38 コース振り分け
4月の入学当初から一気に2ヶ月程時間が飛びます。タイトル通りいよいよ各クラスの生徒がコースに振り分けられていきます。日本で言えば中間テストの結果で段階別クラスの分けられるようなものでしょうか。
トシヤたちが魔法学校に入学してからおよそ2ヶ月の月日が流れた。その間は一応平穏無事に皆が過ごしていたと言っておこう。それは表面上平穏だっただけで、人の目に触れない所でトシヤやカシムが色々と遣らかしていたのだが、いちいちそれを並べ立てていると広辞苑並みの厚さの本が出来上がってしまうので省略する。
Eクラスでは担任のラファエル先生が生徒を前に改めて各コースの振り分け試験の説明をしている。
「みんなもすっかりこの学院に慣れて各自が熱心に課題に取り組んでいるようだ」
ここで先生はちらりとカシムに視線を送る。彼も熱心に課題に取り組んでいる一人だ。それは主に魔法とは全く関係が無い体をひたすら鍛えるという方向で。何しろカシムは魔力が少なくて、初級魔法すらいまだに発動できなかった。使用できるのは相変わらず身体強化魔法のみという実にわかりやすい脳筋振りを発揮している。
彼は獣人の特待生枠が無ければ、この学院には絶対に入学できなかった。毎年2名の獣人特待生枠が設けられており、例年は大体アリシアレベルの魔法能力を持った獣人が入学するのだが、今年は志願者自体が少なくて、なんとなく流れでカシムが選抜されてしまった。おそらく送り出す側の獣人の森の先生たちも不安いっぱいの心境だっただろう。若しくは魔法学院にカシムの教育を丸投げすると決め込んだかのどちらかに違いない。
ラファエル先生の話は続く。
「各コースの振り分けは希望者の中から筆記試験と実技試験の成績上位の者が順番に選ばれていくよ。だから成績が悪いと希望するコースに入れないという可能性が高くなる。その点を踏まえて、今回の試験はみんな頑張ってほしい。それではこの用紙に全員第1希望から第3希望までを記入するんだよ」
先生は一番前に座っている生徒たちに用紙を配るように手渡していく。
「先生! 俺とエイミーは冒険者養成科一本に決めているんですが、それでも第3希望まで記入しないといけないんですか?」
トシヤが手を挙げて質問している。常識が無いくせに変なところで生真面目なのだ。
2人は例の外泊の一件で否応無く冒険者養成科が決定しているのだった。そもそもトシヤ自身は最初からこの科に入ると決めていたので、何の問題も無かった。エイミーもトシヤと一緒に居られればそれだけで満足なのだ。
「ああ、冒険者養成科には決まった定員が無いから誰でも成績に拘らず入れるよ。その場合は他の欄には何も書かなくていいからね」
冒険者養成科と言えば聞こえはいいのだが、要は落ちこぼれを押し込める最底辺の学科だった。この世界ではわざわざ危険な魔物を相手に命懸けの戦いを挑もうという一握りの奇特な人間だけが冒険者を志す。だが実力や幸運に恵まれると一攫千金も可能な夢のある職業でもあるのだ。
「トシヤとエイミーと一緒に冒険者になるの!」
アリシアもすでに自分が進む道を決めている。元々獣人の森でも魔物を狩る訓練を積んでいるので経験も豊富だった。
「俺も冒険者になるぜ!」
カシムが第1希望の欄に汚い字で『ぼうけんしゃ』と書こうとしているが、それを見たトシヤが声をあげる。
「お前はバカだから何も書かなくても自動的に冒険者養成科が決まっているんだよ!」
「なんだと! 冒険者っていうのはお前みたいなハゲでもなれるのか!」
