28 事情聴取と嬉しい予感
「おはようなの!」
「トシヤさん、おはようございます!」
月曜日の朝、2人は仲良く一緒に教室に入ってくると、いつものように先に席についていたトシヤの所にやって来る。
「ああ、2人ともおはよう! 昨日はご苦労様!」
日曜日に冒険者ギルドに出掛けた4人は、初心者らしく街の外の草原に出てロングヘアーミンク捕獲の依頼を受けていた。
エイミーが空気を圧縮して『ドーン!』と大きな音を響かせると、その音に驚いて草むらに隠れているロングヘアーミンクが一斉に逃げ出そうとする。そこをトシヤとアリシアとカシムの3人が追いかけて、次々に捕まえていくという方法で、20匹を短時間のうちに捕獲していた。特にアリシアは獣人の本能と身体能力を如何なく発揮して、抜群の動きで次々に捕えていた。
「昨日は楽しかったの! ミンク狩りは得意なの!」
「昨日のアリシアは凄かったですよね! あっという間に4羽、5羽と捕まえてくるんですから」
「そうだったな、アリシアのスピードについていくのは、俺でも骨が折れたよ」
狐人族は獣人の中ではパワーは劣るが、獲物を追いかけるスピードと小回りが利く点ではナンバーワンの種族だった。逃げ回るロングヘアーミンクに楽々と追いついて、その首元に腕を伸ばして簡単に捕らえてしまう。普通の冒険者は弓を用いたり、数人で取り囲んで盾を並べて逃げ場をなくして捕らえるのに比べると、圧倒的に効率が良かった。
トシヤとカシムは真っ直ぐに走る速さならばアリシアを上回っているのだが、小回りという点ではアリシアに大きく及ばないので、捕獲した数では大分水を開けられていた。
「これからも任せてほしいの! いっぱい捕まえるの!」
ロングヘアーミンクは大した危険は無い魔物だが、動きが早くてすぐに巣穴に潜り込むために捕まえ難い。毛皮が珍重されるので初心者の冒険者にとっては良い値段で引き取られる美味しい獲物なのだが、問題は素早い相手をどうやって捕まえるかという点にあった。それがアリシア1人でホイホイ捕まえるのだから、パーティー全体にとっても非常にこの結果は好ましかった。
何故ならパーティー全体の評価点にポイントが大きく加算されるためだ。ゴブリン1体の討伐で1ポイントに対して、ロングヘアーミンクは3ポイントの評価が付く。次のランクへ昇格するのに非常に手っ取り早い手段が見つかったのだった。
ただし昨日はアリシアが期待するレストランでの食事は無かった。依頼にあった数量を2時間も掛からずに達成した4人は、昼前には早々に帝都に戻ってきていた。ギルドで依頼達成の手続きを終えて、月曜日から再び始まる授業に備えて早々に寮に引き返していたのだ。
「今度はまたレストランに行くの!」
アリシアは次こそはと期待する目をしている。それまでに情報を仕入れて、新しいお店も開拓する予定だ。レストランで食事をするという大人の雰囲気に目覚めた彼女には、その辺の抜かりは無い。
「そうだ、あのバカはどうしている?」
「カシムさんはまだ登校していないみたいですね」
エイミーが言う通りカシムはまだ教室に姿を見せていなかった。彼は登校時間のギリギリまで学生寮の周囲を黙々と走っている。バカでも思い込んだことは一直線に取り組む不器用ながらも真摯な態度だった。
「そうか、今度あのお金をどうするか4人できちんと相談したいんだけど」
トシヤのマジックバッグに入っている例のマフィアから巻き上げた迷惑料の金貨の件だった。まだ正確に数えていないのではっきりとはわからないが、おそらくは一万枚近い金額に上るだろう。
「私はこの前もらったお金があるからいいの! しばらくトシヤに預けておくの!」
「私もお母さんに仕送りできましたから、特に急ぎませんよ。それにトシヤさんが持っていれば落とす心配もないですし、必要な時にはいつでも取り出してもらえますから」
エイミーは警備隊から受け取った報奨金を4人で山分けした金額の中から金貨10枚を実家に冒険者ギルド経由で送金していた。これで母親や幼い弟たちが2ヶ月は楽に暮らせると一安心している。それにしても彼女はトシヤのことをATM代わりのように考えてはいないだろうか?
