19 手っ取り早い稼ぎ口
仕事が忙しくて投稿が大幅に遅れました。本当にゴメンナサイ。前回の快気祝いの続きで3人の話の流れは思わぬ方向に進みます。
「ふー…… もうお腹に入りません」
「さすがに食べ応えがあるの!」
「仕方が無いから残った分はマジックバッグにしまっておこうか」
うっかりウエートレスさんの勘違いで丸1羽の大きな鳥のローストが乗った『とり皿』を前にして、半分食べたところで3人はギブアップをした。トシヤは皿ごとマジックバッグにしまうために、皿の代金も追加で支払うとウエートレスに告げている。
「トシヤのおごりだとは言っても、ずいぶんな金額になるの! トシヤのお金が心配になるの!」
「それは大丈夫ですよ! トシヤさんは冒険者でお金を結構稼いでいますから、心配しなくて大丈夫です!」
「トシヤからいっぱいお金を借りているエイミーが言うことじゃないの! エイミーはもっと謙虚にならないとだめなの! まるでトシヤの方から頼んでお金を借りてもらっているような態度なの!」
「そんなことはないですよ。とっても感謝していますよ。あとはどうやって踏み倒すかを只今検討中です」
「踏み倒すのを前提にしないの! まずは返すことを考えるの!」
アリシアの常識的な考えとエイミーの悪代官のような思惑が交差して火花を散らしている。トシヤはその遣り取りを楽しそうに見ているだけだ。
「トシヤも何か言うの! このままじゃエイミーはますますダメダメになるの!」
「そんなことを言われてもなー、別にお金に困っているわけじゃないし、いつか返してもらえればいいかな」
「そうですよ! いつか返しますから! きっと、そのうち、たぶん(棒)」
「エイミーには全然返そうという誠意が感じられないの! それよりもトシヤに聞きたいけど、冒険者はそんなにお金が稼げるの?」
獣人の中には冒険者になって森を出ている者も居るが、それは圧倒的に少数だった。現在でも獣人の森には冒険者ギルドは設置されていない。それは魔物の討伐が獣人の軍隊の独占的な訓練機会と予算の補充に当てられているためだった。獣人の森では魔物が出たという訴えが出る前に、定期的に軍隊が森の方々で魔物を討伐するのが当たり前なのだ。人々は森を魔物の手から守ってくれる軍隊に大きな尊敬と敬意を払っており、子供たちの成りたい職業不動のナンバーワンに推されている。
「そうだな、多少の危険はあるけど結構いい金が手に入るぞ。俺が住んでいた近くの森で1週間くらい魔物の狩りをしていれば、軽く金貨50枚くらいにはなるかな」
金貨1枚が日本円にして1万円以上の価値を持っている。4人家族で金貨が1枚あったら5日は楽に生活できるのだった。入学前にトシヤとエイミーが宿泊していた宿の料金は1泊お一人様が金貨2枚だったというのはとんでもない贅沢だった。
「き、金貨が50枚も手に入るのですか!」
「凄いの! 冒険者はとっても儲かるの!」
エイミーとアリシアの目が$マークになっている。そんな大金など2人とも見たことがないから無理もない。しかも2人はトシヤの口振りからすると『楽にお金が手に入りそうだ』と大きな勘違いをしていた。本当は命懸けで魔物を相手にしなければならない過酷な仕事なのだ。その上ランクが低いと割りの良い仕事が回ってこないので、他の職業同様に下積みの苦労を味合わないとならない。
「決めました! 私は冒険者になります! いっぱいお金を稼いでお母さんと弟たちに楽な生活をしてもらいます!」
「そうなの! 冒険者になるの! 卒業しても毎日美味しいご飯が食べ放題なの!」
安易に2人の意見が一致した瞬間だった。エイミーは村に残した家族に仕送りしたいというその気持ちはまあわかるとして、アリシアの動機には本当にこれでよいのかという疑問の余地が残る気がする。
「おお、いいんじゃないか! 今度の休みの日にでも冒険者ギルドに登録しに行こうか?」
「それがいいですね、早速登録しましょう!」
「早く行きたいの! 楽しみなの! トシヤに色々教えてもらえば大丈夫なの!」
トシヤはすでに冒険者歴5年のキャリアを積んだDランクの冒険者だ。年齢制限でこれ以上のランクの昇格が認められていないのでDランク止まりだが、その実力はすでにBランク以上と目されている。こんな優秀な指導者が居れば初心者でも心配は少ないはずだ。それにしてもトシヤは安請け合いし過ぎではないだろうか。だがここで彼は一応注意をしておこうと考えたようだ。
「一先ずは冒険者として知らなければならない知識がいっぱいあるけど、それは実際に現場に行ってから解説した方がいいだろうな。何よりも冒険者は体力勝負だから、特にエイミーはしっかり鍛えないとだめだぞ」
いや、注意するべきはそんなことではないだろう! 危険が付きまとうとか、魔物との戦いは命懸けだとか、そういう重要な話が完全に抜けている。
