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27 エイミーのライバル出現

前半と後半はまったく別の話題になります。前半はタイトル通りにエイミーのライバルの出現です。そして後半はすっかり忘れていた話題が登場です。主人公を巡る背景の説明回といった感じでしょうか。

「ディーナさん、お邪魔いたします」


「お待ちしていました、何か飲み物をご用意しましょうか?」


「それでは紅茶をお願いします」


 先に自室に戻ったディーナの部屋を食堂での話通りにフィオが訪ねて来た。2人は用意された紅茶を飲みながらソファーに腰掛けている。この部屋は皇族や各国の王族が入寮した時の専用で、女子寮の他の部屋よりも広い造りになっている。当然侍女が控える間もあるので、紅茶はメイド服姿の侍女が準備をした。


「ありがとう、しばらく下がっていていいわ。ゆっくり2人でお話したいから」


 ディーナの言葉に従って侍女は控えの間に下がっていく。


「さあこれで2人っきりになりました。御用の向きをお聞きいたしましょうか?」


「ディーナさんも薄々は気が付いているのではありませんか? 〔正中の大賢者〕と申し上げればよろしいでしょうか」


「やはりそうでしたか。ルードライン家と聞いてはいましたが、同じ家名があると拙いのでこちらから声を掛けられませんでした」


 入学式の後で2人が所属するAクラスでも自己紹介が行われた。その時ディーナはフィオが確かに自分の姓を『ルードライン』と名乗ったのを記憶として留めていた。そして先程食堂で彼女は『フィオレーヌです。先祖の名前をもらっています』と話していた。その名前こそ、いにしえの初代大賢者の名前だった。


「5聖家の一員だとこうして身分を明かしたのは他でもありません。もう1人同じ学年に5聖家の人間が居るのではないかと思いまして、ディーナさんは何かご存知ではないですか?」


 ディーナの家系は魔族の巫女王なのは周知の事実だ。現在彼女の祖母が女王として君臨する〔新ヘブル王国〕では『異世界の神の血統』と当たり前のように呼ばれている。同じ5聖家でもトシヤの家のように存在を隠しているのとは対照的だった。


 だが、ディーナは迂闊に返事ができない。トシヤ本人から〔暁の隠者〕と聞かされているのだが、フィオの目論見がはっきりしない以上それを明かすわけにはいかなかった。5聖家同士は決して仲良しファミリーとは行かない一面もあるのだ。中には反目している家同士も存在している。


「残念ながら私には『そうだ』とも『違う』ともお答えする権限がありません。それにあなたが私に5聖家の一員であることを明かした意図もまったくわかりません」


「そうですね、確かに私の家とディーナさんの国はある意味ライバル関係にあります。ですが私はそれを超えて個人的にあなたと仲良くなりたいという気持ちでお話しました」


 フィオが言う『ライバル関係』とは、大魔王が残した魔法科学を元に優れた魔道具を生産する新ヘブル王国と、大賢者の知識を元に帝国内で魔道具の生産をする一大企業にのし上ったフィオの家との関係を述べている。


「もちろん仲良くしたいというお申し出には賛成します。それよりもあなたが『もう1人居ると感じた根拠は何でしょうか?」


「ディーナさんはあの模擬戦を見ましたか? あれを見て『何も感じない』とは言えないと思います」


(やはり勘付いている!)


 ディーナは心の中で舌打ちした。あれだけド派手な戦いを繰り広げればいやが上でも勘付く者は勘付くだろう。今目の前に居るフィオは確実にトシヤの力に気が付いている。


「ええ、見ました。とても新入生とは思えない模擬戦でしたね」


「それだけですか? 私はあのトシヤこそが私たち5聖家だけに伝わる伝説の存在ではないかと疑っています」


 5聖家は代を重ねるにつれて異世界人の血が薄まり、その能力が衰えていった。現在では例外を除いて殆どかつてのような高い能力を持っていないのが実情だった。その中で例外とはディーナの一族とトシヤの一族だった。ディーナの一族は魔族なので寿命が人族の10倍くらいで千年は生きる。だから未だに彼女の祖母が彼此600年近く女王を務めているのだった。そしてディーナ自身も現在150歳だ。彼女の一族はまだ3代しか代を重ねていないので、他の家に比べて明確に力を持っていた。