「カシムは剣がほしいと言っていたの! でもバカだから20以上の数がわからないの! 剣のお金を渡してやれば満足するの!」
アリシアが言う通りカシムはFクラスで数のお勉強中だ。何とか一桁の足し算と掛け算の3の段までは覚えたようだが、20以上の数になると未だに頭が混乱する。お金の計算など雲の上の彼方の世界出来事だった。
「そうか、校内では中々話ができないから、次の休みの日にでもどこか落ち着いた場所で相談するか」
「そうしましょう!」
「それでいいの!」
こうして話がまとまったところにちょうどカシムが教室に飛び込んできて、それに続いてラファエル先生がやって来る。ホームルームが始まって午前の授業が開始されてるいつもの光景が繰り返されるはずだが、なぜか先生の表情が固かった。おまけにその視線をトシヤたちの方向をこれでもかというぐらいに向けている。
「トシヤ君、エイミー君、アリシア君、カシム君、以上の4人はこれから私についてきなさい。他の生徒は、魔法理論の教科書13ページから先の予習をしているように」
いつもに比べて明らかに緊張した声色で先生は4人を指名する。周囲の生徒たちは『いったい何事か?』という様子でひそひそと話を始めるが、それ以上何も語ることなくラファエル先生は4人を連れて教室を出て行った。
「一体どこに連れて行かれるんでしょうか?」
エイミーが先生に勘付かれないようにトシヤの耳元で囁くが、彼にもはっきりと用件がわかっているという状況ではなかった。ただ、この4人がまとまって呼び出されたのだから、先日のマフィアの襲撃に関する事情を聞かれるくらいしか思い当たる節がない。
「例のマフィア退治の件だろうが、俺が対応するからみんなは余計なことをしゃべるなよ!」
「わかったの! 任せるの!」
「最初からそのつもりだ!」
トシヤが対応する点に関してカシムはどうやら最初から丸投げをするつもりだったようだ。アリシアなどは一昨日マフィアの本拠地にノリノリで踏み込んでいった件はすっかり忘れて、いっそのこと責任の全てをトシヤに押し付けようかという真っ黒な表情をしている。
「この部屋に入りたまえ」
ラファエル先生が案内した部屋は、トシヤが例の模擬戦の処分の件でやって来て見覚えがある学院長室だった。
「失礼します」
ドアを開いて中に入ると、学院長とともに見覚えのあるギルドマスターの姿と、もう1人全く見覚えのない男性がソファーに掛けて待っていた。
「さて、全員揃ったから早速本題にはいるとしよう。ここに居るのは帝都警備隊総監のエルランドさんだ。彼が君たちに聞きたいことがあるそうなので、知っていることは包み隠さずに答えるんだ」
「はい、わかりました」
学院長の説明にトシヤが答えるが、それにしても警備隊総監とはずいぶん大物が登場したものだ。日本で言えば警視総監が直々にやって来たようなものだった。
「はじめまして、今紹介された警備隊総監のエルランドだ。先日君が冒険者ギルドに提出した大型の金庫を我々が調べて、それを証拠にして〔暗黒街のバラ〕の本拠地に捜索に赴いたところ、構成員の大半と組織のボスが怪我を負った状態で発見された。これについて君たちが何か知っていたら教えてほしい」
(まあ捜索した先があんな惨状だったら、事情のひとつも聞きたくなるな)
トシヤは一応ここまでは想定していたので、あらかじめ準備していた回答を澱み無く答えた。
「俺たちはギルドの依頼を受けて子ネコを探していただけだ。あの金庫はその最中にデカイ館の辺りで見つけた」
非常にザックリした回答だ。自分たちの当日の行動を大まかに話しているだけで、どこに行ったとも何をしていたとも具体的には全く答えていない。この調子で煙に巻くのがトシヤの作戦だった。
「いやいや、あんな大きな金庫が簡単に見つかるわけが無いだろう!」
「見つけてしまったものは仕方ないだろう。それとも邪魔だったからどこかに捨てておいた方が良かったのか?」
エルランドは食い下がろうとするが、トシヤは、全く取り付く島も無い様子だ。仕方が無いので彼は他の生徒に話を向ける。
「お嬢さんはどうなのかな?」
「さあ、あれはトシヤさんが『こんな物を見つけた』と言って運んで来たものなので、よくわかりません」
話を向けられたエイミーは渾身のすっ惚けを演じている。もしかしたら役者の才能があるかもしれない。同様にアリシアとカシムもうまく話をエイミーに合わせている。
中々尻尾を出さないトシヤたちに手を焼いているエルランドはやや苛立ちを感じながら話の切り口を変えた。
