39 模擬戦に向けて
投稿が遅れて申し訳ありませんでした。ようやく39話が出来上がったので、出来立てのほやほやを投稿します。
入学してから初の試験に臨む主人公たち、特に今回はエイミーがお話の中心です。彼女の実力が次第に明かされていきます。
コース振り分けの選考試験まで残り3日、一日おきに魔法実技の練習のためにクラスごとに演習室が割り振られている。今日の放課後は第5演習室がEクラスに開放されている。
「トシヤさん、どうしたら効果的に魔法を運用できるんですか?」
トシヤはエイミーの指導役を務めている最中だった。知っての通りにエイミーは大魔王が直々に魔法の力を与えているので、魔力量は一般生徒の10倍近くに及び、その上術式を構築する速度が群を抜いて速かった。本当は彼女が秘密にしている大魔王直伝の極大魔法もいざとなったら使えるのだが、そんなものを使用したら学院が更地になってしまう。
だが彼女は対人戦の経験が殆ど無い。先日のマフィアの本拠地を制圧した魔法は、言ってみれば力任せに有り余る魔力を放出しただけだった。もっと効率良く魔法を使用しないと魔法使い同士の模擬戦を最後まで勝ち抜けなかった。
「エイミーはマシンガンのように氷の弾丸を撃てるけど、せっかく凄い才能を持っていてもまだ十分に使いこなせていないんだ」
トシヤはせっかくの機会なのでエイミーに戦術の理に適った魔法の使い方を教えようとしている。だがエイミーはその第1段階で躓いていた。
「トシヤさん、『マシンガン』って何ですか?」
(ああそうか・・・・・・ エイミーに日本の知識なんか分かる訳ないか)
自分の例えが悪かったとトシヤは反省をしている。暴力に対しては一切の反省を見せないトシヤだが、日常生活の中ではアリシアやエイミーから教えられたごく当たり前の常識をしっかり守っているのだった。だからこの場面でも自分の教え方が悪いと素直に反省している。彼もやろうと思えばできるのだ。
「ほら、この前あの屋敷で悪そうな連中を氷の弾丸で薙ぎ倒していただろう。エイミーの武器は魔力を気にしないで、何発でも魔法を放てる点にあるんだ」
「ああ、あの時は私の分の分け前が懸かっていましたから大サービスしました!」
エイミー(15歳)、トシヤが好きだが、現金も愛している女の子だ。
「あの時エイミーはどこに魔力を集めていたか覚えているか?」
「右手の手の平ですね。いつもそうしていますから」
エイミーは自分の手の平をトシヤに差し出している。普通の女の子らしい柔らかそうな手だ。時々この手がトシヤの股間に伸びて『トシヤ君』をニギニギしている。もちろん人前では自重しているが・・・・・・
「指先から放てるか? 玉数は減らしてもいいから、指先に魔力を集めるんだ」
「やってみます」
エイミーは指先を意識しながらそこに魔力を集める。
シュー、シュー、シュー
空気を引き裂きながら小さな氷の塊が3発飛び出していく。
「それじゃあ次は2本の指から出してみろ」
「はい、わかりました」
エイミーはこれが何を意味しているのか良く分からずに、トシヤの言うがままに人差し指と中指から氷の弾丸を放つ。
「次は5本の指全部使ってみろ」
「はい、ちょっと難しそうですがやってみます」
何回か試してみてエイミーは右手の5本の指から一斉に氷の弾丸を発射した。だがそれぞれの氷弾はバラバラな方向に飛んでいって的を狙うどころではない。
「うん、いい感じだな!」
「トシヤさん、全部バラバラな方向に飛んでいって、全然的に当たりませんよ?」
その結果にトシヤは満足そうに頷いている。さすがは大魔王から力を授かっただけあって、エイミーは魔法を使わせればこの世界では突き抜けた天才だった。
「当たらなくて良いんだよ! エイミーは動きが早いアリシアを相手にする時、今までどうしていた?」
「とにかくいっぱい魔法を放って、アリシアが近付いて来ないようにしていました」
魔法の実習でほんの短い時間ながら模擬戦に近い形で対人訓練を行っていた。その時のアリシアとの対戦を振り返って、エイミーは話をしている。
「それが効率が悪かった原因だよ。手の平1箇所から魔法を飛ばしていたら、何発撃ってもそれは点と点を線を結ぶ攻撃にしかならない。だから5本の指からバラバラに魔法を飛ばして、広い範囲を一気に魔法で覆ってしまうんだ。それで相手の動きを制限してから、反対の手から狙い済ました一撃を放てばそれで終わりだ」
