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41 模擬戦初日 中編

お待たせいたしました、41話の投稿です。ついに始まった試験の最終科目の模擬戦ですが、カシム君の戦いがずいぶん長引いています。本当は前後編で決着がつく予定でしたが、今回はお預けという形になりました。ということで、中編をお送りします。


ちなみに作者は脳筋キャラが実は一番大好きです。今作ではカシム君がその役回りを演じていますが、彼は歴代の作品の脳筋キャラの中でも飛び抜けた『バカ』という設定です。そんな彼が今後成長していく様子をぜひとも温かい目で見守ってください。

 カシムと模擬戦で対戦しているブランは様子見のファイアーボールがよりによって彼の拳によって術式ごと消し飛ばされた事態に顔を盛大に引き攣らせている。それはそうだろう、いまやひとつの伝説となった幻の技を目の前で見せ付けられてしまったのだ。


「Eクラスだから安心していたけど、こいつは思わぬ強敵と当たったみたいだ」


 今のクラス分けは入学試験の成績順で決まっているので、それがそのまま戦闘力の評価には繋がらないと彼もわかっている。現にEクラスには入学して2日目にして20人を相手に最後は泥仕合になったが、それでも終始圧倒していたトシヤという化け物が存在する。今回の模擬戦は出場停止だが、今や彼は『1年生最強ではないか』と秘かに囁かれている存在だった。


「よし、避け難い魔法で玉数を増やそう!」


 即座にそう判断したブランはやや大きめのアイスボールを3発準備する。ファイアーボールは術式ごと消されたが、氷の塊は魔力が霧散しても物体としてそこに残るので、完全に破壊しないと厄介なのだ。


「アイスボール!」


 ブランの手から3発の氷弾が飛び出していく。玉数と連発速度を自由自在に設定できるエイミーと違って、彼の魔法力ではこれが今できる最大の攻撃だった。唸りを上げてカシムに3発の氷弾がほぼ同じタイミングで迫っていく。



「何のこれぐらい!」


 カシムは迫ってくる氷を右手と左手でそれぞれ1発ずつ正面から迎撃する。氷弾は粉々に砕けて散っていた。


 だが、彼は数の勉強が大の苦手だった。ミケランジュ先生が教師生活23年のプライドに懸けて根気良く教えているにも拘らず『3-2=1』という計算もしばらく考えないと答えが浮かばない。つまりあと1発残っているのだった。



「グヘッ!」


 当然残った1発はカシムの腹部に命中してその口から呻き声を発生させた。強烈なボディーブローを食らったようなダメージがカシムには残っている。


「おかしいな、全部撃ち落すつもりだったのにどこがいけなかったんだ?」


 だがカシムは少々のダメージなどは気にせずに、なぜ相手の魔法が当たったのかというその原因を必死になって考えていた。悪い頭でも非常事態には良いアイデアが閃く場合がある。『ピコーン!』という音とともにカシムにはようやく事態が飲み込めた。


(そうか! 氷は3発で腕は2本だから、1本足りなかったのか!)


 『そんなことはもっと早く気づいてほしいの!』


 アリシアがカシムの考えている内容を知ったら、絶対にこのように突っ込むに決まっている。




「さすがに3発同時だとカシムの対応が遅れてしまったの!」


「いや違うな、あのバカは正面から3発の氷弾を撃ち落そうとバカ正直に立ち向かったんだよ。でもあんな物はわざわざ破壊しなくても、自分に向かってくる軌道を払うようにして変えてやればいいんだ。3発くらいならタイミングを合わせれば片手でできるだろう」


「トシヤさんは相変わらず無茶苦茶ですよね。普通の人は一目見ただけでそんな方法なんて思い付かないです!」


「そうなの! トシヤが正解なの! 別の方法だったら1発は避けながら、残りの2発を撃ち落してもいいの!」


 見学席からカシムの戦いぶりを見ているアリシア、トシヤ、エイミーのそれぞれの意見が交わされている。だがさすがに『引き算が間に合わなくて迎撃に失敗した』などというカシムの本当の理由までは見破れなかった。余人の追随を許さないカシムのバカっ振りを見誤っているのだった。