「館の中には大勢の人間が怪我をして倒れていたが、何か心当たりはあるかね?」
「そいつらは『俺たちに遣られた』とでも証言しているのか?」
「いや、誰に遣られたかは一切口を開こうとしない」
(そりゃーそうだろうな。暁の隠者の名前を出されて、後ろ暗い連中が素直に口を開くはず無いもんな。自分の命を賭けて証言しようなんて人間が、マフィアなど遣っている訳がないさ)
質問に対して質問で返す、追求を上手く誤魔化す際の基本をトシヤは見事に実践している。その上で、連中が口を割っていないという事実を把握した。つまりトシヤたちがマフィアの本拠地で大暴れした具体的な証拠も証言も一切無いのだった。
「そうなのか、誰が遣ったのかわからない以上はこれ以上調べようが無いんじゃないのか? 俺たちは子ネコを探していただけだし」
エルランドの心証では『トシヤは限りなくクロに近い!』だ。だが、彼の指摘通りに具体的な証拠も証言も無いのは事実だった。彼は八方塞に追い込まれているのを感じ取っている。
「君たちは裏通りで暗黒街のバラの誘拐グループを壊滅させているね。彼らの行為に対する腹いせとかは無かったのかな?」
「あいつらはアリシアとエイミーを攫おうとした。俺たちは身を守ろうとしただけだし、その行為自体は問題ないはずだ。あの件に関する取調べはすでに済んでいると思うが、その時に話した通りだ」
トシヤは全く不必要なことを口にしないと言う態度を貫いている。おかげでエルランドは彼から新たな事実を全く引き出せずにいた。これ以上は事情聴取をしても全く意味がないと考えている。おまけにこの件に関して皇帝陛下から『深く関わるな!』と釘を刺されているので、強引な取調べもできなかった。その理由はエルランドには全く心当たりがないが、皇帝陛下の意向に逆らうのは自らの立場を考えると絶対にできない。
「わかった、あの金庫に関しては君がマフィアの本拠地の付近で拾って、善意で我々に届けた物として扱うとしよう。ところで中身の金目の物が空だった理由を何か知っているかね?」
「さあ、どうだろう。普通金庫を捨てる時には中身を空にするんじゃないか?」
(だったら重要書類も何らかの方法で一番先に処分するだろうが!)
金庫の中身に関してエルランドは喉まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
たとえその金品をトシヤたちがくすねていたとしても、その件に関しても具体的な証拠が無いからだ。それにあの書類が手に入った件で暗黒街のバラの内部だけでなくて、その他の組織や悪徳商人との金銭の流れが解明されたので、むしろ感謝しているくらいだ。
トシヤがマジックバッグにしまいこんだ金貨と宝石類は、マフィア組織が保有する財産全体から見ればごく一部だった。それほどに帝都の各方面に暗黒街のバラは手を伸ばしていた。エルランドはその組織を壊滅に追い込むだけでも『今回は良し!』と判断する。
「ありがとう、今回の件は君たちが偶然にも金庫を拾ったということにしておくよ。捜査に対する協力に感謝する」
「いえ、お役に立てて光栄です」
こうしてエルランド警備隊総監は魔法学院を後にした。残されたトシヤたちは学院長とラファエル先生からお話の続きを受けている。
「まったく君は次から次に遣らかしてくれるな」
厭きれたような表情でトシヤを見ている学院長だが、彼が入学した経緯を知っているだけに、『もう諦めるしかない』と腹を括っているようだ。
「この調子では私の胃が持ちそうもないよ」
ラファエル先生もいつもより顔色が悪い。生徒思いの熱心な担任なのだが、トシヤ1人のおかげで日に日に健康状態が悪化しているようだ。
こうして4人は何とかあの件を有耶無耶にして教室に戻った。トシヤは授業のためにFクラスに向かおうとして、机の引き出しにしまっておいた〔わかりやすいもじのれんしゅう〕を取り出そうとして、そこ見慣れない物を発見する。
「一体なんだ?」
彼の手には可愛らしい1枚の封筒があった。誰にも見つからないように彼はその封を開くと……
『放課後、裏庭の花壇でお待ちしています』
たったそれだけが書かれていた便箋が出てくる。このところ熱心に文字の練習をしているだけあって、トシヤにもその内容はしっかりと読み取れた。
(ヨッシャーー!)
これはご先祖様にもらったラノベ本に描かれていた学園ドラマお約束の展開! トシヤが心の中でガッツポーズをしているのも頷ける。エイミーやアリシアに知られないように、こっそりとその手紙をマジックバッグにしまうトシヤだった。