トシヤの説明にエイミーはなるほどと感心している。バラバラに魔法を放って、相手の動ける範囲を限定するなどという発想はエイミーは丸っきり持ち合わせていなかった。トシヤの発想は散弾銃で牽制しておいてマシンガンで止めを刺すという非常にえげつない攻撃手段だ。『こんな魔法攻撃は反則だ!』と抗議の声が上がりそうなくらいに、エイミーの特性を生かした模擬戦の対策としては相当に良い出来のものだった。もちろん実戦にも十分に応用が効くのはいうまでも無い。
「わかりました、もう少し練習してみます」
エイミーはトシヤの指導通りに右手からバラバラに氷を飛ばして、左手からは的を狙って正確な氷弾の射撃を繰り出している。そのうちに彼女は思いついたのか、左右の10本の指から氷弾を飛ばし始めた。
「エイミー、的の辺りで左右の弾が交差するように狙いを付けてみろ!」
こうなるとちょっとした十字砲火の様相を呈してくる。両手の指を動かしながら的の辺りに集中的に氷弾を集めるようにエイミーが狙いを定めると、そこは濃密な弾幕が張られた超危険箇所となっていた。
「トシヤさん、ありがとうございます! これならアリシアにも負ける気はしません!」
「それはどうかな? アリシアにも色々と授けておいたからな。油断しているとコロッと負けるぞ!」
「そうですね、私だけが特訓している訳ではないんでした。気を引き締めて模擬戦に臨みます!」
エイミーは胸を張ってトシヤに誓っている。彼女なりに相当な手応えを掴んでいるようだった。
こうして瞬く間に3日が過ぎて、試験当日を迎える。
筆記試験が無事に終了した教室では、カシムが頭から白い湯気を出して机に突っ伏している。もう精根尽き果てて動く気力も無さそうだ。
「カシムはもうご臨終なの! このまま放置するの!」
アリシアの無情なセリフが響く。馬鹿でかいカシムを担いで帰るわけにもいかないし、まったくそんな義理は感じないトシヤは即座にアリシアの意見に従った。
「そうですね、お腹が空けば起き上がりますよ」
エイミーもこの場は放置が最適と判断している。3人は教室を出てから明日の魔法実技試験に備えて寮に戻っていった。
そしてカシムは日が暮れるまでその場から動かなかった。
翌日は魔法実技の試験が行われる。Aクラスから順番に一番広い第1演習室で自分の得意な魔法を披露して、その威力と命中率や発動までの時間を教員が評価する。
トシヤたちEクラスは順番が最後なので、ラファエル先生が呼びに来るまでは教室で自習の時間だった。
「トシヤは今回模擬戦が無いからこの試験に勝負を賭けているの!」
「そうなんだよ! 全部あの便所スリッパ野郎のせいだ! 今度会ったら便所コウロギに格下げしてやる!」
「どっちが上なのか微妙過ぎてよくわかりません! それよりもトシヤさんはずっと私たちの練習に付き合っていましたけど、準備は大丈夫なんですか?」
エイミーは今回に限らず常日頃からトシヤにおんぶに抱っこの生活を送っている。それでいて試験当日に彼の心配をするとは、なんとも虫のいい話だ。だがそんなエイミーをトシヤは少なからず可愛いと思っている。どうにも彼の保護欲を掻き立てる存在らしい。
「俺の魔法はいつも通りだから心配は要らないさ。昨日の放課後に一通りの稼働テストは終えているから問題ない」
トシヤは入学試験の魔法実技に関してはぶっちぎりの学年第1位の成績を収めていた。これで学科さえまともな成績だったら新入生代表の座はもしかしたら彼だったかもしれない。ただしその後のトシヤの数々の所業から言って、彼ではなくてノルディーナが新入生代表を務めたのは学院にとっては幸運だったのかもしれない。
「それじゃあ実技試験を始めるよ! 全員移動しなさい!」
ラファエル先生の指示に従って、生徒たちは第1演習室に向かう。すでに他のクラスは全て試験を終えて、残っているのは彼らだけだった。
「それでは名前を呼ばれた人から順番に的を目掛けて得意な魔法を放ってください」
その内容は入学試験とまったく同様だった。ただしその内容が入学試験と同じレベルでは、良い成績など覚束ない。この2ヶ月間で学んだ成果を見せないと評価が厳しくなるのは当然だ。
「それではカシム君!」
「はい」
入学試験でカシムは身体強化を掛けた上で的を殴り付けて一撃で破壊するという荒業を見せていた。魔法学院的にはそのやり方はギリギリセーフというレベルに過ぎない。その彼が今回はどのような魔法を見せるのか、教員たちの間に僅かな緊張が走る。
だが見守る教員たちをよそにカシムは身体強化を掛ける素振りを見せずに、腰を落として的に向かって半身の構えを取った。そのまま右手を後方に引いて、左手を軽く添える。そのまま全身に力と気合を漲らせながら、大きな声を出した。
「かーめー○ーめーーーー、波!!」
ゴーー!
