22 本気の3人
お馴染みの街中の人気のない路地裏で人相の悪い連中に取り囲まれた主人公たち、この危機をどうやって乗り越えるのか・・・・・・ 迷子になった子ネコを探すはずだったのにどうしてこうなった!
「何をゴチャゴチャとしゃべっているんだ! おい、その獣人の子供を早く寄越すんだ!」
「兄貴、どうやらこいつらは俺たちに逆らうつもりですぜ! どうせだったら男はこの場でバラして、もう一人の女の方も掻っ攫って行きましょうぜ!」
「お前にしてはいい考えだな! まあ俺たちに刃向かった罰だと諦めてもらおうか」
集団でトシヤたちを取り囲んでいる男たちは大人しく要求に応じそうもない気配を感じて、手荒な方法を使ってでもアリシアを攫う方針に転換したようだ。ついでにエイミーにまで手を出そうなどと言って、トシヤの怒りにさらに燃料を投下していることに気がついていない。
彼らはこの人数差で自分たちの絶対的な優位を疑っていなかった。通常ならば彼らの考え通りに事が運んだだろう。だがトシヤは1人で新入生とはいえ20人の魔法使いを圧倒していたし、カシムは体術だけで同じクラスの男子を全員ダウンさせた猛者だった。
「ほう、アリシアだけじゃなくてエイミーにまで手を出そうというのか。その上俺たちを殺すとは大変面白い冗談だな、このゴブリンの死体に集るクソ虫どもが!」
トシヤの目が剣呑な光に煌き、その体全体から殺気が迸っている。その勢いに気圧されながらも男たちは手にする武器を構えて全く引く気配を見せなかった。
「犯罪者確定なの! トシヤもカシムも犯罪者から身を守るためだったらどんな手を使っても構わないの!」
「そうかいそうかい! 普段学院じゃあ全力で暴れられないからな! ちょうどいい具合にひと暴れしたかったんだ!」
アリシアのお許しが出たカシムは両腕をグルグル回して準備を整えている。その狼人族特有の青い瞳は久しぶりに力を全開に発揮できる喜びにキラキラに輝いている。根っからの戦闘種族のタガが外れて、今や『取り扱い注意の危険物』と言っても差し支えない。
「アリシアとそこのバカ! 一旦道の端に寄るんだ!」
だがそのカシムを制するようなトシヤの声が飛んだ。2人は道の左右にさっと分かれてトシヤと男たちの両方に視線を配っている。
「零号機は右側、弐号機は左側を封鎖しろ! 誰も通すんじゃないぞ! 手向かうヤツは殺しても構わない! 初号機はエイミーの護衛に当たれ! あのクソ虫どもを一人も近づけるな!」
トシヤはマジックバッグからゴーレムのような物を3体取り出すとそれぞれに指示を与える。彼でも滅多に実行しない3機の全力出撃だった。ちなみにこの物体の日本での正式名称は『汎用人型魔法戦闘用ドローン』だ。
「なんだあれは!」
「気をつけろ! 得体のわからない物が来るぞ!」
3体の汎用人型魔法戦闘用ドローンのうちで零号機と弐号機が人を大幅に上回る速度で左右に位置を取る。当然その進路上に立っていた男たちはその姿に怯えながら左右の壁沿いに逃げたのだが、15人のうち3人は逃げ遅れて弐号機に撥ね飛ばされレンガ塀に打ち付けられてピクリとも動かなくなった。
「ま、不味いぞ! わけのわからないバケ物が出てきた! 一旦逃げるぞ!」
完全に腰が引けている男たちは先程までの勢いは何処へやらで撤退しようとするが、逃げる先の方向を見て絶望に包まれた。その視線の先には右に零号機、左に弐号機がデンと立ちはだかっているのだった。
「都合が悪くなると逃げ出すとは、本当にお前たちはクソ虫だな! せっかくの獲物を簡単に逃がすわけがないだろう! 準備は整ったからアリシアとそこのバカは好きに始めていいぞ!」
「誰がバカだ! この真性ハゲ野郎!」
そう言いながらカシムは男たちとの距離を詰めに掛かる。無造作に迫って行くように見えるが、一度に複数の人数を相手にしないような最も有利な位置を取れるように進んで行く。この辺りは本人が言うように相当な訓練を積んでいるのだろう。
「ヤル気か! これでも食らえ!」
カシムの接近を悟った一番前に立っている男が短剣を振りかざしてカシムに突進する。その狙いは彼の心臓だった。
「甘い!」
だがカシムはその巨体からは想像もできない程身軽に体を半身にしてその剣をかわすと、男が剣を握る手首を片手一本で掴み上げた。
グシャッ! カラン!
「ギャァァァァァァ!」
カシムがその手に力をこめると、簡単に男の手首が握り潰されて剣が地面に転がる音が響く。彼はそのままもう一方の手を相撲ののど輪のように男の首に突き放った。
グシャッ!
