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26 ギルドマスター

 大量の金貨をマフィアから掻っ攫ったトシヤたちは、アジトの屋敷の門を抜けてレンガ塀伝いに裏手に回っていく。エイミーは両腕で抱えている子ネコの頭を時折撫でながら、他のメンバーと歩調を合わせて歩いている。


 依頼人の女の子に子ネコを手渡して無事にネコ探しの依頼は完了した。書類にサインをもらって4人は意気揚々とギルドに戻ってくる。


「依頼が終わりました」


 冒険者たちが戻ってくる夕方にはまだずいぶんと時間があったので、カウンターには誰も並んでいなかった。エイミーたちの登録を受け付けたカウンター嬢が居たので、4人はそこにサインをもらった依頼書を提出する。


「皆さん、お疲れ様でした。無事に依頼が完了しましたね! この調子でこれからも頑張ってください。あれっ?」


 営業スマイルで手続きをする彼女の突然表情が変わる。トシヤたちのパーティー〔天啓の使徒〕に関する昇級手続きと、ギルドマスターの部屋に案内するようにという指示が魔法を利用したモニターの画面に表示されていることに驚いたのだ。


「皆さんは今朝登録したばかりですよね。ちょっと確認してきますからお待ちください」


 そう言い残して彼女は席を立ってカウンターの奥にある上席の係員の所で話を始める。そこで何らかの指示を仰いで、再びカウンターに戻ってきた。その間することが無い4人はその様子をボーっとしながら眺めている。


「大変申し訳ありませんでした。あまりにも異例の出来事なので、確認したところ間違いあいませんでした。皆さんはEランクのパーティーに昇格しました。パーティー全員のカードを出してもらえますか」


 トシヤは個人ではすでにDランクなので、今更Eランクに昇格と言われても嬉しくも何とも無かった。残る3人は登録したばかりで何のことやらまったくわかっていないので、大した感動もないまま言われた通りにカードを提出する。


「おめでとうございます。僅か1日でFランクを卒業です。皆さんはEランクのパーティーに昇格しました」


 そう言いながらカウンター嬢は『E』と大きく表示されたカードを手渡す。成り立ての冒険者が毎日汗を流しても大概3ヵ月は掛かる昇格を僅か1日で成し遂げたその偉業をカウンター嬢は褒め称えているが、トシヤたちはあまりに手軽過ぎて全く実感が無かった。


「はあ、ありがとうございます」


 大袈裟なぐらいにテンションが上がっているカウンター嬢に取り敢えず頭を下げるトシヤ、残る3人も適当に合わせている。


「それからギルドマスターから呼び出しがあります。ご案内しますから2階にどうぞ」


 彼女を先頭にして階段を登って行く4人、体にフィットしたスカート姿の腰のラインに一瞬目を奪われるトシヤだったが、『ゴホン』と咳払いして煩悩を払う。もし後ろに居るエイミーやアリシアにバレたら、何を言われるかわかったものではないからだ。


「こちらへどうぞ」


「失礼します」


 トシヤを先頭に4人はギルドマスターの部屋に入っていく。そこには50歳くらいの壮年の男性が執務デスクで書類と格闘していた。


「すまんね、今この書類を書き上げるまでそこに座って待っていてもらえるかな」


 彼は羽ペンを紙に走らせながらトシヤたちに声を掛ける。仕事の邪魔にならないように彼らは極力物音を立てないようにソファーに腰を下ろすのだった。そのままトシヤは虚空を見つめ、エイミーは手に入る金貨に想像を走らせ、アリシアは今夜はどんなご馳走を食べようかと妄想し、カシムは目を閉じて寝ている。




「どうも待たせしてすまなかった。私が帝都支部のギルドマスターのアランだよ。今日登録したばかりの有望なパーティーに会いたくてわざわざこうして来てもらった。時間をとらせてすまないね」


「いえ、大丈夫です」


 なぜかトシヤが対応する役割になっている。パーティーのリーダーで冒険者暦が長い彼に他の3人は完全に丸投げの態度だった。 


「さて、君たちは全員魔法学院の生徒だと聞いている。さぞかし優秀なんだろうね」


「えーと、EクラスとFクラスです」


 てっきりバリバリのAクラスに在籍しているのだろうと思い込んでいたギルドマスターとトシヤたちの間に、妙に気まずい空気が流れる。


(確かEクラスが一番下だったような気がしたけど、Fクラスなんかあったか?)


