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20 冒険者ギルド

今回のお話はタイトル通りに冒険者ギルドに主人公たちが向かう所から始まります。朝っぱらからのグダグダな展開をどうぞお楽しみください。

 数日後、カレンダーで言えば4月の2週目の土曜日を迎えた。魔法学校は月曜日から金曜日までは授業がビッシリと組まれているが、土曜日は各自が課題にあたる日となっている。演習場を借りて魔法の実技に時間をさく生徒も居れば、図書館に篭って魔法書をめくる生徒も居る。どのように時間を活用しても構わないし、校外に出て何かを行うのも認められていた。


「冒険者ギルドに行くの!」


 門の前で待ち合わせをしているアリシアの声が響く。その声はこの日を楽しみにしていたかのように弾んでいた。隣にはエイミーの姿もある。2人はいつもの制服ではなくて動き易い私服姿だ。


 アリシアは獣人の森に居た頃からお気に入りのベージュのショートパンツにニーソックスと白いブラウスにピンクのベストを着ている。いつもスカートの下に隠し持っている物騒な匕首は今日は腰のホルダーに収まっている。


 エイミーは王都に来てからトシヤに買ってもらったベージュ色のズボンと春物の薄手のセーターという無難な組み合わせだ。彼女は特に何も手にしていない。


 門の前で待っている女子2人の姿がトシヤの目に入ってくる。2人とも手を振って早く来いと訴えているかのようだった。その様子を見てトシヤは駆け出した。


「早く来たつもりだったけど待たせたな」


「大丈夫なの! 私たちが早く来過ぎたの! それよりももう一人が中々来ないの!」


「そうですね、カシムさんの姿が全然見えないですね」


 3人が首を捻ったその時、遠くの方からまるでマンガの様に土煙を立てて猛然とダッシュしてこちらに向かってくる存在があった。およそ人が出せない速度でレンガ敷きのそのレンガを削り取る勢いで門に向かって走っているその姿こそカシムだった。


「相変わらずバカみたいな速さで走っているの! でも本当にバカだから仕方がないの!」


「すごい勢いですね」


「遅れを取り返すための努力だけは認めようか」


 3人が見ている前にカシムは到着してその場にピタリと止まる。『何でここで通り過ぎないの! 笑いのツボが全くわかっていないの!』と突っ込む準備をしていたアリシアはその様子に心から地団駄を踏む思いだった。


「悪い悪い! 出る時にいきなりクソしたくなって遅れた!」


「カシムはバカなの! デリカシーがなさ過ぎるの!」


「遅れてきた一言目がクソとはバカも休み休み言いやがれ!」


 さすがはカシムだ、アリシアの突込みをふいにし掛けたかと思ったら、しっかりと次の矢を用意していた。後頭部を掻きながら釈明するカシムに対してアリシアとトシヤが揃って突込むが、エイミーは特に何の反応もしなかった。


(トシヤさんはこの件に関して突っ込む権利はないはずです!)


 これまでトシヤの数々の思わせ振りな発言に騙された彼女は、この件に関して突っ込む気すら起きなかったのだった。


「と、取り敢えず全員揃ったから出発しましょう!」


 過去の苦い経験を思い出して動揺し掛けた心を励ましながらエイミーが提案すると、残りの3人は不思議そうな表情をしている。


「エイミーがボケないの! 一番美味しい所を取り逃したの!」


「ここは何か来ると思って身構えていたのにな!」


「せっかくクソの話を振ったのになんだかスルーされた!」


「一体私を何だと思っているんですか!」



 こうして朝のお約束の一悶着を終えて4人は門を出て冒険者ギルドに向かう道を進んでいく。トシヤ、エイミー、アリシアの3人はこの前快気祝いで学校の外に出たが、カシムは入学してから校外に出るのは初めてだった。田舎者丸出しで辺りをキョロキョロしながら歩いている。


「カシムは森から出てきた田舎者丸出しなの! キョロキョロしてとっても恥ずかしいの! あっ、美味しそうな果物がいっぱい並んでいるの!」


 アリシアは通りに並んでいる店先の色とりどりの果物につられて、そちらの方に駆け出していく。彼女も森から出てきたばかりで、街中で目にする物が珍しくてついつい好奇心を発揮しているのだった。