「体力には全く自信がありません」
「私は結構自信があるの! 1日中森を歩いても全然大丈夫なの!」
「さすがにアリシアは、森のことはよくわかっているよな」
「バッチリなの! 獣人にとって森は我が家なの!」
2人は冒険者のことはよくわかっていないので、トシヤの指摘に答えているだけだった。どれ程の危険に満ちているのかという肝心な部分について想像が欠落している。森で育ったアリシアでさえも、普段は魔物がすっかり討伐された安全な地域しか、森を移動した経験がないのだ。
それにしても頼もしい発言のアリシアに対して、エイミーは体力を持ち出されるとぐうの音も出ない。入学して10日が経っている現在でも体力作りではダントツのビリだった。だがそんな些細なことには全く挫けないのがエイミーの素晴らしく図太いところだ。神経の太さだけならばもうすでに一人前の冒険者といって差し支えない。
「さて、冒険者に登録するのが決まったら安心して、なんだかデザートが食べたくなりました。すいません、今日のデザートは何ですか?」
「エイミーはまだ食べるの! びっくりなの!」
「アリシアは食べないんですか?」
「食べないとは言っていないの!」
結局2人はしっかりとデザートまで注文してきれいに食べきった。女子の別腹は本当に底が知れない。
「ありがとうございました」
うっかりウエートレスに見送られて店を出る3人、満腹で腹を擦っているトシヤに対して、デザートまで食べたエイミーとアリシアはご機嫌な表情だ。
「とっても美味しかったの! 寮のご飯も美味しいけど雰囲気が違う所で食べるとなんだか大人になった気分なの!」
「トシヤさん、ごちそう様でした。今度は冒険者として依頼達成を祝ってまた来ましょうね」
「そうだな、是非頑張ってくれ」
すでに遅い時間で、日が沈んで外は真っ暗になっている。街頭に照らされた道を学院の方向に戻って、3人はそのまま真っ直ぐに学生寮に戻るのだった。
翌朝、Eクラスで席に着いて待っているトシヤの所にエイミーとアリシアが登校してくる。
「トシヤ、おはようなの!」
「トシヤさん、おはようございます」
「ああ、2人ともおはよう。今日はいつもより早いな」
いつもは比較的朝が早いトシヤよりも大分遅れて登場する2人だが、今朝に限ってはまだクラスメートの3分の1くらいしかやって来ないうちに彼女たちは教室に来ている。珍しいことがあるものだとトシヤは感心しているのだった。
「今日はエイミーが珍しくすぐに目を覚ましたの! だから早目に登校したの!」
「冒険者は早起きが必要と聞きましたから、こうして私にもできるというところを見せました。私はやればできる子なんです!」
「それは自分で言うことではないの! エイミーはやっぱり謙虚さが全然足りないの!」
今日もエイミーが快調に飛ばしている。朝からこの調子ではアリシアの突っ込みの残弾が尽きてしまいそうだ。
「ずっと続くといいな。それよりも先生に冒険者登録をして構わないのか確認しておいた方がいいよな?」
トシヤは受験の段階ですでにDランクの冒険者だという話を学院に申告してあるので全く問題はなかった。ただ在学中にアリシアとエイミーが新たにギルドに登録する行為が問題にならないかを先生に確認しておく必要があったのだ。『勝手な行動は後から自分に跳ね返ってくる』と例の模擬戦で学んだトシヤだった。
「そうなの! 珍しくトシヤの意見が正しいの! 先生が来たらちゃんと聞いておくの!」
「そうですね、トシヤさんは時々まともな事を言い出すからびっくりします!」
常識派のアリシアはともかくとしてエイミーにまで悪し様に言われたトシヤは不本意極まりない表情をしている。だが非常識が服を着て歩いているようなトシヤもまた、自らの人間性を正当に評価できないエイミー側の人間であるという事実に気がついていなかった。
「なんだ、朝から何の話をしているんだ?」
そこにバカが一人やって来る。日課の朝食後のランニングを終えたカシムが汗を拭きながら教室に入ってきたのだった。それにしても放課後といい彼は毎日どれだけ走っているのだろう。その体力は全く底が知れない。ただし、ひたすら強くなるためにこうして取り組んでいるカシムのストイックさは誰もが認めるべきだろう。
「あっ、カシムなの! 朝からバカ丸出しで寮の周りを走っていたの!」
「カシムさん、おはようございます。今日も元気そうですね!」
「ああ、おはよう。やっぱりこうして体を動かすとスッキリと目が覚めるな」
トシヤが入院している間にアリシアを通じてエイミーとカシムは仲良く話をする関係になってた。入学して10日以上経つとこうしてクラス内の友達関係が出来上がるのはどこの世界でも当たり前だ。他のクラスメートたちも仲の良い生徒同士で打ち解けた話をしている光景が教室内で見受けられるのだった。
