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33 エイミーのお願い

機嫌が悪いエイミーをトシヤがどう説得するか、そしてその後の展開はあるのか・・・・・・ 今回はそんなお話になりました。このところ主人公を取り巻く人間関係にスポットを当てたお話が続いていますが、もうしばらくはこのような内容が続きそうです。近いうちに同じクラスの生徒の話題などにも触れて、個性的なクラスメートたちも順番に紹介していきたいと思っています。



 相変わらず機嫌が悪いエイミーの隣にトシヤは腰を下ろす。エイミーはトシヤが傍に来たのがわかって彼とは反対の方向を向いているが、拒否したり逃げ出す素振りは見せずに体育座りをしているその場から動かなかった。



(エイミー、頑張るの! 今がチャンスなの!)


 その様子を魔法を練習する振りをしながら横目で伺っているアリシアは、心の中でこっそりと応援している。クラスメートで女子寮でも同じ部屋の彼女の目からすると、エイミーのトシヤに対する気持ちは丸わかりだった。傍で見ている方が当人たちが気付かない気持ちにいち早く気が付くというのはよくある出来事だ。



「エイミー、今朝からおかしいぞ。そろそろ機嫌を直してくれよ」


「一体何のことかよくわかりません。私は別に機嫌なんか悪くないですよ(棒)」


 トシヤは『どうすればエイミーの機嫌が元に戻るのか』などという当てが全く無いままにひとまずは声を掛けた。対するエイミーの反応はかんばしくなくて、棒読みのセリフを口にするだけだった。


 それでも『今朝から顔も合わせようとしなかった彼女が呼びかけに反応したのは一歩前進だ!』と挫けそうになる心をトシヤは無理やり前向きに立て直す。そう思い込まないとこの困難なミッションには成功の可能性すら見出せないと、彼は覚悟を決めた模様だ。


「なあ、何でそんなに機嫌が悪いのか教えてくれよ」


「……」


 今度は全くエイミーからの返事が無い。どうやら聞いてはいけないことに触れてしまったようだ。どこに地雷が埋まっているのか見当が付かないトシヤは一瞬途方に暮れる。そんなところに更にエイミーからの追い討ちがトシヤに炸裂した。


「そんな無神経なお話をするトシヤさんは嫌いです!」


 エイミーは自分で心にも無い我が侭を口にしているとわかっていた。それでも『トシヤが貴族の令嬢と朝帰りをした』という事実の前に彼女自身がどうしたらよいかわからずにいる。トシヤが何か言う度に意固地になって、思っていることと正反対の言葉が口から飛び出してしまう自分に苛立っていた。


「俺のことが嫌い……」


 トシヤはエイミーが放った一言に完全に撃沈して下を向いてしまう。彼の生き方そのものであり、これまで数多くの困難を克服してきた『戦術・強行突破』が全く通用しない相手に苦慮していたところに持ってきて、『嫌い!』とまで言われてしまってはもう打つ手が無かった。


(ああ、また酷いことを言ってしまいました! トシヤさんごめんなさい、本当は違うんです!)


 エイミーはトシヤが俯いてしまった光景を目にして心の中で真剣に焦っている。今まで見てきた彼はどんなに危険な状況でも絶対に下など向かなかった。常に正面に向かって突き進むトシヤの後ろ姿を見続けてきた自分にエイミーは気が付く。


「エイミーに嫌いといわれてしまっては、もう俺は何もできない。だからこれが最後のお願いだ。何でも言うことを聞くからどうか機嫌を直してくれ!」


 過去母親の前でしか発動した経験が無い『戦術・平謝り』をトシヤが発動する。イタズラをして怒られた時は素直に謝って許しを乞うのが、怒りを解く近道だと彼は学習していた。これが通じないとまさに進退窮まるのは確実で、トシヤは最後の勝負に打って出た。


「し、仕方が無いですね。トシヤさんがそこまで言うなら考え直してもいいです」


 エイミーは『もしここで意地を張ったら本当にトシヤが離れていく!』と危機感を抱いていた。そこにこのトシヤの申し出は渡りに船だ。すかさずノッてきたのは云うまでも無かった。ただし口調は何故か上から目線のままという事実に彼女は気が付いていない。