「アリシア、そんなにチョコチョコしていると迷子になりますよ!」


「大丈夫なの! みんなの匂いがわかるから居場所をすぐに突き止められるの!」


 エイミーの注意にアリシアは全く聞く耳を貸さない。それどころか自分の能力を自慢しているのだった。


「そんなに私たちの匂いがわかるんですか?」


「わかるの! エイミーはお菓子の匂いでトシヤは血の匂いなの! すぐにわかるの! あっ、あそこにきれいなリボンがあるの!」


 またまた店にある興味を惹かれる物目掛けて突撃するアリシアだった。


「街には楽しい物がいっぱいあるの! いくら時間があっても足りないの!」


「本当にちゃんと戻ってきますね! 獣人の人たちはみんなそうなんですか?」


「そうなの! 匂いで大体わかるの!」


 獣人の特性で身体能力だけでなくて、嗅覚や聴覚が人族とは比較にならないくらい優れている。彼らが森の中で生き残っていくには必須の能力なのだ。


「なるほどな、斥候やガイドとしてその能力は役に立ちそうだな」


 トシヤはアリシアの意見を今後の冒険者活動にどのように生かそうかと考えている。特に見通しの悪い森の中では索敵の能力がパーティー全体の運命に直結する重大な事項なのだ。いち早く魔物の存在に気が付いて対処の準備を整えられるかどうかで、先手を取るか取られるかが決まる。魔物相手に先手を取られるのは冒険者としては絶対に避けたい。そのため優秀なガイドや斥候役はどこのパーティーでも引っ張りだこだった。


「俺は斥候役に加えて戦闘もできるからな。これ以上優秀なメンバーは居ないだろうな」


「そうだな、お前に足りないのは脳みそだけだな!」


「なんだと! お前こそ髪の毛が大幅に足りないだろうが!」


 大通りを歩きながらいつのも不毛な遣り取りを繰り返すトシヤとカシムだった。


「2人ともこんな人が多い所で恥ずかしいから止めてください! カシムさんの脳みそが足りないのも、トシヤさんの髪の毛が足りないのも事実ですから、2人とも諦めてください!」


「「さらっと酷いことを言われたぁぁ!!」」 


 エイミーの心無い言葉に、トシヤとカシムの心は深く傷ついている。それも真顔で言われたから尚更だった。


「しょうがないの! カシムの頭とトシヤの髪の毛は将来絶望するレベルなの!」


 更にアリシアの追撃も加わって2人は意気消沈したまま冒険者ギルド帝都支部の建物に入っていく。


「ようこそ冒険者ギルドに! 本日はどのようなご用件ですか?」


 カウンター内の受付嬢の明るい声が響く。彼女たちは日々やって来る冒険者たちの顔を覚えているので、こうして初めて見る顔が入ってくると歓迎の挨拶をするのだった。


「えーと、この3人の冒険者登録と俺を含めて4人でパーティー登録をしたい。全員魔法学院の1年生だ」


 ギルドの手続きに慣れているトシヤが代表して、自分の冒険者カードを提示しながら用件を伝える。受付嬢はそのカードを読み取り用の魔法具に掛けてからトシヤに返した。


「カードの提示ありがとうございます。Dランクのトシヤさんですね。では新たに登録される方はこの用紙に必要事項を記入してください。全員の登録を終えてからパーティー登録も行います」


 ちょうど朝の混雑時間が終わっていたので、カウンターに並んでいるのはトシヤたちだけだった。受付嬢は時間を掛けて丁寧に応対してくれる。


「おい、ここは何を書けばいいんだ?」


「カシムは字ぐらいちゃんと読んでほしいの! そこには名前を書くの!」


 バカはバカなりに冒険者として登録するための努力をしている最中だった。こうした経験の繰り返しで人は成長するものなので、ぜひカシムには頑張ってもらいたい。 


 ミケランジュ先生渾身の指導のおかげで何とか名前を書き上げたカシムだったが、そこから先はギブアップだった。仕方がないのでアリシアが代筆をする。


「種族名はなの?」


「狼人族だ」


「はいなの! 『狼人族バカ』なの」


「特技、技能はなの?」


「剣と格闘術だ」


「はいなの! 『剣と格闘術とバカ』なの!」


「おい、アリシア! なんだか悪意に満ち溢れていないか?」


「善意に満ち溢れているの! 感謝してほしいの!」


「そうか、続きを頼む」


((なんでそこで納得するのか!))