「カシムに教えると話がややこしくなりそうなの! でも聞き付けられてしまったものは仕方がないの!」
「アリシア、こういうのは仲間が多い方が心強いんですよ! カシムさんも冒険者に登録しませんか? 休みの日に街の外に出掛けてギルドの依頼を・・・・・・ どうするんでしたっけ?」
「エイミーは最後までちゃんと話しを聞くの! 依頼を受けて達成すると報酬がもらえるの!」
「そうでした、結構いい収入になるらしいですよ。これで私も借金生活から抜け出せるかもしれません!」
エイミーの瞳がキラキラに輝いている。その表情からするとリスクなど全く考えていないようだ。
「ほう、それは面白そうだな! 俺も仲間に入れてくれ!」
「残念だがバカはお断りする!」
「なんだと! ハゲが偉そうな口を叩くな!」
カシムに対してトシヤが噛み付いて、さらにカシムが噛み付き返すいつもの遣り取りだった。
「確かにカシムはバカだけど肉の壁役になるの! 結構強いから役に立つの!」
アリシアのカシムに対する言い様もかなり酷いような気がするが、カシムは彼女に何を言われても決して腹を立てたりはしなかった。幼馴染で付き合いが長いので、もうこのような関係に慣れきっているせいかもしれない。
「そうですよ、壁役は必要です! カシムさんは格闘実技の時間にクラスの男子全員を相手にして楽勝していましたからね! 戦力として申し分ないです!」
トシヤが休んでいる間にどうやらそのような出来事があったらしい。壁役はともかくとしてエイミーから褒められてカシムはドヤ顔をしている。彼としては他のことはどうでもよくて、強さを認められるのが一番嬉しいのだった。完全無欠の単細胞は扱い易い。
「全くしょうがないな、先生に確認してからこのバカも含めてギルドに行くか!」
女子二人に押し切られたトシヤはしぶしぶカシムの参加を認めた。エイミーの魔法の力はある程度計算できるとして、トシヤにとってはアリシアとカシムの戦闘力が未知数だったので、足手まといは連れて行きたくないというのが本音だ。だが話を聞くとカシムは中々役に立ちそうだし、いざとなったら彼に女子の守りを託して自分が前に出ればいいと考えを切り替えた。もっともトシヤはカシムの身のこなしを一目見た段階で『ある程度はできる』と判断していた。その裏付けが取れたのだから、一緒に連れて行っても問題はないだろう。
「あっ、ラファエル先生が来たの!」
朝のホームルームが終わるといつものように午前の授業が始まり、トシヤとカシムはFクラスに移動するのだった。
昼食前にトシヤたちがEクラスに戻ると、ラファエル先生は授業の内容について生徒の質問を受けている最中だった。熱心な質問に対して丁寧に答えている。
「先生、在学中に冒険者に登録していいんですか?」
「トシヤ君はすでに登録済みのはずだろう?」
受け持ちクラスの生徒の事情くらいはしっかり把握していないと担任は務まらない。ラファエル先生は『いまさら何を?』という目をトシヤに向けてくる。
「俺じゃなくてエイミーやアリシアが、あとついでにバカが1匹、新たに冒険者に登録して構わないかという話です」
「ああ、そういうことか」
ラファエル先生は『バカが1匹』というフレーズを素直に受け入れている。当然誰のことかを理解しているのはいうまでもない。担任の教員にまでこのような目で見られて、カシムは本当にこれでいいのだろうか?
「登録すること自体は問題ないよ。むしろ上級生になったら魔物を討伐して経験値を獲得するのが推奨されている。レベルが上がると魔力が上昇するからね。ただし1年生のうちは学校生活に慣れるのを優先して、もう少し時間が経ってからにした方が良いと思うよ。いずれにしても勉強に差し支えない範囲でやるようにしてくれたまえ」
「はい、わかりました。ありがとうございます。早速次の休みに登録してきます」
「君は私の話をちゃんと聞いていたのかい?」
「はい、勉強に差し支えない範囲で頑張ります!」
これ以上は何を言っても無駄だと判断したラファエル先生は肩を竦めて教室を出て行った。
(無茶をしないようにと注意したところで彼のことだからきっと無茶を仕出かすだろう。その時に備えて私にできるのは今から始末書の準備をしておくことくらいだね)
学院きっての優秀な教員という評判の高い彼にとっても、苦労が絶えない生徒に諦めに似た心持ちを感じながら職員室に戻るのだった。
次回はギルドに行く話しか、それとも・・・・・・ いずれにしてもこのお騒がせメンバーのことですから真っ当に話が進むとは思えません。投稿の予定は水曜日ですが、またまた遅れてしまったら勘弁してください。




