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21 初依頼

冒険者に登録した『天啓の使徒』のパーティーは早速依頼を受けようと意欲満々の様子です。初の依頼の先に彼らを待ち受けるものは・・・・・・

「どうしましょうか? 街中のお仕事は工事現場の手伝いとかパンの配達とかばかりでぜんぜん冒険者らしいものがありません」


「びっくりしたの! 普通の仕事がいっぱい並んでいるの!」


 エイミーとアリシアは掲示されているFランクの依頼を見ながら『解せぬ!』という表情を浮かべている。冒険者という言葉の響きにもっと颯爽としたものを感じていたため、現実を見せ付けられて少しガッカリしているのだった。


「まあ駆け出しのFランクだったらそんなものだろうな。俺はそういう仕事をした経験は一切なくて、初日から森での魔物狩り一本で遣ってきたけど」


 トシヤは先輩風を吹かせているが、彼自身もこれほど多くの街中の雑用に近い仕事が掲示板に張り出されているとは思っていなかった。彼はこの国では辺境にあたるテルモナのギルド所属だったので、そこでは帝都ほど多くの仕事が掲示板に張り出されていなかった。その上字が読めない彼は当然掲示板などまともに見た記憶がない。


「この中では私が最初に見た〔小ネコ探し〕の依頼が一番手軽みたいですね」


「居なくなったネコを探すのか。問題はどうやって探すかだよな」


「大丈夫なの! ネコの匂いがわかれば探せるの!」


「そうです、その手がありました! さすがはアリシアです! それではこの依頼を受けることにしましょう!」


 名前の記入だけで頭を使い過ぎてベンチで寝ているカシムの意向など全く無視して、どうやら3人の間で話がまとまった。言いだしっぺのエイミーが依頼の紙を剥がしてカウンターに持っていく。


「すいません、この依頼を受けたいです」


「ああ、子ネコを探す仕事ですね。依頼人の家はこの地図の場所です。無事にネコが見つかったらこちらの紙に依頼達成のサインをもらってギルドに提出してください。登録して初の依頼ですから頑張ってくださいね」


「はい、わかりました。ありがとうございます」


 エイミーはカウンター嬢に丁寧に挨拶をしてトシヤたちの所に戻ってくる。その手には地図と書類が握り締められていた。いよいよこれから冒険者としての活動が始まるのだという気合に満ちた表情をしている。


「まずはこの地図の家に行って、詳しい話しを聞きましょう!」


「エイミーがこの場を仕切っているの! 不安しかないの!」


「アリシアは私に対してとっても失礼だと思いませんか? 私だってやろうと思えばちゃんとできるんです!」


「だったら普段から部屋の片付けや服の洗濯もちゃんとやってほしいの!」


「ぐぬぬ、その話はこの場で持ち出さないでください」


 女子寮でエイミーと同室だけあって日々彼女のダメダメ具合を見せ付けられているアリシアから辛辣な言葉が飛んでいる。どうやらその話からするとアリシアはかなりの迷惑を蒙っているようだ。


「エイミーは全然成長しないな! 冒険者は何事も自立してやっていかないといけないんだぞ!」


「大丈夫です! たぶん明日から本気を出します!」


 トシヤからのダメ出しは全く気にしていない様子のエイミーだった。彼に助けられてからの宿屋生活で、すっかり甘え癖が身についている。


「それよりもこのバカをどうするんだ?」


 エイミーに対してはすでに諦めの境地に達しているトシヤはベンチでグーグー寝ているカシムの方を指差した。どうやら熟睡しているらしくて、ちっとやそっとでは目を覚ましそうもない。


「私に任せるの! バカには相応しい起こし方があるの!」


 そう言ってアリシアはカシムの前に立つと、その側頭部に回し蹴りを一閃した。小柄なアリシアだがスピードに乗った威力十分な一撃がカシムのこめかみを正確に捉える。


 バキッ!


