4 入学式と出会い
気丈に振舞ったエイミーさんはトシヤとともにいよいよ入学式に臨みます。そこで出会ったのは・・・・・・
「ただいまより本年度の魔法学院入学式を開催いたします」
広い講堂にアナウンスの声が響き渡り、200人の新入生は一斉に表情を引き締める。合格発表の日に採寸を行い全員が前もって仕立てられた揃いの制服に身を包み、これから始まる3年間の学生生活に心を躍らせていた。
その最も後ろの席に座る男女が声を潜めてなにやら会話をしている。緊張に包まれた周囲とは全く関係がないような雰囲気で二人は顔を近づけて話しに夢中になっていた。その2人とは当然トシヤとエイミーだ。
「ようやく入学たな。これから3年間この学院で過ごすのか」
「本当ですね。ここ何日かは色々ありましたが、ようやく魔法学院の一員としての学生生活が始まりますね」
「ようやくエイミーの世話が終わると思うと肩の荷が降りるよ」
「その言い方は酷いですよ! 私だってトシヤさんのお世話で色々頑張ったんですからね!」
右隣の生真面目そうな男子生徒は『式の最中に不謹慎な!』という目を向けてくるが、反対側の女子生徒は2人の話の方が退屈な祝辞や挨拶よりもよっぽど興味があるらしくて、聞き耳を立てている。いや正確に言えば、その女子生徒は頭の上にピコピコ動くキツネの耳が付いていて、それをそばだてて2人の話を聞いているのだった。
「えーー!! 俺は一切エイミーの世話になった記憶が無いけど、具体的に何を指しているのか教えてくれ!」
「そ、それは色々と・・・・・・ こ、行動だけでは無くて精神的なものも含めましてですね」
「ねえねえなの! 二人はどんな関係なの?」
突然横から浴びせられた声に2人はビクッとしてそちらの方に顔を向ける。そこにはキツネ耳を生やした小柄な女子生徒が好奇心に満ちた目で二人を見つめていた。制服のスカートから伸びたフサフサの尻尾が左右にゆっくりと振れている。
「えーと・・・・・・ どなたですか?」
トシヤから間抜けな問い掛けがなされた。もっと気の利いたセリフを吐こうとしたのだが、咄嗟のことに彼の頭には他に何の言葉も浮かばなかったせいだ。
「あっ、ごめんなの、急に声を掛けて驚かすつもりは無かったの。私は狐人族のアリシア、獣人の特待生枠で入学したの」
「そうなんだ、実は・・・・・・!! 怖そうな先生がこっちに来たから話の続きは式が終わってから!」
こうして式典の会場の片隅でひそかに行われていた会話は中断されて、入学式は滞り無く進行していった。
「続きまして新入生代表、ノルディーナ=ルト=エイブレッセさんの挨拶です」
アナウンスに続いて登場した人物は白銀のロングヘアーに銀色の瞳を持つ真新しい制服に身を包んだほっそりとした少女だった。ただしその胸ははち切れんばかりに大きく自己主張しているのが着席している男子生徒全員の目をこれでもかというくらいに引き付けている。彼女は大勢の目を全く気にせずに落ち着き払って一礼した。その優雅な佇まいは、高貴な家柄の出身だと誰の目のも明らかだった。
「新入生を代表いたしまして一言ご挨拶を申し上げます。伝統があり、かつ私の祖父が大きく関わったこの帝国魔法学院に入学いたしましたことを心からの喜びとして今日この日を迎えております・・・・・・」
(なるほど、あれが魔族のお姫様にして『宵闇の使徒』の一族か! 新入生の代表ということは成績トップということだな。あの銀眼は一目見たら忘れそうもないな)
壇上で挨拶の言葉を述べる彼女を注視している男子生徒は心の中でそうつぶやいた。だが彼のわき腹に隣の女子生徒から肘が突き刺さる。トシヤは代表の女生徒を見るのが初めてだったが、エイミーは試験の時に一度彼女を目撃しているので、トシヤの目が奪われるポイントを熟知していた。
「ダメじゃないですか、あの人の胸をずっと見ていますよね!」
「いや、それは誤解だって!」
またまた咳払いをした教員が近付いて来たために2人の会話は中断される。新入生代表の挨拶が終わると学院長や理事の何たら公爵やどうたら伯爵の挨拶や祝辞が延々と続いて、その間男子生徒は口を開いて眠り続け、女子生徒も時折首がカクンと下に落ちては再び姿勢を正すという勝ち目の無い戦いを繰り返していた。
ようやく長い式典は終わりを迎えて成り行きで3人はひと塊になって長い廊下を歩いている。
「2人とも途中から本当に良く寝ていたの! その神経の太さを見習いたいの!」
アリシアは呆れ半分感心半分で2人に告げると、男子生徒はこの世界では珍しい黒髪の頭を手で掻きながら答えた。
「そんな褒めないでくれよ!」
「誰も褒めていないでしょうが!」
女子生徒の渾身の右のグーパンチが唸りを上げて飛ぶが、彼は首を僅かに動かしただけで簡単にかわす。グーパンチは中々のスピードで放たれたが、軽く避けた男子生徒の動きはかなり戦い慣れた者にしかできないと、見る人が見れば薀蓄の一つも垂れそうな軽やかなものだった。
「2人とも面白いの!」
ボケと突っ込みのナイスコンビがアリシアには殊の外お気に召したようで手を叩いて喜んでいる。前もって打ち合わせでもしたかのような二人の息の合った動きは好奇心旺盛なアリシアの興味を一段と引いた。その瞳にキラキラの星をいくつも浮かべて二人を見つめている。
