40 模擬戦初日 前編
お待たせいたしました、第40話をお届けします。いよいよ振り分け試験の最終科目が開始されました。出場停止の主人公以外の生徒は、初めての腕試しの機会に不安と緊張と期待を持っているようです。彼らがどのようにこの試練を突破するのか・・・・・・
振り分け試験の最後の科目『模擬戦』が始まった。魔法実技の実習で何度かこのような対戦形式で対人戦を経験しているとはいえ、初めての模擬戦に臨む生徒の殆どは緊張の面持ちをして開始線に立っている。
Eクラスの生徒たちは学科だけ出なくて、魔法実技の結果もお世辞にも良好とは言えなかった。まだ2ヶ月では本当に術式を理解して使いこなすには時間が足りないためだ。だがそんな彼らにもまだ希望が残されている。2年生に進級する段階でもう一度コースの再振り分けが行われるのだ。彼らが十分に真価を発揮できるのはこの時だろう。だが今回の試験も当然成績に反映されるので、全く手は抜けなかった。
実技試験が上位の生徒は第1演習室から順番に試合会場が割り振られている。したがってここ第5演習室で模擬戦を行うのは殆どがEクラスの生徒だった。稀にDクラスの生徒が混ざっているくらいで、対戦はクラスメート同士というのが大半だった。
出場停止で模擬戦の期間は何もすることがないトシヤと最終日まで試合がお預けになっているエイミーは暇潰しにクラスの生徒の試合見学をしている。アリシアも明日の試合なので一緒に見学席で観戦している。
「うちのクラスはまだぜんぜん実力が足りないの! 魔法がダメなら体術をもっと鍛えるべきなの!」
この学院の模擬戦はルールに従って安全に配慮していれば、魔法を使用しないで物理一辺倒も認められる云わば何でもありだ。トシヤと対戦したペドロのようにアイテムをそのまま使用する以外は、大抵の戦闘行為が認められている。アイテムが認められていないのは、金さえかければ高価なアイテムが手に入る金持ちの貴族が有利になってしまうためだ。
「まあそう言うな、まだ入学してからたった2ヶ月しか経っていないんだから、みんな駆け出しの魔法使いなんだ。アリシアだって武術を覚え初めの頃は何もできなかっただろう」
「トシヤがまともなことを言ったの! これは驚きなの!」
「トシヤさん、本当に大丈夫ですか? 熱とかありませんか?」
酷い言われようだった。だがアリシアとエイミーは真顔でトシヤを見つめている。その顔は『空から酔っ払いのオッサンが降って来た!』くらいのレベルの驚きに満ちている。
「俺だって少しは進歩しているんだ! お願いだからそんな顔して見ないでくれ!」
「進歩って・・・・・・ プッ! なの!」
「トシヤさん、無理はしなくていいですからね! 私は長い目で見ています!」
2人ともトシヤの言い分を全く取り上げようとはしなかった。まさにこれは自業自得以外に見当たる言葉が無いので、トシヤは素直に受け入れるしかない。だが本人はどうにも納得がいかないようで『なぜこうなる!』と下を向いて項垂れるしかなかった。
「退屈だからエイミーが試合を見ながら気がついたことを話すの! 私とトシヤが解説するの!」
フロアーではEクラスの女子2人がファイア-ボールの撃ち合いをしている。2人とも無詠唱で魔法を発動しているのだが、照準をつけるのに時間がかかるのと、飛んでいく火球の速度が遅いためになんだかドッジボールを遣っているように見えてくる。互いに飛んで来る魔法を避けながら、自分が魔法を撃つだけの単調な試合だ。
「クララとカレンはまだファイアーボールしかできませんから仕方ないですよ! あれでも入学した頃よりも撃ち出せる玉数が増えたんですよ!」
エイミーは一緒に演習を行っているので彼女たちの実力はよく知っている。第1試合に出てくるだけあって、彼女たちの実技試験の評価は一番下だった。
「そうじゃないの! どこをどうしたらもっとまともな試合になるかをエイミーが考えるの!」
「うん、それは面白そうだな! これならエイミーにも良い勉強になるだろう」
下を向いていたトシヤがここぞとばかりに顔を上げる。この機会にもっと『常識人』アピールをするつもりだ。試合の分析という小難しい課題を与えられたエイミーは、真剣な表情で戦っている2人の動きを見ている。
「うーん、無理です! もっと魔法を上手くなるしか方法が無いです!」
