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29 悪夢の直後

 午後の授業が終わってEクラスの生徒たちは帰り支度を開始している。


「トシヤさん、今日はどうするんですか?」


「悪い、ちょっと 調べたいことがあってこのまま真っ直ぐに寮に帰る」


 入学して以来トシヤは放課後の殆どの時間をエイミーやアリシアと過ごしていた。時には図書館で文字の読み書きの練習に付き合ってもらったり、また時には運動が全くダメダメなエイミーに護身術の初歩を教えたりしていた。それが今日に限って突然『調べたいことがある』と彼が言い出すとはこれまた妙な話だ。


「トシヤは字がわからないくせにどうやって調べるの?」


 アリシアは彼が日本語に堪能だという事実を全く聞かされていなかった。そもそもこの世界からすると異世界である『日本』の存在すら全く知らない。


「失礼だな! 俺はこの世界の文字の読み書きが苦手なだけで、この本ならちゃんと読めるんだぞ!」


 トシヤはマジックバッグからロボット漫画の単行本を取り出してアリシアに見せる。この世界にはまだ無いカラー印刷の表紙にトシヤが操る〔汎用人型魔法戦闘ドローン・初号機〕とそっくりなキャラクターが描かれている。


「すごくきれいな本なの! こんなの見たことが無いの!」


 アリシアはその単行本を手に取ってびっくりした表情をしている。そのままペラペラとページを捲ると、どのページにも鮮明に印刷された絵とふきだしの中になにやら難しい文字がぎっしりと書いてあるのがわかった。


「中の絵もすごくきれいなの! でもこの文字はいっぱい色々な形があって難しすぎるの! でもなんだかとっても神秘的な文字なの!」


 見たことが無いひらがなにカタカナ、それに漢字で書かれたセリフにアリシアは目を白黒させる。それはそうだろう、初めて漢字を見た外国人ですらその文字自体が持つ洗練された美しさに心を惹かれる者が出るくらいだ。ましてや異世界の文字を初めて目にしたアリシアが漢字を『神秘的』と思うのも無理はなかった。


「ほら、俺が操っているゴーレムみたいなヤツが居るだろう。この学校に在籍する間に4号機(マークⅣ)と仮設5号機を作るのが俺の目標でもあるんだ」


 トシヤの発言はウソではない。せっかく3年間という時間があるので、その期間を利用してエヴァン○リオンシリーズをコンプリートをするつもりだった。


「あの3体だけでも十分な戦闘力があると思いますが、トシヤさんはまだ数を増やすつもりなんですか?」


 エイミーの発言は全くの正解だった。彼女たちは過去に2回あの戦闘ドローンが力を発揮する光景を目撃しているが、人間ではとても敵わない高い能力を保持しているのは明らかだった。


「エイミーはわかっていないな! 全ての機体をコンプリートするのは男のロマンだろう!」


 エイミーには彼の言いたいことが全く理解できなかった。それはフィギュアマニアがシリーズ全作品を収集したいという欲求に駆られるのと全く同じ心理だ。


 しかもトシヤの場合は自ら設計をして、成型、術式の構築、試験運用などを地道に重ねていく。この長い期間に渡る工程そのものが彼の趣味と生き甲斐でもあるのだった。幼い時期にマンガ本と出合った彼のオタク魂が全開に発揮される瞬間でもある。



「それなら仕方がないですね。それではまた明日」


「トシヤは頑張るの!」


「ああ、また明日な」


 こうして何とか2人を振り切ることに成功したトシヤは、足早に校舎の裏庭に向かう。そこが例の手紙に書かれていた待ち合わせの場所だったからだ。


(エイミーやアリシアと話をしていてやって来るのに少々手間取ったが、まだ誰も来ていないようだな)


 周囲を見渡したトシヤは心の中で彼女たちに『申し訳ない』と謝りながら、そこに置いてあるベンチに腰を降ろす。しばらくしても誰も来る気配がなかったので、暇潰しにマンガ本を取り出して読み始める。


 そのまま時間だけが経過して、トシヤはすっかりマンガに夢中になって1冊の半分くらいペ-ジが進んだ時……


「ごめんなさいね、お待たせしたかしら?」


 マンガを読み耽っていたトシヤが顔を上げるとそこには……





 身長や体格がともにカシムに匹敵する大きな男が、体を妙にクネクネさせて立っている。その顔は心なしか紅潮して、キラッキラの星を一面に散りばめた様な笑顔をその厳つい顔に貼り付けていた。


(ヤバいヤツが来やがった!)


