24 突入
「あっ、そうだ! 忘れていた!」
トシヤは今にも踏み込もうとした矢先に素っ頓狂な声を上げる。突入に備えて身構えていた3人は突然梯子を外されたような気分で『何事か?』とトシヤを見ている。
「内部の連中は殺さないようにしてくれ!」
「何でだよ! 後腐れ無くして置いた方が良いだろう!」
獣人の魂が再び燃え上がっているカシムから反論の声が上がった。それはそうだろう、先程は大半の人間を手に掛けて生き残りは3分の1にも満たなかったのだから、彼からするとトシヤの意図が丸っきり見えないのは当たり前だった。
「怪我人と死人だったら組織にとってどちらが痛手かわかるか?」
「そりゃあ、死んじまった方が痛手だろう!」
カシムの意見はある意味正解だ。それは人員の補充に困難を来たすという意味では正しい。だが人員を補充できればそれ程の痛手にはならないのだった。
「確かに殺してしまえばそいつがいなくなるから、マフィア組織としては人手が無くなって困るだろうな。でも組織のメンバーが怪我を負った場合を考えてみろ。そいつの怪我が治るまで面倒を見ないと組織というものは成り立たないんだ。誰が怪我をしたら放り出される組織に忠誠を誓うんだ?」
「そりゃー、言われてみればそうだな」
「確かにその通りなの! でもそれだけじゃあ生かしておく理由にならないの!」
なんとなく納得しそうなカシムに変わってアリシアが更なる反論を試みる。エイミーは黙って話の行方を聞いているだけだった。
「怪我を治すには莫大な金が掛かるだろう。その金を払うだけでも金庫が空になるし、出し惜しみしたら誰もそのボスには付いていかなくなる。どっちにしても組織は弱体化する道しか残されていない」
マフィア組織は金と暴力の力で裏社会を牛耳っている。その金庫を空にしてやろうというのがトシヤの目論見だった。金が無くなったマフィアの元には結局は誰も近付かない。やがて1人2人と去って組織そのものが消え去る運命だ。トシヤはさくらから聞いていた。『犯罪組織を潰すには資金源を締め上げろ』と。具体例を挙げるなら、その昔アメリカの裏社会を取り仕切っていたアル=カポネを刑務所に連行したのは、彼の脱税の容疑を摘発した税務当局だった。
「トシヤはこういうことに関しては頭がいいの! 悪知恵の宝庫なの!」
「もしかしてトシヤさんはついでに金庫の中身を掻っ攫うつもりですか?」
エイミーは話を聞きながらトシヤの真の目論見を考えていた。彼が治療費でマフィアが破産するのを待つ程気が長くは無いはずだとわかっていた。
「その通り、より早く確実に滅んでもらうためには俺たちが金庫を空にするべきだろう。俺たちを襲った迷惑料は請求して構わないはずだ。その上更に怪我人を抱えたら、やつらはにっちもさっちも行かなくなる」
『トシヤは絶対に正義の味方ではない!』と3人が悟った瞬間だった。彼の表情は極悪人が裸足で逃げ出そうかという悪そうな顔をしている。
「わかったの! トシヤの言う通りにするの! がっぽりともらってやるの! カシムは殺さないように力を加減するの!」
「しょうがない、半殺しで済ませてやろう!」
「それでは金貨のために頑張りましょう!」
腹を括ったアリシアと状況を理解したカシムに対してエイミーはなんだか変な方向に走り出している。途中までは素晴らしい理解力を示したと思ったのに・・・・・・ 最終的には金の力に勝てなかったらしい。
ようやく話がまとまってトシヤがドアノブに手を掛けると内側から鍵が掛かっている。彼はそのドアから一歩後退してカシムの方を見た。
「おい、そこのバカ! お前はドアを壊すのが得意だろう! このドアをぶち破れ!」
カシムは登校初日に教室のドアを2枚破壊した実績を誇っている。その馬鹿力でドアの破壊を命じられた。だが、彼が『バカ!』と言われて素直に応じるはずが無い。
「なんだと! このハゲ野郎! 今度偉そうな態度をとったらその髪を全部毟ってやるぞ!」
「この野郎! 俺の髪に指一本でも触ってみやがれ! その時がお前の命日だからな!」
「2人ともこんな所でバカな争いを始めないの! それよりもドアの向こうから誰か来たの!」
アリシアの敏感なキツネ耳はドアの内側でこちらに向かってくる足音を聞きつけていた。それはそうだろう、玄関前でこんな大声を出してバカな遣り取りをしたいたら大概の人間が様子を見にやって来るはずだ。
トシヤの目配せで彼とエイミーはドアの左側に、アリシアとカシムが右側に身を伏せてドアが開くのを待ち受ける。
ガチャ、ギーーー!
