35 エイミーの事情聴取
朝帰りを風紀委員に見つかってしまったトシヤとエイミー、エイミーはタイトル通りに事情聴取を受けるようです。果たして無事に済むのでしょうか? それともまたまた波乱の展開に・・・・・・
女子寮の風紀委員として振舞うノルディーナに対して、トシヤが口を開く。
「この学院は外部から通っている生徒も大勢い居る。彼らが男女で一緒に下校した場合も同じような疑いを掛けられるというのか?」
「それとこれは話が違います。お2人にはわざわざ寮の外に出て行わなければならない何かがあったと考えるのが、妥当なのではないでしょうか?」
トシヤは『他のヤツも遣っているのに、何で俺たちだけ? 作戦』でノルディーナの説得を試みるが、これは彼女の論理的な反証にあって不発に終わった。さすがは一国の跡継ぎたるお姫様だ。どうやら一筋縄ではいかないようだ。対してノルディーナは風紀委員としての責任感からなのか、毅然とした態度を全く崩さない。
「なるほどな、疑わしいという考えで、何らかの処罰を下そうとしているのか。だったら本当に俺たちの間に何らかの疚しい出来事があったという証拠を提示してくれ」
「証拠の必要はありません。これをご覧ください、女子寮の規則が書き記されています」
トシヤは『告発する側が証拠を提示して不正行為の証明をしろ』と求めたのだが、ノルディーナはそれに応じずに一枚の紙を取り出す。その紙には女子寮生が守るべき規則が16項目記載されており、その3番目に『親族以外の男性との外泊を禁ずる』と書かれていた。
「エイミー、この規則を知っていたか?」
ここで初めて当事者にも拘らず、すっかり蚊帳の外に置かれていたエイミーがトシヤから発言を求められる。自分が何かを言い出すとポロッとボロが出る可能性を彼女は自覚していて、この場をトシヤに任せて黙っていたのだ。
「えーと、なんだか手渡されたような気もしますが、全然読んだ記憶がないです。何しろアリシアと一緒で毎日が楽しくて、すっかり規則があるなんて忘れていました」
あっけらかんとしたエイミーの発言、そのあまりの天然な態度にノルディーナだけでなくてトシヤも呆れた表情で彼女を見ている。さすがにエイミーのこの発言でトシヤはトーンダウンせずにはいられなかった。
「えー…… どうやら本人も知らなかったみたいだから、今回は見逃してくれ」
「無理です」
「「ですよねー!」」
ノルディーナの簡潔な回答にトシヤとエイミーの声がきれいに揃った。疚しい点が在ろうと無かろうと、規則をたてに取られると反論の余地がなくなってしまう。こうしてエイミーはノルディーナに連れられて女子寮の舎監から事情聴取を受ける羽目に陥るのだった。
トシヤはエイミーと引き剥がされて1人で男子寮に向かっている。彼はエイミーが処分を受けないようにアルテスに力を借りるつもりだった。規則云々に全く疎いので、ここはあえて管理する側の立場の人間に知恵を借りようとしている。男子寮では朝食の真っ只中なので、彼も食堂に居るはずだ。
「アルテスさん、おはようございます」
「ああ、君か! 朝帰りお疲れ様!」
ニヤニヤ顔のアルテスに向かって、トシヤはわざわざひやかされるリスクを犯してまでここに遣ってきた理由を説明する。
「実は…… という出来事がありました。規則に詳しいアルテスさんならば何かいい知恵が浮かぶんじゃないかと思って、こうして相談しに来たんです」
「君たちはアホなのかね? 校門を潜る時くらいは別々に入ってくるのが常識だろう! わざわざ『一晩楽しんできました!』と宣伝して回る必要があったのかね?」
「楽しんでませんが、全く無警戒でした。以後気をつけますが、何とかこの件を有耶無耶にするいい知恵はないですか?」
エイミーが甘えるに任せて、手を繋いだままで寮の目前まで2人で歩いて来てしまったのは、迂闊な行為だったと反省しながらも、トシヤはアルテスに意見を求める。
「まったく…… 懲りずに外泊する気満々だね。若いんだから仕方が無いけど程々にしてもらわないと困るよ。さて、女子寮の規則についてだが、あちらの舎監は行き遅れの口喧しいオバサンでね、彼女が舎監に就任してから形骸化していた規則を急に厳格に適用する方針に改めたんだよ」