「2人ともとっても仲が良いの! 昔からの知り合い同士なの?」
アリシアの目に両者のコンビネーションは昨日今日でできるものではないと映っていた。エイミーの全力のグーパンチだったはずだが、アリシアの目にはただの突っ込みに映っているらしい。獣人全体がそうなのかもしれないが、アリシアはかなり独特の感性をお持ちのようだ。
「ああ、紹介が遅くなった。俺はトシヤ、テルモナの街の更に奥にある開拓村の出身だ。こいつとは2週間前に知り合った」
「こいつとは失礼ですね! 私はエイミー、ノルデンの街の近くの小さな村の出身です」
トシヤは黒い目と黒い髪の身長170センチくらいの少年だ。この世界の同年代から比べると背はやや低いが、制服に隠されたその肉体は細身ながらも鍛え上げられているようにアリシアの目には映っている。
対してエイミーは明るいブロンドの肩まで伸びた真っ直ぐな髪と色白で整った顔にクリクリとよく動くエメラルド色の瞳が特徴の少女だった。ハキハキしたしゃべり方と元気いっぱいの性格は誰からも好かれ易そうにアリシアには映る。
話をしながら3人は事前に知らされていた『1-E』という表示のある教室に入っていく。そのまま空いている席に腰を下ろしてなおも話の続きを始めるのだった。
「そんな最近知り合った同士なのにとっても仲が良さそうで羨ましいの!」
「アリシアさん、勘違いしないでください! 仲が良さそうに見えるのは上辺だけのことで、私はこのトシヤさんに借金で縛られて奴隷同然の立場に置かれているんです!」
エイミーが涙ながらに俯きながら身の上を語り始める。でもその瞳からはまったく涙が流れる気配がなかった。その悲しい身の上を聞いた素直なアリシアの目が剣呑な光を放つ。『この女の敵め!』という怒りを込めてトシヤを睨み付けて、その右手はスカートの下に忍ばせている匕首に掛かろうとしている。
「ほう、どうやらエイミーさんはゴブリンに襲われ掛けたのを救われて、怪我の手当てをしてもらって、1泊金貨2枚の高級な宿のフカフカのベッドで寝て、3食とデザートまで食べ放題の上、帝都の観光付きの生活を奴隷同然とおっしゃるんですか?!」
トシヤの反論にアリシアの匕首に伸びていた手がピタリと止まった。両者の意見が食い違い過ぎてどうしていいのかわからないのようだ。
「あ、あれは私の裸を無断で見た料金の一部です! 誰にも見せたことがなかった私の裸は安くないんですからね!」
再びアリシアは右手を匕首に掛けた。その目は『この変態め!』という光を湛えてトシヤを見ている。
「ほう、ゴブリンの毒が回らないように全身にできた傷に薬草を塗ったあの気高い俺の行為を持ち出すんだ! 俺は人助けのつもりだったけど、そうかそうか!」
アリシアの匕首を掴んだ手が僅かに緩む。傷の手当をするには服を着たままではできないのは当たり前だと判断した模様だ。
「そ、それに夜だってベッドの中であんなことやこんなことまでしたじゃないですか!」
アリシアは今度こそ匕首を引き抜いて逆手のままで目の前に構えた。このままトシヤの首元を掻き斬ろうという危ない光がその目に浮かんでいる。そんな危険な状況にも拘らず二人はアリシアの行動には目もくれずに、お互いに自分の主張に夢中になっている。
「ほう、一方的に抱き付いて『暖かくて幸せですー!』と言いながら一晩中俺を抱き枕扱いしているのは誰だったかな?」
「確かに暖かくて気持ち良かったのは認めますが、トシヤさんだって私の色々な所に偶然を装って振れたりしていたじゃありませんか!」
「もう聞いていてバカらしいの! 要するにエイミーはトシヤにいっぱい甘えたアピールをしたいだけなの!」
ついに2人の間に入ってこのアホな遣り取りを聞いていたアリシアがキレた。彼女は匕首をしまってからエイミーの体を上から下までじっと眺める。
「それほど高そうな体には見えないの! 銀貨3枚がせいぜいなの!」
「同性に言われるのはショックが倍増します! すみませんでした、アリシアの言う通りでつい調子に乗ってしまいました」
アリシアの冷静な突っ込みに観念したエイミーは正直にこれまでのいきさつを語りだす。
「実は帝都に着く前に路銀を使い果たしておまけにゴブリンに襲われているところを助けてくれたのがトシヤさんで、もちろん命の恩人として感謝しています。今日までの2週間ずっとお世話になっていました」
「トシヤは実は優しいいい人なの! 見直したの!」
アリシアは席を立ってトシヤの頭を『いい子いい子』している。獣人が人を褒める時の最高の仕草だった。主張が認められて気分が良いトシヤは黙ってされるがままにアリシアの好意を受け取っている。そこに同じように立ち上がったエイミーが彼女の耳元に口を寄せてコッソリと告げた。
「でも私の裸を見た時のトシヤさんの目は凄ーーくエッチでしたよ」
「やっぱりトシヤは変態なの!」
「何でそうなるんだ!」
変態のレッテルを貼られたトシヤの声だけが教室の中に響くのだった。
ケモミミ登場です! 新しい登場人物のアリシアさんを気に入ってくれた方はブックマークと評価にぜひご協力ください。次話の投稿は30分後を予定しています。