エイミーは早速白旗を掲げている。彼女の目には2人の魔法のレベルが低すぎて、思いつく方法が全く浮かばなかった。
「だからエイミーはダメダメなの! これは魔法だけの戦いではないの! もっと別の方法を考えるの!」
エイミーはアリシアが言おうとしている意図が全くわからずにトシヤ大先生に『お願いします!』という目を向けている。困った時はトシヤ頼みというのは毎度のお約束だ。
「よーく見てみろ! 2人の顔色に変化は無いか?」
「そういえば2人とも顔色が悪いですね」
フィールドで盛んにファイアーボールを撃ち合っていたクララとカレンは顔が青白くなって肩で息をしている。両者ともに余裕が無さそうだった。
「2人とも魔力切れが近いんだよ。当たらない魔法だったら牽制に使って自分の魔力は温存する。その上で相手の魔法を避けるのに専念していれば、ああして魔力切れで自滅するんだ」
「トシヤが答えをバラすの! エイミーにもっと考えさせないとダメなの!」
どうやらアリシアもトシヤと同様の考えだった模様だ。さすがは獣人の特待生で入学しただけのことはある。戦術眼がきちんと備わっているのは当然だろう。
「そうなんですか! 私は魔力切れなんて起こした経験が無かったので、全然気がつきませんでした!」
アリシアは別の意味でエイミーに呆れている。だが彼女が保持しているバカ容量の魔力があれば、確かに滅多なことでは魔力切れなど起こさないだろう。
「魔法戦だけで考えれば自分と相手の魔力の残量を計算に入れるのは大事だからな。常に自分の余力を残しながら効率的に魔法を撃つのが重要なんだ」
「それが魔法の効率的な運用に繋がるんですね!」
「エイミーはちょっとだけわかってきたの! でもそれは効率的な運用の一部なの!」
アリシアやトシヤのように魔法に加えて物理攻撃を仕掛ける相手にはまた別の運用法を考えないといけない。それをアリシアはエイミーに教えようとしていた。特に今回エイミーが対戦するノルディーナは剣から魔法を撃ってくる厄介な相手だ。当然魔法に加えて剣も使用してくるだろう。
「アリシアのおかげでちょっと勉強になりました。でも安心してください、ノルディーナさんの対策はバッチリです!」
エイミーがそれ程大きくない胸を張っている。彼女にはトシヤと一緒に考えたあの魔法剣を攻略する手段があるのだった。
結局第1試合はこのまま引き分けで終わった。2人とも最後は立っているのがやっとという有様で、互いに魔法を放つ余力が全く残っていなかった。
「やっぱりうちのクラスはレベルが低いの! 私の対戦相手がもっと強敵だと良いの!」
アリシアにしたら今対戦した2人ならば瞬殺レベルだった。魔物相手に繰り返した実戦経験と対人戦の訓練を山ほど積んでいる彼女は、戦闘力に関しては現段階で1年生の中で上位10人に確実に入っている。その上対戦相手が決まってからその闘争本能に火が点いて抑え切れない闘志を抱えている。
「暇だからトシヤと組み手をするの! 外の実習場に行くの!」
「いいぞ、エイミーはどうするんだ?」
「私も一緒に行きます!」
こうして3人は連れ立って演習室から出て行った。
第2試合は入学初日にエイミーに告って玉砕を遂げたコルネリーと同じクラスのベンジャミンの対戦だ。
「エイミーさん、見ていてください! 僕はあなたのためにこの模擬戦の勝利を誓います!」
コルネリーは試合前にまだ未練たらたらの気持ちを垂れ流しにしている。エイミーの前で格好良い所を見せて、自分を認めてもらおうと奮起している。
だが彼は知らなかった。エイミーはアリシアと連れ立ってすでに外に出た後だった。どこまでも空回りするコルネリーが不憫過ぎる。
昼食後は第4試合が組まれている。カシムがこの試合に出てくるのだった。
「バカの試合なんて見たってしょうがないだろう」
「バカだからこそ、何かあったら止めないといけないの! さっさと行くの!」
「トシヤさん、カシムさんも同じパーティーなんですから、ちゃんと応援してあげてください!」
渋るトシヤの両手をアリシアとエイミーが引っ張って、第4演習室に3人が向かっている。カシムはあの『か○はめ波』がそこそこ評価されて、Dクラスの生徒と対戦が組まれているのだった。
「結構人が居るの! あそこが空いているの!」