「うーん、あれ? 俺はいつの間に寝ていたんだろう?」


 残心を解いたアリシアがキメ顔でトシヤとエイミーに振り返る。


「この方法が一番手っ取り早いの! バカだから頭の天辺から足の先まで頑丈にできているの!」


 さすがにトシヤとエイミーが引いている。容赦なく回し蹴りを決めるアリシアもどうかと思うが、全くダメージを受けた様子もなく普通にしているカシムも信じられないのだった。


「今の蹴りはちゃんと決まっていましたよね?」


「ああ、ゴブリンくらいだったら一撃で吹っ飛ばしているな」


「あのくらい力を込めないとカシムは起きないの! もしこれでも起きなかったら髪の毛を毟ってやるの!」


 やはりアリシアは危険人物だった。入学式の日の教室で躊躇いなく匕首を引き抜いたあの出来事が今なら頷ける。それよりもトシヤは彼女の『髪の毛を毟る!』というフレーズに心底恐怖を感じていた。

 

「うん? 一体何があったんだ?」


 目を覚ましたばかりで頭が回っていないカシムがキョロキョロしている。普段から大して働かない頭だから、どうでもいいと言えばどうでもいいことなのだが……



「と、取り敢えず、この地図を頼りに依頼者の家に行きましょうか」


「そうするの!」


 まだ動揺する精神状態を隠し切れないエイミーが提案すると、彼女に動揺をもたらした当の本人のアリシアが同意した。どうやらこんな出来事はアリシアにとっては日常茶飯事でいちいち気にするようなことではないらしい。





 4人はギルドの建物を出て、庶民の住宅街がある西の方向に通りを歩いていく。だが通りに面した横道の陰から彼らの動きを監視する複数の目があることにはまだ気が付いていなかった。


「おい、確かに獣人の子供だな」


「どうやら注文通りの狐人族だ。あとは人目につかない場所に誘い込んで攫ってしまおう」


「あの狼人族が邪魔だからうまく分断するしかないな。おい、もっと人数を集めろ!」


 人相の悪い男たちは何やら相談をしている。その話からすると人を攫っては奴隷として売り飛ばすタチの悪い連中のようだった。彼らは偶然ギルドに向かうアリシアの姿を見つけて建物から出てくるまで張り込みをしていたのだった。彼らの目からするとカシムに対しては警戒する様子だが、トシヤとエイミーには全くの無警戒のようだ。




「この道の先ですね」


 大きな通りから横に伸びる小道に入ったエイミーが指をさす。そこは人が大勢行き交う通りとは打って変わってひっそりとした住宅が並ぶ道だった。地図を頼りに目的の家の玄関先に建つ4人。


「ごめんください、冒険者ギルドから依頼の件でやって来ました!」


 エイミーがありふれた木製のドアをノックすると家の中からドタドタと音がしてドアが内側に開かれる。そこには10歳くらいの女の子が立っていた。


「ミーちゃんを探してくれるの?」


 どうやら彼女が大事に飼っていたペットのようだ。


「はい、何かネコの匂いが付いた物はありますか? 毛布とかご飯のお皿とか?」


「持ってきます!」


 少女は家の中に入って小さな毛布を持ってくる。ネコが寝る時にこの毛布の上でいつも丸くなっていたそうだ。


「匂いがわかりますか?」


「大丈夫なの! カシムもこの匂いを覚えるの!」


 クンクン毛布の匂いをかいでいたアリシアはカシムの鼻先に毛布を押し付ける。


「ウゲッ! いきなり何をするんだ!」


 事情を全く知らないでここまで付いてきたカシムは顔全体に毛布を押し付けられてくぐもった声を上げている。本当にアリシアはカシムに対して全く容赦がない。


「ひとまず匂いはわかったが、これをどうするんだ?」


「匂いを元にネコを探すの!」


 バカ相手にいちいち詳しい話をするだけ無駄だとわかっているアリシアは思いっきりはしょった説明をして終わりだった。あとは命令通りにカシムが働けばよいのだ。


「なんだ、簡単じゃないか! あっちに向かってずっと匂いが繋がっているから辿っていけばすぐに見つかるぞ!」


「本当に見つけてくれるの?」


 カシムの言葉に依頼主の少女が期待に満ちた目を向けている。対してアリシアは自信たっぷりな様子だった。小さな胸を思いっ切りそらしている。


「じゃあ、探してくるの! こっちなの!」


 こうしてアリシアを先頭に横道の更に奥に向かって4人は進んでいくのだった。




「おい、やつらが勝手に人気の無い場所に入って行ったぞ! チャンスだ、二手に分かれてお前たちは先回りしろ! 挟み撃ちにして掻っ攫うぞ!」


 応援の人数を掻き集めて15人くらいに膨らんだ男たちはそのうちの6人が走って別の道から4人の前方に回りこもうとする。残った男たちは距離をとりながら慎重にトシヤたちの後を追跡するのだった。