何かが潰れるような嫌な音が辺りに響く。その男はカシムに喉を掴まれたまま、その逞しい腕が突き出される勢いに任せてレンガ塀に叩き付けられていた。『グシャッ』という音は男の首の骨が折れたか後頭部が潰れた音だろう。
「さて、次はどいつだ?」
牙を剥き出しにした獰猛な表情でカシムが男たちを見ると、彼らはそれだけで恐怖に震えた。縮み上がるとはまさにこのことだと彼らはその人生の最後に感じるのだった。
「カシムは相変わらず力任せなの! もっと頭を使わないとダメなの!」
人が一人死んだ場面を目の当たりにしてもアリシアの表情や態度には全く変化がない。彼女も数多い獣人の中から選ばれて帝都にやって来ただけのことはあるのだった。この程度はアリシアの過去の経験上修羅場のうちには入らない。
「おい、このままでは不味い! 女を人質に取ってこの場を切り抜けるぞ!」
カシムの猛攻に恐れをなした男たちは標的をアリシアに切り替えて同時に2人が襲い掛かってきた。対してアリシアはその場に突っ立ったままで全く動こうとはしなかった。
「よし捕まえたぞ! こいつの命が惜しかったら・・・・・・」
アリシアを捕まえてお約束のセリフを吐こうとした男の手の中からアリシアの姿が消え失せる。その消え行く姿を男は呆然と見守るしかなかった。
「ギャーー!」
「痛てーーー!!」
その直後2人の男の口から悲鳴が上がった。いつの間にか彼らの後ろに回り込んでいたアリシアが匕首を一閃して膝の裏側の腱を斬っていたのだ。血が噴き上がる足を押さえて立っていることができずに地面を転がり回る男たち、その無残な姿を見下ろすアリシアの目は完全に暗殺者だった。
「バカなの! 幻術に引っ掛かって幻に襲い掛かるからそういう目に遭うの!」
目は暗殺者でも口調はいつも通りのアリシアだった。彼女は男たちの目の前に自分の幻を立たせておいて、気配を殺してその幻の後ろに立って待っていたのだった。あとは背後に回りこんで隙だらけの男を後ろから料理するだけの簡単なお仕事だった。腱を切られて足の自由を奪われた人間の戦闘力はほぼゼロに等しくなる。もし相手が魔法でも使えるならば地面に転がっているその喉を掻き斬ればいいだけだ。
こちら側に居る男たち6人の内3人はこうして呆気なく倒れた。残る3人もカシムの手に掛かってある者は頭を潰され、ある者は内蔵を破損して、そして最後の1人は彼の拳で心臓が破裂して息絶えた。獣人の有り余るパワーはまさに恐るべしだった。
そして反対側は残った6人の男たちにトシヤが対峙している。アリシアの側に居た男たちと同じように彼らは退路を弐号機に遮断されて進退窮まった状況だ。
「トシヤさん、気を付けてください!」
初号機の影からエイミーが応援する声がトシヤの耳に届く。
「任せておけ! エイミーはそこから絶対に出るなよ!」
「はい、危ないので頼まれても絶対に出ません!」
清々しいまでの他人任せな態度だ。エイミーは一応魔法が使えるのでその気になればトシヤを支援するのも可能なのだが、本人は全くその気はないらしい。もっともこの狭い路地と言っても差し支えない場所で、エイミーの結構な威力がある魔法が炸裂すると、トシヤやアリシアが巻き込まれる恐れがあるので彼女はこの場では手を出さない方が望ましいのは事実だった。
「さてクソ虫諸君! 一応の手加減はしてやるつもりだから、クソ虫らしく生き残ることに全力を傾けてくれ!」
相変わらずの厚顔不遜なトシヤの態度だが、彼の挑発に男たちはまんまと乗っかった。さっきまで弐号機の出現に怯えていたはずなのに、こういう輩は3歩歩くと忘れてしまうようだ。
「このヤロー! 二度とそんな口を叩けないように切り刻んでやるぞ!」
「ガキが調子に乗りやがって! 殺してやるから覚悟しろ!」
2人の男が短剣とナイフを手にして突っ込んでくる。満更素人でもないらしくて僅かな時間差を付けて避け難い体の中心を狙って得物を突き出してくる。
「なっていないな! 動きが単純すぎ!」
トシヤの目には剣とナイフの軌道がその未来位置まで含めてしっかりと映っていた。彼は両手に嵌めた篭手で迎撃する。左から突っ込んでくる短剣を下から撥ね上げると、男の手から離れた剣は空高く舞い上がる。そしてガラ空きになった顔面に撥ね上げた勢いを殺さないままアッパーを喰らわせる。
グシャリ!
