3 合格発表
本日の3話目の投稿になります。入学試験の後半と合格発表まで一気に話が進みます。
翌日の試験は体力テストと希望者による格闘技の実技試験が予定されている。前日と同様に遅刻ギリギリで魔法学校にやって来たトシヤとエイミーの姿がある。今日は言い合いではなくて、仲良さそうに並んで話をしているようだ。
「はー・・・・・・ 今日の試験は全く自身がありません。私は運動がからっきし苦手です」
エイミーは先程から立て続けにため息をついている。せっかく初日を突破したのに、彼女にはこの日最大の関門が待ち受けていたのだ。
「俺が教えた身体強化魔法を使えば多少はましになるんだろう?」
魔法学校の体力テストなので、当然魔法の使用が認められているのは当然の話だ。
「何とか使えますが、それでやっと人並みというレベルです」
そもそも魔法使いに体力や格闘術が必要なのかという話になるが、魔物が多いこの世界では最前線には立たない魔法使いであっても、不意に襲撃される可能性がある。魔法が使用できない間合いで全くの役立たずでは生き残れる可能性が下がるのは言うまでもなかった。
したがって魔法使いといえども最低限自分の身を守れるだけの身体能力や格闘術を身につける必要があるというのが、優れた魔法使いを養成するのが目的のこの魔法学院の方針だった。別の言い方をするとより実戦的な魔法使いを育成していると言えよう。
「トシヤさんが羨ましいです! アホで非常識ですけど、こと戦闘になると魔法を使わなくても相手が気の毒になるくらいに強いですから」
「褒められているのか貶されているのか全くわからない言い方をするな! それよりも俺は明日の学力テストが心配だ」
初日の試験をクリアした受験生は最終日の学力試験まで試験を受けられる。各項目の評価の割合は魔法実技が60パーセント、体力テストが10パーセント、学力試験が30パーセントの比率となっている。なお希望者のみが受ける格闘技の実技テストはそこにプラスして最大20パーセントの加点が得られるので、受験生の9割が例年試験を受けている。中にはエイミーのように全く格闘技の経験がなくて最初から試験を受けない生徒も居るのだが、それは圧倒的に少数派だった。
「でもトシヤさんなら格闘技の実技で十分挽回できるじゃないですか! 私は昨日の魔法実技でどのくらいの評価をされたかが、凄く気になります」
この時点でエイミーは気が付いていなかった。彼女は魔力量で全体の3位という高評価を得ている。当然それだけの魔力があれば、魔法実技でも余裕で初級魔法を20連発で放って周囲をあっと驚かせていた。トシヤ同様に殆どこの時点で合格が約束されたも同然だが、そんなことを全く知らない彼女は不安を感じているのだった。
ギリギリで控え室に入った2人は空いている席に座って試験の開始を待つ。程なくして試験官の教員が入室して説明が行われた。
「これから体力テストを実施いたします。種目は短距離走と長距離走です。グループごとに実施しますので番号を呼ばれたらグラウンドに出てください」
「なんだ、単純な種目しかやらないんだな」
「トシヤさんは一体どんな試験を予想していたんですか?」
「そりゃー決まっているだろう! オーガを何メートルくらい放り投げられるかとか、ワイルドウルフをとっ捕まえるのに何秒掛かるかとかだな」
「なんで入学試験でそこまで体を張らないといけないんですか! そんな命懸けの試験なんか誰もやりません!」
トシヤの基準があまりに非常識過ぎてここ何日かで彼の物の考え方に慣れたつもりのエイミーですら声を大にして突っ込まざるを得なかった。バカも休み休み言ってもらわないとエイミーの突込みが追いつかない。
「おっ、番号が呼ばれたな! 外に行こう」
「はい、行きましょう!」
二人は連れ立ってグラウンドに出て行く。受験の申し込みを一緒に行ったので、受験番号が連番なのだ。
最初は100メートル走で、スタートラインに10人が並ぶ。全員が気合十分の表情だが、エイミーだけは全く自信なさげな様子だった。
「よーい、スタート!」
ベチャ!