アルテスは例の3番目の規則のこれまでの経緯について説明を始める。元々この世界は男性に比べて女性の社会的な立場が限定されている。特に貴族の子女は政略結婚の道具と看做される場合が多いので、在学中にその身に不貞があると学院の立場が拙くなる。その防止策でかつては貴族の子女限定で適用されていたそうだ。それが現在の女子寮の舎監の手によって、平民も同様に規則を適用する方針にいつの間にか改められてのだった。
「なるほど、そのババアを言い倒せば、エイミーは処分を逃れるんですね」
トシヤは自分が女子寮の舎監に直接掛け合って、言葉の暴力によって捻じ伏せる方向で考え始める。面倒な交渉ごとよりも、こういう勢いで何とか誤魔化す方が彼の性に合っているのだった。
「君、そうやって力を背景にして物騒な方向で考えるのは止めたまえ。それからキャサリン女史は君が思うほどは簡単に攻略できないよ。それよりもだ、規則が問題になっているのだから規則で対応するのが近道だと思わないかね?」
「えっ! 何かいい方法があるんですか?」
早速女子寮に突撃をかまそうと腰が浮き掛けたトシヤが再び椅子に座り直す。アルテスが提示しようという話の方が成功の可能性が高そうだと判断したのだった。
「ただしこの方法は君とその女子の将来を限定してしまう。そのつもりで聞いてほしいんだが、いいかね?」
「はい、わかりました。エイミーに処分が及ばないなら何でもします!」
トシヤはこれ以上無い程にキッパリと答える。その態度は中々見上げたものだとアルテスの目に映っている。
「この学校は新入学から2ヵ月後の6月からコース別の振り分け試験が開始される。そして7月以降はそのコースに分かれて授業が開始される。コースは全部で5つだ。『魔法研究科』『魔法戦士科』『魔法史科』『魔法工学科』『冒険者養成課』のそれぞれのコースに生徒が振り分けられて、本格的な授業が始まるんだよ。ここまではいいかね?」
「初めて聞きました」
コース別の授業についての説明はA~Eの各クラスではすでにガイダンスを終えていた。だがトシヤとカシムという学習に関する超問題児が在籍するFクラスでは、まだそこまで話を進めるゆとりが無くて後回しにされていたのだ。担当するミケランジュ先生の想像を絶する苦労が偲ばれる。
ちなみに全部で5つあるコースのうちで最も花形は『魔法戦士科』だった。特に男子の人気が絶大で、誰もが憧れてるコースだ。女子に人気が高いのは『魔法研究科』で、新たな術式の開発に取り組んだり、様々な角度から魔法を生活に生かす方法などを学んでいる。平民に人気があるのは『魔法工学科』で、手に職を付けられるので一生食いっぱぐれがない。反対に人気が無いのは『魔法史科』と『冒険者養成課』で毎年このコースを自分から希望するのは10人に満たないのだった。
「この中で『冒険者養成課』を希望する者は女子寮の外泊に関する規則から除外されるんだよ。ほら、在学中から冒険者に登録して依頼などで外に出るだろう。それをいちいち咎めていたら満足な活動ができないからね」
「本当ですか! 俺もエイミーもすでに冒険者ギルドにパーティー登録しています。ちょうど都合が良いから、学院の『冒険者養成課』に喜んで入ります!」
「本当にそれでいいのかね?」
「はい、元々そのつもりでしたから!」
アルテスの念押しにトシヤは胸を張って答える。彼は実家で母親から一応学院の話を聞いていて、『冒険者養成課一択!』と決めていたのだ。エイミーの意思はまだ聞いていないが、この際彼女にも付き合ってもらうしかない。
「ありがとうございました、アルテスさんに知恵を借りて正解でした。これから女子寮に乗り込みます!」
「そうかい、あまり過激な言動は避けてほしいものだね」
立ち上がるトシヤに一声掛けて、アルテスは目で『行ってこい』と促す。トシヤは一礼してその場を足早に去っていくのだった。
ここは女子寮の通称『指導室』、何か問題がある寮生の指導を行う部屋だった。この場に連れ込まれたエイミーは女子寮の舎監キャサリンに殆んど恫喝に聞こえるような暴言の数々に遭ってベソをかいているのだった。
「全くなんてふしだらな生徒でしょう! あなたのような出来損ないはこの寮には不要です! それどころか他の寮生に悪影響を与える有害な不良です! すぐにこの寮を出て行きなさい!」
「そ、そんな…… ふえーーーん」