ドアは重々しい音を立てて内側に開いて、そこから1人の男が顔を出して外の様子を伺う。だがその首元をカシムの太い腕が掴んで外に引き摺りだした。喉を圧迫されて声が出せないままその男は脇腹にカシムの一撃を受けて泡を吹いて崩れ落ちる。
「よし! 外で騒いで鍵を開けさせる! 何もかも計画通りだ!」
「全然計画なんか無いの! 無計画にも程があるの! 怪我の功名以外の何者でもないの!」
強引に計画通りを主張しようとしたトシヤにアリシアの突っ込みが炸裂する。エイミーは先行きが不安そうな表情でトシヤを見ている。
「どうだ、ちゃんと殺さないように仕留めたぞ!」
地面に転がっている男を指差しながらカシムはドヤ顔をして偉そうな態度だ。盛んに『手加減ができるアピール』をしているのだった。
「カシムも1人倒してくらいで偉そうにしないの! まだいっぱい中に居るの!」
アリシアはこの非常事態に及んでも突っ込みどころ満載の2人に頭を抱えている。彼女にとって唯一の救いはボケ出すと止まらないエイミーが沈黙を守ってくれている点だった。
「堂々と正面突破でいくぞ! 何しろこっちは被害者なんだからな!」
トシヤが先頭に立って建物の内部に入り込むと、そこにはいかにもといった外見に男たちがうようよしている。その中の1人が侵入してきたトシヤたちの存在に気が付いた。
「なんだオメーたちは? ここを何処だと思っているんだ?! ああ!」
いざという時には得物を取り出せるように右手を懐に突っ込みながらトシヤたちに近付いてくる。一見すると大した武器も持たない彼らを甘く見ているのが明白だった。
「エイミー、死なない程度の氷魔法を撃てるか?」
「えぇぇ! 私が遣るんですか?」
路地裏ではまったく戦闘に参加しなかったエイミーは今回もトシヤたちにお任せでことが運ぶものと高を括っていた。急に自分に役割が回ってきたことに、とっても面倒くさそうな表情をしている。
「手を出さなくてもいいけど、その場合は分け前の配分がなくなる」
「さーて、そろそろいい感じに温まってきましたから、じゃんじゃん魔法を撃っちゃいましょう!」
分け前の話を持ち出されて急にヤル気を見せるエイミーだった。何処までも現金な少女である。正確には現金を愛している少女と訂正しておこう。
「テメーらは何をごちゃごちゃ話しているんだ! さっさと出て行かない…… ワブッ!」
男の顔面に握りコブシ大の氷の塊が高速でぶつかって鼻を『グシャ』っと潰しながら後方に吹き飛ばしていく。男はヘルメット無しでデッドボールを喰らったような被害を受けている。
「エイミーもう少し威力を強めにしていいぞ! このくらいの怪我だったらすぐに治りそうだからな」
「それじゃあ次からは先を尖らせてみます!」
エイミーはそう言うとフロアーに居る男たち目掛けて一斉に氷の弾丸を飛ばし始めた。その性能はちょっとしたマシンガン並みで、彼女が前に掲げた右手から毎分120発の鎮圧用の氷が飛び出していく。フロアー中に撒き散らされた弾丸は男たちの体を抉るように突き刺さって、彼らはその痛みに耐えかねて床を転げ回っている。中には複数被弾した運の悪い男も居るが、それは日頃の行いが悪いせいだろう。男たちの体に当たらなかった弾丸は壁や調度品に大穴を空けて甚大な被害をもたらしているのだった。
それにしても大魔王から直々に授けられた彼女の魔法の威力は大したものだった。氷属性の初級魔法なのにその威力と連発性能だけで、フロアーに居る男たちを全て薙ぎ倒している。
「凄いの! エイミーはヤレばできる子なの!」
普段のダメダメ振りしか目にしていなかったアリシアがエイミーを見直している。その一言がエイミーにとっては何よりも嬉しかったようだ。
「アリシア、大好きですぅぅ!」
そう言いながら彼女の小さな体に抱き付いている。アリシアはそんなエイミーの頭を『良し良し』と撫でるのだった。
「1階は片付いたみたいだから2階に上がるか」
「大暴れを期待していたのに何もしないうちに終わった」
トシヤが次の行動に移ろうとしているのに対して、カシムは魔法攻撃だけで終わりを向かえたこのフロアーの攻防にガッカリしている。こういう人数が多い敵に対してはエイミーの魔法が有効なのだ。カシムの突破力は上のフロアーで発揮してもらう。
