
(さて、どうやって仕留めるかだな。何しろ相手を死なせないようにするのがこんなに難しいとは思っても見なかった。だいぶ剣の先が下がってきたからもう一息だろうな)
カシムは盛んにフットワークで牽制しながら考えを廻らせている。こうして『いつでも攻撃を仕掛けられるぞ』というポーズを見せていれば、肉体的なスタミナだけではなくて精神的な持久力も奪っていけるのだ。そこに生じる隙に付け込もうと虎視眈々と狙っている。
(どうやら俺のスタミナ切れを狙っているようだな。よし、それならば引っ掛けてやろう!)
ブランはカシムを誘い込むように剣先を更に下げる。実際に腕の限界が近づいているので、こうして少しでも負担を減らしたいのも確かだった。
(どうやらもう限界のようだな。そろそろ行くか)
ブランが仕掛けてきた罠とは気付かずに、カシムは一歩踏み込んでから急に速度を上げて彼の右側に回りこんだ。そこにあまり力が入らない剣が横薙ぎに振るわれるが、それもカシムは読んでいた。
姿勢を低くして剣をやり過ごすと、思いっきり軸足に力を込めてブランに胴タックルを見舞おうとする。だが、このカシムの動きは完全にブランの想定内だった。
姿勢を低くして飛び込んできたカシム目掛けて、こっそりと発動の準備をしていたファイアーボールが飛び出して行く。
「のわーーーー!」
目の前に急に現れたファイアーボールに対してカシムはこの日2度目ヘッドスライディングを敢行せざるを得なかった。このままでは頭上から剣を突き付けられてカシムの負けが決定する。だが運命の女神はカシムに味方した。右手が届く範囲にブランの左足があったのだ。
「このっ!」
カシムはその豪腕に任せてブランの左足をすくうと、頭に剣を突きつけてキメに掛かろうとしていた彼はあっけなく尻餅をついた。まさかあの体勢からカシムに足を払われるとは思っていなかった。カシムの悪足掻きに文字通り足をすくわれた形だ。
「待っていたぜ!」
そのまま尻餅をついたブランに上体を起こしたカシムが信じられない素早さで躍り掛かる。それは野生の肉食獣が獲物に襲い掛かる早さと勢いだった。
その勢いに負けたブランは剣を手放して仰向けになって倒れて、上からカシムに圧し掛かられた。完全にマウントポジションをとられて、こうなったら防ぎようがない。
長い戦いについに決着がつくと思われたその時・・・・・・
「両者そこまで! 試合時間終了で引き分け!」
審判の教員の声がフィールドに響く。本来の模擬戦は30分で行われるが、今回は1年生が初めて行う模擬戦というわけで試合時間は20分となっていた。場内には大きな時計が設置されているが、バカなカシムが『残り何分』なんてわかるわけがない。
ブランにその拳を振り下ろそうと構えたままの姿で止まっているカシムの肩を審判がポンと叩く。
「試合は終わったから早く離れなさい」
さあここからキメに掛かろうとしていたカシムはガックリとした表情で開始線に戻って行く。反対に『もうダメだ!』と諦め掛けていたブランは命拾いした。
「両者引き分け! 礼!」
互いに頭を下げて一礼してから歩み寄って握手を交わす。
「お前中々強いな!」
「お前こそ強いだろう!」
2人は拳で語り合った者だけが理解できる短い言葉を交わしてから、それぞれの控え室に戻って行くのだった。見応えのある一戦に見学席からは惜しみない拍手が沸き起こっている。
「時間切れだったの! もうちょっとで決着が着きそうだったけど惜しかったの!」
「でも良い試合でしたね!」
「あのバカがそこそこ強いのはわかっていたけど、相手のブランっていうヤツも中々戦い慣れているな」
「そうなの! カシムに押されながらも最後の一撃を食らわなかったの! それに駆け引きが上手いの!」
「なんとなく駆け引きの重要性がわかってきました。相手の動きや考えを読んでそれを上回る作戦を立てないといけないんですね」
「エイミーは良い所に気が付いたの! でも駆け引きは実戦を繰り返さないと身に付かないの! まだエイミーは目の前の相手の動きに一つ一つ対応して行く段階なの!」
こうしてエイミーが一つ賢くなったアリシア先生とトシヤ大先生の模擬戦解説も終了の時間を迎える。3人は第4演習室を出て、同じクラスの生徒を応援するために第5演習室に戻って行くのだった。
後日カシムにはFクラスのミケランジュ先生から模擬戦の評価が伝えられた。
彼の試合の評価は例の伝説の技を披露したのと総合的な高い戦闘技術が評価されて、10段階評価の『9』という高評価だった。これは学科試験で90点をマークしたのと同じで、落第が遠のき進級にぐっと有利になる結果だった。ちなみにカシムと戦ったブランも『8』をマークしている。
カシムは相変わらず数字に弱くて、『9』と聞いても大したリアクションを取らなかった。だがそれに対してトシヤは歯噛みする思いをしている。今回の模擬戦が出場停止のため、大量のポイントを獲得する機会をみすみす逃してしまったのだ。
「次の機会は満点を取ってやる!」
「満点をとっても髪の毛は増えないぞ!」
「テメーはいつか絶対に殺す!」
いつもの不毛なトシヤとカシムの遣り取りがFクラスでは行われている。だがそこはミケランジュ先生の出番だ。
「君たち、実技ではなくて学科で点数を稼ぐのを忘れないでほしいな! さあ今日も勉強を頑張るんだよ!」
こうしてFクラスの日常風景が毎日繰り返されるのだった。
次のお話はアリシアの出番になります。クールで可愛らしい外見に似合わず、獣人の血が荒ぶるアリシアがどのような試合を見せてくれるのかお楽しみに!
投稿は来週の中頃を予定しています。アリシアの活躍が楽しみな方はぜひぜひ、感想、評価、ブックマークをお寄せください。