女史の一切の反論を認めない暴言に何とか耐えていたエイミーだが、『出て行け!』という最後通牒に大声を上げて泣き出してしまった。『もしこの寮を追われたら、学院に通えない』という考えに思い至って、『この何週かかの夢のような楽しい日々が消えてなくなってしまう』と不安に駆られた結果だ。
「そんな声を上げて泣いても無駄です! あなたのような薄汚い女狐は即刻この寮から出て行きなさい!」
「おね…… お願いですから、寮に…… 寮に居させて…… ください」
大きくしゃくりあげながら何とか寮に居られるように懇願するエイミーだが、女史は全く彼女の言い分に耳を貸そうとしない。それどころか更に声のトーンを引き上げて、甲高い声でエイミーに心無い言葉の数々を浴びせる。
「何を言っているんですか! あなたのような男にだらしない生徒はこの寮に居るべきではないのです! 今すぐに荷物をまとめて出て行きなさい!」
取り付く島もないとはまさにこのことだ。女史はこれでも彼女の信念として女子寮の風紀を守るために発言しているのだが、その言葉のどこを捜しても教育的な言動は見当たらなかった。要は『腐ったミカンは捨てるべし!』と思い込んでいる。
「どうするんですか?! 今すぐに『ここを出て行く』と返事しなさい! それがあなたにできる唯一の償いです!」
女史の言葉に次第にエイミーが精神的に追い込まれていく。女史はノルディーナから事情を聞くなりエイミーをこの部屋に連れ込んで、すでに20分近くこのような『出て行け!』という発言を繰り返しているのだった。彼女には最初からエイミーの言い分を聞くつもりも、彼女を許すつもりもなかった。
「うえーーん! 私はこの寮を出て行きたくないですぅぅぅ!」
泣きながら駄々っ子のように首を振るエイミー、もう彼女に残された最後の抵抗だった。それほど迄にこの僅かな時間でエイミーは追い詰められている。
バリバリバリ、グシャグシャ! バリーン!!
その時、指導室の内側から鍵を掛けたドアが力尽くで抉じ開けられた。そこには強引に外したドアノブを手にするトシヤが立っている。その表情は怒りで真っ赤になっている。
「あ、あなたは何でここに居るのですか! ここは男子禁制の女子寮ですよ! 今すぐに立ち去りなさい!」
まさか鍵が壊されるとは思っていなかった女史は、驚いた表情で開かれたドアを見ていた。だがその職務に対する熱心さと彼女が何よりも大切にしている『女子寮の秩序』を守るために、恐ろしい形相のトシヤに向かって意識した上から目線で努めて冷静な声を出す。
それに対してトシヤはポケットから1枚の書類を女史の目の前に差し出した。その書類には『女子寮の立ち入りを認める』という学院長直筆の文字と校章の判が押されているのだった。トシヤはアルテスとの話を切り上げてその足で女子寮に向かったのだが、入り口で他の職員に『正当な理由が無い』と言われて立ち入りを拒絶されていた。已む無く彼はその足で慣れ親しんだ学院長室に押し掛けて、ロクに事情を説明しないまま無理やりにこの書類を書かせたのだった。彼の背後に居る〔獣神・さくら〕の存在を恐れた学院長は、一も二もなくトシヤの言うがままに書類を作成していた。
それにしても学院長室に押し掛ける方が、トシヤにとって女子寮よりもハードルが低いのは驚きだ。実は学院長の事務官や秘書は『トシヤは事情がどうあれ学院長室に通せ』という指示を受けているのだった。
「そ、その書類は学院長の……」
これまでエイミー1人を相手にして嵩に掛かって一方的に彼女を責めていた女史の勢いが急激に鈍る。目の前に学院長が発行した書類があるということは、今回の件は学院長も事情を知っていると思い込んでいるのだった。
「おい、そこのヒステリーババア! 外から聞いていたがずいぶんうちのエイミーを可愛がってくれていたようだな」
まるでヤク○の脅し文句のようなフレーズがサラリとトシヤの口から流れるように告げられる。ドアの外から女史のエイミーに対するまるで脅迫のように一方的に責める声を聞いた時点で、トシヤは『穏便に済ませる』などといった甘っちょろい考えをかなぐり捨てていた。
「あなた! 生徒が職員に向かってなんと言う言い草ですか! これは処分の対象になりますからクラスと名前を申告しなさい!」
「1-Eのトシヤだ! 俺の名前を聞くのは最後のなるだろうからよく覚えておけ! お前の行為は生徒に対する指導から逸脱している。この件に関して学院長に俺の口から伝えるからそのつもりでいろよ!」