「本当か! 機嫌を直してくれるのか!」


「トシヤさんが私の希望を叶えてくれたら、許してあげます」


 トシヤは平謝りが功を奏したと一安心している。問題はエイミーの希望とやらをどのように叶えるかに移る。


「それで、そのエイミーの希望って云うのはなんだ?」


 あまり負担が大きな希望で無いように祈るような気持ちでトシヤはエイミーに尋ねた。対するエイミーからは即答する。傍から見ていればその心情は『待ってました!」と言わんばかりだ。


「私もトシヤさんとお泊りがしたいです! 入学する前に2人で泊まっていたあの宿がいいです! 今から出掛けましょう!」


 エイミーが機嫌を損ねていた原因はまさにこれだった。彼女は入学前に2人で同じベッドに潜ってトシヤを抱き枕にしたあの幸福な日々が忘れられなかった。そこへ持ってきて見知らぬ貴族の娘とトシヤが外泊したと聞いて、自分が知らないところでトシヤが遠くに行ってしまったような気がしていた。突き詰めて云えば単なるヤキモチを感じていたのだ。


「それは構わないけど、昨日外泊したばかりでまた今日もというのは少々不味いような気が……」


「あ゛あ゛! どこかの貴族のお嬢さんとは一緒に泊まれて、私とはできないと云うんですか?!」


「いえ、全然できます! 喜んで外泊させていただきます。でも今から寮に戻って外泊届けだけは提出させてください」


 こうして何とか話がまとまった2人は連れ立って寮に向かう。演習室から出て行く2人の姿をチラリと横目で見たアリシアはこっそりと心の中で考える。


(トシヤは何とか上手くやったみたいなの! これからの展開が面白そうだから、明日早速エイミーから詳しいお話を聞くの! エイミーも頑張るの!)


 2人の今後をそっと応援するアリシアだった。





「あのー、アルテスさん…… 昨日の今日で申し訳ないんですが、また外泊届けを出します」


「んん? さすが若いだけあってお盛んだね! また例のご令嬢宅かい?」


 昨日の件を完全に勘違いしている舎監はやれやれという表情を浮かべている。


 対するトシヤも心地悪そうな表情をしている。いくら規則が甘いこの学生寮でも2日連続の外泊となると、ある程度の事情を説明しないと認められないからだ。


「えー、今日は全くの別件です。ギルドに所用がありまして、手続きで時間が掛かりそうなので念のために外泊許可を得ておこうと云う訳です」


「正直に言いたまえ!」


 完全にトシヤの嘘はバレていた。元々嘘が苦手なので、どうやら顔に出ていたようだ。多くの学生を見てきたアルテスの目はこのような甘っちょろい誤魔化しが効かない。


「その…… 女の子と一緒に泊まってきます」


 誤魔化すのを諦めたトシヤは已む無く本当の理由をぶっちゃけた。


「全く最初から正直に言えばいいものを。本来はそのような理由で外泊など認められないところだが、君の正直さに免じて今回だけは許可するよ。次回からはもっとまともな理由をでっち上げてほしいな」


(正直に言えといったのはあんただろう!)


 ニヤニヤが止まらない表情のアルテスにトシヤは心の中で突っ込むが、決して声には出さない。彼の機嫌を損ねるとせっかく許可を得た外泊が取り消されかねないからだ。


「ああ、それから一言だけ言い添えると、在学中の妊娠騒動だけは勘弁してくれよ! 毎年1人や2人は必ずやらかすからな!」


「いや、そんなことはしませんから、心配は無用です!」


 トシヤは治療目的? でエイミーの素っ裸を見た経験はあるものの、入学前に何日も同じベッドで過ごしながらそれ以上の行為はしていなかった。もちろんエイミーがこっそりと額にキスをしたのも彼は知らない。当然今夜もそんな気は全く無かった。




 こうして何とか外泊許可を得たトシヤが男子寮の外に出ると、ちょうど女子寮から出てくるエイミーの姿が目に留まる。先程とは打って変わった楽しそうな表情はすっかり機嫌を直している証拠だ。


「エイミー、こっちだ!」


 トシヤが手招きすると気が付いたエイミーが駆け寄ってくる。そしてトシヤの脇にやって来るなり、サッと彼の左手に抱き付いてきた。


「さあさあトシヤさん、許可も得たことだし街に行きますよ! まずはお洋服の店からです!」


 学院の登下校は制服の着用が校則で決まっている。特に理由が無い限り私服では門で止められて出入りができない。


 したがって学生は必ず制服姿のままで街を出歩くことになる。だがよくよく考えると、制服のままで宿に入るのは少々外聞が悪い行動だった。高校生カップルが制服姿のままでラブホを利用する行為に等しいからだ。


