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30 ルードライン伯爵

学院の裏庭で出会ったフィオレーヌとのお話の続きです。協力をしてほしいと申し出る彼女に対してトシヤはどのような態度に出るのでしょうか……


 トシヤとフィオの話し合いはなおも続いている。


「さすがだな、大賢者の家柄ならば、あれが『日本』の魔法体系によって構築されているという事実が一目で理解できるのも当たり前か。だけど『ああ、そうですか』という具合に簡単に教えるわけにはいかないんだよ」


「それはそうでしょうね。この世界の魔法だって『奥儀』は門外不出ですから。私の家でも様々な日本の知識は秘伝として外部に漏らさないように細心の注意を払っています」


 この世界よりもはるかに文明や科学技術が進んだ『日本』に関わる知識は、地球に例えると宇宙人から教えてもらった最新の科学技術なり科学理論に相当する。ましてや魔法理論などというものは戦いのあり方や生活全般を一変させる可能性を秘めている。


「大賢者の家だったらそれなりに伝承されている『日本』の魔法理論だって残っているんだろう。今更俺の魔法を習っても意味がないんじゃないのか?」


「何を言っているんですか! 私の家に残っている魔法理論よりも、あなたが使用している理論の方がはるかに高度で新しいものです! それにせっかく私の家に残されている知識や理論の殆どはもう解読ができなくなっているんですよ。初代の大賢者から20世代以上経て、残された書物の読み方さえももうわからないのですから」


 フィオの家、正中の大賢者が現在抱える大問題がこれだった。せっかく多くの知識が記載されている書物が残っていても、それを読むことができないのだった。もちろん代々日本語を親から子に伝えているのだが、専門的な科学知識や物理法則の概念が全くわからなくなっていたのだ。


「うーん、そうだな…… そのフィオの家に残されている書物の解読くらいだったら手伝っても構わないぞ。Eクラスに在籍していても、日本語の読み書きならバッチリだ! その代わりにこの世界の文字はさっぱりわからないけど」


「本当ですか! それだけでも大助かりです! 今まで本の中に埋もれていた知識や理論が再び明らかになるんですね!」


 フィオの瞳には20個以上の星がキラキラに輝いている。両手を胸の前で組んで、まるで救世主を目の前にしたかのような表情をしている。興奮のあまりに今にもトシヤに抱き付きそうな勢いだ。


 トシヤは実は日本語の読み書きだけでなくて、マンガ本で身に着けた科学理論や物理法則も理解していた。正確にはマンガだけでなくて『獣神・さくら』にもらった日本の学校の教科書や参考書なども勉強済みだ。なぜ彼がここまで日本の知識に精通しているかといえば、その動機はただ単に『マンガ本で見たロボットを自分の手で作り上げたい!』という子供心、もしくは厨2病を発症したのが原因に過ぎなかった。だがその幼かった彼の一念がこの世界にあって唯一の日本語の読み書きができる奇跡の存在を生み出したのだった。


「ああ、いいぞ。暇な時に付き合ってやるよ」


「今はお暇ですか?」


 フィオはかなりせっかちな性格のようだ。出会ったばかりのトシヤに対して、今から早速解読に付き合わせようという魂胆だ。


「まあ、暇といえば暇だけど」


「では私の屋敷にお出でくださいませ!」


 こうしてトシヤは殆ど拉致同然のフィオの強引な誘いに逆らえずに、帝都の貴族たちの豪邸が連なる一角にあるルードライン家に馬車で連れて行かれる羽目となったのだった。





「ずいぶん立派な屋敷が並んでいるな」


「この辺りは貴族の皆さんのお屋敷が立ち並ぶ地域ですからね。この道をずっと北に進むと帝城がありますよ」


 皇帝の居城は帝都の最も北の一帯に広がっている。その周囲は貴族の屋敷が占めて、庶民が住む地域は南側に広がっているのだった。


「へー、まだ帝都に来てから日が浅いから、まったく地理がわからないんだ。一度くらいは帝城も見ておきたいな」


 完全にお上りさんの発言になっているトシヤだった。彼は辺境の開拓者たちが移り住んだ小さな村の出身だった。周囲には畑と森しかない魔物が跋扈する危険地帯に囲まれた環境で学院に入学するまで過ごしていた。冒険者になってから付近では最も大きな街の『テルモナ』に出向くようになったが、帝都の広さと人口や建物の数はそこと比較しても全く桁違いだ。滞在して一月程度では全然隅々まで見て回れなかった。