「それにしてもカシムさんは魔法が当たって大丈夫なんですか? なんだか痛そうですよ!」


「バカだから平気なの! あのくらいの攻撃は森での訓練で毎日受けていたから、気にするレベルじゃないの!」


「どうせバカだから痛みも感じないんだろう」


 エイミーが心配そうな声を上げているが、アリシアとトシヤの返答は『バカだから心配するだけ無駄!』という大変わかりやすいものだった。ソフトボールくらいの大きさの時速100キロくらいで飛んでくる氷弾をまともに腹に受けて『気にするレベルじゃない!』と言い放っているアリシアだが、彼女たちが獣人の国でどのような訓練を受けて来たのかも気になるところだ。




「アイスボールが当たったのに平気で立っているだとー!!」


 予想通りに魔法が当たったブランの方が逆に驚いている。彼は魔法と剣を組み合わせて戦うスタイルでDクラス内では無敵の存在だった。平民ながらも比較的裕福な家庭に育って、幼い頃から街の道場で剣術を学んでいた。その上魔法も使えるので、近所では『神童』と持て囃されていた。それでも天狗にならずに、地道にここまで自分の技を磨いて魔法学院に入学したのだった。


 だが生憎魔法学院は『神童』や『天才』がゴロゴロ居る場所だ。そんな彼でも自分の物差しでは計り切れない強敵が現在こうして目の前に立ち塞がっている。



「1発でダメージを与えられなければ、何回も撃ってやる!」


 ブランは先程と同じ魔法をすかさずカシムに向けて放っていく。だが今度はカシムは迎撃ではなくて体を翻して素早く避けていく。3発の氷弾に一度に対するには腕が1本足りないと理解した結果だ。これをミケランジュ先生が知ったら滂沱の涙を流して喜ぶに違いない。



「クソー、避けられたか! あんなデカイ体なのになんて素早いんだ!」


 ブランが獣人と手合わせをしたのはもちろんこれが初めての経験だった。彼の想像以上に獣人の身体能力は高かった。そして彼の想像以上にカシムはバカだった。



(このまま魔法を撃ち続けるとそう遠くない内に魔力が切れる。どうやら敵も体術に自信がありそうだが、こちらは剣を持っている。魔法は牽制に使って勝負はこの剣でつけるぞ!)


 カシムが軽々避けるので『これ以上自分の魔法を放っても無駄だ』と考えたブランは、腰の剣に手を掛けた。模擬戦なので学院が用意した刃引きの剣だ。だが当たり所が悪いと簡単に骨を砕くくらいは可能な武器だった。



「ほほう、俺に向かって接近戦を挑むのか! 面白いぜ、受けて立ってやろう!」


 カシムは正面から受ける構えを取っている。ブランの様子を見ながらジリジリと間合いを詰め始める。不用意に接近していかないのは、一応魔法が飛んでくるのを警戒しているためだ。このあたりの駆け引きはバカでも十分に叩き込まれている。



 カシムが獣人流の格闘術の構えで間合いを詰めてくるのに対して、ブランは剣を抜いて正眼に構えて摺り足で前進していく。魔力の残量を考えると無駄玉を撃てないので、今は剣で勝負をつけようとカシムの一挙手一投足に集中している。



(あの構え方からすると、クラスの連中に比べれば大分鍛えているな。面白い相手が出てきたもんだ!)


 カシムは獣人の中でも勇猛果敢な狼人族の若者だ。当然不慣れな魔法の戦いよりも、このような肉弾戦の方が散々森の訓練で叩き込まれているので得意にしている。それに歯応えがありそうな相手に出会えた喜びで、彼の闘争本能にさらに火が点いているのだった。




「相手はカシムの土俵に乗ってきたの! こうなったら一気にカシムのペースなの!」


「でも相手の人は剣を持っていますよ! カシムさんは大丈夫なんですか?」


「まあ見ていればわかるさ。それにしても隣のクラスにあんなに腕が立つヤツが居るとは全然知らなかったな」


 見学席でのんびりと観戦している3人、カシムと対戦者の力の比較ができないエイミーは心配そうな様子だが、アリシアは余裕の表情をしている。そしてトシヤの対戦者に対する評価がかなり高いのが意外と言えば意外だった。普段剣など手にする機会が無いトシヤなのに、なぜ見ただけでその腕を評価できるのかが不思議だ。