バキッ、グシャ!
カシムの右手から得体の知れない何かが飛び出して、とんでもない勢いで的を破壊していた。
「あのバカ、本当に遣りやがった!」
その光景を目の当たりにして、トシヤは絶句している。何を隠そう、日本の人気マンガにあったこの技をカシムに教えたのはトシヤだった。放課後に組み手の相手としてカシムに指名された彼は、面倒だったのでマンガで見たこの技を教え『あとは1人で練習しろ』と放置していた。まさかそれを本当に自分の技としてモノにしてしまうとは・・・・・・ バカの一念は恐ろしい。
「どうだ、俺の魔法は凄いだろう!」
カシムがドヤ顔で戻ってくる。実に晴れ晴れとした良い表情だった。
「カシム凄いの! バカもついに魔法が使えるようになったの!」
アリシアは珍しくカシムを褒めている。だがトシヤは知っている。
(あんなの魔法でもなんでもないだろうが! ただの力技じゃないか!)
トシヤが見破った通りで、カシムは自分の『気』を右手に乗せて高速で打ち出した際に発生する衝撃波の威力と合わせて的を破壊していた。それはそれで凄いことなのだが、カシムの技は断じて魔法ではなかった。
「今の彼の魔法には術式が全く見られませんでしたが、どう評価しましょうか?」
「獣人やエルフが用いる精霊魔法には術式が無いから、それと同じような扱いで良いんじゃないかな」
評価する教員側もカシムの技をどのように扱えばよいのか頭を悩ませている。だが最終的には精霊魔法の一種で結論がまとまった。
その後、トシヤたちは無事に実技試験を終えて、教室に戻るのだった。
その翌日、校舎の前にある掲示板に本日から執り行われる模擬戦の対戦相手が張り出してあった。多くの生徒が、自分が誰と対戦するのか気が気ではない様子で一心不乱に名前を探している。
今回の模擬戦は各自が1試合のみ行う。対戦相手は実技試験の結果を機械的に並べて、1位と2位、3位と4位という順番で対戦する。今回は出場停止のトシヤと実質的な退学処分で学院を去ったペドロを除いた198人が1試合ずつ模擬戦に臨む。全部で99試合が5日間に渡って各演習室で順番に行われていくので、準備をする教員も大仕事だった。
そしてエイミーとアリシアは掲示板の前で人混みを掻き分けるようにして張り紙の前に辿り着いたところだった。
「凄い人の数ですね! 自分の名前がどこにあるのか早く見つけましょう!」
「そうなの! 対戦相手が決まるとワクワクするの!」
2人は目を皿のようにして張り紙の上から順番に自分の名前を探していく。
「あったの! 私はDクラスの人と対戦するの!」
「ひとつ上のクラスですか! もしかしたら結構強敵かもしれないですね!」
「ちょっとくらい強い相手が良いの! 自分の力が試せるの!」
アリシアは前向きだ、というよりも獣人の血がすでに荒ぶっている。『どこからでも掛かって来い!』という状態で、すでにスタンバイを完了しているのだった。
「えーと、アリシアは第4演習室で明日の午後2時からですね。それにしても私の名前が中々見つからないんですが、一体どこにあるんでしょうか?」
エイミーは上から順に自分の名前を探しているが、どこまで行っても彼女の名前は無かった。そしてアリシアの目が欄外の一点に釘付けになっている。
「エ、エイミー・・・・・・ ここにあったの!」
そこは他の生徒の模擬戦とは違って試合会場が『中央闘技場』と記載されていた。そしてその対戦相手は・・・・・・
「ノルディーナさん・・・・・・ あの新入生代表の人ですか?!」
エイミーは訳がわからんという表情をしている。その試合は今回の振り分け試験のファイナルマッチとして、全ての試合が終わってから全校生徒が見守る闘技場で開催されるという選出された生徒にとっては大変に名誉ある試合だった。
この時エイミーは知らなかった。トシヤを除くと今回の魔法実技試験で第1位の評価を得たのは実はエイミーだった。あれだけの魔力を自在に行使して、初級魔法とはいえ合計100発以上の氷弾を的に当てて破壊したその力が、評価されていたのだった。
「なんだか凄いお話になってしまいましたね」
「エイミーは凄いの! 頑張って勝つの!」
自分の実力に対して全く自覚が無いので人事のように受け止めているエイミーと彼女を盛んに応援するアリシア、そのまま2人は全くの平常運転で教室に向かうのだった。
連休中にあと1話か2話何とか投稿したいと思っています。投稿を終えたら燃え尽きた真っ白な灰になっているかもしれません。そんな作者にどうぞ応援の感想、評価、ブックマークをお寄せください。