 トシヤのの頭の中で最大級のエマージェンシーコールが鳴り響き、全身が総毛立つ。いや、髪の毛だけはなぜか力なく何の反応も見せなかった。もしかしたらこの非常事態に反応できない程、すでに毛根が力を失っているのかもしれない。


「そ、その…… 私はトレドールというんだけど、この名前は嫌いだから『トレドーラちゃん』と呼んでね! ドーラでもいいわよ!」


 そう言いながら右目で、バチン! と、音が響く程のウインクを決める。このある意味恐怖感を振り撒く人物を目前にして、さすがに肝が据わっているはずのトシヤも体が硬直して満足に身動きが取れない。


「あなたがあの模擬戦で闘う姿に、私のハートがキュンとしてしまったの! 運命の人が現れたんだって感じたわ! お願い、私と付き合って!」


 トシヤはベンチに座ったまま白目に成り掛けている。心弾ませて裏庭に来てみれば、オカマからいきなりの洗礼が特大の出力で浴びせられたのだから無理もなかろう。まだ辛うじて意識を保っているだけでも彼は勇者だ。


 それに対してドーラはトシヤの太腿よりも太い両腕を自分の体に巻きつけて腰を左右に変な具合に振っている。普通の神経を持っている人間にしたら悪夢のような光景が目の前で展開されていた。その光景に言葉を失い、原因不明の力でトシヤの体が硬直して動かなくなっている。



「うふふ、どうかしら? もしかしてその態度は私を受け入れてくれるというサインかしら?」



(動け、動け、今動かないとダメなんだ!)


 とんでもなく自分に都合がいい解釈をするドーラに対して、アンビリカケーブルが外れて活動限界を迎えて停止していたトシヤがなんとか再起動を果たす。ようやく彼はベンチから立ち上がって雄叫びを上げた。


「今動かないとダメなんだぁぁぁ!」


(ようやく何とか口と体の自由を取り戻せたぞ!) 


 あのトシヤが金縛りに遭っていた。ドーラの強引に迫ってくる圧力は、それほどまでに彼の精神に掛かる負荷が大き過ぎた。ようやく我に帰ったかのように、トシヤは勢い重視でマシンガントークを開始する。


「いいか、よく聞きやがれ! 俺はオカマ野郎と付き合う気持ちなんかさらさら無いから、とっとと目の前から失せやがれ!」


 ドーラに向かって中指を突き立てるポーズをとってビシッと答えるトシヤだったが、そのポーズが逆にあらぬ誤解を生み出す。


「まあ、口では冷たい言葉なのにツンデレなんだから! お付き合いをすっ飛ばして、いきなり体の関係を望んでいるなんて! いいわ、たとえひと時の遊びでもあなたのために私の全てを捧げるわ!」


「えーと、これは勢いでついやってしまったもので、ぼ、僕にはそんな意思は微塵も無いですから」


 トシヤは慌てて左手を隠しながら、かなりトーンダウンして丁寧な言葉遣いで答える。そうしないといけないような気持ちになってしまったという方が正しいだろう。それにしてもこのドーラと名乗るオカマは、よくもこれだけ物事をポジティブに考えられるものだ。


「まあ、私をもてあそぶつもりだったのね。でも、そんな所がス・テ・キ! 今日はご挨拶だからこのぐらいにするわ。これから時間を掛けて2人の仲を進展させていきましょうね!」


 ドーラは再び強烈なウインクを残して去っていく。その後ろ姿に向かってトシヤは最後の力を振り絞って声を出した。


「もう2度と俺の前に姿を現さないでください! 本心からお願いします!」


 それだけ言うと彼のライフはゼロになった。いつもの罵詈雑言を浴びせる程の気力すら残っていない。ガックリと力が抜けた様子で再びベンチに崩れるように腰を降ろす。


(今までの人生の中で最悪の経験だった。よく意識を失わなかったものだ……)


