23 子ネコ探し
悪党一味を叩き潰した主人公たちはどうやら本来の目的を思い出したようです。子ネコ探しが無事に終わるのでしょうか・・・・・・
「こっちなの! 早く来るの!」
路地の角から特徴ある声が響いてきた。冒険者ギルドに報告に行っていたアリシアが職員を引き連れて戻ってきたようだ。
「アリシアが戻ってきたみたいですね」
「そうだな、この後がちょっと面倒だけど仕方がない」
辺りは大量の血が流れて凄惨な光景だった。その中でアリシアたちの帰りを待っていたトシヤとエイミーだったが、2人ともまったく平静な表情をしている。場慣れしているトシヤはともかく、エイミーも中々肝が据わっている。彼女は以前少しだけ触れたが、過去にこの世界に君臨した偉大なる大魔王から直々に力を授かっている。その時に多少のことには動じないように精神面も大幅に強化されているのだった。
本来ならトシヤと出会った時に襲われ掛けたゴブリンくらいならば一蹴できたのだが、あの時はエイミー最大の弱点の空腹が限界に達していた。そのせいでまったく力を発揮できずに、あわやゴブリンにされるがままになり掛けていたのだった。
「お待たせなの! ギルドの人たちを連れてきたの! あとから警備隊の人も来るの!」
トシヤとエイミーに駆け寄ってきたアリシアが一足先に報告をすると、彼女から少し送れてギルドの職員がやって来る。
「なんという惨状だ! これは君たちがやったのかね?」
15人の男たちが血の海に横たわっている。その内かろうじて息があるのは5人に満たなかった。その光景にさすがのギルド職員も息を呑んでいる。
「こいつらはアリシアとエイミーを攫うために俺たちに襲い掛かってきた。ほら、全部吐きやがれ!」
トシヤが先ほど零号機に腕を潰され掛けた男の脇腹を蹴ると、すっかり観念している男は洗いざらいしゃべった。これでギルドの職員と言う信用ある立場の人間が証人だ。
「そうか、事情は理解した。君たちにはまったく落ち度はないな。これだけの人数に襲われてよく撃退したものだ」
「まあ慣れているからな。商隊の護衛で盗賊を撃退したことがある」
トシヤは学院に入学する前に何度か冒険者パーティーに臨時で加わって、商隊の護衛をした経験があった。その時に盗賊に襲われて対人戦を経験している。もっとも『暁の隠者』の家に生まれた彼は幼い頃から暗殺者としての教育をみっちりと受けていたので、人を手に掛けるなどその辺を散歩するのと同じくらいの意味合いしか持っていなかったのも事実だ。相変わらずこの世界の人の命というものは思いの外安いものだった。
同様にアリシアとカシムも獣人の森で専門的な軍事教練を12歳から受けていた。将来の兵士を育成する訓練課程は脱落者が半数以上出る厳しさで知られており、2人はその課程を優秀な成績で終えている。
「そうなのか! 今日冒険者に登録したてのパーティーと聞いていたが、君は確かDランクだったね。なるほど、これは将来有望なパーティーが誕生したわけだ! ギルドとしても大変喜ばしいよ! さて、このあとは警備隊の到着を待って一緒に冒険者ギルドに向かってもらうよ。そこで一通りの事情を聞いて、もしこいつらに余罪があって手配されていたら報奨金が出るだろう」
「えっ! お金がもらえるんですか!」
エイミーの目が$マークになっている。冒険者に登録した初日からいきなり彼女にとっては嬉しい誤算だった。
「エイミーが借金生活から抜け出せるの! またご馳走が食べられるの! いいことばっかりなの!」
アリシアも嬉しそうに尻尾がブンブン左右に振れている。先日の快気祝いで初めて帝都のレストランで食事をしたのに味をしめているいるようだ。
ギルド職員の話通りに、警備隊が到着してからトシヤたちは一旦冒険者ギルドで事情聴取を受けて、解放されたのは2時間後だった。
「ずいぶん時間を食ったな」
「でも金貨を50枚ももらえることになって良かったです!」
「ご馳走なの!」
「なんだかもうひと暴れしたいんだけどな」
建物の外に出てきた4人は大きく伸びをしながら思い思いの感想を抱いている。エイミーの言葉通りに男たちは誘拐犯の一味という手配がされており、トシヤたちは後日報奨金を得ることになった。同時にギルド職員の好意で依頼達成扱いにしてもらったので、次のランクに上がるためにはあと一仕事すればいいだけになった。
「腹が減ったからどこかで飯でも食べるか」
「そうなの! 美味しいご飯なの!」
「またこの前のうっかりさんの店が良いです!」
「飯よりもどこかに喧嘩でも転がっていないかな?」
獣人魂に火が点いて中々消えないカシムの腕をアリシアが引っ張るようにしてレストランに向かう。そこでランチを取りながらトシヤが首を捻っている。
「なんか忘れているような気がする」
「悪いやつらをやっつけたんですから良いじゃありませんか!」
エイミーはランチにすっかり心を奪われて、トシヤが感じている疑念にまったく頓着していない様子だった。アリシアとカシムは彼女と違って『大事な用事があったような気がする』と考え込んでいる。
「まったく皆さんは心配性ですね! ほら、お料理のいい匂いがしてきましたよ!」
「そうなの! 匂いで思い出したの! 子ネコを探すの!」
「「「あっ! すっかり忘れていた!」」」
トシヤが何か引っかかりを感じていたのは依頼を受けた件をすっかり忘れていたためだった。それともう1つ彼の頭に浮かんだ重要事項も思い出していた。
「アリシアのおかげで思い出したぞ! あの男たちは『暗黒街のバラ』というマフィア組織で、そのアジトの場所も聞き出しているからキッチリと責任を取らせないとな!」
本当は誰か無事な男に案内させてアジトに乗り込む予定だったが、一味は死体も残さず全員が警備隊の手によって連行されてしまったので、今更返してもらうわけにも行かない。しょうがないなら単独で乗り込もうかとトシヤは考えているのだった。
「なんだ、暴れられるならどこでも付いていくぞ!」
まだ獣人魂が燻ぶっているカシムがその話に乗っかる。
「トシヤとカシム2人だと危なっかしいの! 私も付いていくの!」
「もしかしてまたお金の予感ですか?! 絶対に行きますよ! でもここでデザートまでしっかりと食べてからにしましょう!」
アリシアとエイミーまで乗っかってきた。それにしてもエイミーのこの調子のよさはどうにかしてもらいたい。
「それじゃあ、食べ終わったら子ネコを探しながら『暗黒街のバラ』のアジトに殴り込みを掛けるということで良いか?」
「そうするの! 今日はとっても楽しい1日なの!」
「暴れられるなら文句はない!」
「お金になるのなら文句はありません!」
どこかでショッピングを楽しむかのようにお手軽な気持ちで全員が了承する。『本当にこれでいいのだろうか?』という疑問を誰一人抱かないのが不思議でしょうがない。特にエイミーの動機が不純過ぎないだろうか?