この演習室にはCクラスやDクラスの生徒が詰め掛けて、クラスメートの戦いぶりを見学している。特にトシヤはカシムとともに座学はFクラスに隔離されているので、他のクラスの生徒と顔を合わせる機会が殆ど無かった。アリシアとエイミーもトシヤと似たようなものだ。
「おい、ブランはEクラスのヤツと対戦するらしいぞ! あいつは運が良いな!」
「そうだな、一番落ちこぼれクラスでちょっと魔法ができる程度だろうから、ブランが楽勝するな」
カシムの対戦相手はブランという名前らしい。それにしてもひとつ上のクラスから見たEクラスの評価は酷いものだ。更にその下に特設されたFクラスは、その存在すら他のクラスの人間は知らなかった。心血を注いでトシヤとカシムの教育に当たっているミケランジュ先生が可愛そうでならない。
「まああのバカはEクラスの中でも飛び抜けたバカだから、この評価は妥当だな」
「そのバカと机を並べて勉強している人が口にするセリフじゃないの! トシヤももう少し自分を理解しないと今に酷い目に遭うの!」
「そうですよ! ただでさえ今回の模擬戦が出場停止なんですから、学科を頑張らないと落第するピンチなんですからね!」
「うぐっ!」
トシヤは自分自身の発言が華麗にブーメランとなって帰って来たのに対して、言葉を詰まらせている。敢えて目を背けていた厳しい現実を2人に突き付けられている。
こうしている内に第4試合が始まる合図が演習場に響いて、カシムと対戦相手がフィールドに登場してくる。カシムは牙を剥き出しの獰猛な表情に変わっている。試合に臨む気合は十分のようだ。
対戦するDクラスのブランはカシムに負けないくらいの大柄な生徒だった。腰には大振りの剣を差しているので、その体格からいって魔法と剣を組み合わせて戦うタイプのようだ。
「面白そうな相手が出てきたの! あの体格ならカシムの攻撃を受けても即死はしなさそうなの!」
「カシムさんはやっぱり力技で戦うんでしょうか?」
「バカだからバカに相応しい戦いをするんじゃないか」
3人ともカシムを信用しているのかしていないのかよくわからない発言をしている。同じパーティーなのに・・・・・・
「試合開始!」
フィールド内に審判の教員の声が響くと演習場内は緊張感が走る。両者がどのような戦いをするのか固唾を呑んで見守っている。
開始線を挟んで20メートルの距離を置いて睨み合う両者、魔法の発動を開始しているブランに対してカシムはやや半身の体勢で軽く両手を上げた自然な構えを取っている。
「ファイアーボール!」
ブランが最初の魔法を撃ち出した。相手の力が全く掴めないので、探りを入れる意味での初級魔法だ。とは言っても先程のEクラスの女子が放った魔法に比べて威力や飛翔速度に格段の違いがある。
カシムは自分に向かってくるファイアーボールを避けようともしないで、じっと見ている。十分に体の手前まで引き付けてから、自らの気を込めて右の拳を撃ち出した。
「ふん!」
カシムに直撃しようとしたファイアーボールに拳から撃ち出された気がぶつかる。
ボシュッ!
その瞬間カシムの気に負けたファイアーボールは魔力が霧散して消え去った。
「あれは獣人の国に伝わる魔法封じの技術なの! 王様の得意技でみんなが真似をするけど、実際にできるのはホンの一握りなの!」
「ダメだな! まだ力に頼っている! 魔法のコアの位置を見定めて、そこを破壊しないと効率が悪い!」
「そんな器用な真似は普通の人にはできません!」
トシヤの評価はずいぶん辛口だが、カシムは魔法学院の伝説に残る大技をこの場で遣って退けた。それはかつて『大魔王・橘』と『獣神・さくら』が魔法学院と騎士学校の対抗戦で激突した時に披露された幻の技で、それ以来600年の間にこの技を成功させたのは10人に満たない。ちなみにトシヤの母親もそのうちの1人だ。
「おい、まさか・・・・・・」
「本当にできるなんて・・・・・・」
「えらい物を見てしまった・・・・・・」
演習場の見学席からは信じられないという呟きが方々から上がっている。それ程カシムはこの試合のオープニングでド派手な技を繰り出していた。
「こんなものは小手調べだ! まだまだ行くぜ!」
不適な表情でブランを睨み付けるカシムの姿がそこにはあった。
次回は後編でカシムの戦いぶりの続きから話がスタートします。投稿は週の中頃を予定しています。彼がどのような戦いぶりとバカっぷりを見せてくれるのか、どうぞお楽しみに!