最初の一歩でエイミーが見事にコケる。そのまま彼女は地面にへばりついてしばらく動けなかった。
「君、大丈夫かね?」
試験官の教員がエイミーの元にやって来る頃にはトシヤは他の生徒を大きく引き離してゴールを駆け抜けていた。
「エイミーはどこだ?」
彼が後ろを振り返ると、試験官の肩を借りてすごすごとスタートラインの後方に姿を消すエイミーが見えるのだった。
「トシヤさんは酷いです!」
「何を言っているんだ?」
「転んだ私を助けようともしないで一人で走っていきました! きっと私に何かあってもトシヤさんは見殺しにするつもりですね!」
「まさかスタートで転ぶなんて想定外過ぎるだろう! それにしてもエイミーはこれで短距離走は0点だな」
「それを言わないでください!」
控え室に戻ってきたエイミーの機嫌がすこぶる悪い。いくら運動に自信がないにしてもこの結果は受け入れがたいらしい。対してトシヤは他の生徒が60メートル近辺を走っている時点でゴールしていたので、高得点は間違いないだろう。しかも他の生徒が魔法で身体強化をしているのに対して、彼は素で走ってこの結果だった。身体強化をするとその空気を切り裂く勢いで他の受験生に迷惑をかけるのでひとまずは自重したのだった。
結局この後に行われた長距離走もトシヤが圧倒して、エイミーは完走したもののダントツのビリだった。再び彼女の機嫌が更に悪くなったのは言うまでもなかった。
午後は格闘技の実技試験が行われる。受験生が使用できる魔法は身体強化のみで、他の魔法を使用した場合は失格になる。魔法学校の教員だけでは手が足りないので、隣接する騎士学校から最上級生が60人対戦相手として駆り出されている。
何しろ相手は毎日騎士になるための訓練を積んだ3年生だ。受験生がいくら身体強化を用いても基礎的な体力や技量が違い過ぎて全く相手にもされない者が殆どだった。中には貴族の子弟だろうか、そこそこの剣技を修めているおかげで何合かは打ち合えるのだが、最終的には騎士学校の生徒に捻じ伏せられていく運命にあった。
そしていよいよトシヤの番がやって来る。だが彼は審判役の教員に歩み寄って何かを話しているようだった。その光景を演習室の端の方で見つめるエイミーは『また無茶なことを始めるのか?』と不安げな表情をしている。
程なくして5人の騎士学校の生徒が同時にトシヤの前に立った。
「まさかとは思うけど、トシヤさんは5人を一度に相手にしようっていう訳じゃないですよね?!」
嫌な予感しかしないエイミーはその光景を見守るしかなかった。
「はじめ!」
審判の声が響いて5人が刃引きの剣を構えててトシヤに向けている。対して彼は何の武器も持たずに、自信満々の様子で迎え撃とうとしている。エイミーはというと悪い予感が的中して『あちゃー!』という表情で頭を抱えていた。
トシヤを中心にして半包囲陣形を取る騎士学校の生徒たちは視線で合図をしながら、最初に左右両端の2人が剣を振り上げて襲い掛かり、僅かな時間差をつけて真ん中が突進してきた。トシヤが身に着けているのは両手に嵌めた金属製の篭手だけだが、この篭手はさくらから譲り受けた日本製のチタンとタングステンの合金製で刃引きの剣如きでは傷ひとつ付かない優れものだった。
彼はまず両端の2人の剣を篭手で撥ね飛ばしてから、突進してきた中央の剣をかわし様に脇腹に回し蹴りを叩き込む。そのひと蹴りで気の毒な騎士学校の生徒はもんどりうって側方に飛ばされて戦闘を継続できなくなった。
トシヤは振り上げた左足の勢いを利用してそのまま右に回転して、剣を撥ね飛ばされた上に飛んできた仲間の体を避けるために体勢を崩していた右側の生徒に襲い掛かる。その隙だらけの腹部に拳を入れただけで、その生徒はあっさりと崩れ落ちた。
残った3人はトシヤの異常に高い戦闘力とあまりに戦い慣れた様子に警戒を強めて迂闊に踏み込んで来ようとはしない。ならばこちらから出向いていきましょうと、トシヤはその中央に立っている一人に襲い掛かっていく。剣を横薙ぎにしてその接近を阻もうとする騎士学校の生徒だが、トシヤの拳があっさりとその剣を下から撥ね上げて無力化して、その隙に鳩尾に1発入れて3人目が沈んだ。
残る二人もあっさりと料理して、トシヤの格闘実技のテストは終了した。
本日もこの様子を学院長室で見ているさくらと学院長が居る。
「さくら様、あの生徒は魔法も格闘術も恐ろしいほどの高いレベルにありますが、彼は一体この学院で何を学ぶ必要があるのでしょうか?」
「えー! あの程度で高いレベルとは言わないでしょう! 私から見ればひよっ子もいいところだよ! ここで何を学ぶかはたぶん明日になればわかるよ! じゃあ用事は終わったから帰るけど、そうだ! トシヤにはなるべく多くの試練を与えるようにしてね! それじゃあね!」
さくらは含みのある言葉を残して去っていった。おそらくこの後はまた帝城に出向いて腹いっぱいご馳走にありつこうという魂胆だろう。
エイミーの元にひと汗流したトシヤが戻ってきた。いや、汗もかかない内に5人をダウンさせている。
「まったくトシヤさんはいきなり5人も相手にしようとするから心配しました!」