 そこでトシヤが頭を絞って、服を購入してからその場で着替えて、少し街をぶらついてから食事時の前に宿に入るというスケジュールに決定したのだ。





「この姿でおかしくないですか?」


 試着した冒険者風の服をトシヤに見せながらエイミーが尋ねる。彼女は元々の顔立ちが童顔なので、年齢よりも必ず年下に見られるのだった。そこで少し大人っぽいデザインの服をこの場でチョイスしている。


「うん、中々良いんじゃないか。よく似合っているぞ!」


 トシヤからのオーケーが出て彼女の表情は緩み放題に緩み切っている。ついさっきまで機嫌を損ねて膨れっ面をしていた人とは思えないほどの変貌振りだ。こうして2人っきりで外泊できるのがどれだけ嬉しいのかをその表情が物語っているのだった。きっと今ならばエイミーがその魔力を全開にすれば、浮かれた弾みで空も飛べるのではないだろうか?


 トシヤはすでに適当に選んだ服に着替え終わっている。制服はそのままマジックバッグに放り込めば準備は完了する。いかにも新品の服が多少の怪しさを醸し出しているが、これで2人は冒険者パーティーに見えなくも無い。実際にギルドにパーティー登録しているので、カードを見せれば2人の素性は冒険者ギルドが保障してくれるのだ。




 トシヤとエイミーはそのままブラブラと街を歩きながらウインドーショッピングを楽しんで、適当に時間を潰しながらお目当ての宿の到着する。その宿は〔黄金の獅子亭〕という、帝都でも5本の指に入る高級な宿だった。



「いらっしゃいませ! おや、お久しぶりですね! 確かお2人は魔法学院に合格したんですよね」


 バレていた! せっかくの2人の偽装工作だったが、受付嬢は入学前に2週間もここに滞在した2人の顔をバッチリと覚えていたのだった。おまけに宿を引き払う時に『魔法学院に入学する』とトシヤが告げたことまでしっかり覚えていた。上客の顔を覚えるのは受付嬢の必須のスキルなのだ。


 トシヤは必死に口に人差し指を当てて『シー』とゼスチャーで伝える。彼の行動で受付嬢には全てが理解できた模様だ。


「ちょうどお2人が滞在したお部屋が空いていますが、何泊しますか?」


「2食付きの1泊で頼む」


 受付嬢からの『このこの、楽しみやがって!』という突き刺すような視線を感じながらトシヤが手続きを終えると、鍵を受け取ってから食事のテーブルにそのまま案内される。


「若いお客様にはスタミナの付くこのお料理がお勧めです」


 変な気の回し方をする彼女の言葉をトシヤは無視しようとするが、あまり深い意味を考えていなかったエイミーがこれに食い付いた。


「お昼にあんまり食べられなかったので、それでお願いします」


 その言葉通り、いつもは健康的に出された食事を完食するエイミーがショックのあまりにお昼ご飯の大半を残していたのだった。それがこうしてトシヤと念願のお泊りが実現するとあって、急に食欲に目覚めるのも無理はない。


「それじゃあ俺も同じものを頼む」


 エイミーに引き摺られるようにトシヤも同じ料理を注文する。受付嬢は意味深な笑顔を残して2人のテーブルから去っていった。




「さあ、お昼の分までいっぱい食べますよ!」


 ニンニクの香りが食欲をそそる。確かにこの料理はスタミナが付きそうだが、受付嬢がカウンターからこちらをニヤニヤして見ている視線に気が付いたトシヤはどうも居心地が悪かった。対して全くそんなことに気が付いていないエイミーは幸せそうに料理を頬張っている。学院で提供される食事もかなりのレベルにあるのだが、この宿の料理は少なくとも2ランクは上だった。アリシアがレストランでの食事を楽しみにしているのも、学院では味わえないさらに上質な食事を知ってしまったからに他ならない。



(そうか、エイミーの笑顔は俺を幸せな気持ちにしてくれるんだな)


 楽しそうに食事をするエイミーの顔を見つめつつ、ぼんやりと今まで気が付かなかった自分の気持ちに何故か納得がいくと同時に、二度とエイミーにあんな悲しそうな表情をさせないようにしようと誓うトシヤだった。


  


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