「何ですって! あなたは何様のつもりなんですか?!」
女史はトシヤの逆襲に激高して彼に掴みかかろうとするが、あえなくその伸ばした手をトシヤに軽く捻られてそのままソファーに突き飛ばされた。その様子を側で見ているエイミーはいまだに何が起きて居るのか事情がわからない様子で、泣くのも忘れて呆然としている。
「エイミー、安心しろ。冒険者カードを出してくれ」
トシヤのその声にようやく再起動を果たしたエイミーは、立ち上がって彼の体に縋り付いた。もう諦め掛けていた時に、突然目の前に現れた救いの神を手放さないようにと、力を込めてトシヤに抱き付いている。
「トシヤさん…… うえーーん!」
今度は安心のあまりに再び声を上げてエイミーは泣き出した。抱き付いたままで何もしようとしないエイミーのリュックから、トシヤは冒険者カードを取り出すと、自分の分と合わせて2枚をテーブルの上に置いた。
「これが俺たちの冒険者カードだ。2人とも当然冒険者養成課を志望している。これを見て何か文句があるか?」
「何ですって!」
ソファーに強制的に座らせられた女史は言葉を失っている。突然乱入して来たトシヤによって、エイミーを叱責する根拠を失ってしまったからだ。こうなると理由もよく調べないままに、エイミーに対する暴言を浴びせた責任が自らに降りかかると、彼女にもわかっていた。
「さて、どう責任を取るのかな?」
トシヤの顔が残忍に歪む。彼の本質である暗殺者の一面が顔を覗かせている。エイミーは依然としてしゃくりあげたままトシヤにしがみ付いているが、次第に先程と違って『トシヤの隣に居れば安心』という表情に変わっている。
「今回の件は不問とします」
女史は悔しそうな表情で唇を噛み締めている。何事も『規則、規則!』と口煩い彼女が、規則を逆手に取られているのだ。
「やい、この行き遅れのクソババア! お前はバカなのか! エイミーには全く問題がなかったにも拘らず、酷い言葉を浴びせて彼女をここまで追い込んだ責任をどうやって取るんだと聞いているんだ! まさかこのまましらばっくれるつもりは無いよな?!」
トシヤの女史の対する呼び方がいつの間にか『ヒステリーババア』から格上げされている。それはともかくとして、もうすでに両者の立場は決していた。捕食する側のトシヤと捕食される側の女史の立場は明らかだった。女史はかつてない程の危機感を内心で感じている。だが弱味を見せないように表情は強気なままだった。
「誰にも間違いはあります。風紀委員からの申し立て通りに、私は事実関係の調査をしていただけです」
「ほう、エイミー、何か事情を聞かれたか?」
トシヤはエイミーの瞳を覗き込むように話し掛けた。怯えきった状況からようやく立ち直りつつあるエイミーには、その態度はトシヤが励ましているように映る。
「何も聞かれませんでした。最初からずっと私を一方的に責める酷い事ばかり言われました」
「わかった、この件は果たして教育者として妥当なのか、学院長に判断を仰ごう」
トシヤが改めて放った一言が決め手となって、女史はガックリと肩を落とす。今まで女子寮の権力者として彼女の遣りたいままに寮生をある種の支配下に置いてきたのだが、もうその手法が通用しないと観念しているようだ。それどころか、今までの彼女の遣り方の被害を受けた生徒が声を上げれば、罷免という可能性すら考えられるのだった。
「今回の件はエイミーさんにお詫びしますから、何とか穏便に済ませてもらえないでしょうか」
「残念だが手遅れだ。もっと生徒の声に最初から耳を傾けるべきだった。これからは別の場所で後悔しながら生きていけ」
女史の懇願するような下手に出た声をトシヤはさらっと無視をする。彼女の瞳の奥には全く反省の色が見当たらなかったためだ。もしこの女史を今後とも女子寮に置いておくと、エイミーに対して何らかの嫌がらせを仕組みそうなので、この際『ゴミはゴミ箱に!』を徹底する覚悟のトシヤだった。
こうして女子寮のヒステリー舎監を追い出したトシヤですが、本当に立ちはだかる敵に対して容赦が無いです。自分たちの落ち度…… そんな物は全く気にしません。そして反省もしません。なぜなら彼にはご先祖様の血が引き継がれているのですから。