「よかったらお城の中までご案内します。私と一緒ならば自由に内部に入れますから」


「うーん、それは遠慮しておく。堅苦しいところは性に合わないんだ。外から眺める程度で十分だから」


 フィオの提案をトシヤはあっさりと断る。多くの庶民は『一度でいいから帝城の中に入ってみたい』と憧れるのだが、彼には全くそんな気がなかった。


 だがトシヤはこの時点で全く気がついていない。魔法学院での彼の行動は逐一レポートにされて皇帝陛下に直接伝えられているのだった。トシヤの動向と彼の背後に存在する『獣神・さくら』の動きは帝国にとって決して無視できるものではなかった。それどころか国家の安定のためには、最優先で気を配らなければならない事項だった。万が一さくらの機嫌を損ねて配下のドラゴンを1体でもけし掛けられたら、それだけで帝都が滅亡の危機に曝される。そんなとんでもない災いを引き寄せかねないキーパーソンこそがトシヤだった。皇帝陛下の立場からしたら今すぐにでもトシヤに城に来てもらって、友好的な態度を示しておきたいところだろうが……




「間もなく我が家に到着いたしますわ」


 さっきから延々左側にレンガの塀が続く道を馬車が進んでいる。ひょっとしたら魔法学院の敷地に匹敵する広さの馬鹿でかい屋敷のようだ。そのまま馬車は正門を潜って3階建ての石造りの豪邸の玄関に横付けされた。


「お嬢様、お帰りなさいませ」


 メイドたちや使用人が左右に10人ずつ並んでフィオを出迎える。この家の令嬢のご帰還だからこのくらいは貴族としては当たり前だろう。馬車から降りてくるフィオに一同は頭を下げていつものように出迎えた。だが次の瞬間、彼らの表情が貴族の使用人には全く相応しくない程の驚愕に包まれた。


 なんとフィオの後ろから全く見慣れない魔法学院の制服に身を包んだ男子生徒が馬車から降り立ったのだ。一瞬の驚愕に包まれた使用人たちの表情が落ち着くと、今度は急ににこやかな笑みを浮かべてトシヤを出迎える。


「お客様、ようこそ当家にお出でくださいました。使用人一同歓迎いたします」


 おそらくはフィオ付きのメイド長なのだろう。やや年配の女性がトシヤに向かって丁重な態度で深く頭を下げている。


「ああ、どうもありがとうございます。トシヤです、どうぞよろしくお願いします」


 トシヤは全くの庶民育ちなので、このような盛大な出迎えに慣れていない。彼はメイド長の前で同じように深く頭を下げ返す。彼の礼儀の大半が日本の習慣に基づいているので、お辞儀は挨拶の基本となっているのだ。腰の低い挨拶を返してきたトシヤにメイド長は戸惑い混じりの怪訝な表情を見せている。てっきりどこかの名のある貴族の子弟だと思っていたら、どうやら彼の態度からして違うようだと気が付いたからだ。だがそれを口にする程無作法な彼女ではなかった。


 対してトシヤは全く気がついていなかった。なぜこれ程までにメイド長が丁寧な態度を取るのか、全く心当たりがない。


 フィオの家柄はかつては帝国政府の高官を務めた大貴族だ。しかも現在は魔法具の製作と販売によって帝国随一とも称される莫大な富を得ている。その一人娘の彼女に対して周囲の貴族からは他人が見れば羨む程の好条件の縁談が続々と舞い込んでいた。しかしフィオはこれまで縁談の数々をきっぱりと断っていた。傍目にはどんなに条件が良さそうな話にも全く乗ることはなかった。


 およそ貴族の跡継ぎの一人娘ならば15歳の成人年齢に達する前に婚約者が決まっているのが当たり前のこの世界で、フィオにはこれまで浮いた話のひとつもない生活を送ってきた。それが急に『ご学友の男子生徒』を屋敷に連れてきたとなっては、使用人たちが浮き足立つのも当然といえば当然だろう。


「お嬢様、ご当主様がお待ちです。執務室にお出でくださいませ」


「ちょうど良かったわ! トシヤ様をお父様にもご紹介しましょう!」


 フィオの言葉が使用人一同には決め手の台詞に聞こえる。彼らの中では正体不明のこの青年が『お嬢様の意中の人』という位置付けが成された瞬間だった。


「トシヤ様、恐れ入りますが私の父にもご紹介させていただきましてよろしいでしょうか?」


 フィオは使用人たちの手前、先程校舎裏で2人で話した時よりもずいぶん丁寧な言葉遣いをしている。彼女には大貴族の一人娘という立場があるのだった。


「ああ、別に構わないぞ」


 対してトシヤの口調は全くいつもの通りだ。その態度に使用人たちは疑惑を深めている。


(もしやさぞかし身分のある家柄…… もしや皇帝陛下の隠し子!)