 そしてトシヤの家系にはある重大な秘密が隠されているが、それはまだ彼女たちも知らないことだった。おそらくディーナの祖母の現女王ならばわかるであろうが、彼女は絶対に口外しないはずだ。


「あの伝説ですか。『多くの月日を乗り越えて、真の力を持つ者が再び現れる』という物ですね。ただあまりに漠然としてどのような力なのか、どこに出現するのか、まったくわかりません。それにその伝説そのものも一体誰が言い出したことか全くわかっていない以上信用に値しません」


「そうですか、ディーナさんがそうおっしゃるならば私は気兼ねなくトシヤに近づく事ができます。なんの断りもなく勝手に近付、後から苦情を言われないようにこうしてご挨拶に来ただけですので、今日はこれで失礼します。ああ、それから今後とも必要な情報は交換していきましょう」


 それだけ告げるとフィオは退出していった。1人取り残されたディーナはソファーに腰掛けたままで物思いに耽る。


(はー、どうしたらいいんだろう? お婆様からは『暁の隠者の男子が入学するから、結婚相手としてどうか見定めてこい!』と言われているし、かといってこの前初めて話したあの時は暴力沙汰を止めようとして、その相手がまさか当人とは知らずに事務的な会話しかできなかった私の印象が最悪だっただろうし……)


 ディーナは頭を抱えている。もし同じクラスだったら適当な理由をつけて話し掛ける機会があるが、残念ながらトシヤはEクラスだった。校舎の端と端では滅多に顔を合わせる機会もない。


(それになんだか彼は仲が良さそうな女の子も連れていたみたいだし……)


 ケンカの仲裁をして立ち去る時にディーナはチラリと視界の隅にトシヤに走り寄るエイミーとアリシアの姿を捉えていた。エイミーはともかくとしてアリシアは今のところトシヤに対する恋愛感情など全く持っていないのだが、考え込み易いディーナはそれが気になってしょうがなかった。


(ひとまず今夜は寝ましょう)


 そう思い直して着替えてからベッドに入るディーナだったが、なんだか眠れぬ夜を過ごす羽目に陥るのだった。






「今日も面白そうな依頼を探しに行くの!」


 翌日の早朝からアリシアの元気の良い声が響く。その横では全く知らない所でトシヤを巡るライバルが出現したエイミーが眠い目を擦っている。昨夜寮に戻るのが遅かったせいでかなり寝不足気味だった。もっとも8時間はたっぷりと寝ているのだが・・・・・・ 一体どれだけ寝れば彼女は満足するのだろうか? 


「それじゃあ、ギルドに行くか!」


 トシヤの声で校門を抜けて冒険者ギルドに歩いていく4人だった。






 トシヤたちと入れ違うように校門から紋章入りの立派な馬車が入ってくる。今日は全校が日曜日で休みの日だった。そんな日にわざわざ魔法学校にやってきた馬車は管理棟の正面に横付けして停まる。従者がその扉を開くと中からいかにも名門貴族といった身形の男性が降り立った。彼はそのまま建物の内部に入っていく。


「失礼します。学院長、ローレンス伯爵がお見えになりました」


「ああ、通してくれ」


 事務職員に案内されて先程馬車から降りたローレンス伯爵が学院長室に現れた。


「わざわざご足労願って申し訳ありませんな、ローレンス伯爵」


「なぜ学院が休みの日に呼び立てるのだ? 全く理由がわからんぞ!」


 いつもと全く表情が変わらない学院長に対して、伯爵は少々腹立たしそうな態度だった。


「本日は伯爵のご子息に対する処分を伝えるためにお越し願いました。本来ならば本人同席でお伝えするのですが、ご子息はまだ怪我が癒えずに治療施設に入院しておりますからな」


「処分とはどういう意味だ! 息子は模擬戦で怪我をして現在治療中だ! 本来ならば怪我を負わせた方が処分を受けるべきだろう!」


 伯爵は模擬戦の正確な内容を聞いていないのか、それとも知っていて惚けているのかは、学院長にはわからなかった。だがそんな伯爵にあくまでも事務的に処分内容を伝える。


「本校1年Aクラス、ペドロ=フォン=ローレンスを停学半年とする。理由は模擬戦における不正行為です。ご子息は模擬戦において、使用を禁じられている酸を直接対戦者に掛けて視力を奪いました。これはきわめて悪質な行為と断定せざるを得ません。入学したばかりの生徒にこのような厳しい処分を下すのは、我々としても不本意ですが、これは曲げられない規則ですから仕方ありませんね」