「おい、起きろ!」
トシヤはエイミーが最初に倒した男の胸倉を掴んでグラグラ揺すると男は薄っすらと目を開いた。どうやら衝撃で記憶まで飛んでいるらしくて、トシヤを驚いた目で見つめるだけだ。
「ここは『暗黒街のバラ』の本拠地だな。お前らのボスの居る所に案内しろ」
「そ、そんなことできる訳が…… ゴハッ!」
男の腹にトシヤの拳が入るとすんなりと抵抗を諦めた。
「なんだ、1発で降参かよ! 男ならもう少し粘って見せろ!」
横からカシムの檄が飛ぶが、今の男にとってはこの悪夢から逃れることが最大の関心事だった。それ以外には気が回っていないという追い詰められた状況に陥っている。この状況を作り出した張本人のエイミーは『これでもうお役御免』という表情で一番後ろの定位置を付いていくのだった。いくら悪い連中でもこうして血を流して呻き声を上げている姿に、気の優しい彼女は多少後ろめたい気持ちを感じている。
男の案内で2階に上がると、そこには階下の物音を聞いて待ち構えていた連中が物陰や部屋の中から躍り掛かってくる。だが先頭のカシムは匂いと気配でそこに潜む存在をしっかりと掴んでいた。不意打ちのはずがまったく不意を付けずに、次々に討ち取られていく。こういう場面では嗅覚と聴覚に優れた獣人の能力は本当に役立つ。カシムは次々と襲い掛かる敵を討ち取りながら、散歩をするかのように楽しげに笑っているのだった。
「ここがボスの部屋だ」
廊下を突き当たった先がどうやら目的地のようだった。後ろを振り返るとカシムに蹴散らされた気の毒な男たちが呻き声を上げている。
「そうか、ご苦労だったな。どこかに消えろ!」
トシヤの有無を言わさない声に全身に鳥肌を立てて転がるように男が廊下の向こう側に遠ざかっていく。あんな小物のことなど放って置いても構わない。今はこの先にあるマフィアのボスが最大の攻略目標なのだ。
「中に何人か伏せてある気配がするの!」
アリシアの優れた感覚が物音ひとつ立てないドアの向こうの様子を捉えている。このまま突っ込んでも鎮圧は可能だろうがこちらに被害が出ないとも限らなかった。
「ここは安全策をとろう」
トシヤはマジックバッグから『汎用人型魔法戦闘ドローン・初号機』を取り出す。むやみに突っ込んでいくよりも初号機に行かせて内部の安全を確保させようという作戦だ。
「ドアを破って中に居る人間を殺さない程度に押さえ込め」
バキーン! ガラガラドシャーーン!
その豪腕を一振りすると重厚なドアに大穴が開く。そこに両腕を掛けて初号機は左右にそのドアを引き裂いた。その姿は丸でA・Tフィールドを全開にして引き裂こうとする本家のようだ。
案の定部屋の内部に侵入した初号機に向かって3本のナイフが飛んで来た。硬化魔法によって鉄よりも頑丈な表面を持つ初号機は苦も無くそのナイフを弾き返している。
「何だあれはーー!」
部屋の内部で息を潜めていた男たちの絶叫が上がっているのが廊下まで聞こえてくる。ドアを文字通り引き千切ってこんなゴーレムのような物体が現れたら、大概の人間は同じような反応をするだろう。
「初号機、適当に痛めつけておけ!」
トシヤの命令で初号機は固まったまま動けない男たちの体を掴んで壁に投げつけている。男の体が壁にぶつかる『ドシーン』という音が5回響いた段階で初号機は動きを停止した。もう内部に破壊対象が居ないと判断している。
「中はもう安全なようだから入るぞ!」
「便利過ぎるだろう!」
「こんなの反則です!」
「トシヤが1人居たら十分なの!」
トシヤ以外の3人から不満の声が上がっている。安全確実にボス部屋を攻略したはいいが、あまりに呆気なさ過ぎることに対する声だった。
「全然ワクワク感が無いです!」
エイミーの言葉がそんな彼らの気持ちを代弁している。こんなイージーモードでは冒険者としてどうなんだろうという疑問が湧き上がっているのだった。
「別にいいだろう。わざわざこんなつまらない所で危険を冒す必要なんか無いからな」
マフィアの本拠地を『つまらない所』と言い放つトシヤも頭のネジがぶっ飛んでいる。どうやって育てばこのような人間になるのか、彼の親を小一時間問い詰めたい気分に陥る3人だった。