トシヤの拳がめり込んだ男の顎は音を立てて潰れて、その体は地面に崩れ落ちる。おそらく衝撃が脳まで伝わっているだろうから、良くて脳震盪、受けた衝撃が強かったら脳内出血だろう。
続いて右から突っ込んで来る男のナイフも同じように撥ね上げて鳩尾に拳を叩き込むと、その男は胃の中身を全部ぶちまけながら地面に横たわった。
そしてトシヤは宙を舞った剣とナイフが落ちてくるのを両手で同時にキャッチする。
「ほれ、お土産だぞ!」
キャッチした得物を2本同時に突っ立っている男の腹を目掛けて投げ付けると、狙い通りにグサリと刺さっている。重量がある分だけ短剣が刺さった男の方が傷が深そうだ。
「お、俺の腹から剣が生えているぞ!」
「俺はナイフだ!」
2人は何が起こったのか理解しないままに血が噴き出す腹を押さえながらスローモーションのように倒れ込んでいった。地面に倒れた2人は口をパクパクして何かを訴えようとしているが、どうやらもう声が出せないようだ。
「ヒーー!」
残った2人はトシヤから逃げようと後退りをするが、そこには壁のように弐号機が立ちはだかっている。その圧倒的な姿に2人の男は立ち止まって固まるしかなかった。
「弐号機、やれ!」
トシヤの命令に従って弐号機の豪腕が男たちに振り下ろされた。
「ゴエッ!」
「ワブッ!」
頭上から振り下ろされた弐号機の豪腕が彼らの脳天を叩き潰す。脊髄反射で一瞬体がピクンと硬直してから2人は崩れ落ちた。
「これで終わりなの! このあとはどうするの?」
アリシアがトシヤの所に駆け寄ってくる。さっきまで手にしていた匕首は倒れた男の服で血糊をきれいに拭き取ってから鞘に収まっていた。カシムはアリシアが足の自由を奪った男たちが万一逃げ出さないように監視を続けている。時々その腹に蹴りが飛んでいるのは何らかの反抗的な態度が見られたのだろう。
「そうだな、このままにはしておけないからアリシアとバカは冒険者ギルドに詳しい話を伝えてもらえないか。ひとつ注意をしておくと、絶対にあのバカには話をさせるなよ!」
「わかっているの! カシムが話をすると伝わるものまで伝わらなくなるの! これから2人でギルドまで行ってくるの! トシヤとエイミーはここで待っているの!」
そう言い残すとアリシアはカシムの手を引っ張ってギルドの方面に走り去っていった。
「トシヤさん、もう出ても大丈夫ですか?」
初号機の陰からエイミーが顔を覗かせている。安全を確認しているのだった。
「エイミー、すまないがもう少しそこに居てくれ。できれば耳を押さえていた方が良いと思う」
トシヤはそうエイミーに告げると、アリシアが倒した男の所に向かう。きちんと背後にある組織の情報を聞いておかなければならないからだ。
「おい、目を開け!」
アリシアに膝裏の腱を斬られて、更にカシムのつま先を何発か脇腹に喰らって呻いている男の鳩尾に踵をのせてからトシヤが上から目線で命令をする。
「お前たち、こんなことをしたら組織が黙っていないぞ!」
この期に及んで恫喝するような言葉を吐く男にトシヤは今度は気の毒そうな目を向ける。
「あーあ、素直にしゃべれば痛い思いをしなくて済むのになー! 本当に残念だなー!(棒)」
「今すぐ俺を離しやがれ!」
「うん、わかった! 零号機、ちょっとこっちに来てくれ!」
トシヤの指示に従って零号機がやって来る。途中に横たわっている男たちが生きていようが死んでいようがお構いなく踏み潰しながら前進するのだった。いくらなんでもこれは無慈悲すぎるだろう。
零号機が目の前にやって来るとトシヤは腹部に乗せていた足を退かして、代わって男の左腕の肘の辺りを動かないようにしっかりと踏みつけた。男は何とか逃れようと体をジタバタ動かすが、トシヤの拘束からは逃れられない。
「さて、どこまで我慢できるのかなー?(棒) 零号機、腕をゆっくりと踏みつけろ!」
「ヤメロォォォ!! 止めてくれぇぇぇ!」
男の絶叫が響くが、零号機はトシヤの新たな命令がない限りは、一度下された命令通りに動くのだった。零号機はその足をゆっくりと男の左腕の手首の辺りに下ろしていく。
「話す、何でも話すから許してくれ!」
「零号機、一旦止まれ! さて楽しいお話の時間だな。いつでもこいつの足がお前の手首から先を潰す準備ができているからそのつもりでしゃべれよ!」
悪魔のような笑みを浮かべているトシヤの前で大の男が泣きながら許しを乞うている光景は中々シュールだ。だが男は抗う術無くトシヤに洗いざらい話をした。
「そうか、お前たちはマフィア組織〔暗黒街のバラ〕の一味というわけか。アジトの場所は知っているよな? あとで案内してもらうからそのつもりでな」
血も涙も無いトシヤの言葉に全てを観念して黙って頷く男だった。