お馴染みのホノボノとした日常会話が始まった。だがそこはすかさずラファエル先生が止めに入る。
「コラコラそこの2人、みんな真剣に自分の将来を考えているんだから静かにしなさい!」
「「はーい、すいませんでした」」
トシヤとカシムの声が見事にハモっている。2人とも日々色々と遣らかしているので、ラファエル先生とFクラス担当のミケランジュ先生には頭が上がらないのだ。
「トシヤとカシムは相変わらず子供なの! この先が思い遣られるの!」
「でも喧嘩する程仲が良いと言いますから、きっと上手くいきますよ!」
アリシアとエイミーは毎度の光景にすでに諦めの境地に達しているのだった。『もう今更何も突っ込まないぞ!』という態度を貫く方針のようだ。
希望のコースを記入した用紙を回収すると、ラファエル先生は再び話を再開する。
「希望のコースが難しそうだったり、他のコースの方が適正がありそうな人には、後で私が個別に面談をするからそのつもりでいるんだよ! それから試験の日程は1週間後から開始される。最初の2日間は筆記試験で、残りの5日間が実技試験だ。今回からは模擬戦もあるからね、みんなしっかり準備するんだよ!」
ついに今回の試験で全員が模擬戦デビューするのだった。実習の時間に軽い練習のような感じで対人戦を経験しているとはいえ、初めての公式戦に皆が期待に満ちた表情をしている。
「アリシアは強敵だから当たりたくないです!」
「エイミーの魔法を掻い潜るのは難しいの! エイミーとはやりたくないの!」
アリシアとエイミーは実習の時間に何度か手合わせを行っている。その結果は今のところ五分五分だった。もっとも両者とも本気を出している訳ではないので、一概にどちらに分があるかはまだ判断できない。
「ふん、誰が来ようとこの拳で叩き潰す!」
カシムは腕に力を込めて拳を握っている。そのはち切れんばかりの盛り上がった筋肉は、日ごろの鍛錬の証だ。格闘だけならおそらくは学年最強の一角だろうが、攻撃魔法が全く使えないというのは彼にとっては大きなハンデだ。
「はーー」
そしてトシヤは机に突っ伏して大きなため息をついている。彼はあと1ヶ月公式戦と模擬戦が出場禁止の身だった。せっかくの晴れ舞台が用意されているにも拘らず、黙って指を銜えて見ているしかできなかった。今回の振り分け試験はトシヤには学科と魔法実技のみしか用意されていないのだ。
「トシヤさん、いつまでもそんなにガックリしていないでください! トシヤさんはこれから私専属のコーチ役を務めてもらいますから、しっかりと術式の運用方法を教えてください!」
「トシヤは私に他の魔法も教えるの! まだファイアーボールしかできないの!」
「仕方が無いからそこのハゲ野郎は俺の練習相手に使ってやる! 放課後はみっちりと組み手をするぞ!」
エイミー、アリシア、カシムの3人からトシヤにご指名が入る。
エイミーは魔法の威力と一度に放てる玉数は十分なのだが、戦闘経験が少なくてその恵まれた素質を十分に生かしきれていなかった。
アリシアは種族独自の魔法以外では、ようやく最近基本中の基本のファイアーボールを覚えたばかりで、もっと魔法のバリエーションを増やしたいと考えている。
そしてカシムはもう今更言うまでも無いだろう。
「わかったわかった、どうせ俺は今回は何もやることが無いから、放課後に面倒を見るよ」
ようやくトシヤが顔を上げるが、ちょっと待ってほしい! 学科試験もあるのに勉強する必要は無いのだろうか? 少なくとも字の読み書き程度は練習しておいた方が良いのではないか?