 とんでもない誤解をされたままに、彼はフィオとともにメイド長の案内に従って、ルードライン伯爵の待つ執務室に案内された。


「お父様、ただいま学院から戻りました」


「おお、お帰り、我が愛しき娘よ」


 どうやらフィオの父親は娘を溺愛しているらしい。彼女の姿を見た瞬間、難しい表情で書類と格闘していたのがとろけそうにだらしない顔になっている。娘に浮いた話が無くて一番喜んでいたのはこの人物に違いなかった。


 だが伯爵のその表情は長くは続かない。フィオの後ろから遅れて入室したトシヤの姿をその目にしたせいだ。急に表情を強ばらせながら彼は娘に目で問い掛ける。その顔には『もしかして娘を奪い去ってく敵が現れたか!』という警戒心を顕にしている。


「お父様、こちらの方は学院で知り合いましたトシヤ様です」


「はじめまして、トシヤです」


 トシヤは普通に頭を下げる日本式の挨拶をする。その様子を見て伯爵は『おや?!』という表情だ。貴族ならばこのように簡単に頭を下げるはずがないと思ったからだった。だが、ただの平民にも見えない何かが感じられる。これまで多くの人間と出会う機会が多かった伯爵の人を見る目は伊達ではない。


「失礼だが貴族ではないにしても、君からは只者ではないという気配が伝わってくる。もし可能ならが私に何者だか明かしてはもらえないだろうか?」


 伯爵からの申し出にトシヤは一瞬考えてから、自らの出自を告白した。


「暁の隠者と申し上げればお分かりいただけますか?」


 伯爵の表情が驚愕に染まった。その家柄は貴族など比較にならない、皇帝家の血にも匹敵する貴重な異世界の血を引く一族の証だ。しかもその中でも滅多に他人に正体を明かさない闇に隠れた一族だというのだから、その驚きぶりは尋常ではなかった。


 もちろん伯爵家にも正中の大賢者としての情報網が存在する。だが、トシヤとその周囲の情報隠蔽は完璧だった。こうして本人が正体を明かすまでは5聖家の一員が帝都にやって来ているという事実そのものを、同じ5聖家の情報網をもってしても捉えられないほどに巧妙に隠蔽していた。



「まさかとは思ったが、私も君たちの一族を実際に目にするのは実に20年ぶりだよ。確か彼女は『イリヤ』と名乗っていたはずだ」


「ああ、それは俺の母親ですね」


 再び伯爵の表情が驚愕に染まる。魔法学院に在籍した僅か3年間で数々の伝説を残して忽然と姿を消した『疾風のイリヤ』の息子だと彼が言っているのだ。彼女の息子だということは暁の隠者の直系の本当の本物がこうして目の前に立っているということになる。



「お父様、トシヤさんは私のお客様なんですから、もうお父様とのお話の時間はお仕舞いです。それに私にとってトシヤさんはとっても大事な人ですから、お父様もそのつもりでいてくださいませ。私たちはこれから2人っきりで大事なことをしますから、どうか邪魔をしないでください!」


 フィオが伯爵とトシヤの会話に横から割って入り込む。彼女は『トシヤは日本語で書かれている秘伝の書物の解読に力を貸してくれる特別な人で、これから2人で早速本の解読にあたる』と告げたつもりだったが、どうやら言葉足らずで伯爵に大きな誤解を与えてしまったようだ。


「まだ結婚前の娘が何を言っているのだ! 許さん、絶対に許さんぞ!」


 娘を溺愛している伯爵は真っ赤になって怒っている。フィオはフィオで『なぜ秘伝の書の解読をしようというのに怒られるのか?』と、さっぱり見当が付かない様子だ。


「もう、頑固なお父様は嫌いです!」


 それだけ言い残すと、フィオはトシヤの手を引いてさっさと執務室を出てしまった。バタリ! と閉じたドアの向こう側からは『許さんぞー!』という声がいつまでも聞こえてくるのだった。




 


この話の流れからしたら、フィオは当然物語のヒロイン候補ですよね。エイミーも安閑としていられないかもしれません。段々登場人物が増えてきましたが、その内に同じクラスの生徒なども紹介していきたいと思っています。どうぞお楽しみに!



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