 学院長の話を聞いて、伯爵の表情は見る見る真っ赤に染まる。


「貴様、わかっているのか! 我がローレンス家は魔法学において比類なき貢献を果たしている名門だぞ! その嫡男を実質的な退学にするというのか!」


 半年間の停学ということは、一年間の単位がもらえないことを意味する。留年は自動的に退学となるので、停学半年という処分は実際は退学勧告に相当した。いきなり退学では世間体が悪いので、自主的な退学を促す処分だった。


「あなたもこの学院の卒業生ならわかるはずですぞ。模擬戦のルールが非常に厳密に適用されており、これを破った者に対する処分は、常に厳しい物となる。さもないと安全が確保されませんからな」


 激高する伯爵に対して、学院長は諭すような態度で噛んで含めるように話をしている。


「何を言っているのだ! うちの息子の方が怪我が酷かったのだ! 息子が被害者に決まっているだろう! それに相手は平民だ。平民がどうなろうと、貴族の身が優先するのは当たり前なはずだ!」


「本校は貴族も平民も平等に扱うことをとしております。それはあなたが在校した当時と変わらないはずですぞ。それをいつからそのような有りもしない解釈に、ご自分で変えられたのですかな?」


 魔法学院の卒業生の伯爵は学院長の理詰めの反論に『ぐぬぬ』という表情になっている。仕方がないので彼は反論の方向を変えるしかなかった。


「学院長、ローレンス家はこれまでこの国の魔法学に多大な貢献してきた。栄光ある当家を敵に回したくはないだろう」


「ほう、ローレンス家の栄光というのは、模擬戦において反則の酸を使用したり、1人の相手に対して20人で掛かるような安っぽい物でしたか。これは大変御見それいたしました」


 またもや学院長の言葉に『ぐぬぬ』という表情になる伯爵、理屈で敵わず恫喝にも屈しないこの学院長の態度に手を焼いている。元々ローレンス家の貢献など、帝国の魔法学全体から見て大した物ではなかった。伯爵はそれを単に誇張して述べているだけだ。そんな貴族の家に泥を塗るのと、トシヤのバックにいるさくらを敵に回すのでは、危険の規模が違い過ぎる。ちょっとした嫌がらせを受けるのと、帝国が滅ぶのと、どちらを選ぶか学院長にとっては自明の理だった。


「もうよい! 貴様では話にならない! いつかこの報いを受けるから首を洗って待っておれ!」


「申し添えておきますが、この件はなぜか皇帝陛下のお耳にまで入っております。滅多なことで騒がない方が良いですぞ! 下手をするとローレンス家に何らかの罰が下る可能性がありますからな」


 学院を管轄する政府の担当の公爵家に手を回して処分の撤回をさせようと考えていた伯爵は、最後の学院長の言葉を聞いて真っ青になった。よりにもよって魔法学院の模擬戦のトラブルが、皇帝の耳に入っているとは、全く想像の彼方だった。


 これは学院が皇帝陛下から直接『トシヤに関する出来事は逐一報告せよ』と命令を受けているためだった。思えばさくらは入学試験の様子を見に来る時に、帝城に滞在してもてなしを受けていた。当然皇帝周辺は彼女が誰の入学試験を見にきたのか気になるはずだ。その結果学院からは週に1回トシヤに関するレポートを提出することになっていた。模擬戦の件が皇帝陛下の耳に入っているのも当然だ。『入学早々遣らかしてくれたぁぁぁ!!』と城の中が大騒ぎになったのは言うまでもない。そして皇帝陛下のローレンス家に対する印象が、最悪になっているのも当然だろう。それ程さくらの扱いは帝国全体にとって慎重を期さなければならない重大な案件だった。



 学院長の最後の言葉が止めになって、来校した時とは別人のように悄然と肩を落として伯爵は、馬車に乗り込む。彼の頭の中ではもうペドロは居ない者になっていた。跡継ぎなどとんでもない、少しでも皇帝陛下の機嫌を取るために、彼は近い内に伯爵家から追い出されるだろう。つまらない貴族のプライドが引き起こしたこの事件が、こうして幕を降ろすのだった。





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