「そうです! みんなで実技の練習をしてから図書館で学科の勉強もしましょう!」
「「「それはパスする(の)!」」」
エイミーの提案に彼女以外の3人の声がきれいに揃った。トシヤとカシムは言わずと知れたFクラス、そしてアリシアも獣人なのでその考え方は基本的に彼らに近い。勉強よりも体を動かしたり、魔法の練習をするのが好きだった。
その日の放課後、各クラスで生徒たちのコース希望が記入された用紙の集計を担任が集計している。最初の希望の段階で第1希望が難しい生徒にはその旨を伝えなければならないのだ。
「なんだって!!」
Aクラスの集計をしていた担任の手が止まって、彼の顔はとんでもないものを発見していしまったという表情に変わる。それから彼は慌てて1年生の各クラスの担任を集めて臨時の会議を開始した。
「Aクラスのこの2名の生徒に関して、この希望は果たしてどのような真意なのか本人に確認する必要があるのではないだろうか」
彼が各担任に提示した2枚の用紙を見て、他のクラス担任も驚きの表情をしている。
「レオナルド先生のおっしゃる通りです。その2人の意思を直接確認した方が良いでしょうね」
ラファエル先生は1年生の担任の中では一番のベテラン教員だ。だからこそ彼は扱いの難しい生徒が居るEクラスの担当を務めているのだ。
「ラファエル先生、わかりました、早速明日にでも本人の意向を確認します」
翌日のAクラスの帰りのホームルームでレオナルド先生が2人の生徒に声を掛けている。
「ノルディーナ君、フィオレーヌ君、2人は放課後に面談室に来てください」
Aクラスの他の生徒たちは『一体何事だ?』という雰囲気を感じてガヤガヤと話し出している。2人は品行方正で学科、実技ともに成績はトップクラスだった。生活態度に問題が無い2人がもし担任に呼び出される理由があるとしたら、おそらくはコース希望に関する話だろうという結論に行き着くのは必然だった。
「あの2人がどのコースを希望しているか知っているか?」
「いや、2人とも誰にも話していないから全くわからないそうだ」
男子たちは主に美形の2人がどのコースを選択するのか、できれば一緒のコースになって仲良くなりたいという下心が篭った視線を彼女たちに向けている。
「お2人がどちらのコースに希望を出しているのか、気になりますわ」
「そうですわね、私たちと違うコースならば、ライバルがその分減りますから」
女子たちはノルディーナとフィオレーヌがどこを選択したかというその志望先そのものに関心が向いている。成績上位の彼女たちが自分と違うコースを選択していれば、その分自身の第1希望のコースに入れる可能性が高まるのだった。
ホームルームが終わって担任のレオナルド先生が教室の外に出ると、その後を追うようにしてノルディーナとフィオレーヌが付いていく。周囲のクラスメートは2人に声を掛けたそうにしていたが、『話し掛けるな!』というオーラを全開にしている彼女たちの態度に気圧されてその姿を見送るしかできなかった。
「レオナルド先生、私とフィオが呼ばれたのはおそらく同じ理由だと思います。フィオさえ良ければ一緒にお話しを聞きたいのですが、いかがでしょうか」
「そうですわね、そうしていただけると待ち時間が省けますわね」
「わかったよ、君たち2人一緒に話を聞こう」
廊下を歩きながらレオナルド先生は彼女たちの提案にしたがって、同時に面談をすると決定する。特にノルディーナの発言には担任とはいえ、なんとも逆らい難い雰囲気を感じさせるのだ。
3人はそのまま職員室の近くに設置されている面談室に入っていく。
「さて、2人とも今回のコース振り分け希望で全く同じ冒険者養成科を志望している。その件に関して2人とも本当にそれで良いのか改めて確認をしたい」
「私の意思で記入しましたから間違いありません」
先に切り出したのはノルディーナだった。その表情は相変わらず近寄り難い神秘な雰囲気を湛えている。
「しかし君の成績ならば他のどのコースでも選び放題だよ! 本当にお世辞にも教育環境に恵まれていない冒険者養成コースでいいのかな?」
「私の祖母はこの世界で偉大なるご先祖様と出会ってから、しばらくの間は冒険者として過ごしていました。私は祖母の例に倣って冒険者になって、この広い世界を見て回りたいと考えています」
あまりにキッパリとしたノルディーナの言い分にレオナルド先生はぐうの音も出ない。彼女の祖母である、現在の新ヘブル王国の女王の話を持ち出されては、反論の余地は完全に無かった。
「私もディーナさんと同意見ですわ! この学院の他のコースで勉強するよりも冒険者養成科の方が何倍も勉強になると考えた結果ですので、今更変更するつもりはございません」
フィオレーヌはあれから何度もトシヤを自宅に招いて、彼から様々な日本の知識を吸収していた。当然彼から『冒険者養成科に行く』と聞いていたので、一緒に勉強する機会を更に増やそうという思惑が働いている。
「なるほど、2人とも意志は固いというわけだね。もし希望が変わったらいつでも私に申し出てほしい」
「絶対に変わりません!」
ディーナとフィオの声がきれいに揃っている。それもこれ以上無いくらいに決意に満ちた声だった。
「わかったよ、もう戻ってよろしい」
「はい、失礼いたします」
こうして面談室を出て行く2人の後ろ姿を見送りながら、レオナルド先生は深いため息をつくのだった。