 横でこの遣り取りを聞いていたトシヤとエイミーは、心の中で盛大に突っ込んだ。でもこのままにして置いた方が面白そうなので、決して声には出さない。


「ではこのカードに血を1滴垂らしてください」


 受付嬢の指示に従って各自が指の先から血を1滴垂らすとどのような仕組みなのかはわからないが、カードが淡い光に包まれる。どうやら自分の血を垂らすことでカードの持ち主として魔法的に登録する仕組みのようだった。


「これで冒険者としての登録が終わりました。続いてパーティーの登録に移りますが、パーティー名は決まっていますか?」


「ちょっと相談していいですか?」


「はい、どうぞ」


 4人はカウンターから少し離れた場所で作戦会議を開始する。


「うっかりしていた、パーティー名が決まらないと登録できないんだった」


「トシヤさんはいつも大事なことをうっかりしますよね!」


「エイミーにだけは言われたくないぞ!」


「そんなことよりもパーティー名を考えるの!」


 4人は腕組みしながらいい案がないかと頭を捻る。最初に意見を出したのはトシヤだった。


「残酷な天使のテー○はどうだろう?」


「なんかそれは使っちゃいけない気がします!」


「じゃあ魂のルフ……」


「トシヤはストップなの! なんだか危ない感じしかしないの!」


 日本のロボットマンガからパクろうとしたトシヤの思惑はエイミーとアリシアによって敢え無く却下された。おまけに意見を出すことまで禁止された模様だ。


「可愛い名前にしましょうか? 『お花畑』とか」


「それはエイミーの頭の中だけで十分なの! カシムは何かないの?」


 返事がない…… どうやら死体のようだ…… いや、寝ているだけだった。


「カシムは名前を書いただけで頭を使い過ぎて寝てしまったの! バカだから仕方がないの!」


「アリシアは何かいい案はないんですか?」


「聞いてほしい案があるの! 〔天啓の使徒〕なの! 何かの魔法の本に書いてあったの!」


 トシヤは『使徒』という響きに、エイミーはなんだか全体的な格好良さに賛成票を投じる。カシムは寝ている以上は棄権と看做されて、全員一致でパーティー名が決定した。


「決まりました、〔天啓の使徒〕でお願いします」


「はい、大丈夫ですね。ではこの名前でパーティーとして登録します」


 受付嬢はこの名前をすでに別のパーティーが使用していないかどうかの確認をして、問題がない旨を告げて手続きを進めてくれた。


「早速依頼を受けますか? あそこの掲示板に本日の依頼が貼り付けてありますよ。皆さんが受けられるのはFランクとEランクの依頼になります」


 Dランクのトシヤが居るものの4人のうち3人までが登録したばかりのFランクなので、パーティー全体がFランクと看做される。そのため本来のランクの1つ上までのランクの依頼しか受けられない規定があった。


 3人はカシムを放置して早速掲示板に向かう。


「今までトシヤはどんな依頼を受けていたの?」


「俺は一人で森に入る時はオークの討伐みたいな常時依頼専門だったな。そのついでに他の魔物も討伐してそっちの方が収入が多かった。臨時にパーティーに所属する時はそこの遣り方に合わせていたけど」


「なるほど、Fランクにはこういう街中で用事を頼まれる依頼とトシヤさんが言うように『薬草の採取』や『ゴブリン討伐』といった常に出されている依頼があるんですね」


 エイミーは1枚の依頼書を指差して納得した表情だ。その依頼書には『行方がわからなくなったネコを探してほしい』と書かれている。ゴブリンなどの有害な魔物の駆除は常時出されているので、わざわざ手続きをする必要がないのだった。


「そうだな、今日は時間が遅いし街の外に出るのは無理だろうから、受けるとしたらそういう街中の依頼しかないな」


「わかったの! 街の中でできそうな依頼があるといいの!」


 アリシアとエイミーは何か自分たちにできそうな依頼がないかと目を皿のようにして掲示板の隅々に目を通していくのだった。




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