「こっちの方に匂いが残っているの!」


 アリシアは鼻をヒクヒクさせながらゆっくりと小道を歩いている。ネコが残した匂いはどうやら数日前のもので、慎重に辿っていかないと見失う恐れがあるのだ。


「それにしても匂いで探せるって便利ですね! さすがは獣人の特待生です!」


「そうだな、ネコ探しはアリシアとバカに任せるとして、俺は別の方向に注意を向けておくとするか」


「???」


 エイミーはアリシアとカシムに後を付いて2人の探査能力に感心した声を上げているが、トシヤはそれとは全く関係なく何やら別件に気が付いている様子だ。エイミーはそのトシヤの言葉が一体何を意味しているのか全く心当たりが無くて首を捻っている。


「おい、ハゲ野郎! 俺はこのままネコを探していればいいのか?」


「誰がハゲだ! この大バカ野郎が! ひとまずはネコを探しておけ! あっちは俺が対処する!」


 カシムも当然様子がおかしいことに気が付いていた。後方200メートル付近に着かず離れずで自分たちを尾行する集団の気配を察していたのだ。トシヤがすでに気が付いていることが理解できたカシムはひとまずは彼に対応を任せてネコの痕跡を辿る作業に集中する。


「ここで匂いが途切れているの! この塀を登って向こうに行ったみたいなの!」


 アリシアが立ち止まって見上げる視線の先には高いレンガ塀がある。身軽なネコならば楽に塀を登って飛び越えられるが、人が簡単に登れる高さではなかった。何よりも他所の家に無断で塀を飛び越えて侵入するというのは犯罪行為だ。


「仕方が無いからもう少しこの先を探してみて、匂いの跡が無ければもうひとつ向こうの道を探すの! それにしてもなんだか怪しいやつらがつけているの!」


 カシム同様にアリシアもその気配には気が付いていた。障害物が多い森の中で危険な気配を察知できる彼女の能力ならば、街中で自分たちを尾行する複数の気配を捉えることなどお手の物だ。気が付いていないのはエイミーだけだった。彼女は全くそのような訓練を受けていない村の娘だったのでそれは止むを得ない。


「もしやつらが仕掛けてきたら、ちょうど人目に付き難いここで迎え撃つのが良さそうだ。前後から来ているみたいだけど準備はいいか?」


「いつでもオーケーだ!」


「バッチ来いなの!」


「何が起きているんですか?」


 トシヤの指示でエイミーを除く3人が戦闘隊形に移行する。アリシアとカシムが前方か迫って来る相手に、トシヤはエイミーを庇いながら後ろから来る相手に注意を向けている。




 そのまま1分もしないうちに人相の悪い集団が前後から4人を取り囲む。


「おい、その獣人の子供を渡すんだ。大人しくしていればこっちも手荒なことはしないぜ!」


 下卑た笑いを顔に貼り付けた男たちが手には思い思いの得物を持って4人を脅そうとしている。彼らにすれば脅しだけで相手が屈服すればしめたものだった。


「獣人の子供…… 私のことだったらとっても失礼なの! 立派な大人なの!」


「アリシアが突っ込む場所は絶対にそこではない気がします!」


 エイミーはガラの悪い男たちに囲まれてその顔が引き攣っているが、いつものお返しでアリシアに突っ込み返すのだけは忘れなかった。


「アリシア、ひとつ確認だけど校内の私闘は禁止だが、校外の私闘はどうなんだ?」


「今更こんな状況では校則は関係ないの! トシヤは思いっ切り遣って構わないの!」


「そうか、思いっ切り遣っていいのか! では遠慮しないぞ!」


 つい先日処分を食らったばかりのトシヤは慎重に確認を行った。ここで更に重い処分を食らうのは勘弁してもらいたいというのが本心だったが、そのくびきから解き放たれたらもう彼を止める物は無かった。取り囲む男たちをどのように処分しようかと舌なめずりをして相手の出方を伺うのだった。


  


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