「なかなか良い構えをしているな! 実は俺も多少の剣の経験があるんだぜ!」


 構えを取って間合いを詰めてくるブランに向かって、カシムが実に楽しそうに声を掛ける。すでに肉弾戦モードに入っているので、その獰猛な牙が更に剥き出しななっている。もうこの距離ならば魔法の照準を合わせている内に一気に飛び掛かれるので、魔法に対する備えは解いて相手の剣だけに集中している。


「ほう、ならばなぜこの試合には丸腰で出ているんだ?」


「決まっているだろう! 俺が剣を持ったら相手を死なせてしまうからさ。模擬戦では拙いんだろう?」


 自信たっぷりな様子のカシムにブランはバカにされているような感じている。バカなカシムにバカにされたブランが気の毒過ぎる。


「ほう、大そうな自信だな。その自信はすぐに萎むから安心しろ!」


「香ばしい口を叩いてくれるじゃないか! この学院は根性無しの平民か温室育ちの貴族のお坊ちゃんしか居ないかと思っていたが、お前といいあのハゲといい、中々面白いヤツが居るもんだな!」


 Eクラスの生徒が束になってもカシム一人の敵ではなかった。例外はトシヤとアリシアの2人だ。エイミーは体術に限れば論外の更に外の位置に置かれている。だが先程のトシヤ同様に、カシムの目にも剣を構えるブランは中々の強敵に映っていた。




「さーて、余分なおしゃべりの時間はもうお仕舞いだ! いつでも掛かって来い!」


「いくぞ! とりゃーー!」


 カシムの挑発に乗る形でブランが上段に振り被って思いっきり剣を振り下ろす。カシムとの最後の距離を十分な踏み込みで詰めて、逃げ場をなくしてからの渾身の一撃だった。だがその振り下ろしは体を素早く開いたカシムによって簡単にかわされる。


「良い踏み込みだが、もう半歩足りなかったな! さっきのお返しだ!」


 勢いをつけて剣を振り下ろしてそれが空振りに終わったと悟ったブランは慌ててその剣を引き戻して態勢を立て直そうとしているが、そんな隙を見逃すほどカシムは甘くは無い。アイスボールを食らったお返しとばかりに、がら空きの脇腹に本人の認識では軽いジャブ程度のパンチを捻じ込んでいる。



「グッ!」


 脇腹に食らった一撃で、瞬間ブランは息が詰まった。そして遅れて体全体に鈍い痛みが伝わってくる。カシムが狙ったのは脇腹の腎臓の辺りだった。獣人に伝わる戦闘術の教科書通りに、人体の弱点を狙ってダメージを与えている。


「クソッ!」


 だがブランは体全体に広がる痛みを堪えながら、カシムを遠ざけるために剣を横薙ぎにして払う。『あの一撃を食らってもまだ反撃する余力があるのか!』という驚いた表情で、カシムは一旦距離をとった。



「へへへ、今のは効いたぜ! まだまともに息ができないくらいだ! なるほど、獣人ってヤツは接近戦では油断できない相手だな」


 ブランは一発もらった負け惜しみを叩いている。それは敢えて自分を鼓舞するために呼吸もままならない彼の口から飛び出した言葉だった。


「今ので膝を着かなかっただけでも、拍手をしてやりたい気分だな! 本当に面白い相手に出会えたもんだ!」


 カシムが敵を褒めるのは珍しい、というか学院に入学してから初めてだろう。それ程目の前に立っているブランは彼にとっては手応えのある相手だった。





「カシムのあの一撃はエグいの! 後になって来る程ダメージで足が動かなくなるの!」


「そうなんですか? なんか軽くチョコンと当たっただけにしか見えませんでした」


「エイミーも私の一撃を今度受けてみるの! そうすればわかるの!」


「それは遠慮します! でもこれでカシムさんが有利ですよね?」


「それはどうかな? 勝負はどう転ぶかわからないからな」


 またまた観戦する3人は好き勝手な話しをしている。模擬戦に関しては慎重な見方をするトシヤだが、彼は知っている。『獣神・さくら』とモトハシ流古武術の鍛錬をしている頃何度も脇腹に同じような一撃を食らった経験があるのだ。それから2日間は血尿が止まらなかった。それ程後からダメージがやって来る攻撃なのだ。





「まだ元気が残っているみたいだな! これはもうしばらくは楽しめそうだ!」


「次はその余裕のある口をひん曲げてやる!」


 一旦距離をとったカシムとブランは再び構えたままで睨み合うのだった。

 



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