「えっ! たったの5人だろう! 最初は10人でやろうとしたんだけど、審判からダメだと言われたんだ。何しろ俺の母ちゃんがこの学校の試験を受けた時3人を相手にしたって聞いていたから、その記録を抜きたかったんだよ」
「ただの負けず嫌いであんな無謀なことをしたんですか! まったく呆れて物が言えません!」
こうして二日目が過ぎ去って翌日は学力試験の日だった。この日だけは打って変わってトシヤは燃え尽きた灰のようなまったく元気のない様子で宿に戻っていった。
そして5日後の合格発表に日を迎える二人、この日はさすがに朝からエイミーが落ち着きのない様子だった。
「トシヤさんはドキドキしないんですか? 今日は合格発表ですよ! 私なんか夕べはなかなか寝付けなくて不安で仕方がないです!」
「ベッドに入って5分で寝ていたような気がするけど、あれは俺の気のせいだったのかな?」
「私にも見栄というものがあるんです! 合格発表の前の日くらい寝付けなかった設定にしておいてください!」
「そんな設定が必要なのか? 疑問の余地が残るから小一時間この場で議論するか?」
「そんな議論はまったく必要性を感じません! と、とにかく合格発表はドキドキするイベントなんです!」
朝っぱらからこんなくだらない茶番が必要なんだろうか? ともあれ朝食を終えた2人は連れ立って学院に向かう。
合格者が発表されている掲示板の前は黒山の人だかり・・・・・ は全くなかった。エイミーがいつにも増してたっぷりと睡眠をとった影響で二人の到着が大幅に遅れて、大半の受験生はすでに自分の合否を確認し終えている。
「ありました! 2人とも合格です!」
「良かったな、これで晴れて魔法学院の一員になれるぞ!」
エイミーはここぞとばかりにトシヤに抱き付いている。昼間はあまりこのようにベタベタとしないエイミーだが、ベッドの中ではトシヤを抱き枕扱いしているので、ついついその癖を発揮しているのだった。
ともあれこれでお受験が一段落して、合格者の手続きをしてから2人はお祝いに街に繰り出す。
「トシヤさん、今日こそ本物の合格記念ですからお昼ご飯は奮発しましょう!」
「なんだかそれはデジャブを感じるのは気のせいだろうか?」
「いいんですよ! ささ、細かいことは気にしないで行きましょう!」
こうして昼食を含めて1日中エイミーに引っ張り回されてそろそろ夕暮れが近い時刻になっていく。
「トシヤさん、合格したら絶対に2人で行きたかった場所があるんです! もう少し付き合ってくださいね!」
繋いでいる手を引っ張って街の北の方向に歩き出すエイミーに釣られてトシヤも歩き出す。次第に夕焼けのオレンジ色の光が街中を染め上げて、家路を急ぐ人たちとは全くの反対方向に二人は向かう。
エイミーが行きたいといったのは帝都の外れにある小高い丘で『ここから見る夕日がとってもロマンチックですよ』と宿屋の女性従業員から聞いていた場所だった。なんでも帝都の恋人たちの定番デートコースらしい。
「トシヤさん、ここから見る夕日がとってもきれいなんです!」
「ああそうだな」
西の山陰に沈み行く夕日は燃え上がるようなオレンジ色に帝都中を染め上げて、その光が翳ってくると通りを照らす街灯や商店の看板の光がポツリポツリと灯っていく。オレンジ色から藍色に変化する空の色とともに街中の光が数を増して、夜景が眼下に広がる美しい見晴らしがまるでパズルのピースを組み立てるように出来上がった。
「なんてきれいなんでしょう! こんな景色は村に居たら絶対に見られないですよね!」
「そうだな」
ウットリとしてトシヤの腕にもたれるエイミーに対してさっきからトシヤはなんだか思い詰めたような表情で返事がうわの空になっている。
(あれっ、トシヤさんどうしたのかな?)
エイミーはこの景色を前にしてなにやら難しい表情のトシヤに違和感を感じている。その時トシヤが心から決意した様子でエイミーに切り出した。
「エイミー、出会ってから間もないお前にこんなことを言っていいのかわからないんだが・・・・・・」
(えっ、なになに? これってもしかして・・・・・・ どうしよう、私まだなんにも心の準備ができていない!)
「そ、その・・・・・・ 本当に言い難いことなんだが・・・・・・」
いつになく歯切れが悪いトシヤの態度、その表情は本当に切り出していいものかという苦悩が滲み出ていた。
(どうしよう、こ、この場でトシヤさんからまさかの告白! 落ち着け、エイミー、落ち着いてトシヤさんの言葉を待ちましょう!)
「何とか心にしまっておこうとしたんだが、自分に嘘はつけないらしい。もうお前の前で我慢するのが限界なんだ」
(キター! まさか生まれて初めて告られてしまうの! どうしよう、いいえもう私の心は決まっています!)
「エイミー、思い切って言うから聞いてくれ。俺は…… 俺は、今…… 猛烈にクソがしたい!」
「どこでも勝手にしてきやかれですぅぅぅぅぅl!!」
(はあはあ、私が感じたこの胸のときめきをお願いですから返してください!)
不覚にもエイミーの瞳から涙が零れ落ちた。だがこの涙をトシヤに見られるわけには行かない。意地でも気丈に振舞うエイミーだった。
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