「それじゃあ早速子ネコの匂いを追跡するの!」
アリシアを先頭にして先程の現場に戻ってくる4人、確かこのレンガ塀の向こう側に子ネコが消えていたはずだった。
「もう1本向こうの通りに行ってみるの!」
レンガの塀伝いに彼らは路地を進んで曲がり角で横道に入る。
「ずいぶんデカい屋敷だな。どうやらこっちは裏側で、向こうに門があるみたいだ」
トシヤの言葉など耳に入らない様子でアリシアとカシムは子ネコの手掛かりが無いかと真剣な表情で匂いの痕跡を追っているのだった。
「今のところこの塀の中から子ネコが出てきた形跡は無いの! まだこの中にいるかもしれないの!」
アリシアとカシムの意見が一致しているので子ネコの痕跡を見逃したという可能性はゼロに近いだろう。ということは彼女が言う通りこのレンガ塀で囲まれた屋敷の中に子ネコがいる可能性が非常に高くなる。
「この先に門があるみたいですよ!」
エイミーが指差す先には門があってそこには人相に悪い男が立っている。トシヤはなんだか心の片隅に引っ掛かりを覚えているのだが、まだその正体がわからなかった。
「取り敢えずあいつに聞いてみるか」
トシヤは何の気なしに門番をしている男に近付いて声を掛けた。
「あのー、すいませんが今子ネコを探しているんです。白いネコなんですが見掛けませんか?」
「なんだと! ここはお前たちのようなガキが来る場所じゃない! さっさとどこかに消えろ!」
人相の悪い門番の男はその外見通りの乱暴な言葉でトシヤを追い返そうとする。だが彼にこのような言葉遣いは喧嘩を売っているも同然だった。
「なんだとこのバッタ野郎が! 虫ケラの分際で人様に対してずいぶんな口の聞き方じゃないか! 俺がバッタらしい言葉遣いを教えてやろうか?!」
門番の男は緑の服を着て確かにその顔は昆虫っぽい人相だった。それにしても咄嗟によくもまあこれだけの啖呵が切れるものだとアリシアとエイミーは感心している、カシムは2人の横で『早く俺に代われ! ぶっ飛ばしてやる!』とウズウズしているのだった。
「このガキが! 誰に向かって口を訊いているんだ! ここは〔暗黒街のバラ〕のドルメス様のお屋敷だぞ! 怪我をしないうちにさっさと帰れ!」
「「「「えっ!」」」」
ようやくトシヤは心の片隅に抱いていた引っ掛かりの正体を理解した。男を尋問した時に場所を聞き出してはいたが、まさか目の前がマフィア一味の本拠地だとは…… あまりに目の前過ぎてそれが逆に盲点になっていた。これではあの店のウエートレスを『うっかりさん』とは呼べないだろう。
「これは一石二鳥なの! ガンガン行こうぜ! なの! カシム、やっておしまいなさいなの!」
事態を理解して最も早く再始動したアリシアから許可が出た。それにしてもこの門番はさっきこの屋敷の裏手で起こった事件に全く気が付いていない様子だ。たぶん広い屋敷なので、物音が届かなかったのだろう。うん、都合よくそういうことにしておこう。
「悪いな、ちょっと眠っていてくれ! 下手に動くと永遠に目が覚めないかも知れないぞ!」
どこかの御老公が悪代官を退治するテーマ曲に載せてカシムが前に躍り出ると、ワンパンで門番を地べたに叩き付けていた。一般に狼人族の腕力や身体能力は人族の2倍と言われている。その豪腕から繰り出されるパンチをまともに受けたら、少々鍛えていようが一溜まりも無いのだった。
「よし、まずは一味の親玉と話をつけてから子ネコはゆっくり探そう」
「そうですよ! 目の前に転がっている大金が先です! ネコは後回しです!」
エイミーは相変わらずの守銭奴振りを発揮している。子ネコの捜索も大事な依頼だということをすっかり忘れている。
「子ネコはこの敷地の中に居るの! ちゃんと匂いを感じているの! それよりも先に屋敷に乗り込むの!」
アリシアは子ネコの行方に意識を向けながらもノリノリで屋敷に向かって早足で進んでいる。彼女の嗅覚や聴覚には今のところ行く手を阻む者が感知されていないので、前庭を突っ切って屋敷の玄関に素早く辿り着いた。
「これから内部に突入する! 準備はいいな?」
トシヤの声に無言で頷く3人だった。