 もしあの場で意識を失っていたら、その結果がどうなっているのかは敢えて考えないようにした。たぶんその方が精神衛生上好ましいと彼が判断した結果だ。


 そのまま放心状態でトシヤはその場に留まっている。まだ立ち上がる気力が全く湧かなかった。それだけあのドーラの押し寄せるような攻勢が強烈過ぎて、彼の精神力を総動員してなんとか対抗するのがやっとの有様だった。その時トシヤの脳裏にとある事実が思い浮かぶ。


(そう言えばレイちゃんもホモのレイスだったな。面倒になる前に調伏しておくか)


 トシヤが物騒なことを考えていたその時、かなり距離が離れている彼の部屋から恐怖に満ちた波動が男子寮全体に広がって、寮生たちを原因不明の不安に包み込んでいた。 






(はー、空は無限に広がっているな。そうだ、今回の罪滅ぼしにエイミーとアリシアには何かご馳走でもしよう。そういえばあのバカの体格を見ると、また今の悪夢が蘇りそうだな……)


 しばらく何も考えたくないトシヤが、そのままベンチで空に浮かぶ雲を見上げながら哲学的なことを考えて、ちょっぴり2人を騙した罪悪感を感じているその時……




「お隣にご一緒してよろしいでしょうか?」


「ヒッ!」


 突然右側から掛けられた声に全く無警戒だったトシヤは裏返った声を上げる。何しろあんな悪夢を見た後だけに、これまで魔物や盗賊に出会っても全く揺るがなかったトシヤの神経が過敏に反応した。


 恐る恐る彼が声が掛けられた方向に顔を向ける。その首の動かし方は『ギギギ』と音がするような非常にぎこちないものだった。


 だが、彼の不安とは予想外にそこにはニッコリとした表情の女子生徒が1人で立ってトシヤを見つめている。『ほーーー』と長めに息を吐き出してから、トシヤは気が抜けたような声を出した。ライフがゼロの今の彼にはこれが精一杯だった。


「空いているからどうぞ」


「それでは遠慮なく掛けさせてもらいます」


 女子生徒はトシヤの隣に1人分のスペースを空けて腰を降ろす。




「ずいぶん面白い光景でしたね」


 不意に彼女が口を開いた。その光景とはおそらくドーラとトシヤの遣り取りを指しているのだろう。イタズラっぽい笑みを浮かべて女子生徒はトシヤの反応を窺っている。


「見ていたのか?」


「ええ、ここは私のお気に入りの場所で、放課後時々考え事をしにやって来るんです。それが今日に限って珍しく男子生徒が来たと思って物陰から様子を窺っていました。そうしたらもう1人現れて、覗き見しながら笑いを堪えるのに必死でした」


 彼女はトシヤとドーラの遣り取りを思い出して、口に手を当ててクスクスと笑っている。他人から見ればあんな珍しい光景は確実に笑いの種だろう。


「そんなに笑わないでくれ。精神が擦り切れてダウン寸前なんだ」


「ごめんなさいね、あまりにも面白かったので」


 まだ彼女のクスクス笑いは続いている。相当なツボだったに違いない。


「もしあの時間がもう少し長く続いていたら、俺はこの世界を滅ぼしていたかもしれない」


「まあ、恐ろしいことですね」


 彼女はトシヤに調子を合わせているが、彼が本気で言っているのではないとわかっている。そもそもいくらトシヤでもまさかこの世界を滅ぼすなんて大層な行為は実現できるはずがなかった。彼のご先祖様に当たる『獣神・さくら』や『大魔王様』ならばその気になれば可能だろうが……




「さて、申し送れました。私はAクラスのフィオレーヌです。フィオと呼んでください。あなたがEクラスのトシヤさんですね。こうしてお話しする機会がこんなに早くやって来るなんてとっても光栄です」


「その通り俺はトシヤだが、そもそもAクラスの優等生が何で俺の名を知っているんだ?」  


 自己紹介するフィオにトシヤは不審な目を向ける。入学の段階でAクラスに在籍している彼女はEクラスの生徒から見るとはるか雲の上の存在、Aクラスでしゃべった経験があるのは例の魔族のお姫様くらいのものだった。


「トシヤさんはご自分が学校中でどれだけ話題になっているかご存じないんですか? 学生寮のレイス騒ぎとあの模擬戦で、いまやあなたは1年生で一番の有名人ですよ! 学院中でEクラスのあなたが今や学年最強ではないかと囁かれています」


(そうなのか? 全然知らなかったが、いつの間にかそんなに目立っていたんだな。ところでフィオレーヌという名前には聞き覚えがあるが、どうなんだろう?)