 従来ならばアランの記憶通りにEクラスが一番下だったが、トシヤとカシムの2人が物置…… じゃ無くて、彼らのために特設されたFクラスに在籍して、毎日読み書きや足し算掛け算を勉強しているとは想像の彼方だろう。だが賢明にも彼はこの件には触れない方が良いだろうという判断をした。


「それで、例の誘拐犯を捕らえた件は君たちだけで遣ったんだろう。やはり魔法を使用したのかね?」


 魔法学院に入学するくらいだから魔法主体に戦うのだろうという先入観から、アランは思うような答えが返ってくるのを期待しながら尋ねる。


「多少は使いましたが、殆んどの敵は殴り付けて倒しました。その方が手っ取り早いですから」


(なんだこいつらは! 本当に魔法学院の生徒なのか?!)


 まるでイメージと違う反応が返ってきてアランは一体どうなっているのかと考え込んでいる。まさか魔法学院の生徒が荒事に慣れたマフィアの連中15人を魔法に頼らずに叩きのめしたなどと言われても、俄かには信じ難いというのが人情というものだ。


「そ、そうなのか。ということは腕っ節にも自信があるのかな?」


「おうよ! 力比べなら負けたことが無いぜ!」


 ようやく目を覚ましたカシムが横から口を挟む。その体格を見てアランはなるほどと頷いた。獣人の体力ならばあの荒くれどもを叩きのめすのも可能だろう。


「まあ俺もどっちかというと直接殴る方が得意だしな! 魔法にばかり頼っているといざという時に困るし」


(こいつらは登録したばかりとは言っても根っからの冒険者じゃないか!)


 トシヤの言葉にアランはようやく納得がいった。先程からまるでベテランの冒険者と話しをしているような違和感の正体がこれだった。トシヤはキャリア5年の立派な冒険者だし、獣人の2人は森での戦闘経験があるのだろう。その彼らの考え方にしたがって、魔法だけにも肉体だけにも頼らずに、使えるものは何でも使って目的を達成する冒険者としての正しい在り方をこのパーティーは最初からわかっているのだった。だからこそ、こうして初日から大手柄を挙げることが可能だった。


「そうかね、それは頼もしい限りだね。あの悪党どもを倒した手柄は本来ならば2ランク特進にしても構わないくらいの評価なのだが、いくらなんでも登録初日にDランクにはできないからね、今回はこれで我慢してくれ。その代わり次に何か手柄を上げた時に配慮する。それから依頼も無事に終わったようだね。この調子でこれからも活躍を期待しているよ」


「あっ、そうだった! その依頼で思い出したぞ! 依頼の最中にこんな物を拾ったんだけど、ギルドを通して警備隊に届けてもらえるか?」


 トシヤがマジックバッグから取り出したのは『暗黒街のバラ』の本拠地地下から持ち出した例の金庫だった。ギルドマスターの部屋に縦横ともに2メートル近い物体がデーンとお出ましする。もちろん現金や宝石類などの金目の物は抜き取ってある。


「な、なんだね?! こんな物がその辺に落ちているわけが無いだろう!」


「子ネコを探している途中で見つけた」


 トシヤはウソは言っていない。かなり手荒で強引な方法だったが、それは子ネコを探すためでもあった。建前としてはあくまでも依頼で子ネコを探していたのだ。たとえマフィアの本拠地に居た構成員が全員大怪我をしていても、それは依頼を遂行中の不幸な事件だ。それにトシヤの知られざる正体を告げられたあのボスが、間違っても彼の所業を口にできないという隠された裏事情がある。


 そしてギルドマスターは鍵が開いている金庫の中身にサッと目を通しただけで見る見るその表情が真っ青になっていく。


「こ、これは犯罪組織の不正の証拠じゃないか! 何でこんな物を君が持っているんだぁぁぁ!」


「だから落ちていたのを拾っただけだ。まったく子ネコは人の家の庭でも平気で入り込むから困ったもんだ。ホントウデスヨ(棒)」


(こいつはどうあってもすっ呆けるつもりだ!)


 アランはどう問い詰めてもトシヤが真相を語らないと悟った。こうなってしまっては彼が言う通りに拾った物として警備隊に届ける他無い。


「わかった、これはギルドから警備隊に届けるとしよう。もしかしたらまた報奨金が出るかもしれないから、その時には連絡をする」


「お任せします」


 マフィアからゴッソリと迷惑料をいただいたので、今更警備隊から出される報奨金などどうでもいいのだが、もらえる物はもらっておくことにする。それよりもトシヤの目的はマフィアの被害に遭った人たちの救済だった。そこまでの大きな事業は手に余るし、自分たちの本分ではないので、証拠の品を警備隊に引き渡して可能ならば被害者を救済してほしいと思っている。





「遅くなったから、レストランに行くの!」


 あれからギルドマスターの事情聴取が長引いて、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。まだ寮に戻っても食事の時間には間に合うが、大金が入ったしどうせならご苦労さん会を催すのも悪くないというムードが一同には漂っている。


「昼間と同じだと面白くないから別の店を探すか?」


「それがいいですね! 新しいお店の開拓です!」


「冒険者はお店にも詳しくないとダメなの!」


「腹がいっぱいになるんだったら何処でもいいぞ!」


 こうして4人は人出で賑わう帝都の街に消えていくのだった。






 一方その頃、魔法学院の女子寮は夕食を取る女子生徒たちで賑わいを見せている。食事のメニューは基本的に男子寮と変わらないのだが、女子たちしか居ないという点を考慮に入れて、サラダやデザート類が充実しているのが特徴だ。


 その一角でぽつんと一人で食事をしている生徒の姿がある。誰もが一目でわかる銀髪と銀眼の持ち主こそ、新入生代表で入学式の挨拶をしたノルディーナだった。彼女は人付き合いが苦手というわけではないのだが、その近寄り難い神秘性と体から無意識に発する威圧感のせいで自然と近づく人が居ないという状況で、仕方が無く一人で食事を取っているのだった。


「ノルディーナ殿下、ご一緒にお食事しても構いませんか?」


 だがそこに怖いもの知らずなのだろうか、敢えて彼女のとの同席を求める人物が現れた。


「殿下はやめてください。学院内ではディーナで構いません。それよりもどうぞ席に掛けてください」


「それでは失礼します。ご存知とは思いますが同じクラスのフィオレーヌです。先祖の名前をもらっているんですよ」


 その言葉にディーナはハッとした表情になる。彼女の中で何か閃く物があったようだ。 


「そうなんですか、どうぞよろしくお願いします。こうしてゆっくりお話しするのは初めてですね」


「本当はもっと早く声を掛けたかったのですが、中々機会が無くて先延ばしになってしまいました。ああ、私のことはフィオとお呼びください」


 そのまま2人は差し障りの無い授業の話や先生の話題などでごく普通に会話をしている。周囲から見れば仲の良いクラスメートが和やかに食事をしているように見えるだろう。


「ディーナさん、よろしかったら後ほどお部屋に伺ってもよろしいでしょうか?」


「ええ、歓迎いたしますわ。私は一人部屋ですのでどうぞお気兼ねなくいらしてください。少し部屋を片付けておきますからお先に戻っています。お待ちしていますわ」


「それでは後ほど」


 ディーナは一足先に自室に戻っていく。その後姿を見送るフィオはなにやら思惑ありげな視線を向けるのだった。




ディーナとフィオ・・・・・・ 知っている人は知っている何やら聞き覚えのある名前が出てきました。ディーナの正体はすでに明かしていますが、もう一方のフィオとは一体何者でしょうか? 

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