 トシヤにはまったく自覚がなかったが、あれだけの暴れっぷりを見せ付けておいて勇名にならない訳がなかった。入学し立ての新入生が上級生が混ざった20人を相手にしてたった1人で圧勝したあの模擬戦は、いまや学院中で知らない者は居ない噂の的だった。


「あまり有名にはなりたくなかったんだが、遣ってしまったものは仕方がないか」


 トシヤは毛根に気を遣いながら頭を掻いて、仕出かした行為に対する反響の大きさに少しだけ反省している。


「あの模擬戦を見た印象ではトシヤさんはもっと荒々しい人のような気がしたんですが、こうして実際にお話しすると意外と普通の人なんですね」


「いやいや、普段からあんな具合にキレていたら、ただの危ないDQNだろう。いつもは穏やかに過ごすことを心掛けているぞ」


 確かに彼の言葉通りに普段のトシヤはあからさまな敵意を向けられること以外ではキレないし、エイミーたちの意見や先生の話にもきちんと耳を貸す普通の生徒だ。たとえそれが表面上だろうが、今のところの彼はクラス内ではごく普通に学院生活を送っている。


「そうなんですか、さすがは暁の隠者だけのことはありますね!」


 フィオの言葉にトシヤの目がスッと細められる。その瞳の奥から今までの穏やかな態度とは掛け離れた剣呑な雰囲気が漂ってくる。


「それはどういう意味かな?」


「安心してください。私は正中の大賢者と申し上げればよろしいでしょうか」


 『なぜその言葉を知っている?』という言外の意味を込めて細められたトシヤの目が、一気に警戒を緩めるように元に戻って、その身にまとう雰囲気も平常を取り戻した。


「なるほど、5聖家の一員だったのか。まさか同じ学年にもう1人居たとは全く気がつかなかった」


「まあそうでしょうね、私自身はそれほど大した能力を持っている訳ではありませんから」


 理由を納得したトシヤに対してフィオは自嘲気味に答える。


 確かに彼女はトシヤやディーナに比べると、魔法に関する能力は際立って高いとは言えなかった。とは言っても、入学試験で実技は4番目、学科試験はトップという好成績をマークしている。


 だが、彼女の本当の力は魔法ではない。それは先祖から代々受け継いできた『日本』の知識そのものだった。彼女の家が大賢者を名乗るようになった初代のフィオレーヌは日本で生活していた転生者で、何百年にも及ぶ長い期間、その家系は彼女が残した知識を脈々と受け継いできたのだ。


 ノルディーナの家とフィオの家が、魔道具の製造を巡るライバルとしてしのぎを削っているのに対して、トシヤの家とフィオの家では殆ど接点がない中立の関係にある。お互いの領分を守って余計な干渉をしないという、暗黙の了解が代々続いている。


 その関係を考慮に入れてトシヤはフィオが何を言い出すのか待っている。そして彼女の口からは思い掛けない提案が飛び出した。


「あのゴーレムに施されている術式は日本の魔法式ですね。私にも半分程度は理解できますが、なぜトシヤさんがあれほどまでに完璧に術式を理解しているのか興味があります。ついでに色々教えてください!」


 さすがは大賢者の家柄だけあって、模擬戦の時に一目見ただけで零号機と初号機が日本の魔法術式で作り上げられているのを見破っていた。だが、それを安易に教えてよいものかどうかというのは全くの別問題だ。突然降りかかった大問題にトシヤは頭を悩ませるのだった。


 

ようやく後半で主人公とフィオが出会いました。彼女が今後どのように主人公に関わってくるか、もう1人の5聖家のお姫様とともに注目してください。

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